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memory-03 博士の異常な休日

透とシンクロしたAlice.が亜紀とバックヤードの部屋で話していたころ。佑はフィーアと会っていた。後ろから肩をたたかれたので振り返るとにんまり笑った猫のような笑顔があった。今日はネクタイのかわりに暗い紫色に蛍光の黄緑色のバツマークがはいったチョーカーをしている。話を聞くとロボット工学の専門書を探しにきたらしい。書店では扱っていない絶版になったものだそうだ。


「こ、こんにちは。あ、それ……もしかして自動翻訳機の新作ですか」

《おお、さすがは坊ちゃん。これに気づくとはお目が高い!そうです、新作ですよ。前のものより薄さと軽量化を計ってみたのですがいかがでしょう》

《ところで今日は……お1人ですかな。それとも父上とご一緒に?》

「父も一緒です。実は今、母に会いに行ってて……」


佑は近くにあった利用者用に置かれたソファに座り、反対側に座ったフィーアと向かい合う。昨日解散してからあったことをかいつまんで説明した。フィーアは佑の話に1度も口を挟まずにじっと聞いてくれた。話を終えた佑が背負ったリュックの中をそうっとのぞきこむと《なるほど、ブラックボックスとは考えましたなあ》と感心したように言った。しばらくすると佑の携帯が振動する。Alice.のシンクロがあと少しで切れそうだという通知だった。


《んん、それは?》

「Alice.っていう父さんが造った小鳥型ロボットと簡易水槽とのシンクロ時間が残り少ないみたいです」

《助けに行かなくていいんですかな。バックヤードのドアは閉まっているようですが》

《あれは細かい動作はできないんでしょう?おそらく開けられなくて困ってるじゃないですかねえ》

「で、でも。バックヤードもカウンターの中も関係者以外は立ち入り禁止ですよ」


佑がそう言うとフィーアは《そうですね》と何かかを考えている様子だったが、やがて《そうだ、こうしませんか》と佑のほうにずいっと顔を近づけてきた。


《私のもう1つの腕には特殊加工が施してあるので、センサー系統に検知されずに誤魔化せるはずです。その間にドアを開けて救出すればいいじゃないですか》

「そんな……うまくいきますかね」


佑がしぶるとフィーアは《はい、これ。お貸ししますよ》と背中から生やした機械じかけの腕の片方を肘のあたりから外して差し出してくる。外された腕は指先を握ったり開いたりしてそれ自体が意思を持っているかのように動いている。


《さあ、行ってらっしゃい。大丈夫です、上手くいきますから》

「じゃ、い、行ってきます」


佑は片手にフィーアから渡された腕を持ち、カウンターの中に入る。通る時に認証する小さな電子音がしたが警報は鳴らず大丈夫だった。そのままフィーアの腕を使ってバックヤードのドアを開ける。開けた瞬間に飛び出してきたAlice.と衝突しそうになって横に避けた。疲れた様子のAlice.はカウンターに向かってきているフィーアの手に止まる。


「佑、ここで何してるの?関係者以外がカウンターに入ったら警報が鳴るはず……なのだけど」

「ご、ごめん母さん……あの僕、父さんの様子が心配で。もうすぐシンクロが切れそうだったから」


佑はさっとフィーアから託された腕を背中に隠し、しどろもどろになりながら叱ろうと表情を険しくする亜紀に状況を説明した。


「それじゃあ、わざと入ったわけじゃないのね?」

「うん」

「……わかったわ。もし誰かに聞かれたらセンサーの誤作動だって言っておくから。お母さんまだこの後も仕事があるから、お父さんと先に家に帰っててくれる?」

「わかった」


佑は素直にうなずくと、亜紀に手を振った。フィーアは軽く亜紀に会釈をすると元いたソファに佑と一緒に戻っていって座ってから《美しい方ですな母上は》とひっそりと囁くように言った。


「あれ、フィーア博士は僕の母と会うのは初めてでしたっけ」

《ええ。一瞬だけ別れた妻を思い出しました》

「離婚……されてるんですか?」

《はい。自分の研究に没頭するあまり、妻とうまくいかなくなってしまいましてね……ある日突然出て行ってしまったんですよ。それからはあの森の奥でグラウと暮らしてます》


フィーアは佑から返してもらった腕を戻しながら、手の上のAlice.を空いているほうの手で軽くつつくが反応は鈍い。佑はソファに置いていたリュックからブラックボックスを取り出して床に落とし、Alice.を充電する巣に変えた。接続ケーブルを近くにあった図書館の利用者が自由に使えるコンセントに差しこむ。


「そういえば、グラウくんは元気ですか。うちの父よりは修理が早く済んだって聞きましたけど」

《ええ……まあ早く済んだのは父上がグラウを停止させる時にわざわざ脳が入った頭部を狙うの避けてくれたからでしょうな》

「そうなんですか。それで……父はあんな姿に?」

《そうです。他人を守って戦うなどなかなかできることじゃないですよあれは……。きっと彼は貴方の母上を深く愛してらっしゃるのでしょうな。なんとも……羨ましいかぎりです》

「そうですね。僕もそう思います」


佑が巣の中のAlice.に目を向けると眠ったように目を閉じていた。佑が指先でつついてみてもまったく起きない。


《充電にはどのくらいかかるのですか》

「あ、ええとだいたい1時間くらいです。母からは先に帰宅するように言われてるんですけど……このまま放っていくわけにもいかないので」

《はあ、なるほど。それじゃあいい喫茶店を知ってるのでそちらに移動しましょうか。たぶんここよりは落ち着くと思いますよ》

「え、どこですか」


佑が尋ねるとフィーアはこの図書館の中にあるのだと教えてくれた。佑の知らない店だった。


「行きます、連れてってください」

《はい。喜んでお連れしますとも》


フィーアはにいっと笑うと佑をソファから立たせて手をエスコートでもするかのように優しくひいた。佑はリュックを背負いなおし、充電を一時中断して巣とケーブルを手に持つと忘れ物がないかだけ確認してフィーアのあとについていった。

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