目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第3話 電車の待ち時間って、素敵ですねっ♥

「電車の待ち時間って、素敵ですねっ♥」

 管狐はにへへっ と笑った。

「説教の時間だバカ」

 管狐は首を傾げた。



 宮内庁からの帰り道。

 大手町の地下鉄駅で、俺は管狐と共に電車を待っていた。

 通常、陰陽師の式神というのは隠すべきものだ。こういった人里では、小型化するなり、呪符にしまうなりするものだが……


「お説教……調教ですね♥

 さすがです、ご主人さま♥ わたしのいたらない所を、手取り足取り尻尾とりしっぽり……♥ 教え込んでいただけるのですねっ♥」


 管狐は、人間の姿を持ってそこにいた。

 長い黒髪。

 黒の和服。

 白い頬で、狐の耳と尾を生やし、金の瞳を細めて笑っている。


「なんでわざわざいやらしい言い方を……!」

「男性は、こういった方がを出しますから……♥」


 それは出しちゃいかんタイプのやる気だろう。

 というか。


「化け物相手にそんな気を起こすわけがないだろ。

 特に、血みどろの化け物相手に」

「ひどい……♥」


 よよよ、と。和服の袖でもって口元を隠す管狐。

 ウソ泣きだ。

 いつものことなので、俺は無視した。しかし、無視されることすらソレにとっては悦楽らしく、にまにまという笑みが浮かぶだけである。



「……なんで、あんなに殺した」

「ご主人さまが、そうお命じになったからです……♥」

「あそこまでやれとは言っていない」

「そこはほら、気を回したのでございます♥」


 管狐はにまにまと笑った。




「親分の首を落とし、狐の呪術でもって命を永らえさせ……

 死んでも死ねぬ苦痛を味合わせ……

 情報を、吐かせる♥」



 それは、ちょうど今日の“愛妻弁当”についてだろう。


「中々よいお仕事をしたと自負しています。

 なでなで♥ してくださっても、構わないのですよ……?」


 管狐は、上目遣いに俺を見た。

 その姿だけなら可憐な童女そのものだ。

 守ってやりたくなるような小動物感。うるうるとした金の瞳は愛らしく、そういった趣味を持つものであれば一秒も我慢できないだろう、絶世の美少女。

 厄介な。

 俺は舌打ちした。


「……手段はともかく、よくやった」

「なでなでチャンス!」

「なでなではしない……ヤクザどもの情報が必要だったのは、確かだしな」


 人道的にはだめだ。

 残虐に過ぎる。

 人間に許される所業ではない。


 だが、情報は必要だったのである。


「ヤクザどもがどこから“悪霊”を仕入れたのか。

 うち宮内庁が調査しなくっちゃいけないのは変わらん」


 使

 宮内庁の許可を得ず、悪霊ないし式神を利用する犯罪。

 表の世界の六法全書には載っていないが、古代からの呪術大国である日本では欠かせない法律だ。


 ヤクザはそれを破った。

 悪霊を用いて、暗殺稼業を行っていたのである。


 その情報はどうしても必要だった……

 鬼坂さんが俺を処分しないのも、あの“愛妻弁当”の成果によるものだろう。

 宮内庁は化け物ぞろいだ。

 人の死を、なんとも思っていないらしい。



「そんなこと、往来で話してよろしいのですか? ご主人さまぁ」

「気付いてるんだろ」


 俺は管狐の頭を撫でた。

 さらさらとした黒髪と、耳のぴょこんっという感触。

 管狐の頬が赤く染まり、潤む瞳がきらきらとし、その唇が、湿る。


「……あぁ。ご主人さまがお気づきでなければ、勝手にどうにかしてしまうところでしたぁ……♥」


 厄介な式神だ。

 つまり、これも気付いているのだろう。

 大手町の地下鉄駅、そのホームに――ことに。


「やめろ」


 こいつ一人に任せたら。




「囲まれてる。突破するぞ」




 地下鉄が、血に沈む。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?