目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第十話 絶望と覚悟の狭間

「‥‥な‥‥何だ?」

 白い輝きがジョニーの周りを取り巻き始める。碧の海も空も何もかもが光の中に捕らわれ、視界から全てが消えていった。頬を流れる潮風の匂いなくなり、最後には砂浜を踏みしめる足元の感触までもが薄れていった。手探りでトライクエスターを探し当てて、何とか上に乗る。

「‥‥どうなってる?‥‥俺は‥‥何処に‥」 

日が暮れる様に自然に光りが薄れる。まだドラゴンのハンドルを握ったままである。目前に現れた光景に眉をしかめる。もはや驚きに対して不感症になっていた。

「これは‥‥宙に浮いているのか?‥‥夜?」

 トライクエスターは見上げた夜空の直中に浮いていた。視界の全てが星空で埋まっている。

=‥‥夜?‥‥確かにここでは夜が明ける事 は無い‥‥昼夜の区別が無い以上、この状態を夜と呼ぶのは適当ではない=

 深紅のジャケットの中に手を入れたままの嗤い顔のバルトシーベルが、四、五メートル先に漂う様に現れた。

=ここはさき程の位置から三十万キロの上空‥‥直接に外に出る事は出来ないお前は、すでに”ウラヌス”の中にいる =

「‥‥ウラヌス?‥‥ドラゴンの事か?‥‥だが俺はまだトライクエスターに乗ってい る」

=トライクエスターごとウラヌス内部の球体の中にいる。お前が今見ている景色はウラヌスの目に映った景色を投影したものだ=

 ジョニーは左ハンドルを回した。

「‥‥ん?‥‥何も表示されない‥‥‥‥‥」

=トライクエスターのコンソールでウラヌスを操作する為にはそれなりの手順が必要だ‥‥人間は直接紫水晶を使えないのだからな=

「‥‥‥‥‥‥‥」

=ウラヌス内部の紫水晶のパワー係数は非常に大きい‥‥そのドラゴンであれば、お前の欲する所の力になってくれるだろう‥‥それだけで勝てるとも思えないが=

「‥‥どんな強敵だろうが、負けはしない‥‥絶対に大地に星を落とさせはしない‥‥どんな所でもあれは故郷の地なんだ」

=フッフッ‥‥=

 バルトシーベルの姿が揺らぎ始める。

=このままではお前に勝ち目は無い‥‥もう二度と会う事はあるまい‥‥さらばだ=

 紫色の輝きに包まれ、光の球体はジョニーから見て真下へと飛んで行った。

「俺は負けない‥‥俺は‥‥完全無欠だ‥‥‥ドリィ!」

 妖精の名を呼んだが、いつもと違い、いつまでたってもパネルの中に顔を出さなかった。突然視界のトライクエスターを囲む球体パネルの全ての光が落ち、周囲が闇に閉ざされる。

 カシンという音が聞こえてトライクエスターが小さく揺れる。何かと探ってみれば、紐の様な物で繋がれている。

 闇の中に一つの言葉が白く浮かび上がる。

”POW・CHEAK‥‥785+‥‥”

 +の字の後に数字が加算されていく。ジョニーは数えるのを途中でやめた。パネルに光が灯る。

《ようこそウラヌスへ‥‥》

 景色を映す球体の内側に、髪の長い見知らぬ女性がつま先立って浮かんでいる。歳は二十歳前後で背は高く、身につけているのは幾重にも重ねた薄いベールだけである。彼女の姿は半透明で、体を通して星の世界が見える。

《このウラヌスは不可能を可能にする夢のドラゴンです‥‥わたくしはこのウラヌスに寄生している妖精でロイドと申します。ウラヌスの運行、その他の事、何でもわたくしに申しつけ下さいませ‥‥妖精について説明をお聞きになられますか?》

「いやいい。それよりウラヌスについて知りたい」

《承知致しました》

 ス‥‥との姿が薄らいで消え、変わって矢印の形に似た細長い奇妙な物体が浮かび上がる。物体の表面が金色に輝き出す。

《それでは説明致します‥‥このウラヌスは 全長ニ、二キロ、質量約千トン‥‥ 内部の四つの紫水晶による半物質による空間歪曲により光速を超える速度での移動が可能となっております。ブレス最大出力は‥‥》

「分かったもういい。理解してる間に流星が地上に落ちてしまう。とにかく基本的な操作はトライクエスターと同じなんだな?」

《基本的の言葉を限定して下さい》

 ジョニーはため息をつく。

「まあいいさ、こっちに向かってくる流星群の位置を特定してくれ」

《承知致しました‥‥マーク288、方位168》

 パネルがカチカチと何枚も切り替わり、最後に映された地図の中央が丸で囲まれる。

「‥‥今の座標にコースセット‥‥」

 ジョニーはハンドルを握り治す。

「発進!」

 握りを一杯まで奥に回した。

 ウラヌスの体が金色に輝き、矢印の傘の部分が水色に輝いた。

 発進の際の衝撃は全く無く、それだけでは走り出したのかどうかは分からなかったが、辺りの視覚的変化によって、今は劇的な速さで移動している事を思い知らされる。

 星の光が横に引き伸ばされて棒状に変わる。光はやがて正面に集まりだし、視界は正面の一点だけに集約される。

「‥‥星が‥‥消えた‥‥真っ暗になった‥‥」

《厳密にはウラヌスは移動しているとは言えません。目標の座標のある空間を、手前に引き寄せてる‥‥バーテロンドライブによって跳躍しているのです。ですから光速移動などによって生じる時間の差異はありません》

「なるほど、出発地点と目的地点を繋げてしまう訳だな」

 少し頭の中で整理してからジョニーはそう答えた。

《仰る通りです。‥‥それではバーテロンドライブを終了して通常空間に出ます。よろしいでしょうか?》

「もう着いたのか?‥‥すごいな‥‥とにかく‥‥出たら目の前に流星群がある訳だからな‥‥武器にパワーを集結しておけ」

《承知致しました》

 丁寧なお辞儀を返したロイドの姿が消えた後、一つだけ浮かんでいた星の光が全体に散らばり、ジョニーは再び星の海原の中にいた。停止したウラヌスは心持ち腕を広げた。

「あれか」

 視界の半分までが向かってくる流星で占めている。流星群とは言ってもほんの数十個の事‥‥そう考えていたジョニーの予想を遥かに上回る大群だった。

「なぜあんなにある‥‥バスターブレス!」

 星を映すパネルの一画に四角い窓が開き、現在使用可能な武器の一覧が表示される。球体の中に表示された×印は、ハンドルに対応して移動する。流星群の中央にカーソルを合わせて実行した。

 腕の端から同時に二発放たれた紫色の棒は、真っ直ぐに光の渦の中に向かったが、大群の前に何も変化はなかった。

《ご主人様、三十秒で流星群と接触しますが、いかがいたしましょうか?》

「ここを引く訳にはいかない。ウラヌスの使える拡散系の武器をリストアップしてくれ」

 球体の中の宙に、具体的な武器の姿が現れる。魔法で造られた武器の映像の隣りにロイドはフワリと立った

「その上から二番目の奴がよさそうだ」

《これでございますね》

 ジョニーの指示すると、ロイドがその武器を指さす。武器の映像は点滅して消えた。

《スパークリングスピア射出します》

 カシン!と、金属的な響きの後、矢印型のウラヌスの頭の部分の一部が開き、銀色の箱が二つ勢い良く放出される。

 飛び出した箱は途中で二つに割れ、中から小さな球体を四方に弾き出す。球体に当たった岩塊は爆発して細かく砕け散った。

「‥‥次は‥‥これだ」

 早くも操作に慣れてきたジョニーがトライクエスターのパネルを叩く。

 トライクエスターと連動して反応したウラヌスは、目標である光の集団に対して矢印形の長い体を起こし、腕を上げてT、更にY状に姿を変える。蛇腹状の蓋が体中に開いた。

 破砕を免れた岩の塊がウラヌスに接近する。

《クラッキングブレスを実行致します》

 接触した直前、その開けた隙間からあらゆる方向に向けて紫色の光の矢が無数に放たれた。ブレスに貫かれた岩は閃光を放ち、小石程度にまで砕かれる。ウラヌスの周囲は目映い輝きに包まれた。

「これで全部か?」

《流星群全体の七割を破壊しました》

 パネルに流星の進路が表示された。

「さっきと進路がずれている」

《攻撃により集団の質量が低下した為、通過する惑星の影響を大きく受ける為です。0 ・5%の起動のズレにより本来の位置に到達する可能性は三%未満になりました。追撃なさいますか?》

「無用だ。次はこのビックリ箱を送りつけてきた奴と話を付ける‥‥グラムファーベル の位置を特定」

《グラムファーベルという名前はデータベースにありません‥‥ドラゴンの発する紫水晶の反応もありません‥‥遮蔽しているのではないでしょうか?‥‥発見は不可能です》

「そう簡単に結論をだすな」

 ジョニーは画面を睨みながら考える。

「紫水晶の波動の組成をパネルに表記」

 宙に幾つかの楔形の連なった複雑な立体図形が浮かび上がる。

「遮蔽の磁気は捉えられなくても、遮蔽と紫水晶の力の混合の波動が残っているはずだ‥‥遮蔽フィールドの組成を表記」

 新たな図形が現れる。

「よし、これを‥‥‥」

 トライクエスターのパネルの中の紫水晶の図を指で押さえて移動させ、遮蔽フィールドの図形と重ね合わせる。すると全く違う図に変わった。

「‥‥以下の組成に適応するする地域をスキャン‥‥」

 全く待つ事なく、一枚の地図が表示されてた。

「ここからかなり遠いな‥‥‥‥」 

ジョニーは確認する為に途中でパネルに視線を向け、また正面の星空に顔を戻した。

「ここは‥‥」

 座標という概念を頭の中で復唱する。

「‥‥マーク107にコース設定」

《設定、完了致しました》

「バーテロンドライブ実行」

 ロイドは踊る様に姿を消し、ウラヌスは光の壁の中に突入していった。





=‥‥何だ?=

 月程度の小惑星を移動させ様と、力を集中させていたその途中、彼方からの力の波動に気づいてその手を止めた。

=‥‥‥‥‥=

 伝わってくる力は並ではない。その波動は大地を滅ぼす為に向かわせた流星群を消滅させた。もはや無視する事は出来なかった。

=‥‥何者だ?‥‥まさか余の他にオリジナルドラゴンが‥‥‥ぬっ!=

 波動が不意に消え、グラムファーベルは燃えさかる炎の様な分厚い眉をひそめた。途端に時空振が発生し、付近の空間が激しく振動を始めた。

=!=

 星の光の様な一点が僅か数秒で瞬く間に広がり、中央から何か細長い物体が顔を出した。 完全な姿を見せたその物体は、星の白い輝き受け黄金の輝きを周囲に放っている。ゆっくりと体を起こした矢印形のその物体は紛れもないドラゴンであった。ドラゴンはY状に変形した後、腕から黄金に輝く半透明の光の羽根を垂らし、白鳥の様に二、三度優雅に羽ばたいた。

《ご主人様、目標地点に到着致しました。前方二十三キロに紫水晶、及び遮蔽フィールドの混合波を感知致しました》

「その地点を拡大」

 パネル上の闇の中に、一人の白髪の男の姿が映る。

「あれが邪竜グラムファーベル‥‥全ての発端‥‥」

 ジョニーは意外に冷静な表情でその異様な風体の男を見つめる。それからゆっくりとパネルを叩いた。

「お前がオリジナルドラゴン‥‥邪竜グラムファーベルか」

 その声は宙に響き、ファーベルの耳に伝わる。ファーベルは口元を歪めた。

=ドラゴンを操る者よ。人間よ。何者だ?=

「俺が誰であろうと、それはお前には関係無い事だ。俺は貴様にとってただ一人の人間‥‥それ以外ではない。自己紹介など無駄だろう」

=最もだ=

「だが貴様は俺にとっては倒すべき無二の存在‥‥‥グラムファーベルという邪竜」

=倒すだと?‥‥オリジナルドラゴンたる余を?‥‥人間如きが?=

「不可能な事ではない」

=フン;;威勢だけはいいな、不遜な人間め。 面白い‥‥そう思うならやってみるがよい。 余を倒してその狭量な考えの正当性を証明してみるのだな=

 グラムファーベルは高らかに嗤い、両手を上げた。=だが今はお前の相手をしている暇はない。余はこれから‥‥=

 グラムファーベルの背後の星の輪郭に光が走る。紫色の妖しい輝きが辺りに満ちた。

=クックッ‥‥舞台の準備がある‥‥最後の大舞台のな‥‥=

「まさか‥‥その星をぶつけるつもりか! そんな事をしたら!」

=大地‥‥星ごと‥‥ボン!‥‥だ‥‥=

「‥‥くっ!」

 ジョニーは唇を噛み締める。

=と、言う訳で失礼する=

 背後の月ごと姿が揺らぎ始める。それと同時にウラヌスの周囲に小さな黒い陰の様なものが無数に現れた。その小さな陰は節のある楕円形の体を持ち、長方形の翼を生やしている。

=幕が降りるまでそいつらと遊んでるがいい、機会があればいづれ‥‥=

「待てっ!」

 グラムファーベルは闇の溶け込み、巨大な岩塊は急速に移動を始めた。

《ハーピーの群です》

「ロイド、バーテロンドライブ起動、奴を追跡するんだ!」

《周囲に強力な反陽子フィールドが発生しており、バーテロンドライブが実行出来ません》

 パネルに小さな点が密集している図が表示される。

「反陽子?‥‥というやつが妨害しているのか‥‥発生源は何処だ?」

《四方からです》

「‥‥四方?‥‥周りにいるこいつらか‥‥」

 ジョニーは考えながら、トントン‥‥と戯れにハンドルを指で叩いた。

「だがウラヌスを引き留めるには、それなりのパワーを維持しなければならないだろう‥‥ロイド!」

《四割を割れば、隙間からバーテロンドライブが実行出来ます》

「ハーピーの数は?」

《概算で一千万匹です》

「‥‥万!‥‥‥ゾッとしない話だ」

 唇を噛んでハンドルを回す。ドラゴンは腕をすぼめて矢印形に姿を戻し、金の輝きを強めてゆっくりと動き出す。通常航行するウラヌスの行先にハーピー達は離れる事なくピタリとついてくる。

「アプリケーション!」

 小さな箱がドラゴンから放り出され、開いた蓋の中から小さな球体が飛び出す。更にその球から四方に光の矢が発せられ、細かな光の糸は網の様に広がる。逃げる術を失ったハーピー達は硝子を引っ掻く様な甲高い声を発して燃え上がった。

 攻撃を免れたハーピーは口を開けてウラヌスにバチバチと青白い電撃を放ってきた。ジョニーのいる球体は弾ける青の光で視界が閉ざされる。時折ウラヌスの巨体が大きく傾ぐ。 ジョニーは武器項目の一つを選択して実行した。ウラヌスの体から四方八方に光の矢が撃ち出される。それでも雲霞の如きハーピー達の数が減った様には見えなかった。

《ご主人様、攻撃を受けています》

「これではキリが無い、通常航行で何とか奴らを振り切れないのか?」

《相対距離は変わりません。彼らはこちらの動きに合わせて移動しています》

「何とかバーテロンドライブを‥‥一瞬でいい、隙があれば‥‥く‥‥」

 一際大きな揺れが起こり、ジョニーはトライクエスターのハンドルを慌てて掴む。

「どうした?」

《一部に攻撃が集中しています。ハーピーは強酸を吐き始めましたがそれによる被害は軽微》

「攻撃を続行しろ‥‥グラムファーベル本人はともかく、あの巨岩ごとバーテロンドライブ出来ないのが救いだ‥‥このペースではどっちにしろ間に合わないが‥‥」












《ご主人様、バーテロンドライブは正常に動作しています》

「‥‥‥‥‥‥‥」

 進行方向に針でつついた様な光が一つあるきりであり、視界はほぼ黒一色である。ジョニーはその光を無表情で見つめ続ける。

《指定の座標に着きました。ドライブアウトします。よろしいですか?》

 ジョニーは首を縦に振る。途端に点でしかなかった光が爆発的な広がりをみせ、闇の中に光が散りばめられる。

=何だと!=

 グラムファーベルは突如として前方に現れたドラゴンに、困惑の色を隠せなかった。念には念を入れて用意していたハーピーの群を使っておきながら、よもやこれほど早く抜けて来るとは予想していなかった。背後の月を止めて虚空に漂う。黄金のドラゴンがすぐに顔を見せた。垂直に立ち上がったドラゴンは、腕から薄い金色の羽を滝の様に流して、威嚇するかの様に一度だけ羽ばたいた。

=幕を引くにはまだ早すぎるが?=

「‥‥行かせないと言ったはずだ‥‥」

=フン、小癪な人間め‥‥=

 ファーベルは手の平の上に、水晶の輝きに似た黒い球体を造った。

=下等な人間如きに余の邪魔はさせぬ!=

 球体からバチバチと黒い稲妻が走り、ウラヌスにかかり、すぐに雷の紐が全体を覆い尽くした。ジョニーは無表情のまま、眩しさに目を細める。

「ロイド、状況報告」

《被害軽微》

「‥‥なら今度はこっちの番だ」

 パネルを指で触れ、武器を選択する。

 球体パネルに×印が映る。ジョニーはトライクエスターのハンドルを動かしてその×をファーベルに重ねた。

「バスターブレス実行!」

 ウラヌスは吠えもせずに、キン‥‥と紫色の柱を虚空に浮かぶ男に向けて放つ。

=‥‥なに?=

 ファーベルは両手を突き出し、光の壁を作る。ウラヌスの撃ったブレスは壁を打ち砕き、グラムファーベルに突き当たる。

=うがっ、馬鹿なっ!=

 吹き飛ばされたファーベルは後ろの月の中にめり込む。

=‥‥おのれ‥‥よくも‥‥=

 起きあがって月の上に立ち、両手を高く掲げる。

=ぬうううううううっ!=

 力を込めると一キロほどの長さの三角錐の形をした光が形成されていった。

=下等な人間めっ!=

 地響きを立てて三角錐がウラヌスに向かっていく。ファーベルは口元に歪んだ笑みを浮かべた。

《紫水晶のエネルギー波が接近中です》

「規模は?」

《パワー係数は予測で一億二千メガワット前後‥‥回避なさいますか?》

「いや、現在の位置で待機。動く必要はない」

 ゆっくりと移動していた三角錐が、ウラヌスの胴体に当たると、飛び散った衝撃波が周囲の空間に満ちた。

=‥‥馬鹿めが‥‥‥な、何っ!=

 力の奔流が去った後、そこには何も変わらないドラゴンの姿があった。小揺るぎもしていない。

=‥‥なんだあのドラゴンは‥‥何者が造ったのだ!‥‥オリジナルドラゴンたる余が破れぬドラゴンを何者が‥‥=

「皆の仇‥‥‥うたせてもらう‥‥」

 ×印を月の上の黒いコートの人物に合わせる。ジョニーはバスターブレスを実行しようと指をかけたが‥‥。

「!」

 ファーベルの姿がフっと消えた。

「逃げたのか!」

《バーテロンドライブの痕跡はありません。空間に働きかけない通常の移動手段を取ったものと考えられます》

「そんな低速で逃げられてはこちらもバーテロンドライブを使う訳にはいかない‥‥通常航行で追跡を開始する。紫水晶の波動をマップに表示」

《承知致しました》

 光の羽を消してウラヌスは形態を変化させる。ジョニーがハンドルを回すと、ドラゴンの腕の輪郭が青白く光り、星の海を静かに滑り出した。球体パネルの中にいるジョニーはトライクエスターの二つの車輪で宙を駆けてでもいるかの様な感覚に陥る。

ハンドルを握る手に力が籠もる。

《現在、速度レベル3‥‥敵ドラゴン、速度をレベル4にあげました》

「‥‥‥‥‥‥‥」

 心持ちハンドルを奥に回す。

《現在レベル4‥‥敵ドラゴン、レベル5》

「‥‥根比べか」

 ジョニーは更に出力を上げる。

《‥‥レベル9・6‥‥通常速度臨界です‥ あと0・4で光速レベルに達します‥‥敵ドラゴン、9・5を維持》

「‥‥僅かにこっちが速いか‥‥」

 ウラヌスの目前に燃えさかる星が立ちはだかった。巨大な炎の柱が絶え間なく立ち上がる。グラムファーベルは星の縁を迂回して背後にまわった。

「奴と同じコースを辿るのは愚だ。直進すれば時間がかせげる。ディスプレイ!」

 球体パネルの内側に、前方の星を線だけで模した立体図が現れる。表面から吹き上がる炎の柱も正確に再現されており、時間ごとの経過が良く分かる様になっている。

「マーク033、方位012‥‥」

 ウラヌスの現在地から、星の模型の向こうの目的地に向かって赤い矢印が伸びる。その動作を何度か繰り返した後に目的地と繋がり、矢印は青色に変わった。矢印は炎の柱の間を縫う様に伸びている。(GO!)の表示が現れた。

「火柱の直径は千キロを越えてるな。本当に 行けるのか‥‥左に五度‥‥」

 ジョニーは指示の通りにハンドルを傾ける。足元には地獄もかくやと思う炎の地が広がっている。

「‥‥ここから右に三度‥‥‥」

 直後、ウラヌスの左奥に炎の柱が吹き出た。

「後は直進」

 遅れて後方に一際巨大な噴煙が立ち上る。

=フフ‥‥甘いな=

 人型の邪竜は立ち止まって邪悪な笑みを口元に浮かべる。殊更に星の周囲を迂回してみせたのは燃えさかる星の表面近くに金のドラゴンを誘い込む為であった。

=滅せよっ!=

 狂気に満ちた目が紅く輝いた。ウラヌスの進行方向のすぐ正面に爆発的な速さで炎が吹き上がる。

「何だ?」

《イレギュラーのプロミネンスです》

「回避だ」

《間に合いません》

「減速して回頭」

《この星は太陽の一万倍以上の質量があり、それに比して重力も強力でございます。減速すればその重力にとらえられてしまいま すが?》

「なら前進するしかないな。防御フィールド 最大。このまま直進」

《承知致しました》

 ウラヌスは体の輝きが増し、虹彩を放つオレンジ色の炎の中へと突入する。ジョニーのいる球体の中は熱さを全く感じさせなかったが、周囲が朱に染まるとその圧迫感に唇を噛み締めた。

 わずか五分程でドラゴンは炎の中を突っ切った。グラムファーベルのすぐ後ろにぴたりと着く。

《被害はございません》

「‥‥今にして思えば、逆に奴をひっかけてもよかったな‥‥追うぞ」

 ウラヌスの輝きに曇りは全く見られない。高らかに嘶き、深淵の闇に目映い金の光を放った。

=‥‥何‥‥あの高温の中でも平気なのか‥‥おのれ‥‥=

 今度は無数の岩塊の浮かぶ小惑星帯に紛れ込み、ウラヌスもそれに続く。ジョニーの足元に広がる岩の群は、粉かな粒の集まりの様で、良く磨いた鏡の様にドラゴンの姿を映す。「見つけた」

 闇に紛れて見えないはずのグラムファーベルの姿が、パネルにははっきりと浮き上がって見える。

「逃がしはしない!」

 ウラヌス正面から放たれた紫色の光の柱は、真っ直ぐにグラムファーベルを狙う。

=ぬっ=

 ぶつかる直前、ファーベルの姿が赤、青、黄の三色‥‥三人に分かれ、光の矢は素通りしていった。

=人間め‥‥いい気になるなよっ!=

 突然、逃走をやめてウラヌスの前に立ちはだかる。

《ご主人様、敵ドラゴンにパワーが集中しています。ご注意下さい》

 後ろ手に背中を向けていたロイドがクルリと振り向く。

「それはウラヌスの防御フィールドを突破する程の力か?」

《出力は推定二億メガワットです‥‥防御フィールドを越える事は出来ません》

「‥‥なら意に介する必要は無い。ウラヌス の力は奴より遥かに上だ」

 天翔ドラゴン‥‥ウラヌスは黄金の翼を広げて静止した。漆黒の世界に滲む金の輝きは、見る者の心を奪う程に目映い。

=所詮は人間‥‥クックッ‥‥=

 グラムファーベルは歯を見せて嗤い、両手を前に突き出す。腕の先から瞳と同じ紅色の光を撃ち出す。

 光はウラヌス全体を包み込む程でもなく、ごく小規模なものではあったが‥‥。

「‥‥何だ?」

 光を見つめていたジョニーは、頭痛を覚えてハンドルから手を離す。

「‥‥これは‥‥」

 手で額を押さえると頭痛は去り、後には水の中に浮いているかの様な心地よさに包まれた。目前に光が迫る。正視出来ない程の強い光ではあったが、なぜか目を逸らす事は出来なかった。

「‥‥あれは‥‥俺?」

 やがて光はジョニーの思考の全てを奪った。 


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?