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第一話 恋はレモンソーダの味がする(2)

「それさ、絶対ヤバいじゃん」



 一臣の話をすると江里えりはアイスモナカから口を離して顔をしかめた。高校から歩いて五分のコンビニの駐車場は、あたしと江里の放課後の憩いの場だ。


縁石に座ってアイスを食べ、コンビニに出入りする人を観察しながらとりとめもない話をする。江里は行儀悪く足を開くのでスカートがめくれて、オレンジのギンガムチェックのパンツが丸見えだ。



「知ってるよヤバいの。絶対ってか、確実だし。相手は元カノみたい」


「うわぁ、藤屋ふじやくんは死んでもそんなことしない人だって思ってたのにな。いかにも真面目そうじゃん?ちょっと残念」


「何? 江里、一臣のファンなの?」



 別にぃ、と間延びした声が返ってくる。江里がアイスモナカをくわえ込みながら、あちこち痛んだ茶色い髪をかき上げた。小柄な身体によくマッチした小動物系の丸い目は結構可愛いけれど、実は地味な一重瞼をアイプチで二重にして、アイラインとつけ睫毛を駆使して作ったものだって、あたしは知ってる。親友だから。



「葵さ、最近藤屋くんとエッチしてる?」


「最後にしたの春休みだから、二ヶ月以上前だよ。それからずっとレス。うちも一臣ん家もいつも親いるから無理だし、ラブホはお金かかるし、その上今日こそはって時に限って生理来ちゃうし」


「それで藤屋くんが襲ってこないってのは、ヤバいな。その元カノとやってるから満足してるってことじゃん?」



 あたしが一番恐れていることをあっさり言ってくれる。江里はあたしの顔色を窺わないし、嫌われることをいちいち恐れない。いつでもなんでも、思ったことを素直かつ能天気に言う。そんなふうにあたしに接してくれる女の子は、江里の他にいない。


もっとも、あたしが誰かと付き合う度あたしの知らないところでわぁわぁぎゃあぎゃあと、他人の恋愛をまるで芸能人のスキャンダルみたいに面白がる江里以外の一般的な女子たちとは、あまり仲良くしたいと思わない。


少しものをはっきり言えば「性格がきつい」、ひとと違うことをすれば「目立ちたがり屋」、男から告白されれば「調子に乗ってる」。


文句があるなら直接言えばいいものを、年がら年中影でぐちゃぐちゃねちねち、暗く盛り上がる「女の子」という生き物たち。友だちが少ないことを気にしてたのは遥か昔、今は江里さえいればいいと思ってる。



 江里が残りのアイスモナカを口に押し込み、もぐもぐやりながら鏡とポーチを取り出してアイメイクを直し始める。一応、これからデートなのだ。



「フラれる前に、フッちゃえば?」


「フラれることはないと思う。一臣はあたしから言い出さない限り、別れない気がするんだ。もうあたしのことなんて面倒臭くってとにかく早く元カノとヨリ戻したくて、自然消滅するの待ってるんだろうな」


「わかってんならなんでまだ付き合ってるのよ? 好きなの、藤屋くんのこと」


「……わかんない」



 何それ、と江里が少し大きい声を出した。駐車場に大型バイクが一台入ってきて、あたしとパンツ丸出しの江里をじろじろ見ながら店内に消えていく。


 一臣と付き合い始めたのは文化祭の最終日からだから、ちょうど八ヶ月になる。最初はそれなりにラブラブでプリクラ機の中でいちゃついたり同じスマホのカバーをおそろいにしたり、今から思うとアホくさいことをなかなかに楽しんで、周りからも羨ましがられちゃったりして、典型的なバカップルだった。


それが二年になってあたしは文系、一臣は理系を選択してクラスが別れ、同じ教室で机を並べなくなってから、一臣は中学時代の彼女に会い始めた。頭はいいくせに、あたしにバレてるはずはないって無条件に信じてる目に気づくと、悲しいなんて言葉も消えてしまう。



 付き合いたてのあの頃は確実に一臣が好きだった。堂々と、好きだと言い切ることが出来た。時には愛してるって表現も大袈裟じゃないような気さえした。


それがいつのまにか、横顔を眺めるだけで胸がきゅっと狭くなったり握り合う手が熱くて仕方なかったり、そういうふわふわした甘い感情は消えてしまって、今はどろどろした執着だけが残っている。


他の女に取られたくない、この恋を終わらせたくない。そうやって執着するのは、好きということなんだろうか? わからない。時々、一臣を単なる自分の所有物、お気に入りのおもちゃのように見ているあたしに気づくことがある。



「あ、保樹やすきだ」



 江里が言って、車道を挟んだ向こう側の歩道に現れた保樹に手を振る。保樹は手を振り返しながら江里の隣にいるあたしをおもむろに見るので、こっちから目を逸らす。江里とデートする時ぐらい、江里のことだけ見てあげればいいのに。


 保樹はあたしの幼なじみで初体験の相手で、江里の彼氏だ。江里はあたしと保樹が中学の頃ヤッてたのを知ってるけれど、そんなことはまったく気にせずあたしとも保樹とも付き合ってくれる。江里の長所はそこだ。



「なんの話してんの?」



 駐車場にたどり着いた保樹があたしと江里を見比べながら言う。江里を見る時と違って、あたしに目が向く時は視線がずん、と重量感を増す。俯いたあたしの隣で江里がニヘッと笑う。いたずらっ子みたいな顔だった。



「葵の恋バナ。ていうか彼氏の浮気相談だよ」

「ちょっと、何バラしてんの」

「何? 葵、浮気されてんの? 藤屋に?」



 保樹の声に本気の怒りが混じる。あたしは浮気されている被害者なのに、むしろこっちが怒られている気分だ。バラした江里を目で責めるけれど、江里は痛くもかゆくもないって感じでニヘニヘ笑ってるだけ。あたしをとがめる保樹を見ているのが楽しくてたまらないらしい。大体において能天気な江里は、あたしと保樹の不思議な関係を基本的に面白がっている。



「やめろよそんな男。前に付き合ってた先輩だって浮気されて別れたんだろ? なんでいつもそんな男とばっかり付き合うんだよ」


「保樹には関係ない」


「何だよ、心配してやってんのに。そんな言い方なくね?」



 保樹はあまり背が高くなくて顔は目がくりっとした童顔で、その上声変わりに失敗したみたいな男にしては高い声でしゃべる。そんな可愛い保樹がムキになって怒ると子どもが必死になってるようで妙に痛々しくて、まともに向き合ってられない。縁石にもたせかけて置いていたスクバを肩にかけ、立ち上がる。



「あたし、バイトだから行くね」

「えー残念。葵も一緒に、三人でお茶しようと思ってたのにー」



 本当に残念そうな江里をまた今度ねとなだめてやる。保樹は唇をちょっと尖らせ、無言の裏で逃げるのかよと言っている。歩き出すと背中に意味深な視線が貼り付く。一度だけ後ろを向くと屈託なく手を振る江里の隣で、保樹はまだ口元の尖った苦い顔をしていた。


 ヤリまくってた中学の頃も今も、保樹があたしを好きだってことぐらい知ってる。何せあいつはすぐ気持ちが表に出る超単純な性格なのだ。


昔から単純で短気で、小学生の頃なんて休み時間に取っ組み合いの喧嘩をした挙句窓ガラスを割ったり、相手の鼻を折ったり、ちょっとした問題児だった。


さすがにもう高校生だから取っ組み合いなんかしないけれど、小さい頃に作られた性格って成長したぐらいじゃ大して変わらないもんだ。



 同じ高校に進学したあたしと保樹の前に江里が現れるなり、二人をくっつけたくてずっと頑張ってた。親友の江里も幼なじみの保樹も大事だから大事な人同士が付き合ってくれるなんて最高じゃん、というのがタテマエで、気持ちに応えられない保樹を厄介払いしたい、これがホンネ


。ところがようやく念願叶って二人が付き合い始め、あっというまに二ヶ月が経った今でも、保樹は江里に指一本触れないらしい。早くキスでもエッチでもすればいいのに。そしたらあたしは安心できるのに。保樹のことを後ろめたく思わなくてすむのに。


 ふと思った。一臣にとってのあたしは、あたしにとっての保樹なのかもしれない。


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