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第七話 滅びの空、その先に見える未来

=何だあのドラゴンは?=

 雲のまたその上‥‥地上が青白く、そして丸く見える程の孤高の空に一人の男が浮かんでいる。白髪で目の赤いその男は肉食獣の様な歯の並ぶ口元を歪めた。長身の割に異様に細い腕を尖ったアゴに当てる。

=あのドラゴンの波動は紫水晶のもの‥‥これ程近くにいるのに今まで気づかなかった とは‥‥何者があのドラゴンを創造したのだ?‥‥まさか我以外にオリジナルドラゴンがこの人間界に存在しているのか?‥‥いや、十分ありえる話だ。何れにしろ我と同じ様に先の大戦の生き残りであろうが=

 男‥‥グラムファーベルは凶星の如き赤い瞳に、妖しい光を灯らせた。

=我の計画を邪魔する以上は敵には違いない。

 あのドラゴンを見るに大した力があるとも思えぬ‥‥我の糧としてくれようぞ=

 グラムファーベルは側に浮かぶ、鉄のガラクタに目を向けた。それらは破壊されたゴーレムの一部である。手足は完全に無くなり、胴体だけが辛うじて原型を留めている。何か強烈な力を加えられた様である。

=出ろ=

 ゴーレムの胸板が開き、中から一人の男が無理矢理引きずり出された。

「‥‥‥‥‥‥」

 男は頭から血を流している。吹き出す血が宙に浮き、漆黒の闇の中に音も無く漂っていく。

=起きるがいい=

「‥‥‥ぐ‥‥‥‥」

 それまで何の反応も無かった男の眉がピクリと動き、それからゆっくりと目を開けた。「なんだ?‥‥‥死ぬってこういう事かい‥ ‥フワフワとててよぅ‥‥だが、相変わら ず体が痛ぇっていうのはどういう訳だ?」

=当然だ、ここは地表から一万フィートの高さだからな=

「‥‥‥あん?」

 頭を起こすと反動で体がゆっくりと回り始めた。男の視界にグラムファーベルの黒装束の姿が入る。

 男は急に笑い出した。

「なんとまあ‥‥俺もさんざんな事はしてきたが、まさか地獄に落とされるとはな」

=死んだ訳ではない。我がお前を助けた=

「‥‥‥助けた?」

 男はハっとして真顔になった。

「するってーと、俺はまだ生きてるって事だな?」

=そうだ=

「俺はジャロワクのザンテ大尉。一応こう見えてもブルジャフ侵攻部隊の指揮官それを知って助けたのか?」

=お前が誰で何をしてきたかなどどうでもいい事だ。下らぬ質問をする点は他の人間と 同じだな‥‥だが我が何者かを先に聞かなかっただけまだ見込みがあるか‥‥=

「‥‥何だかな‥‥そういう物言いをされると、好奇心の虫が騒ぎ出すんだよな‥‥あん た何者だよ?」

 ザンテは足を振って男の正面に立つ様に調節した。

=我が名はグラムファーベル。お前の主、メルロースにゴーレムの技術を伝えた錬金術師だ=

「はっはっは‥‥‥馬鹿言うなよ。こんな事が出来るんだ‥‥あんたただの錬金術士じ ゃねえだろ?」

=さてな=

 グラムファーベルは質問には答えずにクックッと喉の奥で笑った。

「まー、何だか知らねえがボランティアで俺を助けた訳じゃねえだろ?‥‥フワフワ 浮いてるのは趣味じゃない‥‥さっさと本題に入ってくれないか? 何が望みだ?」

 ザンテは口元に不敵な笑みを浮かべる。

=望むのは我ではない、お前だ=

「‥‥あん、何だって?」

=お前は何を望む?‥‥それによってお前の運命が変わるのだ=

「‥‥‥‥‥‥‥」

 ザンテは笑うのをやめて目を細めた。

「じゃ、あんたが俺が欲しいって言うものをくれるってのか?」

=さて、どうだろうか‥‥=

 暫くにらみ合いが続く。

「いいだろう‥‥答えてやるさ‥‥俺が 欲しいのは力だっ!」

=ほう、力とな=

「そうだ、大事な部下を殺りやがったあの野郎をぶっ殺す強い力だっ!」

=見込んだ通り、他者を飲み込む大きな憎しみ‥‥それに裏打ちされた力への強い渇望 ‥‥見事よ‥‥=

 グラムファーベルは歯をみせて笑う。

=合格だ‥‥お前には我の創造したドラゴン‥‥グライツェンを与えよう‥‥恐らくグ ライツェンの力はお前の希望に答えてくれるであろうが‥‥問題はお前が使いこなせるかどうか‥‥=

「‥‥ふん、何だか知らないが、今まで俺が仕えなかったゴーレムはないんだぜ」

=フフ‥‥頼もしい‥‥=

 グラムファーベルは両手を上げた。漆黒の空が波打つ様に揺らぎ始め、気が付けば何も無かった虚空に一頭の黒いドラゴンが姿を表した。





 ジャロワク軍の襲撃から三日ほど経った。城が陥落し王家は既に無い。本来ならば先頭に立つべき騎士団などの指導者達はいなかったが、それでも人々は自らの力で深手を追った町並みを立て直していった。

「ジョニー、その柱、もちょっと右‥‥ああ、右すぎ!‥‥そそそこでストップ!‥‥だからもっと左だってば!」

 人型になったトライクエスターの中のパネルに、ドリィの様なエプロンを付けたリオの姿が映っている。破壊された家々を立て直すのにトライクエスターも一役買っていた。

「‥‥ったく、たまらないな‥‥ドリィ、今、トライクエスターが両手で支えている鉄棒 はちゃんと水平になっているか?」

《大地を基準点にするなら、左に五度、手前に三度傾いています》

「斜度を零に修正した後に、下に三十センチ押し込んでくれ」

《分かりました》

 ドラゴンはジョニーの指示通り、細い両手で起用に鉄の柱を地面に埋めていった。

 遠目で見ていた人々が感嘆の声をあげる。作業が一通り終わり、ドラゴンをクルーズモードに戻すと、見ていた人々にワー!と取り囲まれた。

「十人がかりでやっと持ち上がる鉄棒をあんなに軽々と‥‥お客さん凄いものをお持ちですね」

 宿を壊された主人が、笑って近寄る。

「お客さんはやめてくれ。俺達はもう宿には泊まってないんだから‥‥もうこの辺で力仕事が必要な箇所は無いな?」

 ジョニーはぶっきらぼうに答える。リオは集まってきた同年代の女の子達に向けて肩をすくめると、少女達は一斉に笑いだした。

「ええジョニーさん。この地区は被害が酷かったのですが、あなた方のおかげで作業は順調そのもので終わりました。何と礼を言ってよいやら‥‥」

 宿屋の主人と、その隣りにいた太った中年の女性が顔を見合わせてうなづく。

「町の者がゴーレムとかいうあの恐ろしいものに襲われた時に助けてもらったお礼がしたいと言ってるのですが‥‥」

「主人、礼など不要だと何度も言った」

 ジョニーは丘の上の城郭跡を見上げる。建物をなおす為に使えるものは全て取り外してしまった為、今はかつての物々しい外観は見られない。

「ブルジャフ王家は無くなった。‥‥これからどうするのです?」

 大柄な男が前に出てきた。

「‥‥‥皆で話し合ったのですが、若い者を中心に自警団をつくろうという事になりま した。なーに、むざむざ負けはしません。ジャロワクの奴らめ‥‥今度来たら生かしては返さない」

 男の目が異様にギラついている。

「闘うのですか?‥‥またゴーレムで攻めて来たら、ろくな武器もないこの状況でどう するというのです?」

「心配はいらんよ、あんたの様な心強い味方 もいる事だしな」

「‥いや‥‥俺は‥‥」

 皆の目が一斉にジョニーに注がれている。一段落したらすぐにこの町を立つつもりでいたが、期待の籠もった目で見られると、この場でその事を口にするのが躊躇われた。

「おお、そうだ!、あんたがリーダーになってくれないか? あんたの言う事だったら 町の皆も素直に聞くだろう‥‥どうだい?」

「‥‥それは‥‥‥」

 リオが駆け寄って来たのでジョニーは、断わりの台詞を大声で言う為に吸い込んだ息を、一端吐いた。

「‥‥ジョニー、受けたら? 私も応援するよ」

 リオが脇腹をつつき、ジョニーは顔をしかめた。

「冗談じゃない! 何で俺が‥‥」

「そうなの?‥‥いいと思うんだけどなー‥ ジョニーがリーダーになってね、そんで町 の名前を”グリーンティアル”って変えてね‥‥」

「付き合ってられんな」

 ジョニーは溜め息をついてドラゴンの出力を上げる。トライクエスターが低いうなり声をあげると、前方に立つ人々が道を開けた。

「もう、待ってってば!」

 馴れたリオはドラゴンが走り出す前にサッと後部シートに飛び乗る。それから緩やかに二つの車輪が転がり出す。

「まだまだ復旧がおいついていないな‥‥‥」

 屋根などが吹き飛ばされ、破壊されたままの家を見て呟く。呆然と立ち尽くしている人や、膝を抱えてうずくまっている人‥‥反応は様々ではあったが、原因は全てジャロワク軍によるものだ。

「‥‥‥‥‥‥‥」

(‥‥ジャロワクの奴らめ‥‥今度来たら生かしては返さない‥‥)

 知らないうちにジョニーはさっきの青年の言葉を何度か心の中で反芻していた。

「‥‥負の心‥‥か‥‥」

 町中がジャロワク軍への憎悪で満ちている。憎悪や悲しみなどの負の心は、紫水晶の力の苗床になる。町を救ったこのトライクエスターを動かしているのもまた紫水晶であり、そこに何か危険な矛盾を感じて唇を噛み締めた。「‥‥俺もまた‥‥負の心に突き動かされて いるのか‥‥‥」

 負の心が力の源であるなら、黒いドラゴンを倒す力を得る為にはそれも仕方が無い‥‥ジョニーは自分で自分をそう納得させた。「‥‥そこ右に曲がって‥‥」

 片手でリオが後ろから指示を出し、ジョニーはその通りにハンドルを傾けた。

「‥‥何処に行くつもりだ?」

「うん、ちょっとね‥‥あ、そこの路地に入 ってあとは真っ直ぐ‥‥」

「?」

 言われるままに走ったその先にあったのは、一軒の家の前である。リオはヒョイと飛び降りた。

「‥‥ここね、町の人達が自由に使っていいって、くれたの。色とか塗るときっと素敵 な家になると思うんだ。もう、何ぼうっとしてるの?」

 リオは楽しそうにジョニーの手を引っ張る。ドアを開けて背中を押した。

「‥‥グリーンティアル王宮へようこそ‥‥」

「え?‥‥あ、ああ‥‥」

 何と言ってよいか分からず、ジョニーは戸口で頭をかいていた。





 それから瞬く間に一月が過ぎたが、ジャロワク軍が侵攻してくる気配は無かった。荒れ果てていた町もほとんどが立て直され、臨時に市民達の手で議会の様なものも出来上がった。ジョニーとリオは町の復興の為に働き続け、枯れ果てていた水路を復活させるなど、めざましい働きにより、名誉市民に叙された。

「‥‥ね、ほら見て!」

 リオは地面の一画を指さしてはしゃぎ出す。そこは町の中央通りであり、何事かと声を聞きつけた人々が集まって来た。

「リオちゃん、何をしてるのかな?」

 元宿屋の主人が代表して質問した。

「ほら‥‥‥これ‥‥‥」

「‥‥‥ん?」

 ブリキ板を剥がして土の地面が顔を見せている。真ん中に小さな植物の芽が出ていた。「こんな鉄の板の下敷きになってても、緑が育とうとしてる‥‥地面を鉄で覆ってしま   うなんて不自然だわ」

「けど‥‥我々にしたら生まれた時からこういう場所で暮らしてきた訳で」

「でも食べ物をつくるには土が必要よ‥‥あんな石炭の光と熱で無理矢理育てた麦のパ ンなんて不味くて食べられないわよ。日の光で普通に作るのが一番」

「‥‥じゃあ、冬とかはどうするんです? 普通にやってたんじゃ何も育ちませんよ」 

別の男が顔を出した。

「蓄えとけばいいじゃない。それに冬には冬でそれ相応のものがあるはずよ‥‥そうね ‥‥例えば‥‥カラス麦とか‥‥」

「何ですかそれ?」

「え、知らないの?」

「‥‥はあ‥‥」

 人々はザワザワと何かを言い合っている。

「しょーがないわね。私が一からみっちり教えてあげるわよ‥‥これでも姫だったんだ けどね‥‥」

 リオは腕まくりして、また土をほじくり返した。





 当初の計画を実行する段になった。

「‥‥全く、何で俺がこんな‥‥」

 ジョニーは赤色のペンキの入ったブリキのバケツを片手に、刷毛で屋根に色を付けている。一塗りする度にぶつぶつと文句を言いながら、青空を見上げて流れていく雲を数えていた。

「‥‥そうか‥‥もうあれから一ヶ月か‥‥‥」

 安息とも言える日々が続いてはいたが、ジョニーは片時もあの黒いドラゴンの事を忘れた事は無かった。町の人達もまたジャロワクへの憎しみを捨てられずにおり、特に家族を失った者の思いは強く、時間の経過は何の慰めにもならなかった。

”ジョニー! ねぇジョニーったら!”

 下からリオの呼ぶ声が聞こえて、ジョニーは手を早めた。案の定ミシミシと梯子を登ってくる音が聞こえ始める。リオは二、三日前から風邪を引いて寝込んでいたが、声だけ聞けばもう治った様である。

「なーに、まだこれしかやって無かった の?‥‥日が暮れちゃうよ」

「こういう作業は苦手だ。それより風邪の方は大丈夫なのか?」

「うん、そんなに寝てばかりもいられないもんね」

 背を向けていたジョニーは、クルリとリオの方に顔を向けた。

「ぷっ!‥なあに、その顔‥‥ペンキだらけで真っ赤じゃない」

「そうか?」

 ゴシゴシと顔をこすると更にリオの笑い声が大きくなった。

「で、姫君がわざわざ登ってきたのは、笑い話の種を探しに来たからじゃないだろう?」「‥‥そうなの、ダルクおじさんが皆を集めて食事にするからって」

 ダルクおじさんとは元宿屋の主人であり、今は新ブルジャフの最高評議会の一人である。ジョニーは何度聞いても”ダルク”という名前を覚えられなかった。

「そうか宿屋の主人か、助かった」

 溜め息を付いて梯子に手をかける。

「‥‥その前に顔と手を拭いて‥‥わっ!」

「!」

 リオは手を滑らせてジョニーの背中をドンと押した。体勢を崩した二人は重なり合ったままごろごろと屋根の上を転がり、同時に下の芝生の上に落ちた。ジョニーが下でリオがその上に乗っかっている。二人は衝撃で唇を重ねていた。

「ジョニー‥‥‥」

 リオが顔をあげる。ジョニーは顔が強張っていた。

「‥い、いや‥‥これは‥‥その‥‥わざとじゃないんだ‥‥」

「分かってる‥‥」

 ジョニーはリオを乗せたまま後ろ手に体を起こす。互いの顔が息のかかる程の近くにあった。

「‥‥ねえ、このままジャロワク軍が来なかったら‥‥やっぱりジョニーはドラゴンを 追いかけて‥‥町を出て行くの?」

 辛そうに聞くリオの顔を避ける様にジョニーは横を向く。

「ああ」

 ジョニーはきっぱりと答える。

「グリーンティアルはもうないのよ。みんな昔の事なのよ。復讐なんてもうどうでも いいじゃない‥‥ジョニーはここにいて楽しくないの?」

「ここの人達は好きだよ。皆親切だし‥‥だけど、それとこれとは別の話なんだ。俺は奴を倒さなければならない。この手で皆の仇を取りたいんだ」

「‥‥皆、あなたを必要としてるのに‥‥それなのに闘いに行くの?」

 リオは半分涙目で訴える。

「別に永久にいなくなる訳じゃない‥‥倒したら必ず戻って来る‥‥」

「本当に?」

「ああ」

「絶対?」

「しつこいな」

「約束だからね」

 リオは目を瞑って口を突き出す。一瞬眉をしかめたジョニーは静かに唇を重ねた。直後、何処からともなくパチパチという拍手の音が周りで響き、二人は慌てて顔を離す。見れば見知った町の人達が十人ばかりジョニー達を見ながら手を叩いている。

「ジョニーさん達は式はまだなんだろ?‥‥だったらこの町で式をあげたらどうだい?」「‥‥い、いや‥‥それは‥‥何と言うか‥‥俺は別に‥‥‥」

「嫌なの?」

 リオが真顔でジョニーの顔を見つめる。

「そう言う訳じゃないが‥‥ただ、俺には‥ ‥‥」

「‥‥帰って来るんでしょ‥‥ごほ‥‥‥」

「病み上がりで外に出てると体に悪‥‥」

 言葉の途中で服の中に入れていた鍵がピクピクと振動した。

「‥‥何だ?」

 出してみれば鍵に描かれたドラゴンの顔の瞳が赤く点滅している。

「ついに来たのか‥‥」

 ジョニーは険しい顔で立ち上がった。

「‥‥どうしたの?」

「今、ドリィから連絡があった‥‥‥奴が‥‥黒いドラゴンがこの町に近づいている‥ ‥皆さん、敵が近づいています、家から外に出ない様にして下さい!」

「わ、分かった、他の者にも伝える!」

 ダルク達はすぐに走って行った。一人リオは口に手を当てたまま動かない。

「何をぼうっとしてるんだ。早く非難するんだ!」

「でも‥‥ジョニーは?」

「むろん俺は倒しに奴の所に向かう。なるべく町から遠い所で迎え撃ちたいからな」

「私も行く!」

「駄目だ」

「‥‥どうして? 今まで一緒にやって来た じゃない!」

「今まではな。はっきり言って病人が一緒だと足手まといだ」

「‥‥うん‥‥分かった‥‥ちゃっちゃっとやっつけて早く帰って来てね」

 リオはつま先立ってジョニーの頬に軽くキスをした。そして壁に立てかけてあった板を取ってドアにかけた。

 その板には、

(新、グリーンティアル王宮)

 と彫ってある。ヘヘッとリオは舌を出して笑った。

「必ず帰ってくる」

 ジョニーは優しく口づけを返した。そしてタッタッと脇目もふらずに走り出した。

 元宿屋の主人の言葉が行き届いているらしく、大通りには既に出歩いている者はいない。「いでよドラゴン‥‥」

 ジョニーは鍵を空に向ける。

「‥‥トライクエスターっ!」

 一筋の雷がジョニーの前に落ち、空中に亀裂が走る。がま口を押し広げる様にその亀裂の中から、白地に赤の線の走ったドラゴンが頭から顔を出した。

「来させはしない」

 鍵を差し込むと、ハンドル前のドラゴンの目に光が宿った。

「ドリィ、ドラゴンが現れたのか?」

 画面右端にドリィの姿が映る。

《はいマスター、南南西より紫水晶の波動を持つ物体が急速接近しています。現在の地点は町の南門から十キロ‥‥推定到達時間は三十秒後です》

「‥‥ここから南門まで行くには一分以上か かる‥‥時間がない‥‥バトルモード実行」

 ヴーンと、低い振動音と共に、ジョニーの周囲がドラゴンの体の一部で覆われる。完全な暗闇になった途端、パネルに周囲の景色が映し出されてた。

「ドリィ、バスターブレス実行」

《‥‥起動します》

 人型となったトライクエスターが背負っていた筒を引き抜き、両手で構える。踵から伸びた鉄の爪が大地に楔を打ち込む。

「ここから一気に狙う‥‥ドリィ、敵ドラゴンの動きに合わせて照準をロック!」

《分かりました》

 パネルの数字が、四十、五十、六十%と増えていく。ハンドルが自動的に倒れ、筒の先が青空の一点を向いた。

 数字が百%になると、筒の先端がカシン!と伸びた。

《バスターブレス臨界点に達しました‥‥ロック完了‥‥自動発射します》

 ドリィが頭をさげた。

”UOOOOOOO!”

 ドラゴンの持つ細い竿から放たれたとは思えない程の太い光が、空の彼方に向かって真っ直ぐ伸びて行った。





「‥‥いゃっほう!‥‥最高だぜこりゃ!」 

グラムファーベルの創造したドラゴン、グライツェンの内部の球体の中に立ったザンテは、狂った様に大声をあげる。球体には外の景色が忠実に写しだされ、ザンテの正面にある二枚のキーボードの他には視界を遮るものは何もなく、ドラゴン内部にいながら外にいるのと何ら変わる事はなかった。球体状のパネルでは雲が正面に現れた次の瞬間には後方に流れていく。空を飛んでいると言うよりは雲の海を滑っているかの様だった。

「‥‥全く、どうして始めっから出してくれなかったんだ?‥‥こいつがありゃあ‥‥ あんなドラゴンの一匹や二匹‥‥」

 ザンテは新米の部下であったリカールを思いだし、拳を握りしめる。

「‥‥待ってな、リカール、あいつにはきっちり落とし前つけさせて、詫び入れさせるか らな」

《WARNING!》

 突如として、パネルの一枚が赤く点滅し始める。

「何だよ?」

 ザンテはキーボードの中で、最も大きな矢印のキーを叩いた。

《紫水晶ノ波動ガ、進路上ニ接近中‥‥対策‥‥NOW、THINKING‥‥A、回避‥‥B、防御フィールド‥‥C、他‥‥ SELECT(A)OR(B)OR(C) 》

「‥‥あん?‥‥何だって?」

 ザンテは適当にBのキーを押した。

”GAAAAAAN!”

 ドラゴン、グライツェンは耳を劈く咆哮をあげた。直後、激しい振動がザンテを震す。

「‥‥お、おい大丈夫かよ」

《DAMAGE‥シールド消失‥‥‥CONDITION、YELLOW》

「‥何が黄色だって?‥‥構わねぇ、今、撃って来た所へ向かって突っ込め!」

《NOW、THINKING‥‥》

 パネルに飛行予定のコースが矢印で表示され、ザンテは決定キーを叩いた。

「‥‥それじゃ本番といくか‥‥」

 グライツェンは雲の中から急降下して、真下のドラゴンを目指す。

 その目標である人型のドラゴン‥‥トライクエスターの中のジョニーは雲が破裂する様に勢い良く飛び出した物体を目の当たりにして歯ぎしりする。物体は長さが十メートル程の緩やかな台形の形状をしており、中央部が膨らんでいる。色は渋い銀色である。物体は脇目もふらずにジョニーの方に近づいてきており、風をきる振動が地面を揺らした。

「あれは奴じゃない!‥‥何だ?」

《今のマスターの言葉は私への質問でしょうか?》

「そうだ!‥‥だが、今は聞いてる時間がない‥‥‥アプリケーション、ブレード実行!」

 トライクエスターの細い手の甲から紫色に輝く半透明の二本の剣が伸びた。

”UGAAAAAAAA!”

 衝突する寸前、台形の物体の端から腕が伸び、ハサミに似た光る二本の爪がトライクエスターに迫った。

「何っ!」

 ジョニーはハンドルを倒し、左手の剣で爪を受ける。刹那、バチバチと青白い火花が散ったが、すぐに両者は離れた。地上に降り立った銀色のドラゴンは端から節のある足を三本‥‥計六本伸ばして体を起こした。二、三十メートルの距離を置いてにらみ合いが続く。

「‥‥ドリィ、前方の物体はやはりドラゴンなのか?」

《はい、紫水晶の波動が見られます。表面はドラッゲルナイト合金》

「‥‥ドラッゲルナイト合金?‥‥それは確かあの黒いドラゴンと同じだな‥‥造った 奴は同じか?」

《内部スキャンが何らかの方法で妨害されており、断定する事は出来ませんが可能性は あります》

 ドリィはエプロンに手をかけて頭をさげた。

「もしあいつが奴の仲間だとすれば、このまま黙って見過ごせない」

 ジョニーはハンドルを持つ手に力を込める。

《マスター、敵ドラゴンより、一定パターン を持つ単調波が連続して放たれています》

「‥‥タンチョウハ?‥‥分かりやすく説明してくれ」

《マスターとの交信を望んでいる様ですが、受けますか?》 

「‥‥いいだろう」

 ジョニーがうなづくと景色を映していた正面のパネルに、突然一人の男の顔が映った。

=よおっ、そのゴーレムに乗ってるのはあんたかい、綺麗な顔した兄ちゃん?。あんた 随分と女に持てただろう、うらやましいねぇ‥‥俺はジャロワク軍大尉でザンテって言うんだ=

 ザンテは無精ヒゲを撫でて笑った。

「‥‥俺はジョニー‥‥‥ジョニー、ウェイン‥‥そのドラゴンはジャロワク軍が造ったのか?」

=いーや、軍は関係ねぇ。そのゴーレムをどうしても倒したかったからな‥‥力を望んだらこのドラゴンが手に入った‥‥まあ、天からの授かりものって事さ=

「‥‥力を望んだら‥‥手に入った?」

=そういう事だ。てな訳で死んでもらうぜ兄ちゃんよぉ=

 パネルに映るザンテはカッカッと笑いながら手を動かし、それに反応してグライツェンの正面の横長の口が蛇腹状に開いた。

=‥‥強い国が統一する‥‥その自然な流れに逆らえる力を持った兄ちゃんみたいなの がいると、困るんだ‥‥無意味に戦争が長引くだけなんだよ!=

《マスター、ロックされました》

「!」

 ジョニーは手早くハンドルの握りを回転させてアプリケーションの(跳躍)を選んで実行した。飛び上がったトライクエスターの真下で爆音が轟く。

「‥‥くっ‥‥‥」

 人型のドラゴンは窪地の上に着地した。砂埃の向こうに、口から硝煙を上げるグライツェンの姿が見える。

「被害が大きくなる。何とか町から遠ざけなければ‥‥」

《敵ドラゴンが急速接近中、接触まで三秒》

「ブレード実行!」

 キュン!と手の甲から剣が伸びる。振り下ろした鈎爪をその剣で受け止めた。

=ジョニー、いい反応してるねぇ=

「戦争を終わらせる為ならば、何をしてもいいのか?」

=終わらなきゃ、続くだけさ‥‥そうなれば近い将来ジャロワクもブルジャフも滅ぶ。人がいなくなっちまうんだよ=

「だからと言って一方的に攻め滅ぼす行為が 正当化される訳じゃないだろう? ジャロワクの人々と同じ様にブルジャフの人々にも生きる権利がある」

=共倒れになるよりマシさ。力の強い方が生き残る‥‥それでいいじゃねえか=

 ザンテは愉快そうにニヤけた笑みを浮かべた。

=楽しもうぜええ‥‥=

”OOOOOOOO!” 

 グライツェンが咆哮をあげた。

《敵のパワーが十二%上昇しました》

「こっちも敵のパワーに同調させろ」

《分かりました》

=何、一人でブツブツ言ってやがる=

《‥‥三十%上昇》

「ならもしあなたが逆の立場だったらどうする? むざむざと命を差し出すのか?」

=そうだな、やっぱり闘ったんだろうなぁ=

《‥‥五十‥‥百%‥‥》

=だけどよ、俺はいつも他人より強い力を求めてきた。そんな事にはならねえよ。現に俺は力で兄ちゃんを圧倒してるだろ?‥‥ 守りたいものがあるなら力を手にいれな=

《百二十%‥‥右腕の連結フレームに三%の歪みが発生しました。現在のペースではあ と三分で維持が不可能になります》

「くっ‥‥バスターブレス実行!」

《現在、ブレードへパワーが供給されている為、開始出来ません》

「‥‥分かっている、つまり先行入力とかいう奴だ」

《分かりました。充填を開始します》

「‥‥チャンスは一瞬‥‥」

 ジョニーは操作系のアプリケーションをパネルに映したまま、指を添えてチャンスを伺う。

=おらっ!=

「今だ! ブレード終了!」

 ハンドル操作を腕から足に切り替える。フっ‥‥と、剣の姿が消えた瞬間、鈎爪が迫るより早く膝を折って素早くグライツェンの腹の下に仰向けに倒れる。

「せいあっ!」

 ハンドルをおもいきり前に倒すと、トライクエスターは両足で腹を蹴り上げた。巨大なドラゴンは宙に高く舞い上がる。

=何だと!=

 グライツェンはひっくり返り、六本の脚をバタつかせている。その間にトライクエスターは素早く立ち上がる。途端に背中から竿を引き抜き、ドラゴンに向けた。

「俺にも守りたいものはある! 例え、力がなくても!」

《充填率六十%です》

「‥‥実行!」

”UOOOOOOON!”

 竿の先から光が伸びる。紫色の輝きはグライツェンを包み込み、すぐに燃え上がった。

=矛盾してるぜ‥‥俺を倒したこれは力じゃないのかよ‥‥お前だって力を欲したから そのドラゴンを操れる様になったんだろ?=

「ザンテ、早くドラゴンを捨てて脱出しろ!」

 グライツェン内部の全方位パネルの半端以上は既にひび割れ、くずれ落ちていた。

「‥‥闘いにはルールってものがあってな‥‥負けた奴は居なくなる‥‥それでいいじ ゃないか‥‥」

《‥‥DENGER‥‥DENGER‥‥D ENGER‥‥》

「俺が負けるはずねえのにな」

 燃え始めた球体の中でザンテはフンと鼻を鳴らして嗤う。

「‥‥悪いなティーア‥‥もう‥‥‥」

 グライツェンの体に亀裂が走る。

《マスター、爆発に巻き込まれる恐れがあります、距離をとって下さい》

 ドリィが急いでと言わんばかりに足をトントンと踏み鳴らしている。

「‥‥え?‥‥ああ‥‥‥」

 ジョニーは(ドラゴンの顔)模様を押して操作をドリィに委ね、今までの事を思い浮かべた。

「‥‥力‥‥か‥‥大切なものをまもる為に必要な‥‥」

 爆発音に現実に引き戻される。トライクエスターは遠くから爆発の赤い灯を正面に捕らえている。

「仕方の無い事だ」

 もやもやした捕らえ所のないその疑問や不安を振り払う様に頭を振った。

「ドリィ、トライクエスターの被害は?」

《自己診断開始します‥‥‥終了‥‥フレームの修復中、現在ニ%‥‥紫水晶のパワー の一時的低下により、バスターブレス使用 不可です。復旧は二時間二十六分後》

 パネルの中に修復の必要な箇所が表示され、対策をドリィが話す度にジョニーは頷く。その単調な報告を聞いているうちにジョニーの瞼がしだいにさがってきた。

《マスター、紫水晶の波動を感知しまし た。方位一五三、マーク、二二六》

「!」

 その言葉はジョニーの心を凍り付かせた。

「奴かっ!」

 食い入る様にパネルに顔を近づける。

「波動のパターンが一致している‥‥間違いない‥‥ドリィ、奴の進行方向にトライクエスターの進路をセット。バスターブレス‥‥は、使えなかったな‥‥接触と同時に跳躍を実行」

《しばらくお待ち下さい‥‥復唱します。敵 ドラゴンに自動走行‥‥接触直後に跳躍を 起動‥‥よろしいですか?》

「実行」

 ジョニーが頷くとドリィは小さくなってパネルの中に消え、そのすぐ後にトライクエスターは二本の足で走り出した。

「‥‥今のペースだと‥‥‥町での戦闘はどうにか避けられそうだな」

 ドラゴンはダッダッ‥‥と鉄から土へと変えられた道の上を疾走する。ジョニーはハンドルを握りしめながらただひたすら正面だけを睨み続ける。両端に並んでいた立て直したばかりの家々の姿が途切れ、トライクエスターは門を出た。先には荒野だけが広がっている。

《目標まであと十秒》

「十秒?‥何処にいるんだドリィ!‥‥‥何もない!」

《敵ドラゴンは可視光線を防ぐフィールドを 使用しています。現在は肉眼で捕らえる事 は出来ません‥‥カウント開始します‥‥五‥‥四‥‥》

「‥‥‥‥」

《‥‥三‥‥二‥‥》

 ジョニーはハンドルを握る手に更に力を込める。

《実行します》

”GAAAAAAAAA!”

 トライクエスターは大地を蹴って飛び上がった。

「この向こうに!」

 加重は全く感じなかったが、遠ざかる茶色の地面と迫り来る雲が圧迫感を与える。

「ブレード実行!」

 ヴン‥‥と腕の先から光が伸び、その腕を万歳する格好で上にあげた。直後、上下の衝撃がジョニーを襲う。

「‥‥かかった!」

 トライクエスターは両手をあげた状態で宙に浮いていた。波打つ様に空が歪み、かつて”黒板”と呼んだ三角形の物体が現れた。

 その物体‥‥ドリューベンの中では予期せぬ地上からの襲撃者にフェリスが戸惑いの声を発していた。

『‥‥何?』

 黒衣の少女を中心とした天球パネルの中に、ドリューベンの腹に突き刺さっている小さな物体をとらえた。小島の様なドリューベンに比べてその人型の物体は小さすぎた。

『‥‥あれは‥‥いつかのドラゴン‥‥なぜ これほど接近を許した?』

 すぐにキーボードを叩く。

《紫水晶ノ波動ガ外部ニ洩レテイナイ為、センサーデ感知ハ出来マセンデシタ》

『それではなぜ奴は正確にこちらを追って来た?、遮蔽していたのではないのか?』

《ドリューベンノ飛行ノ際ニ生ジル振動波ノパターンヲ分析サレタモノト思ワレマス》

『‥‥それはいいとして‥‥この距離ならあのドラゴンをスキャン出来る?』

《可能デス》

『‥‥‥‥‥‥』

 フェリスは無言でキーボードを叩き、画面に命令を打ち込み始めた。

 トライクエスターに走ったスキャンビームをドリィはすぐに察知した。

《マスター、スキャン‥‥走査されています》

「こっちはくっついてるんだ、防ぐ手だてはない。それよりこのままだとトライクエスターは落下するだけだ。その前に上に登らなければ‥‥その前に‥‥」

 パネルの中の(声)模様を指でトントンと二回叩き、記録してあったパターンの一つを選択して実行した。

 ドリューベン内部のパネルの一枚が点滅を始める。

『交信してきた?‥‥なぜこちらの周波数を知っているの?』

 フェリスは不審に思いながらも、受諾のキーを叩いた。

《マスター、応答がありました。画像をオープンしますか?》

「頼む」

 正面のパネルに一人の少女の顔が映った。

「‥‥なっ!」

 その瞬間、ジョニーは椅子から伸び上がってパネルに顔を近づけた。額には銀色のサークレットをはめ、黒装束に身をかためてはいたが明らかに見知った人物である。

「‥‥フ‥‥フェリス‥‥‥」

 ここにはいるはずのない少女であり、ジョニーは自分の目を疑った。



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