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第3話 青い鳥

一夜明けて。特別な機体である透の破損した体の修理をほとんど不眠不休でしていた真木と瀬名は、ぐったりした様子でRUJの真木の自室の外にある休憩用に設置されたソファに寝ていた。窓から朝日が差しこみ、2人の目を射る。瀬名が寝返りをうつ。


「……ああ〜もう朝か。真木博士、真木博士起きてください」

「んん……悪いがもう少し寝かせてくれないか瀬名くん。頭が働かない」


瀬名に体を揺さぶられた真木は薄目を開けたが再び目を閉じてしまう。


「仕方ないですね……じゃあ僕、コーヒー淹れてきます。真木博士は要りますか?」


瀬名が振り返ってから真木に聞いてくる。真木は無言で首をふる。


「砂糖とミルクは?」


再び首をふる真木。目の下にうっすらと隈ができている。


「わかりました、行ってきますね……ってあれ?」


真木に背を向けて廊下を歩き出した瀬名が何かに気づき、歩みを止めて窓の外を見る。コツコツと嘴で青い小鳥が窓ガラスを必死につついていた。


瀬名が急いで窓を開けてやると外にいた小鳥が飛びこんできて瀬名の横を通りすぎ、ソファで寝ている真木の白衣の上に止まった……かに見えたが違ったらしく、そのまま飛んで真木の部屋のドアの前でぱたぱたとホバリングして再びコツコツとドアを開けてほしそうにつつく。


(一体どこから来たんだろう)


窓を閉めた瀬名は首を傾げる。小鳥が再びつついているドアまで行き、開けてやった。小鳥は中を調べるように飛び回り、やがて台の上に寝かされた透が着ている真新しい黒ネクタイと白いシャツの上に着地をするとツンツン、とつついて彼を起こそうとする。


「あっ、こら。つついちゃダメだって!」


瀬名は部屋に入り、透の胸のあたりにいる小鳥をあっちへ行けとばかりに手で追い払う。ところが小鳥は旋回して再び彼の体の脇に垂直に伸ばされた手の上に止まった。


「……瀬名くん?どうかしたのか」


部屋のドアから外のソファで寝ていた真木が一体何事かと顔をのぞかせる。


「ああ、なんだ。Alice.じゃないか、このタイプは久しぶりに見たな」

「あ、ありす?」

「そう。そこの小松博士が開発した小鳥型ロボット。最近は携帯のLETTERSアプリと連携してテキストや写真データも送れるようになったらしい」


真木はうろたえる瀬名に台の上の透を指し示す。


「きっと誰かが彼にメッセージを託したんだろう。ちょっと見てごらん」

「は、はい。えっと……送り主は、小松……佑?」


瀬名がAlice.に近づき、白衣のポケットから取り出した自分の携帯で機体からデータを読み取ってから口に出す。


「ああ。それは彼の息子さんだね、たしか中学生だったはずだがなんて?」

「父さん、ごめんなさい。母さんが作ってくれた夕食の写真を一緒に送ります……ですって。何かあったんですか」


瀬名が尋ねると真木はうーん、と表情を曇らせる。


「それは……そうだなあ、僕より彼本人の口から聞くのがいいだろう。たぶんそろそろ……起きるころだと思うから」


真木がそう言い終わらないうちに、台の上の透の体が電流でも走ったかのように一瞬びくりと震えた。手の上のAlice.が驚いて飛ぶ。


起こった事が突然すぎて目を見開いた瀬名の前で非常にゆっくりとした動作でその体が上体を起こす。ちょうどホラー映画でよくある死体かゾンビが起き上がったようでなんとも不気味な光景だった。


「おはよう。どうかな、気分は」

『…………その声は真木、か?』


目覚めた透は膝に両手を置き、じいっと真木を見つめ目を細める。


「そうだよ、ちゃんと見えてるかい?」

『ああ……視界は非常に鮮明クリアだ。そちらの彼は?』

「瀬名真一。僕の製作チームの一員だよ、君の体の修復を一緒に手伝ってもらったんだ」


真木に紹介された瀬名は透に軽く会釈する。透の目が瀬名をとらえ、確認するように再び細められた。


『……それはどうも。私の体の損傷はだいぶ酷かっただろう。よくここまで直して……』


そこで透の言葉が途切れる。何かと思えばその目が自分のそばを飛ぶAlice.を追っていた。すっと片手を上げると今まで飛び回っていたAlice.が降りてきて手の甲へ止まる。


「そうだ、息子さんからメッセージが届いていたよ」

『佑から?珍しいな……ああ、なるほど』


真木から教えられ手に乗せたAlice.からメッセージを読み取った透はふむ、と手を顎にそえる。


『この度の私の修理に関して後悔しているようだ。後からメッセージを送り返してみるよ……そういえば瀬名くん君、何かしにいく途中じゃなかったのかな』

「え、そうですけどなんでわかったんですか透さ……あ、いや小松博士」


瀬名が再び驚いていると透は台の上で思いきり伸びをし、胸の前で手を組み合わせる。


『実は……少し前から目は醒めてたんだよ。会話の最中に起きるのも失礼だと思ったからそのまま寝たふりをしていた。このAlice.が窓から飛びこんで来たから真木に頼まれたコーヒー、淹れ損なったんだろう。なんなら私が淹れに行こうか?』

「そ、そうでしたか。ああすみません、お願いできますか」


自分が今からしようとしていたことを透に言い当てられた瀬名は少しとまどった挙句、愛想笑いをした。言い返す言葉もない。


『コーヒー、砂糖とミルク有りだったな。行ってくる』

「お、おいおい。まだ目が覚めたばかりだろう、急に動いても大丈夫かい」


すたすたと台から下りて真木の部屋から出ていこうとドアに手をかける透の背中に、真木が心配そうな顔をする。


『まったく真木……心配性だな君は。大丈夫、最高に調子が良いんだ』


透はそう言い残すと外に出ていってしまった。部屋に残された瀬名と真木は二人して顔を見合わせる。


「いっつもあんな感じなんですか小松博士って」

「ああ……うん。彼、人の話をほとんど聞かないタイプだからね、そこは変わってないなあ」


あっけにとられた表情の瀬名に真木はそう返してため息をつく。


「何かあっても大変だから一応見にいこう」

「他の社員に気づかれてもまずいですしね」


2人は再びうなずき、透の後を追って廊下に出る。柔らかな日差しが気持ちのよい朝だった。

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