RUJの別室から透の機体の修復のモニタリングに集中する瀬名。机の上に置いていた携帯電話が短く振動した。出ると佑からだった。
「もしもし、佑くん?ちょっと今作業中で手が離せないから後からかけ直すよ」
『すみません、わかりました』
瀬名が携帯を机に戻すと再びモニター画面を見つめる。そのかたわらでごぼ……っと簡易水槽に浮かんだ透の脳の周りに渦をまくようにピンク色の気泡が漂った。簡易水槽のガラス面に斜めに立てかけたタブレット端末が反応する。
『……どうかね様子は。だいぶ難航してそうかね』
「ええ。勝手にこんな部屋につれてきてしまってすみません小松博士。今回の機体の修復は破損したパーツと全身の人工皮膚と筋肉を張り替える必要がありますから、どのくらいかかるか僕にも想像がつきません」
『今回は真木に加えてドクトルが作業を手伝ってくれるんだろう?』
「はい。人手は多いほうがいいですし。まあ僕はこうして様子を見てるだけしかできないんですけどね」
『いや。君はいてくれるだけで頼もしい。本当に助かるよ』
ごぽり、と瀬名を褒めるように簡易水槽に泡が舞う。瀬名は透に褒められたのが急に恥ずかしくなり「褒めても何にもでませんよ」と茶色く染めた髪と眼鏡のフレームを指でいじる。
「僕のほうこそ小松博士に助けられてばっかりです。今部屋に1人だったら心細くて作業が進みませんよ。こうやって話していると落ち着きます」
『そうかね。体はないが、君と話していると私も穏やかな気持ちになれる気がするよ』
瀬名にそう返した透はくすりと笑った。瀬名もつられて笑う。そこへ修復真っ最中の真木とフィーアからモニター越しにに小言が届く。
『ずいぶん楽しそうだね瀬名くん。ちゃんとモニタリングを頼むよ』
『まあまあ、真木博士。いいじゃないですか。瀬名さんあなたもしかして今、簡易水槽とご一緒で?後からこちらに返してくださいね。その中にある小松博士の脳がないといくら機体を直したところで無駄ですから』
「はっ……はい!すみません」
瀬名は椅子に座ったままで2人が目の前にいるわけではないのにしゃんと背筋を正す。その横でタブレット端末が反応して『そんなに急かさなくてもいいだろう真木』とつぶやいた。
『あなたもそこで大人しくしていてくださいよ小松博士。といっても……逆に手も足もでない状態でよかった。これ以上のトラブルは僕らの手には負えませんので』
『ああ、そのつもりだよ。もちろんだとも。それとこう見えて退屈なんだ……瀬名くんとの会話くらい大目にみてほしいんだが』
端末がぼそり、と透のつぶやきを再生する。瀬名もうんうん、と後押しするようにうなずく。
真木が深くため息をついたのが聞こえた。フィーアのほうはいつものようににやりと笑ってこの状況を面白がっているのに違いない。
『わかったよ、許可しよう』
『良かったですねえ瀬名さん。ではお2人ともごゆっくり。あと少しで今日の作業が終わります』
フィーアは何かをいじりながら話しているらしく、時おり金属がこすれるような音がしている。瀬名がモニターで確認すると修復の済んだ骨格パーツをはめているようだった。
『……今、何時くらいかね瀬名くん』
「え、はい。えっと、今そうですね20時くらいです」
ふいに質問されて瀬名は自分がしている腕時計の文字盤を確認した。作業を始めたのは13時すぎだったはず。つまりトイレ休憩をはさんでも8時間はぶっ続けでモニタリングに集中していたということになる。どうりで頭が重たいし、両目の奥が痛むはずだ。瀬名は椅子から立ち上がって大きく背伸びをする。
『ありがとう。この状態だと耳しか聴こえてない状態なので分からなくてね』
「いえいえ。小松博士はどのくらいにいつもお休みされるんですか?」
『ん……日によるけれど明け方まで起きてるのは常だったね。RUJに居残ってることも多かったから』
「夜更かしと居残りがちなのは僕も一緒ですね。あ、お疲れ様です!」
瀬名が会話をやめ、別室のドアが開いたタイミングで深く頭を下げた。疲れはてた様子の真木とフィーアが入ってきて近くの椅子に座りこむ。そこで瀬名の携帯が再度鳴った。真木とフィーアに断ってから出る。佑からだった。
『もしもし、瀬名さん。今RUJの入り口のロビーにいるんですけどそっちに行ってもいいですか?』
「うん。さっき今日の作業が終わったところだから大丈夫だよ。佑くん職員証は持ってるよね?はら1番最初にここに小松博士と来た時に作ったやつ」
『はい。持ってます。どこにいけばいいんですか?』
瀬名は地下4階にあるモニタリング用の部屋にいることを伝えると佑は『わかりました』と言って通話が終了した。
《よほどあなたのことが心配なのでしょうなご子息は。まあ、今の状態を見たらさすがに驚かれるかもしれませんが》
『……そうかもしれませんね。この姿はほとんど見せたことがないですから。彼に怖がられないか不安です』
フィーアに対して透は素直に不安を口にした。普段は見せない態度にフィーアは《貴方らしくないですな》と言って椅子の背もたれに倒れこむ。
《この間、初めて私の自宅を訪ねて来た時から少々気にはなっていたのですが失礼……小松博士、ご子息との関係は良好ですかな?》
『…………いいえ。今までの生活を思いかえしても、彼とはすれ違ってばかりだと思います。家にいてもほとんど話す機会がなかったので』
《ははあ、なるほど。だったらちょうど良い機会ではないですか。今からここに来るのですから、今夜はゆっくりとお2人だけで話されてはどうです》
フィーアが提案すると瀬名と真木もそれがいいとばかりにうなずく。
『そうですか。では……お言葉に甘えてそうさせてもらうことにしましょう。瀬名くん、どこか空いている部屋はあるかね。できれば……暖かい部屋がいいのだが』
「えっと、ありますよ。僕の自室なんですけど、だいぶ散らかってますがいいですか?」
『ああ。かまわないよ。息子と静かに話せるならね』