「梅にウグイス、猫に小判、豚に真珠。この中でひとつだけ意味が違うものがあります。どれでしょう」
「普通に考えたら梅にウグイス、じゃない?」
「わたしね、わからなかったの。梅にウグイスって、せっかくの梅の花がきれいなのにウグイスが食べちゃうから勿体無いって意味だと思って。それ友だちに言ったら、笑われた」
自分の失敗をまるで他人事のように笑う西嶋さん。春の花がぱっと
テレビの中で歌って踊るアイドルにも、グラビア雑誌の表紙で悩ましげなポーズを取るモデルにも、ミスなんとかになっちゃうような女の人にだって、西嶋さんは負けていない。惚れてるからってところを差し引いても、十人中十人が「可愛い」と言う正真正銘の美少女なのだ。
「本当はどんな意味だっけ」
「ちょうどいい取り合わせのこと、なんだって」
「へぇ。ていうか、ウグイスって梅の花、食べるの?」
西嶋さんがテーブルの向こうから軽く身を乗り出してきて、上から二つ目まで開けたシャツの胸元が気になってしまう。平常心を保つために紙コップを手に取り、もうほとんど残っていないオレンジジュースの液体を吸い上げた。ズーと音がする。
「食べるの見たことある。正確に言えば蜜を吸うんだけど、くちばしが鋭いから花ももげちゃって。でもよく梅に留まっている緑色の鳥って、本当はウグイスじゃなくて、メジロっていう別の鳥なんだよ」
「ことわざは知らなくても、そんなことは知ってるんだ」
言ってからまずいかなぁ、今のは悪口に聞こえたかなぁなんて後悔したけれど、西嶋さんは別に嫌な顔はしないで、そうそんなことは知ってるのとくすくす笑ってる。
普段からよく笑う西嶋さんだけど、僕といる時は本当によく笑う。それがかえって胸を狭くさせる。僕なんかが西嶋さんの隣にいていいのかと、一日に五回は思ってしまう。
「小さい頃にね、おばあちゃんが教えてくれたんだ。鳥の名前も花の名前も、すごいたくさん知ってるおばあちゃんだった。中二の夏に、癌で死んじゃったんだけどね」
そう、と僕は小さく頷く。西嶋さんは少し目を細めて、おばあちゃんとの思い出をしゃべり出す。それはそれは楽しそうに。
西嶋さんとの会話はいつも疲れる。変なことを言ってしまっていないかと気を遣い、嫌われることを怖がっているからだと思う。
こうやって放課後にマクドナルドに寄り道して、テーブルに向かい合って延々としゃべるなんて、いかにも高校生のデートらしいし一ヶ月前まで憧れでしかなかったシチュエーションだし、しかも相手が西嶋さんなら言うことなしのはずなのに、僕はいつも素直に喜びに身を任せられない。
付き合いたての時みたいに目が合うだけで心臓が破裂しそうになったりはしないけど、西嶋さんと同じように無邪気に笑うことなんて出来なかった。
笑おうとすれば、どうしても唇が引きつる。無意識のうちに格好良く笑おうとするせいで。僕が格好良く笑えたところで、一重の小ぶりな目に低い鼻、どこにでもある平凡な顔がキラリと輝くわけもないのに。
階段を上る音がして、違う制服の男子高校生二人が二階フロアに現れる。西嶋さんを見つけて二人そろって目を見開き、それから僕を見て顔をしかめる。二人でこそこそと話し合いながら奥の席に行ってしまう。顔をしかめたのもこそこそしゃべるのも、僕の被害妄想なのかもしれない。
わかっているけど、一番最悪なことを想像したくなる。なんせ西嶋さんはうちの高校でも三本指に入る美少女で、対して僕は三本指どころか、ベスト百にも入れない男だ。
五時を回った頃、僕らはマクドナルドを出て肩を並べて歩き出す。街角、駅のホーム、電車の中。どこに行っても、西嶋さんはよく見られる。隣にいる僕もいい比較対象のように見られる。
西嶋さんに注がれる憧れと
どうしてこんなに可愛い子とこんなにサエない男が? 張本人の僕だって、西嶋さんに告白されたその瞬間から不思議でしょうがないんだから。
「夏休み、何したい?」
電車のドアに背中をくっつけた西嶋さんが言う。遠目に見て随分きれいな子だなぁと思っていた時はよくわからなかったけれど、実は西嶋さんは結構背が高い。一六七センチしかない僕と並ぶと、目線がほぼ同じところにある。
「夏休みって、まだ一ヶ月以上も先じゃん」
「一ヶ月なんて、すぐだよ。ねぇ、
「どこでも、西嶋さんの好きなところでいいよ」
一緒にいる時、話すのはほとんど西嶋さんのほうで、僕は相槌を打つばっかりだ。女の子、それも好きな子とどういう会話をすればいいのか、未だによくわからない。
何を言ったら相手に喜んでもらえるのか、まったく見当がつかなかった。
高二だから好きな子は今までの人生で何度か出来たことがあるけれど、いつも遠くから見つめるだけでろくに話す機会も持てないまま、ましてや思いを伝えることなんて考えられないまま、相手に彼氏が出来たことで淡い恋は幕を閉じていた。女の子と「彼氏」と「彼女」の関係になるなんて、まったく初めてのことだった。
「じゃあ海、行きたいな」
「別にいいけど」
「いいけど、何?」
「いやなんでもない」
「わかった。小谷くん今、わたしの水着姿想像してたでしょう」
「してないって」
赤くなった顔を見られたくなくてそっぽを向いた時、アナウンスが西嶋さんの降りる駅を告げた。西嶋さんが薄く自分の姿が映るドアを鏡代わりにして、髪の形を直す。桜貝のような爪がついた華奢な手の動きに、僕はしばし見とれる。まもなく電車が減速し、僕らが立っているのとは反対側のドアが開く。
「また明日ね」
「うん」
「あとね」
ホームに下りても西嶋さんはすぐに歩き出さない。高校生らしいあどけなさを残した可愛い顔が、電車の外から僕を見て笑っている。
「水着、すっごく可愛いの着てあげるから」
西嶋さんがそう言った時、ぷしゅうと音を立ててドアが閉まった。動き出した窓の向こう、ホームに立った西嶋さんが手を振っている。僕も手を振り返す。身体の中が甘いものでいっぱいに満たされていって、たちまち自分が溶けてしまいそうになる。
不釣合いでもいちいち気後れしてもやたら気を遣っても、僕は西嶋さんが好きだった。こんな小さなことで有頂天になれるくらい。