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第20話 あの夜のあとに②

佑が瀬名のそばに行ってしまうと2人に聞こえないくらい抑えた声で端末の上に止まったAlice.たちが烈火のごとく怒りだした。最後まで口をはさまず静観している予定だったらしいのだが、さっきの話で見過ごせなくなったようだ。特に真木は透の友人として心配していた。


【今の話は本当なのか、自殺行為すぎるぞ。佑くんか僕が間に合わなかったらどうなっていたかは君にも想像できただろう!】

『ああ。分かっていたさ』

【なら、なぜやった?】

『理由は先ほどのとおり、単なる好奇心に負けたのさ』

【ふざけるな!そんな理由があるか。次のアップデートで制限を設けて絶対にいじれないようにするからな】

『……君に任せるよ。好きにしてくれ』


真木の怒りを透はのらりくらりとかわしていく。隣でフィーアが遠慮がちに発言する。


【あのう……真木博士、あっちのバックアップされた記憶データは一緒に見なくてもいいんですか。小松博士の殺害の件について何か新しい発見があるかもしれませんよ?】

【……そうですね。行きましょうか】


瀬名と佑の見ているパソコンの近くまでAlice.たちが移動する。真木のAlice.は瀬名の肩に、フィーアのものは佑の頭の上に止まった。それを合図に瀬名が待機させていた記憶データの映像を再生させる。映像の日付は2050年の1月。透が事故に遭った日だった。瀬名がキーボードをたたき、問題の場面まで早送りする。別室の真木とフィーアは手にした携帯の画面をくいいるように見つめる。


【……これじゃ本当に亜紀さんが刺したのか分からないな。瀬名くん今の、別の角度からも見られるかい】

「はい、やってみます」


瀬名がキーを押し、反対側から見たものと上から見たものとを2画面同時に表示させる。再生すると「あっ!」と佑が叫んだ。


「瀬名さん今の父さんと母さんが映ってるところ……スローにして拡大できますか」

「え。ああ、できるよ。何か見つけたのかい」

「今ちらっと、父さんの手が母さんの持っている包丁を掴んでいた気がして。こう、強く押しとどめるようなかんじで」


佑が自分の手ぶりで伝えると映像を再度確認した瀬名が「本当だ……止めてる」とつぶやく。佑の言ったとおり、家の玄関ドアから道路へ出た透は亜紀が向けた刃先を手が傷つくのもかまわずに必死に止めていた。亜紀が泣いている。


〈私とあの子のこと……愛してるって言ったのは嘘?〉

〈嘘じゃない……信じてくれ亜紀。私は君に嘘をついたことがあったか?!〉


亜紀が無言で包丁をぐっ、と強く押す。刃先が血で濡れた透の両手のひらを滑って、着ている喪服のような黒いスーツの胸元に届いた。


〈……いいえ。一度もないわ。でも〉

〈でも……なんだい〉

〈時おり、もしあなたがいなくなったら佑と2人で幸せになれるかもって思うの〉

〈亜紀……私は〉


刃先がさらに強くあてられて透が痛みにうめく。瀬名が視点を切り替えると道路のはるか向こうから白い車体が走ってくるのが見えた。それに気づいた透は亜紀に早口でこう言う。


〈亜紀、そんなに邪魔ならこのまま私を刺せ。刺したらそのまま奥に突き飛ばして君は家に戻れ〉


透が亜紀の手に血まみれの両手を添えて、包丁を突き立てるように誘導する。


〈ほら、早く!〉

〈で、でも〉


亜紀がためらう。透は小さく舌打ちし、亜紀の手から包丁をもぎ取ると思いきり胸を刺す。皮膚を裂く鋭い痛みと刃先が心臓まで達したのを確認すると亜紀に向かって〈突き飛ばせ〉と叫んだ。亜紀はなおためらっていたが倒れた透に近づくと一度体を抱きおこしてから指示されたとおりにした。あたりを見回し誰にも見られていないことを確認してから、家の玄関まで走っていく。ドアを閉めた時にどんっ、という重いものを突き飛ばしたような大きな音がした。


〈……亜……紀〉


撥ねられて道路を数メートルほど転がった透にはまだ息があった。ただ視界は目が潰れたのか出血して真っ赤に染まっていた。胸の包丁は最初よりもずっと深くまで刺さり、背中まで貫通しているのを察する。衝突した勢いで柄が折れ、刃の部分だけが残っている。


〈すま……な……い〉

〈私……は〉

〈君……を……しあ〉


【エラー。記憶終了。この先はデータの破損のため閲覧できません】


再生された透の最期の記憶のあまりの生々しさに佑、瀬名、別室から観察している真木とフィーアも絶句するしかなかった。


【瀬名くん、これ……。バックアップのデータ元はもう小松博士の中にはないよね】

「ええ……あの時に完全に削除したので残っていません。もし仮にあったら小松博士でなくてもきっと……耐えられないでしょう」


パソコン画面を見つめながら瀬名は涙を流していた。佑も泣いていた。肩と頭の上のAlice.たちも同調するように悲しげに鳴いた。


「……父さん!」


佑が簡易水槽までかけていく。水槽のガラス面にそっと額を押しあてる。今すぐに抱きしめてあげたいのに体がないのがもどかしい。


『どうした佑。泣いてるのか。ああ……そうか、あれを見たんだな』

「今まで疑ってて、ごめんなさい……!父さんはただ、母さんを助けたかったんだね」

『あれを綺麗事で済ませるのならば……そういうことになるな。白昼堂々の事件だったんだが、幸いなことに目撃者はゼロ。警察には通報すらされなかった』


ごぽり……と息継ぎのように水槽の中に泡が漂う。瀬名が「今のご時世にそんなことあるんですか」と簡易水槽のほうを向いて尋ねる。


『あるとも。私が絶命した後、遺体はすぐに病院からRUJに引き取られた。妻が先に真木に連絡していたんだ。事故現場の証拠は跡形もなく消すように業者に頼んだらしいがね。あとは君が知ってるとおりさ』

「……そうだったんですか」


瀬名は表情を曇らせる。真木からは透が友人であることと妻子がいること以外は何も知らされていなかった。今見た記憶はバックアップを取る前に一度見てはいるが、今回は複数の視点を切り替えて見たことによってそれが自分自身の身に起こったかのような錯覚を感じた。


【お話の途中すみませんが、今夜はそろそろ寝ませんか?明日も機体の修復作業がありますし、瀬名さんもご子息もお疲れでしょう】

【……そうですね。今24時ちょうどなのでそうしましょう。ああ瀬名くん、亜紀さんと佑くんのAlice.の中のライヴ配信のデータはこっちで消しておくよ。じゃあお休み】

「了解です、お休みなさい」


瀬名がそう返すとAlice.たちの青色に発光していた瞳から光が消えた。録画終了の合図だ。真木とフィーアとの繋がりが切れたので通常モードに戻ったAlice.たちは小鳥の姿をしたロボットらしく瀬名や佑の手に乗ってきたがどこか疲れた様子だ。おそらく先ほどの配信で内部バッテリーの電力を消耗したのだろう。


「瀬名さん、Alice.の充電用のネストって持ってますか」

「ああ、あるよ。はいこれ」


瀬名は佑に白衣の裾ポケットから取り出したものを投げてよこした。佑が手を伸ばしてキャッチする。ボール状のブラックボックスだった。


「本当は純正の製品のほうがいいんだけど、僕は面倒くさがりだからこれを変形させて使ってるんだ。頭の中で欲しい物の形を思い描いてから床の落とすだけだからね。接続ケーブルのほうは持ってる?」

「はい、それは大丈夫です。これ借りてもいいんですか」

「うん。僕はあんまりAlice.を使わないから遠慮なくどうぞ」


瀬名から許可をもらった佑は早速ブラックボックスを簡易水槽を納めた台から少しはなれたところに落とした。球が佑のひざ下くらいの大きさの黒い鳥小屋に変化する。小屋の中にはあたたかそうな藁を模した巣が敷かれている。突然現れた巣に気づいたAlice.が2羽ともやってきて小屋の中へもぐりこんだ。頭をかわるがわる外に出して外の様子を探っている。佑は部屋の隅に置いていた自分の外出用の白いリュックから巣に接続する充電ケーブルを出してきて鳥小屋に繋いだ。コンセントにプラグの先をさすと充電が始まり、中にいたさっきまでせわしなく動いていたAlice.たちは目を閉じておとなしくなった。

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