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第7話 博物館の森にて

地下層3階、その奥に広がる森は近くまできてみるととても広く出口すら見えない。佑はいつか読んだ外国の童話に出てきたような雰囲気だな……と思う。そこだけを見れば今、自分たちがいるのは地下ではないようにも感じる。爽やかな風が奥から吹いて3人の顔をなでてゆく。入り口には「この先、立ち入り禁止」と書かれた真っ白なプレートとがっしりとしたチェーンがされていた。


「……なんだか不思議な場所ですね。このままずっとここにいたくなるよ」

「瀬名さんもですか、僕もです」


瀬名の素直な感想に佑もうなずく。


『確かに。地上層にこういった手つかずの自然はほとんどない……いや、存在しないから余計にそう思うんだろうな。昔は逆だったらしいが』

「なるほど。そうなんですかね……あれ、あそこ何かいません?」


何かを見つけた瀬名が奥の木々の間を指さす。


「でも、この先立ち入り禁止って書いてありますよ」

「うーん、だよね」

『……いや、瀬名くんの言う通り何かいるな。どうやら……背格好からすると子どものようだが』


瀬名の指さす先を見た透が答える。彼の視界上には内蔵された各種のセンサーが木の幹を背にして座りこんでいる奇妙なものを捉え、はっきりと映し出していた。


(これは……一体何だ)


透は今、自分が目にしているものの見当が全くつかずに戸惑う。つややかな短い黒髪、球体関節人形を思わせる華奢な体つきの少年が膝を抱えて座りこんでいる。ただその背中には人間には存在しない、ねじれた黒い木の枝のようなものが2本生えていた。


「父さん、大丈夫……?」


佑に手を触れられ、透は我に帰る。


『……あ、ああ。大丈夫だ』

「小松博士、気分悪そうですけど本当に大丈夫ですか」


瀬名の心配に透は首を縦にふってから自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


『こんな場所に……子どもがいるはずない、きっと私の気のせいだ』

「えっ?」


瀬名と佑がほとんど同時に驚く。


「一応……確認だけしませんか」

『いや……それは止めたほうがいい』


透がきょろきょろと辺りを見回しながら瀬名に小声で囁く。


「どうしてです?」

『君には見えないかもしれないが、この博物館内の各階に数体の警備犬ガードが配置されている。下手に奥へ入ると襲われる可能性が高い』

「……そんな、じゃあどうすればいいんですか」

「そうだよ父さん」


瀬名と佑に抗議され、透がどうしようかと考えこんでいると森のほうからかすかな足音が聞こえてきた。それが3人のいるほうに徐々に近づいてくる。木々をかき分けて現れたのは、灰色の腰のあたりまで届きそうな長い髪に暗い灰色の白衣のような上着を着たこれまた奇妙な男だった。男は瀬名が指さした木のそばに長身を折り曲げるようにしてしゃがみこむと黒髪の少年を両手に抱きかかえる。


《おお、こんなところにいたのか。探したぞグラウ、さあ家に帰ろう》


抱きかかえられた少年は虚ろな目で男の顔を見上げている。男がふと顔を上げ、3人と目が合った。


《おや……博物館の見学者の方々ですかな?もし警備犬を恐れているのでしたら、この先の森は感知されませんから、入っても大丈夫ですよ》


男はそう言うと森の前にしてあるプレートが下げられたチェーンを器用に片手で外し、佑たちを手招きした。


「ど、どうします小松博士」


瀬名が透を見て小声で聞いてくる。隣の佑も何か言いたそうな表情だ。


『せっかくの申し出を断るのは失礼だ。それに瀬名くん、君が最初にこの森に行きたがったんじゃないか、奥が気になるんだろう』

「う……それは、たしかにそうですけど」


透に痛いところをつかれた瀬名が押し黙り、おっかなびっくり外されたチェーンから森に足を踏み入れる。あたりを見回して何も起こらないのを確認して、瀬名はほっと胸をなでおろす。続いて佑と透が入っていくと男がもう一度、入り口にチェーンをかけ直した。


《はは、そんなに怖がらなくてもいいんですよ。誰も取って食ったりなんてしませんから》

「あ、あの……日本語がお上手ですね」


からからと笑う男に佑が質問する。なぜか人見知りをするように透の後ろに隠れて歩いていた。


《ああ!それですか。これですよ、これこれ。実はコレ、一見普通のネクタイに見えますけど私《ワタクシ》が開発した自動翻訳機でしてね……グラウの首にもついてます》


顔をぱっと輝かせ、嬉しそうに話す男がまず自分の首に巻いている蛍光の黄緑色でバツマークが描かれた紫色のネクタイを指さし、次に抱きかかえた少年の首の黒い金属製の輪をさす。


《そういえば後ろの……坊ちゃんはご子息ですかな?》


男が佑をじっと見つめながら尋ねてくる。


『ええ。ところで……あなたは?』

《いや、失敬。名乗るのをすっかり忘れていました。私はドクトル、ドクトル・フィーアと申します》


透が男を訝しむように言うと男は少年を片手に抱き、もう片方の手を胸の前にして舞台役者のごとく大きな動作でお辞儀をしてみせた。


『なるほど。ではドクトル、そちらの少年は?もしやあなたの息子さんですか』


透が反対に質問するとフィーアは《まさか》と言って笑った。


《ふふ、面白いことをおっしゃる。彼は私の息子じゃありませんよ……作品です。しかも失敗作だ》


失敗作だと言ったフィーアの目に一瞬だけ狂気がよぎる。嫌なものを感じとったのか、佑がますます透の後ろにしがみつく。


「あの、作品……とは?」


先頭を歩いていた瀬名が立ち止まり、やっと質問する。


《それはまあ……見てもらうのが一番早いでしょうな。この森の先に自宅があるのでご案内しましょう》


フィーアは瀬名にそっけなく言うと、グラウを抱えたまま先を急ぐ。森へ迷いこんだ3人はこの奇妙な男の後を追うしかなかった。

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