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第18話 再会②

佑が瀬名に指定された部屋に入ると椅子でそのまま仮眠をしていた真木とフィーアが出迎えた。佑は疲れた様子の2人に気づかいがちに瀬名の居場所を尋ねる。


「ああ、瀬名くんなら自分の部屋に大急ぎで掃除をするとか言って戻っていったよ」

《こんばんは、坊ちゃん。またお会いしましたな。お父上は瀬名さんと一緒ですよ》

「ありがとうございます。父がご迷惑をおかけして本当にすみません」


佑がお礼をしてから謝罪すると真木とフィーアは気にしないでというように首を横にふった。


「それより早く行ってあげるといい。君と話したいことがあるそうだから」

「父が……僕と?」


佑は真木の言葉にピンときていない様子だが、再度礼をすると部屋を出て行った。真木は欠伸をし、フィーアも眠気に負けそうになってうとうとしている。


《そろそろ我々も部屋へ戻りましょうかね。ここで寝ると寒さで風邪をひきそうですし》

「ええ。そうですね。よければ、僕の部屋が空いているのでいらっしゃいませんか?まだ

部屋の割り当ては決まってなかったでしょう」

《よろしいのですか?私がお邪魔しても》

「はい。広いので大丈夫ですよ。案内します」



部屋のドアがノックされると瀬名はいつもの癖で反射的にびくっ、と体をこわばらせる。外にいるのが佑だとわかると安心して開け、中に招き入れた。自室は長いこと掃除されてなかったのか床や机、本棚にいたるまでなにかの書類が散らばっている。


瀬名はそれを足元に置いた宅配便の大きめの段ボールへしまっているところで、透の脳が入った簡易水槽はこの部屋の中で比較的安全そうなブラックボックスを変形させた台に置かれていた。


「ご、ごめんね佑くん。すぐに片づけるからそこらへんに座っててよ」

「あの……よかったらお手伝いしましょうか」


佑が申し出ると瀬名は「大丈夫だから」と言って首をふる。足元の段ボール箱はすでに書類の山で満杯で今にもあふれだしそうだ。瀬名は段ボール箱を見て「やっぱりブラックボックス使うか、あれの容量って無制限だしなあ」とつぶやく。そして白衣の裾ポケットからゴルフボール大の黒い球を出して床に落とす。


ブラックボックスは今瀬名の足元にある段ボールとそっくり同じ形になった。佑の見ている前で拾い集めた書類をどんどん入れていく。数分も経たないうちに部屋の中へ散らばった書類はなくなった。それだけでも少しは清潔に見える。


「それ……すごいですね。RUJで開発したものなんですか?」

「うん、そう。だいぶ前の商品なんだけどね。どんな形にもできるし、どんなに重いものでも持ち運べるから便利だよ」


瀬名が得意げに言うと佑は「へえ」と目を輝かせる。瀬名は書類を詰めこんだブラックボックスの蓋を閉じると元のボール状に戻してからしまった。もう1つのボックスに安置していた簡易水槽の前まで歩いて行くと「小松博士、掃除終わりましたよ」と声をかける。


『ああ、お疲れ様。佑は来ているようだね。よければここに呼んでくれないかい』

「はい。ちょっと待ってくださいね。佑くん、お父さんが呼んでるんだけどいいかな?」


瀬名は佑のそばに行くと手で簡易水槽を示す。佑は一瞬顔をひきつらせたが、深呼吸を数回繰り返すと落ち着いたようで「はい」と小さくうなずいて簡易水槽の前に向かった。佑が近づくと水槽の中で疑似血液を含んだピンク色の水が揺らめき、細かな気泡が漂った。台に立てかけてあった瀬名のタブレット端末が反応して音声に変換する。


『……よく来たな佑。母さんは元気かい』

「……うん。父さんがちゃんと守ってくれたから大丈夫だよ。今日も昼から図書館に仕事に出かけてる」

『そうか。それは良かった。あんな別れ方をしてしまったから泣いていないか心配だったんだ』

「大丈夫だって。それより父さんは自分の体のほうを心配したら。こんな状態じゃいろいろ不便でしょ」

『そうだな。ここ数日は聴覚だけで過ごしてる。まあ、体がない分怪我をする心配はないがね……。ん?佑何かつれてきたのかい』


透から指摘されてはじめて佑は「え?」と驚く。すると佑の着ている白いジャケットの内側から小鳥が2羽飛び出してきた。小鳥たちはくるくると簡易水槽と佑の周りを飛び回ったあと、台に置かれたタブレット端末の上に並んで止まった。


『この鳴き声は……Alice.か。どうやら2羽いるな。なら片方は……母さんのやつだな』

「え、父さん今のでそんなこともわかるの?」

『ああ。この状態になってから空間認識能力が発達したらしくてね。ほんの少しの物音でもだいたいの状況は分かるようになった』

「そうなんだ。あ、Alice.って母さん持ってたっけ?」

『うん。去年の誕生日にこっそりプレゼントしたんだよ。佑の持っているものに比べるとだいぶ本物の鳥に近い見た目のはずだ』


佑は透に言われてタブレット端末の上に並んだ小鳥たちをよく観察してみる。佑のAlice.はいかにも機械的な印象を受けるが、亜紀のAlice.は本物の鳥だと言われたら信じてしまいそうなほど精巧に造られていた。さわった青い羽毛の感触もとてもリアルだ。佑にさわられても飛んだり威嚇したりせずにじっとおとなしくしている。


「すごくおとなしいね母さんのAlice.は。僕がさわっても怒ったりしないし」

『ああ、そうだろう。一応家族のデータは登録してあるが本物の動物と同じように1体ずつ個性が出るようにプログラミングしてあるんだ』

「へえ……!それって、使う人の分だけいろいろなAlice.がいるってこと?」

『そういうことになるな』


佑が再び目を輝かせる様子を瀬名は部屋の入り口にあった椅子に座って眺めていた。こんなに楽しそうに父親と話す彼を瀬名は見たことがなかった。こっちまでつられてしまいそうな和やかな空気につい瀬名のほおが緩む。そこでふとある疑問が浮かんだので口にする。


「あの……佑くん。お母さんにはRUJに行くって伝えてあるかい?そろそろ家に帰ったほうがいいんじゃないかな」

「それなら大丈夫です。あと今夜は父さんと話したいからここに泊まるって連絡しときます」

「えっ?ええ、それはまあ……職員証はもってるから追い出されないとは思うけど。ここに泊まるのかい、僕の部屋狭いよ?」


瀬名が念をおすようにいうと佑は「よろしくお願いします」とだけ言ってにっこり笑った。瀬名は佑の笑顔に負けてつい「いいよ」と言ってしまった。


「ありがとうございます瀬名さん!」

「う、うん。そういえば佑くん食事とかどうするの」

「それなら……ここの食堂って職員証があればタダでしたよね?あと寝袋を持ってきたので床で寝ます。明日の朝には帰りますから」


用意周到な佑に瀬名は再度「うん」とだけ返した。ほんとにしっかりしてるなあ。僕も見習わないと……。瀬名は佑と話しながらそう思った。

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