「電車の待ち時間って、素敵ですねっ♥」
管狐はにへへっ と笑った。
「説教の時間だバカ」
管狐は首を傾げた。
宮内庁からの帰り道。
大手町の地下鉄駅で、俺は管狐と共に電車を待っていた。
通常、陰陽師の式神というのは隠すべきものだ。こういった人里では、小型化するなり、呪符にしまうなりするものだが……
「お説教……調教ですね♥
さすがです、ご主人さま♥ わたしのいたらない所を、手取り足取り尻尾とりしっぽり……♥ 教え込んでいただけるのですねっ♥」
管狐は、人間の姿を持ってそこにいた。
長い黒髪。
黒の和服。
白い頬で、狐の耳と尾を生やし、金の瞳を細めて笑っている。
「なんでわざわざいやらしい言い方を……!」
「男性は、こういった方が
それは出しちゃいかんタイプのやる気だろう。
というか。
「化け物相手にそんな気を起こすわけがないだろ。
特に、血みどろの化け物相手に」
「ひどい……♥」
よよよ、と。和服の袖でもって口元を隠す管狐。
ウソ泣きだ。
いつものことなので、俺は無視した。しかし、無視されることすらソレにとっては悦楽らしく、にまにまという笑みが浮かぶだけである。
「……なんで、あんなに殺した」
「ご主人さまが、そうお命じになったからです……♥」
「あそこまでやれとは言っていない」
「そこはほら、気を回したのでございます♥」
管狐はにまにまと笑った。
「親分の首を落とし、狐の呪術でもって命を永らえさせ……
死んでも死ねぬ苦痛を味合わせ……
情報を、吐かせる♥」
それは、ちょうど今日の“愛妻弁当”についてだろう。
「中々よいお仕事をしたと自負しています。
なでなで♥ してくださっても、構わないのですよ……?」
管狐は、上目遣いに俺を見た。
その姿だけなら可憐な童女そのものだ。
守ってやりたくなるような小動物感。うるうるとした金の瞳は愛らしく、そういった趣味を持つものであれば一秒も我慢できないだろう、絶世の美少女。
厄介な。
俺は舌打ちした。
「……手段はともかく、よくやった」
「なでなでチャンス!」
「なでなではしない……ヤクザどもの情報が必要だったのは、確かだしな」
人道的にはだめだ。
残虐に過ぎる。
人間に許される所業ではない。
だが、情報は必要だったのである。
「ヤクザどもがどこから“悪霊”を仕入れたのか。
宮内庁の許可を得ず、悪霊ないし式神を利用する犯罪。
表の世界の六法全書には載っていないが、古代からの呪術大国である日本では欠かせない法律だ。
ヤクザはそれを破った。
悪霊を用いて、暗殺稼業を行っていたのである。
その情報はどうしても必要だった……
鬼坂さんが俺を処分しないのも、あの“愛妻弁当”の成果によるものだろう。
宮内庁は化け物ぞろいだ。
人の死を、なんとも思っていないらしい。
「そんなこと、往来で話してよろしいのですか? ご主人さまぁ」
「気付いてるんだろ」
俺は管狐の頭を撫でた。
さらさらとした黒髪と、耳のぴょこんっという感触。
管狐の頬が赤く染まり、潤む瞳がきらきらとし、その唇が、湿る。
「……あぁ。ご主人さまがお気づきでなければ、勝手にどうにかしてしまうところでしたぁ……♥」
厄介な式神だ。
つまり、これも気付いているのだろう。
大手町の地下鉄駅、そのホームに――
「やめろ」
こいつ一人に任せたら。
「囲まれてる。突破するぞ」
地下鉄が、血に沈む。