「私、
子渼は掠れた声でぼそりと言う。
すると後ろから、はは、と、軽い笑い声が聞こえた。
「それはまあ、当然だな」
明暁は笑み含みに、あっけらかんと言った。
熱く
気恥ずかしさのあまり、ついつい、いま子渼は明暁に背を向けてしまっている。
明暁はといえば、そんな子渼を後ろからゆるやかに抱いて、横になっている恰好だった。
「お世継ぎは……どうするつもりですか?」
背を向けたままで問いつつも、子渼は我ながら愚問を投げたものだと思っていた。
皇帝ともなれば、皇后以外にも多くの
それこそ当然のことだったが、子渼はなんとなくもやもやとした気分にもなった。
「世継ぎ、な」
明暁がつぶやく。
「まあ、心配せずとも、そのうち末の弟を……皇太后の産んだ皇子を、我が太子には立てるつもりだ」
そう言いつつ、子渼の身体を抱く腕にゆるやかに力を籠めた。
「そういうことではなくてですね……あなたの御子のはなしですが」
はぐらかされたと思った子渼は、ちょっとむっとして言った。
すると明暁は、ふう、と、ちいさく息を漏らす。
「そっちは最初から持つ気はない。妃もだが」
さらりと言われて、子渼は、え、と、目を瞠った。
思わず振り向くと、射しはじめた曙光の中で、明暁は苦笑するように笑んでいる。
「だからこそ、
「ですが」
子渼が戸惑って言うと、そろそろこっちを向け、と、子渼の身体の向きを変えさせた。
「明暁……?」
子渼が戸惑いを混ぜつつ相手を呼ぶと、彼は、こちらの頭を抱え込むようにしながら嘆息した。
「言わなかったか? そも、父帝があと何年か生きていれば、俺に皇位などまわってはこなかった、と。――俺は、母の身分も高くなければ、たいした後ろだても持ってはいない。そんな俺が皇位についたのは、父帝の崩御の時点でかろうじて
皇帝の臣として生きるつもりであったのだと、明暁は肩を竦めて言った。
「だから、皇位はいずれ弟にまわす。それがあるべき姿だからな。俺は弟が立つまでの、中継ぎみたいな皇帝でしかない。――とはいえ、我が末の弟殿は、いまはまだ
そんな明暁の言葉に、子渼はきゅっと眉を寄せた。相手の言い様が、己を卑下するような響きをどこかに帯びている気がして、なんとなく
む、と、くちびるを尖らせると、子渼は真っ直ぐに明暁を見る。
「でも……私にとって、初めて出会った皇帝陛下は、あなたですからね」
相手の頬に両のてのひらを添え、包み込むようにしながら、あたたかな鳶色の眸を覗き込む。
「いいですか」
言い聞かせるように、子渼は言葉を継いだ。
「あのね、私が、あの汚い字では無理だろうと思いながらも、それでも諦め悪く科挙を受け、官吏を目指したのは……ほかならぬ、あなたに……あの日、あの状況の中で、真っ先に民を気遣う姿を見せた皇帝陛下に、お仕えしたいと思ったからなのです。そう、言いましたよね? ――あなただったから……明暁……陛下」
あなたは紛れもなく己の理想の国主なのだ、と、子渼が視線にそんな想いを込めると、明暁は驚いたように目を瞠り、それから、とろ、と、それを細めた。
「我が皇后がそう言ってくれるだけで、これから、俺はいくらでも頑張れる気がする」
「もうっ、茶化さないでください! 私は冗談で言っているのではないのですよ。こんなの、本人を前に口に出すの…………恥ずかしい、のに」
「ははっ、べつにからかったわけではないさ。――ほんとうに、頼みにしてる」
しん、と、沁みるような明暁の言葉に、それまで頬を膨らませていた子渼は目を瞬いて相手の顔を見た。
「明暁……?」
窺うように名を呼ぶと、口角を持ち上げた彼が、子渼の瞼にそっとくちづけた。
「お前だけを大事にする。約束する。だからずっと俺の傍で、俺を支えてくれ。俺はひとりではないと、ひとりで抱え込んで、ひとりで背負おうとして、気を張っていなくとも良いのだと……思わせてくれ。つぶれてしまわないように。――こんなことを願うなんて、弱く情けない皇帝だと、お前は
真摯に請われて、子渼は刹那、黙した。
こちらの頭を胸に抱き込んだ相手が、子渼の後頭部にある古傷を探るように、耳の後ろのあたりに触れた。
「べつに……そんなこと、おもいませんよ」
やがて子渼は、ぽそ、と、言う。
「仕方がないから、傍にいてさしあげます」
言葉自体は憎まれ口めいた響きを帯びてはいたけれども、でも、彼は三年前のあの日から、子渼にとって唯一の、仕えるべき皇帝だったのだ。負けそうになって、くそったれ、死ね、と、そうつぶやくたび、すっきりした心の奥底に最後に
そんな相手に求められて、嬉しくないはずもない。
「あなたと、陛下と……傍にいたいと願う相手が同一で、おかげで私は身を引き裂かずにすみますし」
言いながら、照れくさくて、俯いた。
子渼の胸では、ことことこと、と、鼓動があたたかな早鐘を打っている。明暁は黙っていたが、今度は子渼の額にくちづけた。
「あ、で、でも、あなたが莫迦なことをしたら、死ねって遠慮なく罵りますけどね……!」
口惜しいから、そんなことを言い足すと、明暁は、はは、と、朗らかに声を立てて笑った。
「そのくらいなら、いくらでも言えばいい。それはお前にとって、己の弱い心に負けぬようにというまじないであり……それから、俺への愛情の裏返しでも、あるんだろう? 」
いつかの言葉尻を拾って、揚げ足を取るように言い、笑みを深める。
「……っ、あなたは! だからそういうところですよ、いっかい死ねって言いたくなるのは……!」
顔を真っ赤に染めた子渼に、明暁はくつくつと喉を鳴らす。
「雑言を吐く口はふさぐべきだな」
言いながら、ごろりと身を返して子渼を
「っ、ちょっと、明暁!」
「ん……もういっかい」
「っ、はあ?」
「なんだ。いやか?」
「い、いやとかじゃ、なくて……」
もう明るいのに、と、言いかけたくちびるを、問答無用でまたふさがれて、子渼は抵抗をやめた。