皇太后姫氏の縁者の柳氏の娘、それが
この架空の令嬢と近々対面の機会を持つ、と、皇帝には朝議の場において、群臣を前にそう宣言してもらう。皇太后の推挙で、皇帝自らが特別に会うと宣するわけだ。単に
そうしておいて、犯人が罠にかかるのを待つわけである。
根回しはすべて彩蘭がしてくれることになっていた。柳氏の娘がいつ皇都入りするか、どこに滞在するかなど――もちろん設定上の話ではあるのだが――
向こうがうまく罠にかかってくれれば、そこを一網打尽にする。
また、同時に、三令嬢の救出もせねばならなかった。
「向こうの根城、あるいは令嬢方の監禁場所を知りたい。お前には、そのために一度、犯人の手に落ちてもらうことになる。が、俺や配下が必ず尾行している。場所さえわかればそこを取り囲んで、機をみて突入するから、お前は、
「はい。……っていうか、そんなに念を押すとか、どれだけ信用ないんですか、私」
「まるでない。余計なことを言って犯人を逆上させそうな気しかしない」
「失礼ですよ」
む、と、くちびるを尖らせる子渼は、いま、顔には化粧を施され、若い娘が
連れ去られる際に男だと――すなわち子渼は囮で、これは罠だと――気づかれれば、その場で殺されてしまいかねない。それでは子渼の身も危険だし、監禁場所の特定が不首尾に終わってしまうからというわけで、性別が露見しにくいよう、念入りに飾り立てられているというわけだった。
引き受けた役回りとはいえ、この姿を明暁に見られるのは、すこしばかり恥ずかしい気がする。しかしもはや、そんなことを言っている場合ではなかった。
子渼はすでに馬車の中で、明暁とは、
皇太后の縁者の柳氏令嬢の逗留先ということにした
その間、人通りの少ない路を一カ所だけ通過し、さらに手洗いに行くふりをして、子渼は
「自分の身の安全をまず第一に考えろ。わかったか」
「そのつもりですけれど、身体が勝手に動くような場面に遭遇してしまったら、そうも言っていられないかもしれません。先に謝っておきますね。すみません」
「お前は……」
明暁は何かを言いかけたようだが、そこで呆れた溜め息を漏らした。
「わかった、もういい。言っても無駄だな」
そう言ってから、真摯な眸で子渼を見た。
「なるべく早く中へ乗り込むようにするから、ほんとうに、それまでとにかく黙って、余計な口をきかずにいろよ」
「出来る限りは気をつけます。それこそ、喋ると男だとわかってしまう可能性が高いですしね。――行ってきます、明暁」
そう言って子渼は小窓を閉めた。
馬車がゆっくりと動き出す。立てた作戦の通りに路を進んで、やがて人気のない脇道へ折れると、路の端に停車した。子渼は
その途端、すぐに
それでも努めて気づかぬふりを続けると、そのうちに、後ろから伸びてきた手に口許を覆われた。くらりとする。たぶん薬を
抱え上げられたところまでは意識が持ったが、それ以降、ふつ、と、それは途切れた。
*
気づいたとき、子渼は古びた
座った状態だが、柱に身体を括り付けられ、自由が効かない。辺りを見回すと、自分と同じように拘束されているふたりの若い娘の姿が見えた。
見たことのない少女たちだったが、おそらくはそれぞれ、孫家と張家の娘だろう。ぐったりとして気を失ってはいるようだが、胸元がわずかに上下しているようなのが見て取れるので、間違いなく息はある。特に大きな怪我などをしているふうにも見えず、とりあえず、子渼はほっと息を吐いた。
あとひとり、いったい林麗華はどこに、と、さらに首を巡らせようとしたときだ。ふと、廟堂正面の扉が開いた。
子渼は息を殺し、神経を研ぎ澄ませる。
一方で、敢えて
そうしながら、相手に気づかれぬよう、ちら、と、扉のほうを窺い見る。入ってきた人物の姿を確かめた瞬間、やはりか、と、子渼の胸にはそんな納得の思いが込み上げていた。
子渼の視界に映ったのは、見覚えのある男だった。
あのときの――子渼に媚薬を盛った三人組のうちのひとりの――人相の悪い、いかにも
その男が、やはり実際、この事件に噛んでいたようである。
「お嬢、こいつ、どうする?」
男は言いながら、後ろを振り返るようだった。どうやらそこにいる誰かに、子渼の処遇についての意見を求めるらしい。
では、男の背後に立つ者こそが、今度の令嬢失踪の黒幕か、そうでなくとも、実行犯を束ねる立場にある人物なのだろう。お嬢、と、そう呼ばれているからには、女性なのだろうか。
いったいどんな相手が姿を見せるのかと、子渼は意識を失ったふりを続けながらも、息を潜めて彼女が現れるのを待ちかまえた。けれども、現れた相手を前に込み上げたのは、信じられないという驚愕の思いである。
腕を組んで、冷たい視線をこちらに向けるのは、紛れもない――……三人目の被害者だと思われていた林麗華だったのだ。
いったい何がどうなっているのだ、と、子渼の頭は混乱した。
「……麗華、さま」
思わず――空気を吐き出すような声ではありつつも――呟いてしまう。このときほど、思ったことがすぐに口か顔に出る己の
しまった、と、後悔したときには、もう遅い。こちらの声に気づいた男が子渼に近づき、ごつごつした指で顎を掴むと、無理矢理に上向かせてきた。子渼は目を開けて、顔を
「ちっ。こいつ、起きてやがった」
男が苦々しく言った。見ると、麗華も不愉快げに、
「いったい……どういうことです」
目覚めているのが知られたからにはいっそ問うてはっきりさせてしまおうと、子渼は絞り出すような声で麗華に向かって言った。
「あ? なんだこいつ、男か」
子渼の声を聴いて、男はこちらの性別に疑いを持ったようだ。子渼の
「
そんなふうに続けながら、舐めるような視線でこちらの平らな胸元を眺める。
子渼はくちびるを噛んだ。
男だということも露見してしまったからには、さして時を置かず、子渼が
どうする、と、必死で打開策を考える。
「……ん?」
そのとき、男がまた、怪訝そうに眉根を寄せた。
「こいつ……」
「あら、どうしたの、
麗華が不思議そうに男に問いかけた。