学校の帰りじゃなくて日曜日に二人で会って本格的にデートをするなんて久しぶりだった。久しぶりだから少なからず期待してたけど、全然盛り上がらない。
映画館に入って観たのは先週公開されたばかりのラブストーリーで、人気の女優を使っていて前評判も良かった割に、話はおそろしくつまらなかった。
「愛してる」で全てが解決するなんてリアリティがない。男のことしか頭にないヒロインがひどく馬鹿に見える。自分も似たようなものだって知ってるから、見ていて心底腹が立つ。
映画の後は他にすることも見つからず、なんとなく公園まで行って自販機で買ったジュース片手にぶらぶらしてた。
二人の間には恋人同士にしてはよそよそしい距離があいていて、気合を入れて三度重ね塗りしたマスカラも、おろしたてのワンピースも意味がないことに気づき、コーラの甘ったるい液体に毒された喉がチクチクする。一臣はまったく話題を提供せず、スマホをいじってばかり。
日曜日の公園はうざったいほど笑顔に溢れている。父親の腕にぶら下がる小さな子ども。ベヒーカーの中で幸せいっぱいに笑っている赤ちゃん。芝生の上でボールを追いかけている小学生たち。
子どもなんていつもはうるさくて嫌いなのに、ふと羨ましくなる。今あたしが抱えている気持ちをまだ知らないで、世界には幸せ以外存在してないって信じてるように笑う、無邪気な子どもたちが。見上げた一臣はスマホをジーンズのポケットに押し込み、心ここにあらずって感じでぼんやりと遠くの雲に視線を投げた。
「ねぇ。中学の時の彼女って、どんな子だったの?」
もっとドキッとしてくれればいい気味なのに、一臣は顔色ひとつ変えない。優等生らしくきりっと整った顔は、完璧に平静を保っている。
「どんなって、別に普通だよ」
「普通、ねぇ。部活は何だった?」
「吹奏楽部。クラリネット吹いてた」
「今もやってるの?クラリネット」
「やってるよ」
言ってから初めて、しまったというように頬を引きつらせる。あたしは何も気づいていない振りをして、ふぅんと相槌を打つ。元カノの「今」にやたら詳しいようで。
公園のだいぶ奥まで来てしまったせいで周りに人が少なくなり、子どもたちの笑顔と喧騒が遠い。ジョギングコースに沿って等間隔にコケモモが植えられていて、枝に止まって実をついばんでいる何かの鳥の声がよく響く。
「可愛い子だった?」
「可愛いよ」
「あたしより?」
我ながら陳腐な台詞だった。妙な間があった後、強張った声が斜め上から降ってくる。
「葵のほうが、可愛いよ」
ぎこちない笑顔に、笑顔を返す。感情の伴わないからっぽの言葉は、虚しさをいっそう募らせるだけ。
ふいに一臣が足を止め、小さく口を開ける。どうしたのと言おうとするとその前に素早く手のひらで口を塞がれた。最近はろくに手も繋がないせいで、いきなりの接触にちょっとドキッとする。一臣が怖い顔をして顎で公衆トイレの建物を指し示す。
ジョギングコースにくっつくようにして建てられた公衆トイレの外壁に男女がもたれかかり、ここまで音が聞こえてきそうな激しいキスをしている。歳はたぶん大学生ぐらい。
ぱさぱさに乾いた金髪を振り乱す女に、ごつごつしていてやたら赤い頬の男が迫っていた。女のTシャツがめくれ上がってブラジャーに包まれた胸が飛び出し、男の手がわしゃわしゃとそれを揉みしだく。腰にもだいぶ肉がついているものの、ぷりんと丸くふくらんだ、なかなか素敵な胸だった。
一臣は汚いものを見る目で二人を一瞥し、回れ右して速足で歩き出す。見上げた横顔がきつい。どうやら本当の本気で迷惑がってるらしい。
「まっ昼間からあんなところで非常識だよ。ここ、子どももいるのに」
「公園のだいぶ奥だし周り静かだから、誰もいないって思ったんじゃない」
「せめてトイレの中でやればいいのに。なんでわざわざ外なんだよ」
「それはそうだけど」
ちょっと前ならこんな時は「俺らもしよっか?」って、背中に腕を回してきたのに。もう二ヶ月以上も身体を繋げていないにも関わらず、一臣はいつも性欲なんて忘れたみたいなクールなポーカーフェイスで、一向にあたしを求めてこない。
元カノとヤッてるから満足ってこと? そしてあたしにはもう魅力なんか感じないってこと……? 喉元で膨れ上がる言葉を押さえ込め、独り言のように言った。
「ラブホ行こっか」
一臣が驚いた顔をした。そんなに目を見開かれるとそれだけで拒絶されている気がして、あたしは下を向いてしまう。
「なんで、いきなり」
「いけない? あたしたち、付き合ってるんだよ?」
一瞬、一臣が言葉に詰まる。もう一臣の中では「付き合ってる」のは元カノのあの女だけで、あたしじゃないのかもしれない。
「いけなくないけど。金ないよ、俺」
「あたしが出すからいい。バイト代入ったばっかだし」
嘘だ。時給一〇五〇円のファミレスのバイトでそんなに儲かるわけがない。ホテル代全額負担は高校生の経済力にはかなりきつい。無理な条件を出してでもラブホに行きたがり、必死に一臣にしがみつこうとする自分が惨めだった。