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第9話 勧誘(スカウト)

《……よろしかったんですか、お連れの方を先に帰してしまっても》


透の後ろでフィーアが残念そうに言う。手術台の上のグラウは先ほどので気を失ったのか目を閉じている。


『彼は優秀だが、ああ見えてかなり気が弱いんだ。あまりここには長居をさせないほうがいいと思ったんですよ』

《お優しいんですねえ。はあ……反吐が出そうだ》


フィーアが低くつぶやき、バキバキと嫌な音を立ててグラウの解体を再開する。手術台の上のグラウは体がもうほとんど原型を留めておらず、頭部だけが残っていた。

フィーアが後から出した腕のほうでグラウの頭部を無造作に掴み、破壊しようとする。透はそれを静止した。


『……待った、その中身は機械ですか。それとも生身ですか』

《ああ……やはり気になりますかな?確認したいのならご自分でどうぞ》


フィーアがぽんっ、と無造作にグラウの頭部を透に投げてよこす。透は両手で頭部を受け取るとグラウの髪を両手でかき分ける。一部がへこんだり潰れたりしているので、内部を覗くには少し力をかければよかった。わずかな割れ目から中を透視スキャンする。


(これは……)


スキャンを終えた透の顔が恐怖で引きつる。グラウの頭部の中身は機械ではなく……生身だった。


《おや……その顔はお気に召しませんでしたかな?《《同じじゃないですか》》。今のあなたと》


フィーアが透の顔を見て口角をつりあげてにんまりと笑う。その顔に透の中で静かな怒りがわきあがった。今すぐに殴りつけて殺してやりたいほどの衝動にかられる。


【推奨:通常から戦闘モードに移行しますか?】


透の脳からの感情の起伏を検知した機体側からの提案が視界の端にちらつくが一切無視する。それはできない。

極秘で製造された機体が殺人を犯したとなれば、今後RUJの運営に傷がつく。


(真木のやつ、よりによって私のガワに戦闘用のモデルを使ったのか。後から文句を言ってやる……!)


隙あらばモードの移行を勧めてくる自らの機体からだを抑えつけ、透は必死に冷静さをよそおう。


『そう……ですね。いや、しかしもったいない。貴方のような素晴らしい技術を持った方がこんな地下層でくすぶっているなんて』

《なんと。このタイミングでスカウトですか?それなら無駄ですよ。私はここから動くつもりはないですし。まあ……条件によってはお受けしないでもないですけどねえ》


フィーアはなかば興味なさそうにつぶやく。透はこの状況をなんとか打破したくて話を続けた。


『ウチに……RUJに来ませんか?フィーア博士』

『そうすれば……貴方の造ったグラウくんのことはこの先誰にも口外しません。それに修復も全面的にRUJでお手伝いしましょう。どうです』

《は……?それ、本気でおっしゃってるんですか》


フィーアは胸の前で長い指を組み合わせ、透からのスカウトの条件を吟味している様子だ。しばらく沈黙した後に《……のった》とつぶやき、透の手をつかんで握手した。


『……承諾いただきありがとうございます、そろそろ上に戻りましょうか。ここは……どうも気温が低すぎて私の頭部の生体部品のほうにも影響が出そうなので』

《ああ、そうでしたか。いや……気遣いが足らず申し訳ない。私はもう慣れっこなもので》


フィーアは長い指先で自分の着ている薄いシャツをつまんで見せ、にいっと笑う。透も短く微笑み返し、上の階に戻るためスラックスのポケットから自分の分のペンライトを取り出して点灯させる。来た時と同じようにフィーアが先に立ち、2人は螺旋階段を元来た方向へ登り始めた。



佑の寝ている部屋に先に戻って来た瀬名は透の機体内部の様子を自分の携帯の画面でモニターしつつ、何もなかったことにほっとしていた。あの雰囲気ではいつ何が起きてもおかしくない。


《しばらくお待たせして申し訳ありませんでした。彼の様子はどうです?》


瀬名の背後から気づかうような声がかかり、振り向くとフィーアと透が部屋に入って来たところだった。


「お帰りなさい。ああそれなんですけど……佑くん、まだ目を覚まさなくて。熱は下がったみたいなんですけど」


うろたえる瀬名。透がベッドのそばの丸椅子に移動し、目を閉じた佑の額にカーキ色の手袋をはめた手をあてる。この場所に来る前に感じた焼けつくような高温はなく、念のために全身をスキャンしてみたがどこにも異常はなかった。


『……佑、熱は下がっているはずだ。そろそろ起きなさい、家へ帰ろう』

「うん。心配させて……ごめんなさい」


佑は閉じていた目をゆっくりと開き、寝返りを少しするとベッドの端に座るようにして体を起こす。透の頬のあたりに鋭いもので引っ掻いたような傷痕を見つけるとおそるおそる片手を伸ばしてふれてくる。


「父さんこれ、どうしたの?」

『ああこれか。擦りむいただけだから心配しなくていい。じきに治る』

「そう。よかった」


透は息子を心配させまいと嘘をつく。フィーアにつけられた傷は案外深かったがアップデートによる自己修復機能が働いているため、ほとんどがふさがってきていた。佑は安心した表情になると後ろに立っているフィーアを見上げ、ベッドを借りたお礼を言った。


《いえいえ、とんでもないですよ坊ちゃん。そういえば貴方の父上から先ほどスカウトされましてねえ……これからRUJで働くことになったんですよ》

「えっそんな話聞いてないですよ僕。真木博士には相談しなくていいんですか?」

『まったく、君は心配症だな瀬名くん。もちろん今から連絡するさ。グラウくんの件もあるからね』


いまいちピンときていない瀬名。透がRUJでグラウの修復を行う予定だと伝えると「さすがにそれはまずいんじゃ……」と言って頭をかかえた。


「地下層の人やものを地上層に持ち出すことは原則として禁止になっていて、持ち出すにしても証明書が必要なのはもちろんご存じですよね、小松博士」

『ああ、心得てはいる。だから彼らが通報されずに地上へ出られる方法を一緒に考えてほしいんだ』

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