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第6話 週末の予定②

「ええっと、ここの階段を下に降りたら着くはず……なんですけど」


瀬名が自分の携帯に表示させたマップを見ながら首をひねる。地下層に向かうのにまさか通学の時に歩いている道に隠されたマンホールのような円形のふたを開けて行くなんて思わなかったのだ。地上層にある自宅からほとんど外に出ない佑は歩き慣れないせいか、すでに息があがってきていた。


(もう少し厚着してくればよかった)


佑は外出用の白い光沢のある長袖シャツとズボンを着ていたが、地下層の空気が体を冷やす。くしゃみが出た。


「佑くん、大丈夫?僕の上着貸そうか」

「いえ……大丈夫です」


心配した瀬名が声をかけてくる。佑は断ったが、再びくしゃみが出た。見かねた透が自分が着ている緑色の革ジャケットを脱いで佑の両肩にかける。


「父さん別にいいって」

『……無理するな、風邪をひかれたら困る』


そう言う透は淡い水色のシャツ1枚と黒のスラックス姿で逆に寒そうだ。


「父さんこそ……それ、寒くないの?」

『ああ、別に。体は機械だからな、寒くはない』

「ふうん」


佑は隣を歩く透を横目で見ながら借りたジャケットに袖を通す。真新しい電化製品のような匂いがする。


「あっ、あった。このエレベーターに乗ったら博物館まで直行できますよ。行きましょう」


先頭を歩く瀬名が声をはり上げる。目の前にはエレベーターがあり、下降ボタンのみが点灯していた。瀬名がボタンを押し、開いたドアから中に乗りこんで佑と透を急かすように手招く。


『作りが随分古いな……ちゃんと下まで行けるのかね』

「それなら大丈夫だと思いますよ、ほら。階数表示が地下層4階までありますし」


乗りこんだ後エレベーター内を見回した透が少し不満そうにつぶやく。瀬名が佑に目的地の階を聞き、ボタンを押す。ドアが閉まりゆっくりと下降が始まった。



「すごい……こんな場所が僕らが暮らしている下にあったなんて」


地下層3階でエレベーターを下りた佑は、視界いっぱいに広がる展示用のケースの列とその奥に広がる鮮やかな緑色の葉を茂らせた森に目を奪われる。森にはどこから入ってきているのか上から柔らかな陽光が差していた。


「うわ〜……本当だ。あれ、どうなってるんだろうね。それにしても凄い数の展示品だな」


手を額のあたりにかざしていた瀬名が、佑に奥に広がる森を指差して嬉しそうに言う。


「佑くん、今からあっちに行ってみない?」

「あの……僕、見たいものがあるのでそれが終わってからでもいいですか」


子どものようにはしゃぐ瀬名に佑はちょっと面くらって断る。瀬名は「ごめん」と謝り、肩をすくめた。


『……佑、私はここで待ってるから、瀬名くんと一緒に行ってくるといい』

「ええ~小松博士も行きましょうよ。せっかく来たんですから」


瀬名が後押しすると透は胸の前で組んでいた手を離し、肩のあたりに下がった髪を指先でいじる。


『……わかった、君がそう言うなら』


瀬名の勢いに負けた透が佑と瀬名の後ろから数歩遅れてついてくる。博物館内は無人で、3人が歩く音以外の物音は一切ない。展示ケースの中には2050年より前の時代に作り出された様々な書物や食品、衣類やその他のものが細かく分類されて収まっていた。佑や瀬名はそれらを目を輝かせて見入っている。


「あった」


佑が小さくつぶやいてある展示ケースの前で立ち止まる。瀬名も続く。


「佑くんが見たかったものってこれ?うーん何だろうこれ……見たことないな」


佑と一緒に展示ケースの中をのぞいた瀬名が首をかしげる。ころっとした光沢のある赤い楕円形にスピーカーらしきものが2つと上にアンテナのようなものがついている。そばに立てかけるようにして正方形の何かの写真や絵と文字が描かれたプラスチック製のケースが数枚置かれていた。


『それは昔の時代に使われていた音楽プレーヤーとCD(コンパクトディスク)だよ瀬名くん。まあ……今だとほとんど携帯電話かパソコン上でも聴けるようになったから必要がなくなったがね』

「へえ……!そうなんですか。そういや小松博士よく知ってますね」


透の説明に瀬名はただ感心するばかりだった。


『だいぶ昔に……買ったままのやつが私の部屋にあってね。ちなみにそこに一緒に展示されているアーティストのYWOと大喜多永一のアルバムならいくつか持ってるよ』

「えっ父さんそれ本当?」


佑が突然振り向いたので透は驚きつつ「ああ」と答える。


『家に帰ったら私の部屋に来るといい』

「……うん!」


佑が大きく首をふって笑う。透は久しぶりに見る息子の嬉しそうな顔につられて自分も笑顔になっていることに気づく。はっとして真顔に戻すが隣の瀬名から「なんだか嬉しそうですね」と言われてしまう。


「そうだ小松博士。ついでに奥のあれ、近くまで行ってみません?」


瀬名が奥の森を再度指差す。よほど気になるらしい。


『近くまでなら、な。行こうか』

「やった」


呆れた表情の透の横でガッツポーズをする瀬名はまるで少年のようだ。


「佑くん次、あっちの方行ってみよう」

「えっ、ま、待ってください瀬名さん!」


瀬名に勢いよく手を引かれ、佑はあわててついて行く。その後ろ姿を見ながら透がため息をついた。

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