目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第2話 ある夜の出来事②

「……父さん、ごめん……」


大きく振りかぶられた金属バットが後頭部に何度も何度も直撃する。振り返らなくても誰がやっているのか機体の部分が感じとって勝手に処理してしまうのではっきり分かってしまう。

息子の佑が泣きながら自分を殴っているのだ。少し前に階段から落ちた時の衝撃で、背骨のほぼ真ん中のあたりから下半身が破損した上に真っ二つにされてしまった。人間ならまず不可能な状態でもこれだけ動けるのは自分の体だけが機械のおかげだろう。


(……化け物は私、か)


透は心の中で自らを嘲笑った。こんな上半身だけの体で一体どこに行くつもりだというのだ。そのうちずしりと肩と胸のあたりに体重が加わり、佑の指先が人工毛と肌と筋肉に隠された後頭部の制御用パネルを探しあてて開く感触があった。


(……そうだそのまま、私を停止させてくれ……)


透の願いが届いたのか、金属針が刺さる感覚と同時に脳内に冷えた液体がゆるやかに広がってゆく。おそらく機体に循環する疑似血液を一時的に凍結させるもののはずだ。


(後は……真木の判断に任せるか)


透は急速に冷えてゆく意識の中で目を閉じた。



透の自宅からRUJの自室に戻った真木は黒い箱《》《ブラックボックス》をボール状から展開させて普段ロボットの点検用として使っているの台の上に置く。棺のような箱のフタを開くと激しく損傷した透の体を検分する。


(ボディーは新調するしかないな……。見たところ脳は無事そうだが、念のため内部に傷がないか調べるか)


真木は着ているジャケットから携帯電話を取り出すと同じ製作チームの瀬名真一にかけた。


「瀬名くん、僕の部屋に今すぐ来れるかな。例のピンクブラッドを使った特別な機体がかなり損傷していて修理に急を要するんだが……」

『分かりました、すぐに行きます』


状況をすぐに理解した瀬名が電話ごしに即答する。真木は通話を切り、ブラックボックスを床に下ろして台の上に破損した透の上半身、下半身とを横たえる。頭部だけは人工皮膚その他諸々を剥がし、先に工具を使って取り外しておく。生体部品である脳が内蔵されているため、後から別で検査へ回すからだ。


「失礼します、真木博士」


自室のドアが2回ノックされ、息をきらせた瀬名が入ってきた。真木が振り返り出迎える。


「ああ、夜遅くに呼び出してすまないね瀬名くん。今ざっと調べたんだが念のため……中の生体部品に傷がないか調べてほしくてね」


真木から機体のみになった透の頭部を手渡された瀬名はその重量に思わず床へ取り落としそうになったが、着ていた白衣の裾であわててキャッチする。


「あっ……はい。了解です、ちょっと待っててください」


瀬名はそのまま頭部をかかえて廊下に飛び出してゆき、1時間ほど経ってから戻ってきた。今度も走ってきたのか額に汗をかいている。


「どうだった」

「は、はい……えっとMRIとか他にもいろいろ調べたんですけど生体部品は異常なしでした。後頭部に小指くらいの小さい穴があるんですがそれは?」

「……ああ。緊急停止用の器具を刺しこんだ痕だね、後から修復してしまうから問題ないよ」


真木は破損した透の体を乗せた台の側にパイプ椅子を出して腰かけていた。手にはドライバーを持っていて部品を分解していた様子だ。瀬名はかかえていた頭部を別の机の上にそうっと置き、そちらに近づく。


「あの……前から気になっていたので聞いてもいいですか真木博士、なんで彼だけが特別な機体って呼ばれるんですか?」

「まだ君には言ってなかったかな。彼……つまりそこに入っている脳の持ち主なんだが実は……僕の友人でね。数週間前に交通事故で亡くなったのだけれど、その……彼のご家族からの強い希望があってね」

「ああ……そうでしたか。でも病院側がよく遺体を提供してくれましたね」


瀬名の意見に真木はうなずく。少し言いにくそうに表情を曇らせながら話を続ける。


「もちろん……これが法にふれる行為なのは分かってる。彼が運びこまれた病院の院長とも随分話し合った……彼の家族も協力してくれたから実現できたんだ。彼がウチの他のロボットと違って特別な理由はそれだ」


真木が一気に話し終わると瀬名は大きく頷いた。


「そう……ですよね。僕だって自分の家族がある日突然死んでしまったら、もしかすると同じようなことを考えるかもしれません。じゃあ……なおさらちゃんと修理しないとですね」

「頼むよ、瀬名くん。一緒に頑張ろう」


真木も瀬名も目の端に涙を浮かべて肩を抱き合った。



その夜。夕食を食べ終えた佑は2階の自分の部屋に戻った後、何もする気が起きなくてベッドに寝転がって天井を見つめていた。亜紀にはああ言ったが、LETTERSで送った今日の夕食の写真を透が見てくれないのはわかりきっていた。

目を閉じてみるもののあの汗にまみれた金属バットの感触と上半身だけの透の姿が頭の中にフラッシュバックしてまったく眠れない。


(……なにか、気をまぎらわせるものは)


少しでも緊張をほぐそうと佑は部屋の中を見回す。勉強机の横に並べた本棚の上に埃まみれの布を被った小鳥型ロボットが目にとまる。

佑はベッドから起き上がって布を外し、小鳥型ロボットの機体についた埃を濡らしたティッシュで拭う。少し拭くと外国の海の色のような青い金属フレームの羽根が見えてきた。


(しばらく起動してないからな……動くといいんだけど)


機体を一通り拭いた後、佑は尾羽のあたりを探って小さな電源ボタンを押す。小鳥型ロボットが目を覚まし、澄んだ可愛らしい声で鳴いた。

久々に起動した小鳥型ロボットはぱたぱたと佑の部屋の中を探索するように飛び回り、最終的に佑の肩から手の甲に止まった。

じっと手元の携帯を覗きこむように首をかしげる。すると携帯のホーム画面に《Alice.(アリス)のアップデートが可能です、更新しますか?》という空色のテキストウィンドウが表示された。


(ああ、そっか。今日までずっと更新できてなかったもんな)


佑は手の甲に小鳥型ロボットのAlice.を乗せたまま、ためらわずに更新ボタンを押した。Alice.が首を動かすのをやめ、硬直する。画面には《アップデート実行中……》と表示されている。佑は手の甲のAlice.を落とさないようにしてベッドに腰を下ろす。


(そういえばこれ、父さんが去年の僕の誕生日にくれたんだった……すっかり忘れてたな)


しばらくして佑の携帯が通知音を鳴らす。Alice.のアップデートが終了したようだ。ホーム画面には再びウィンドウが開いていて《更新完了。続けて LETTERSと連携しますか?》と表示されている。佑はふと、夕食の時に自分が撮った写真のことを思い出す。


(もしかして、送れるかも)


佑はすぐに行動に移した。Alice.がLETTERSと連携すると携帯から写真を探しだして機体にデータを送り、行き先をRUJの透の元に指定する。部屋の窓を開けて外を見る。雨は降っておらず、夜空に無数の星が見えていた。


佑は手の甲に乗せたAlice.の青い金属フレームに覆われた頭をなでてから、空へと放った。


(父さんに届けて……頼んだよ)


佑は夜空を飛んでゆくAlice.の姿を見送りながらそう願った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?