フィーアに案内されて佑、瀬名、透たちがたどり着いたのは今にも崩れそうな廃墟にしか見えない一軒家だった。周りを森の木々に囲まれているせいで余計に不気味に見える。
「こ、これは……想像以上にひどいですね」
『まあ、な。RUJの我々の自室に比べればマシだろう』
前を歩くフィーアに聞こえないように小声で瀬名が透に囁く。透もうなずき返した。
「……父さん、ここに入るの?」
透の体にしっかりしがみついている佑がか細い声で尋ねる。顔が青い。
『……心配するな、ちょっとよって帰るだけさ。それより佑、顔色が悪いぞ。大丈夫か?』
「う、うん……」
「もし気分が悪いなら、フィーアさんの自宅で休ませてもらえるように僕から言おうか?」
瀬名の提案に佑は首を横にふって「大丈夫だから」と言うが、顔色がどんどん悪くなっていた。体が小刻みに震えている。
『佑、大丈夫か』
「佑くん?」
「だ、大丈夫……」
透にしがみついていた佑がふらついて地面に倒れる。透が急いで佑の体に触れると手足が冷たくなり、額が燃えるように熱かった。
「……小松博士、僕フィーアさん呼んできます‼︎」
『すまない、頼む』
異変を察した瀬名がフィーアを追いかけてかけ出す。透はただ息子を抱きかかえていることしかできなかった。
*
《大丈夫。おそらく極度の緊張によるストレスからの発熱でしょう。ゆっくり休めば治ります》
ベッドに寝かされた佑の横顔を見ながらフィーアがそばの丸椅子に腰かけた透と瀬名に説明する。
『……今までこんなことはなかったんですが。すみません、つい慌ててしまって申し訳ない』
《かまいませんよ、ベッドを貸すくらい。とにかく……ご子息が目を覚まされるまでそっとしておきましょう》
「すみません、ありがとうございますフィーアさん」
透と瀬名が交互に謝罪するとフィーアは《いえいえ》と頭をふった。
《お2人とも、よければその間にウチの研究室を見に行きませんか。作品をご覧になりたいのでしょう?》
「ええ……じゃあ、お言葉に甘えて」
瀬名に合わせて透もうなずく。
《ではこちらへ。ああ、下の研究室は暗いのでお気をつけて》
フィーアが忠告し、大きめのペンライトを手に先に立って歩き出す。透と瀬名はフィーアに連れられて地下に続く螺旋階段を下へ下へと降りてゆく。一段降りるたびに温度が下がっていくようだ。
(さ、寒い)
瀬名は薄めの上着を着ていたことを後悔した。下はいつもの白衣しか着ていない。
『ずいぶん下に下りるんですね』
《ええ。後少しですよ》
寒がる瀬名に対して寒さを感じない透はともかく、素肌に白衣と黒のチョッキ一枚というかなりの薄着に見えるフィーアは寒さを顔にすら出していない。瀬名は内心で「この人もしかして
《着きました、この先です》
フィーアが2人のほうを振り返り、指紋を使った生体認証でドアのロックを解除する。ドアが開かれると冷気が吹きつけた。
《さあどうぞ、中へ》
フィーアが手で中に入るように示す。透と瀬名は言われるがままにドアをくぐる。一気に寒さが増した気がした。
《……どうです、私の作品は。美しいでしょう》
研究室に入った透と瀬名は何も言えずにいた。フィーアが近よってきて感想を求めてくる。一言でいえば異常だった。鉄板を打ちつけた床一面をグラウと同じ背格好をした物体が埋めつくしている。中央に置かれた古めかしい手術台の上だけが空だ。
「これは……一体なんなんですか。グラウくんでは、ないですよね」
《ですから、失敗作ですよ。生かしておいても無駄なので昨日廃棄したばかりです》
瀬名がかすれた声で問いかけた後、顔を青くして口元を手でおおう。今にも吐きそうだ。代わりに透が質問する。
『失敗作?これが……全部ですか』
《はい。元々は軍事用の戦闘に使う兵器として開発したんですが、毎回途中で自我が芽生えてしまってどうしても上手くいかないんです。なんでですかね》
小さく舌打ちしたフィーアが唐突に足元のグラウの残骸を蹴り上げた。乾いた音を立てて床に頭部や腕、胴体が外れて転がる。透が顔をしかめた。
《そういえば見たところ貴方、小松博士……人間じゃないですよね?だってここ氷点下ですよ。人間ならとっくに寒すぎてがたがた震えてます。ねえ、なんで失敗するのか教えてくださいよ》
ざらざらと残骸をかき分けてフィーアが透と瀬名のほうに近づいてくる。その両目に再び狂気が色濃く宿っていた。
「こっ小松博士……逃げたほうが」
『待て瀬名くん、動かないほうがいい。何をされるかわからん』
「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」
瀬名が青くなっている間にフィーアが距離を詰めてきていた。透の目と鼻の先ににんまりと嫌な笑顔を浮かべた顔がある。いつの間にかその腕が2本増えていた。着ている白衣で見えないようにうまく隠していたらしい。
《あなたを解体したら、理由……分かりますかねえ。ねえ、小松博士》
言うが早いか、フィーアの隠されていた機械じかけの腕の先にある獣の爪のような指が透の顔を思いきり引っ掻く。鼻と頬の人工皮膚と筋肉が裂けて中から疑似血液が漏れ出し、透のシャツや上着に降りかかって汚した。
《ほう……痛覚はあるようだ。その体は金属製ですか?よく出来てる》
フィーアが感心するように言い、透の顔についた傷口の奥をじいっと見つめる。
《中身は?全て機械ですか、それとも生体部品をお使いに?》
『……私の体は全て機械、脳だけが生身ですよ』
透の答えにフィーアが感嘆の声を漏らす。
《なんと素晴らしい……!地上層にこんな技術があったとは驚きです》
フィーアはとても嬉しそうな表情で言い、足元の残骸の中からグラウを抱えあげて空の手術台の上に乗せる。
《……それに比べてウチの作品は、ああなんて出来なんだろう》
フィーアの機械じかけの腕の鉤爪が横たわったグラウの機械と入りまじった細い腕をつかむ。ミシミシと嫌な音がしだした。力を入れているのは明らかだ。
「ふ……フィーアさん、やめてください!そんなことをしたらグラウくんが」
…………バキッ!
横たわっていたグラウが突然目を見開き、痛みに絶叫した。フィーアのもう1つの腕にちぎられたグラウの右肩から先がそっくり収まっていた。
《グラウは失敗作です。すぐに解体《スクラップ》する方がいい……貴方がたは口を挟まないでいただけますか》
目に狂気を宿し、虚ろな表情のままのフィーアが感情のこもらない声で告げる。
《……ここにいたくないのなら上で待っていればいいだけのこと。解体が終わったら戻りますから》
2人の様子を横目で見たフィーアの言葉に瀬名が小声で「も、戻りましょう」と透のシャツの袖を引いて誘う。
『いや……私は残る。彼と話したいんだ。瀬名くん君だけ先に戻れ』
「な、何言ってるんですか。これ以上傷ついたらここじゃ直せませんよ」
瀬名が透の両肩をつかんで揺さぶる。フィーアにつけられた顔の傷口は少しずつふさがってきていたが、まだ疑似血液が
『真木に怒られるのが怖いのか?』
「そ、それはそうですが……僕は小松博士のほうが心配です。どうしてあんなヤツと話なんかしたいんです?」
瀬名がそう言うと透は一言『似ている気がするんだ』と言った。
「え?」
『……彼は私によく似てる、だから放っておけない。これでは理由にならないかね』
「それは……でも、僕は許可しかねます」
瀬名がそれでも渋ると透は少し困った顔で続けた。
『別に構わない。真木に連絡するならしてくれ、上で会おう』
透はそう言うと瀬名の背中を強く押し、研究室の入り口ドアから外に出す。瀬名が驚いた表情で振り返るとすでにドアは閉じた後だった。
「小松博士!ああ……早く連絡しなきゃ」
瀬名は上着のポケットから携帯電話を取り出し、真木にかける。繋がった瞬間、心配していた真木から大きな雷が落ちた。
「すっ……すみません真木博士!」
『で、今君たちはどこにいるんだ?モニターしていたら反応が博物館3階の途中で消えたから心配したんだぞ、中で何があった』
「そ、それがですね……小松博士が」
瀬名は博物館の先の森に入ってからのこと、そこでグラウ、フィーアに出会ってからのこと、佑の異変と現在の状況を簡潔に伝えた。
『……よし、状況は大体わかった。彼の傷はある程度までなら自己修復するようになってるから気にしなくていい。まあこの間みたいな酷いものだと無理だけどね』
「それなら良かったです、僕はとりあえず上の階に戻ります。佑くんの様子が心配なので」
『ああ、そうしてくれ。彼のほうは引き続き君がモニタリングを頼む。その場所はこちらでは感知できないからね』
瀬名は「了解」とつぶやき、通話を切った。螺旋階段を上へ上がりつつ、携帯の画面を透のモニタリング画面に切り替える。
(脳波、ストレス値は異常なし。機体の自己修復機能は発動してるし、今のところは問題ないな)
瀬名は画面を見ながら安心し、携帯を閉じるとくしゃみが出た。
「早く戻ろう」
そうつぶやいたがやはり不安だけが瀬名の中に残っていた。