「ご主人さまぁ♥ おなかい~っぱい、食べてくださいねっ♥」
差し出された弁当箱からは、明らかに血が滴っていた。
愛妻弁当(ヤクザの頭部入り)を天高く投げ捨て、俺は出勤する。
向かう先は皇居地下720メートル。
『宮内庁』だ。
「座れ、土御門。話がある」
『宮内庁』のロビーで、女が俺を待っていた。
黒いスーツ姿の、燃えるような赤髪の、長身の女性。
彼女の名は『鬼坂 茜』さん。
俺の上司だ。
「……失礼します」
ロビーのソファに座ると、宮内庁のロビーが視界に広がった。
ガラス張の天井からは青空がのぞき、注ぐ穏やかな日光が、地面を埋め尽くす陰陽師の呪符たちを照らしていた。
何度みても変な景色だ。
このロビーの支配者である上司、鬼坂さんが口を開いた。
「先日の……違法悪霊使役案件、ヤクザの事務所が悪霊を使っていたやつだが」
「……はい」
「言っておく」
鬼坂さんが、俺を睨む。
「殺し過ぎだぞ、“血だまりの”」
まっこと、返す言葉もございません。
俺は苦虫をかみつぶしたうえで足つぼマットの上に三年間放置されたような顔になった。胃が激しく痛む。すごく痛い。びっくりするほど痛い。
でも、俺が悪いんじゃない。
俺の式神……『管狐』が……
「式神が術者に逆らうわけがないだろう」
「……心読まないでください」
「お前ほど危険な術者相手に、神通力を制限するのもおかしな話だ」
鬼坂さんは懐から紙タバコを取り出した。
銘柄はセブンスター。ちょっとおじさんくさい。
「おじさんではない。
……式神とは、いわば術者の心の写し。その心いくままに事を成す化生。
それが血だまりを望むなら、お前もまた、そうなのだろう」
「いえ、『管狐』は先祖から継いだ式神です。そんな俺がそこまで……」
「残虐なわけがない、とでも?」
わけないに決まってるだろ。
俺は、凡人だ。
この世界では貴重な程度には凡人だ。
どのくらい凡人かというと、死体を見てから一週間は食事をマトモに食えない。血が滴るステーキとかもってのほかだ。
食欲減衰。
社会人としては耐えられないダメージである。
「お前は残虐な男だ。
それを認めることだな」
「いや、ですから。管狐が勝手に……」
「報告書を、こんな形にしておいてか?」
鬼坂さんが何か取り出す。
血が滴る弁当箱……ヤクザの頭入りが、そこにあった。
「ころして、くれ……なんでも、話すから……ころして……!」
うわぁ。
「お前の式神が届けてくれた」
「……」
「愛妻弁当とは、気が利いているな」
鬼坂さんは鼻で笑い、警戒する目で俺を見た。
うーん、この。