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第五話 復讐の果てに見えるもの

 かつてグリーンティアルを滅亡から救ったのは、一頭のドラゴンと背に乗って闘った勇者だったと言われている。そのドラゴンと伝説の勇者の活躍により、その後に和解した周辺諸国との長きに渡る平和な時代を得るに至ったが、現在からおよそ二百年前に、王は他国との恒久的な国交断絶を宣言した。命令は徹底され、破る者は厳罰に処された。以来、国境を走る森林は手つかずである。

「‥‥なぜ‥‥孤立の道を選んだんだ‥‥」

 ジョニーはかつてはその勇者が使役したであろうドラゴンを走らせながら、その訳を考え続け、独り事を呟く。

 日が落ちた原始の森は鬱蒼と生い茂った枝や葉が星の燐光すら遮り、自然の光は大地までは全く届かない。頼りはドラゴンの瞳から放たれる二つの光だけである。

「‥‥ジョニー‥‥まだ着かないの?」

「疲れたのか?」

「‥‥うん‥‥ちょっと‥‥昼間は色んな事があったから‥‥」

 両親の事を思い出しているらしいリオの表情が沈み、横目でその様を見たジョニーの顔が曇る。

「そうだな‥‥アプリケーション‥‥」

 ジョニーは(ドラゴンの顔)模様を指で押した。

「あ、あれ?」

 不意に走行による加重が無くなり、リオは”?”な顔で辺りを見渡す。ジョニーはハンドルに手を乗せたまま後ろを向いた。

「今はドリィが変わりにドラゴンを操ってくれている」

「ドリィって?」

「本人はドラゴンに寄生している妖精だと言っている」

「ふーん」

 リオは走るドラゴンからあちこちに視線を走らせた。

「‥‥何だか変な感じ‥‥景色の方が勝手に 傾いて動いてくみたい」

「‥‥そうか‥‥」

 ジョニーは口元に微かな笑みを浮かべて、パネルの中を覗いた。森林の地図上に走行可能な道が青色で示されている。

《マスター、同乗者の人間の分析が終了しました》

 画面の下に名前だけの存在として浮かんでいたドリィの姿が画面半分まで拡大する。

「‥‥で、分かったのか?」

《タイプ、人間‥‥性別、女‥‥間違いありません》

「ただの人間なら、なぜリオだけがあの 黒い嵐の中で平気だった?」

《敵ドラゴンのブレスは、中性子の破壊を利用したものです。ですが彼女の胸元の金属から発せられる指向性の防磁フィールドが 保護結界をつくり、体細胞の破壊を防いだものと推測されます》

 ドリィは背中の羽をパタパタと震わせて頭を下げた。

「リオの胸元の金属がブレスの毒を防いだ? ‥‥トライクエスターのこの鍵と同じか‥ ‥」

「え、何? 私がどうしたの?」

「いや、リオ、何か金属を身につけていないか?」

「え? うん、ペンダントだったら‥‥」

 リオは首にかけた紐をたぐり寄せて、小さな金属板を手のひらに乗せた。

「王家に伝わるペンダントなの‥‥私が十歳の時に受け継いだの‥‥お城では‥」

 リオの顔が曇った。

「‥‥あと三分ほどで森は抜ける。それまでの辛抱だ」

「ここまで二時間‥‥もっとかかるのかと思ってた‥‥大森林は凄い広いって聞かされてたから」

 突然ドラゴンは障害物を避けて飛び上がり、地面が高くなる。五メートル程の距離を飛行して小枝一つ踏む衝撃もなく着地した。

「そうだな、入り組んでるとは言っても、決して行き来出来ない距離じゃない」

「どうして?」

「二百年前に当時のグリーンティアル王が禁止したらしい。学園の授業ではそれ以上詳 しく教えてくれなかったし、文献中にもそれらしい記述はない。王家の人間なら何か知ってるのかと思ってた」

「‥‥知らない」

 リオはジョニーを掴む手に力を込めて額を背中に付けた。

「森を出るぞ」

”UOOOOOOON!”

 ドラゴンはその言葉に答えるかの様に、一声、嘶いた。





『‥‥あれは‥‥誰?』

 フェリスはふらつく頭をおさえて、片手をキーボードに乗せる。

『‥‥タイムインデックス、十一、七、五、 八一‥‥再生』

《‥‥NOW、THINKING‥‥再生シマス》

 パネルの一部が四角く括られ、中についさっきの戦闘場面が映し出される。

『‥‥‥‥』

 フェリスは食い入る様にパネルを見つめる。そこには地上を走る小さなドラゴンに乗る、黒服の青年の姿があった。

『‥‥画面中央の人物を特定して』

《‥‥NOW、THINKING‥‥》

 答えが出るまでにかなりの間があいた。

《データ不足‥‥回答不能》

『‥‥‥‥‥‥』

 フェリスはうつむいてパネルを切った。

=何をしている?=

『!』

 はっとして顔をあげる。

『‥‥ファーベル様‥‥‥‥』

 フェリスはキーボードから手を離して深々と頭をさげる。グラムファーベルは空に浮いたまま、口元を歪めて鋭い歯をみせた。

=下司な人間共の真似をして下らぬ世辞など言うな=

『‥‥はい』

=心が乱れているな‥‥どうした?=

『いえ‥‥その様な事は‥‥』

=‥‥‥‥‥‥=

 グラムファーベルはフェリスの表情の無い顔をしばらく見つめる。

=まあよい。お前はこれからジャロワクの首都に攻め込め=

『ジャロワク? ここからその都市までの直線上にブルジャフ国があります‥‥なぜ迂 回して先に遠方のジャロワクを攻めろと?』

=余の力が完全に復活するには、様々な負の心を持った魂が必要だ‥‥お前は ”恐怖” に凍り付いた魂を集める‥‥後は”憎悪”‥‥人間がその心を持つ為には、標的は同じ人間でなくてはならない‥‥ジャロワクの人間にブルジャフを攻めさせ、その憎悪を煽る‥‥滅ぼすのはその後だ=

『心得ました』

 フェリスはフフ‥‥と邪悪な笑みを浮かべた。





 大森林を抜けたジョニー達の前に、突如として赤茶げた大地が広がった。小石と岩場ばかりの地は何処まで行っても同じ景色が続き、地平線が丸く見えた。それでもジョニーは野宿を繰り返しながら、黙々とトライクエスターを走らせ、日暮れ近くになりようやく人の住む町まで到達するに至った。

「‥‥町‥‥だけど、なんか‥‥荒んでるね ‥‥」

 トライクエスターの背に乗りながら遠目に町の外壁を眺め、リオはポツリと第一印象を呟く。

 半分錆びた金属で築かれた壁が周囲を覆っており、人が住んでいる証拠に無数の煙が立ち上っていた。

「‥‥あの黒いドラゴンはこの町には来なかった様だ‥‥とにかく今日は野宿をせずに 済みそうだな」

「ほんと、私もうお尻が痛い‥‥早くベットに横になりたい!」

「無一文で泊めてはくれないだろう」

「‥‥まさか‥‥そうなの?」

「ああ、取り合えずは町に入ってから考えよう。驚かせるとまずいから、一端ドラゴンを置いて歩いて行った方がよさそうだ」

「歩くの?」

「仕方がないだろ」

 キっとトライクエスターを止めて足をつく。

「‥‥ドリィ、例のドラゴンの動きを見張っててくれ。もし近くに反応があったらすぐ に知らせるんだ‥‥近くというのは町の周囲二十キロだ」

《分かりましたマスター》

ジョニーはうなづいて手元の引き金付きのキーを引き抜く。すぐにドラゴンの姿が揺らぎ、宙に現れた亀裂の中に消えた。

「き、消えちゃったよ!」

「呼べばすぐに出てくる‥‥らしい‥‥」

「らしいって‥‥もし呼んで出てこなかった らどうするのよ?」

「その時はその時だ」

 あまり意に介した様子も無く、ジョニーは紐付きの細いザックを肩にかけて歩き出す。「ジョニー‥‥あなたって‥‥」

 リオもすぐにその後を追いかける。十数分後、二人は門の前に辿り付いた。

「‥‥なんだお前達?」

 入りかけたジョニーを槍を持った兵士に呼び止められた。どうやら言葉が通じるようで。そこは安堵する。

「旅の者だ。怪しい者ではない」

「フン、それにしてはおかしな格好だな? そんな軽装で何処から旅をして来たと言う のだ?」

 兵士の一人が黒服姿のジョニーを品定めする様に上から下までジロジロと眺める。しばらく見ていて興味を失い、今度はリオに視点を移した。

「‥‥おい見てみろ‥‥何だこの女‥‥髪が緑色だ」

「まさか‥‥」

 二人の衛兵は怪訝な表情で顔を見合わす。

「‥‥え‥‥あ、あの‥‥私は‥‥はは」

「見れば見るほど怪しい奴らだ。詰め所に 連れて行‥‥‥」

「これあげる!」

 リオは懐から金貨を外して衛兵の手に握らせた。

「だから中に入れて、お願い!」

「見た事のない金貨だな‥‥ま、まあそういう事なら‥‥なあ?」

「あ、ああ‥‥いいだろう、通れ!」

「有り難う、さ、ジョニー」

「ん、ああ‥‥‥」

 リオに引かれるままにジョニーは町の門をくぐる。銀白色の板を繋げた金属のトンネルを通ると、そこには待望の町の灯があった。門の先には幅の広い通りが広がり、日が落ちかけた黄昏の日の光を受けて家々の軒先が門と同じ銀の光を放っている。

「ねえ、ジョニー、 これで私に借りが出来た訳よね」

「すまない。借りは必ず返す」

「ゆっくりでいいわ。でも返してくれるまで一緒にいるわよ。いいでしょ?」

「仕方ない」

 ジョニーは屈んで銀の板の敷き詰められた床を手の甲で軽く叩いた。冷たい感触に眉をひそめる。

「‥‥おかしいな‥‥ここには土の地面がない‥‥」

「‥‥だから?」

「‥‥町の周囲の土地も痩せすぎている‥‥あれではとても田畑は耕せない‥‥どうや って‥‥」

「別に農民だけで国が成り立ってる訳じゃないでしょ?」

「どんな所だろうが、人がいる以上食物をつくる者は必要だ」

「でもちゃんと成り立ってるわ‥‥」

「だからおかしいと言ってるんだ‥‥この国は何処かが歪んでいる」

 ザっと勢い良く立ち上がったジョニーは、出たばかりの月を見上げる。

「そんな事より‥‥これからどうするの?」

「この町の統治者に会い、危機が迫っている事を知らせる。あの黒いドラゴンが咆哮を発する前に人々を安全な所に非難させなければ‥‥」

「‥‥そうね‥‥グリーンティアルの二の舞にはさせたくない」

「ああ」

 ジョニーはリオと向かい合って大きくうなずく。へへっと笑ったリオの腹が鳴った。

「その前に宿屋で何か食べた方がよさそうだ」

「また私に借りが出来るよ?」

 リオは指輪をはめた手をジョニーの顔に突きつけた。

「‥‥仕方ないな‥‥」

 ムっと口を結んだジョニーは無言で先を歩き出す。

「ちょっとジョニー、待ってってば!」

 リオは小走りで走りより、ジョニーの腕を掴んだ。





「‥‥ゴーレムか‥‥実際に座れるなんて感動だ」

 ジャロワク軍が支給するマント付きの灰色の制服を着込んだ金髪の青年が金属のパイブの無数に走る狭い場所で椅子に座っている。パイプの先の取っ手を引くと脇から蒸気が吹き出し、慌てて手を引っ込めた。

「熱ちちち!」

 男は別の管の蓋を開けて顔を近づけた。

「隊長! ザンテ隊長!」

 男の声は管の中を伝わり、蒸気と同時に外へ大声となって放たれる。五メートル程の巨大なゴーレムがゆっくりと振り向く。

”うるさいって言ってんだよ坊や、隠密行動中に声を出すなと言ってただろう、リカール ‥‥何の為にわざわざ最初に伝令基地を壊滅させたと思ってんだ。俺は夜は苦手だってのに。まあ、こん中入ってりゃ寒いもクソも無ぇがな”

 そのゴーレムの前方にいた紺色の人型が、緩慢な動作で振り向いた。その五メートル程の人型の中で部隊を率いる三十程の男は、にやけた笑みを絶やさない。

「まーとにかくだ坊や。メルロース閣下の計画を成就させる為には、ここでそれなりの戦果をあげなければならない。失敗は出来ないって事だ。分かるだろう?」

”坊やはやめて下さい!”

 リカールのゴーレムは器用に片手をあげた。

「あー悪ぃ悪ぃ」

 ザンテはボサボサの髪をかきあげながら愉快そうに笑った。

「そう言えばリカールは今回の作戦が始めてだったよな」

”はい、初戦で専用のゴーレムをもらえるなんて‥‥期待に添える様に兄さん達の分まで頑張るつもりです”

「お前達みたいな坊やをかり出すなんてな‥‥ジャロワクももう終わりかもしれ ねえな‥‥」

”はあ? ‥‥何ですか隊長、良く聞こえま ん?”

「いや、何でもない‥‥ただの独り言さ‥」 

ザンテは鉄板の間の隙間から外を覗く。町の郊外の土嚢の中には同じ人型が百体、その後に続く様に武装した兵士達がひそんでおり、隊長であるザンテの合図を待っていた。

「確かに快適とは言い難い‥‥いや不快だな ‥‥メルロース閣下に一言進言せにゃなら ねえな‥‥」

”そうでしょう”

「‥‥いや‥‥進言する暇なんて与えねぇ。これで終わりにするさ」

 ザンテは、前方の都市を見つめて鼻をならした。





「‥‥じゃ、これ二人分の宿代‥‥」

 リオは指輪を外して差し出した。

「‥‥どうも、どうぞこちらへ、部屋へご案内します」

 二人は城にほど近い大通りに宿を取り、鉄鷲亭という名のその宿の代金には、リオの指輪が当てられた。一階が食堂を兼ねた酒場で二階が宿となっており、あまりの騒々しさにジョニーは顔をしかめた。

 傷だらけの鉄板の床の上には、どこからか外れたネジがあちこちに転がっており、足を踏む度にペキペキという乾いた音が響く。

「こちらがお二人の部屋です」

 宿の主人らしい頭の禿げた恰幅のいい男は、胡散臭そうな目で二人を観察してから、一つの部屋の扉を開けた。

「え? 同じ部屋なの?」

「はい、他の部屋は埋まっておりますので。お二人はご夫婦ではないので?」

「‥‥え!‥‥その‥‥いえ‥‥えっと‥‥」

 リオは顔を赤くさせて、しどろもどろに両手を動かす。ジョニーが変わって前に出た。

「その通りだ、何か不都合な所でもある か?」

「い、いや、その様な事は‥‥何しろ壁が薄いので、滞在中はあちらのほうは控えていただきたいのですが」

 リオはかーっと顔を真っ赤にさせた。

「そうしよう。では借りる。行くよリオ」

 ジョニーは鍵を取って先に部屋に入り、リオはうつむいたまま後に続いた。

「予想以上に狭いな。野宿するより遥かにマシだが‥‥」

 中にはセミダブルのベットが一つあるきりで、他には家具と呼べる程のものは無い。ジョニーは紐付の長細いザックを無造作に放り投げてベットに腰を降ろす。スポンジの中のバネがさび付いているらしく、重心の位置を変える度に鉄の軋んだ嫌な音が響く。

「ん、どうしたリオ?」

 リオは戸口に立ったままである。

「ね、ここに二人で泊まるの?」

「ああ、明日城に行く時、ここからだと近くでいいと思ってな。それに宿賃が安そうだ。王族にはここは苦痛かもしれないが、一晩だけ我慢してくれ」

「そ、それはいいんだけど‥‥」

「腹が減ったなら下に行って何か食べればいい。それとも眠いか?」

「ううん、私が言いたいのはそういう 事じゃなくって‥‥同じ部屋で‥‥それに ベットが一つで」

「ん? ああなるほど」

 ジョニーは頭をかいて顔をしかめた。

「間違っても襲ったりはしない」

「な、何が間違っても‥‥なの! そんなに私が嫌なの?」

 リオは怒ってツンと横を向いてしまった。

「‥‥何なんだ一体‥‥」

 ジョニーはザックの口を縛っていた紐を緩めて、中からタオルを取り出し床に敷いた。

トライクエスターが生成したもので、この程度のアイテムは簡単に作成できる。

ベッドを降りてタオルの上に座る。

「さあ、どうぞ姫。俺はここで寝る」

 毛布をかけて腕枕で横になった。

「でも‥‥それじゃ‥‥ジョニーが風邪を引いちゃうじゃない?」

「こう見えても体は丈夫でね。さ、もう寝よう」

 ジョニーはリオの返事を待たずに目を閉じ、そして今は亡き故郷のグリーンティアルと、人々の姿を瞼の中の暗闇の中に映し出す。慌ただしさに追われ、考える暇も無かったが、改めて思い起こしてみればそれは悲しい事なのだという事に気づいた。眠りにつき、再び目を開ければいつもと変わらぬ日々が再開されるかの錯覚に陥り、展開している現実との差に溜め息も出なかった。

 もうグリーンティアルは過去のもの‥‥。





「‥‥‥‥ん?」

 いつの間にか眠っていたジョニーは、コトコトという小さな物音に目を開けた。静かに顔を上げると、窓際に寄りかかったリオが、ベットの上で膝を抱えて眠っていた。

「世話の焼ける」

 上から毛布をかけようとした時、不意にリオが顔をあげた。

「なんだ、起きていたのか? そんな格好で眠ると風邪を‥‥」

 夜明け近くの白み始めた空に月が雲から顔を出し、青白い光で室内が満たされる。少女は泣きはらしていた。

「ジョニー‥‥‥人は死んだら星の海に帰って、空の上から親しかった人を見守ってる って‥‥お父さんもお母さんも言ってたのに‥‥ここはグリーンティアルじゃないのね‥‥なんだかその事が急に実感が沸いてきちゃって‥‥もうグリーンティアルはこの世の何処にもない‥‥どうして私だけ残っちゃったの?‥‥こんな寂しい思いをするんだったら一緒に連れて行ってほしかった」

「もう遅いから寝た方がい‥‥」

「ジョニー、あなたはっ!」

 リオは握りしめた拳に力を込めて震わせている。

「あなたには感情ってものがないの?‥‥故郷が無くなっても何も感じないの?」

「ああ、どうも思わない。俺はただあのドラゴンを討ちたいだけだ」

「あなたには私の気持ちなんて分からない!‥‥私はグリーンティアルの草木の一 本までもが恋しい‥‥」

「帰るなら止めやしない。死んだ者の後を追いたいと言うのなら勝手にしろ」

「ひどい‥‥あなたって‥‥血が通ってない‥‥完全無欠‥‥本当にそうだわ。ジョニーにだって両親がいたはずなのに」

 ジョニーはリオに顔を近づけて、キ!っと睨み付ける。

「‥‥いたさ‥‥君を見つけた城の医務室で倒れてた医者が俺の父‥‥看護婦が母だ」

「‥‥‥え?」

 リオはハっとして息を飲んだ。

「親や知人をあんなふうに殺されて何も思わない人間がいると思うのか?‥‥リオ‥‥ 君は会った時から自分の都合しか言わなかった‥‥俺だって言いたいよ! 叫びたいよ!喚きだしたいよ! ふざけるなってなっ!」

「‥‥‥‥‥‥‥」

 怒鳴ったせいか、隣りの部屋の人間が壁を殴ってきた。ジョニーは声のトーンを落とす。「‥‥だけど生き残った二人が二人とも喚いてたんじゃ何もならない。出来る事を出来る時にしなければ。それこそ星の海から見てる皆に笑われるだけだろ」

「‥‥‥‥」

 リオはジョニーの手を取って握りしめた。それから三呼吸程の沈黙が続き‥‥。

「‥‥ごめん‥‥ごめんね‥‥私‥‥」

「いや、俺も大声を出して悪かった。そんなつもりは無かったんだが‥‥」

「‥‥ううん‥‥‥」

 手を離してうつむき、ジョニーから視線を逸らした。

「私ってほんとに子供ね‥‥人の気も知らないで‥‥一人で言いたい放題。呆れられても仕方がないのに‥‥それなのに‥‥」

 ジョニーがかけた毛布を肩まで引き上げる。

「まだ私を見捨ててなかったら‥‥今度 は闘う仲間にして‥‥」

「駄目だ、危険すぎる」

「知ってる。だから私も一緒に闘いたいの」

 リオはやっといつもの笑顔に戻った。

「死ぬかもしれないんだぞ」

「仕方ないよ」

「‥‥‥‥」

 ジョニーはバツが悪そうに鼻の頭をかく。

「それじゃ‥‥よろしく頼む‥‥」

「良かった!」

 途端にリオはジョニーに抱きつく。

「おい‥‥リオ‥‥‥」

「‥‥ジョニーってグリーンティアルの森の匂いがする‥‥‥」

「‥‥リオもな‥‥‥」

「そうかな」

 顔を見合わせた二人はどちからともなく笑い出す。

「とにかく起きたら王の所に‥‥」

 方針をいいかけたその時、窓の外が白く光り、やや遅れて何かが爆発する音が響いた。

「‥‥何だ!」

 先を争う様に窓を開ける。夜明け近い鉄の町並みの向こうから人の喚声が聞こえてきた。「あ、あのドラゴンが来たの?」

「いや、それならドリィが連絡してくる‥‥‥ちょっと様子を見てくる」

 言うが早いか、ジョニーは部屋の外へと駆け出す。

「もう、待ってってば!」

 リオもその後を追った。

「お、お客さん!」

 階段の途中で顔を青ざめさせた宿屋の主人とぶつかる。

「何があったんだ?」

「ひ、東の外門に敵の軍隊が‥‥もう駄目だ‥‥門が破られるなんて!」

「敵? 敵とは何だ?」

 ジョニーは主人の肩を掴んで揺さぶる。

「決まってるでしょう、ジャロワク国の事ですよ。噂では奴らは捕まえた捕虜を死ぬまで働かせるそうで‥‥ああ、この歳でやっと自分の店が持てたと言うのに、何てこった」

 階下から騒がしい音が響く。

「ジャロワク国?‥‥そことこの国は戦争をしてるのか?」

「はあ?‥‥何を言ってるんです?‥‥戦争はもう二百年も続いてるってのに‥‥悪い事は言わない、お客さんも早く逃げるんですね」

「逃げるって何処へ?」

「そんなの知るかって! 騎士団の連中が向かった先とは逆に行けば取り合えず敵はい ないだろ?」

「分かった、ありがとう」

 ジョニーは主人の肩を叩いて、外に向かって走り出す。真っ直ぐに爆音の元へと走っていく。

「‥‥はあはあ‥‥待ってよジョニー‥‥何 処に行くの?」

「町中に武装したジャロワクの騎士団が入ってくれば、関係無い町の人にまで危険が及 ぶ」

「ずっと戦争をしてるなら、その辺の所も分かってるはずでしょ。ここの騎士団の人達が追い払ってくれるわよ!」

「そうかもしれない。だが俺は黙って見てる事は出来ない!」

 ジョニー達は下り坂になっていた道を走り続けて角を曲がる。すぐに十人ほどの市民が、鎧を着た兵士に追われている光景が目に飛び込んできた。

”ぎゃっ!”

 逃げ遅れた老人が背中からバッサリと斬り捨てられて、往来に倒れる。その様を見て人々の足が鈍った。

「何て事を!」

 ジョニーは懐から”鍵”を取り出し引き金を引く。キュン!と、鍵の先端の小さな穴から出た水色の光の棒は、剣を振りかぶった兵士の胸まで途切れる事なく伸びた。

”ぎゃあっ!”

 兵士はもんどり打って倒れる。仲間の兵士達は起こった事の意味が分からず、ただ遠くのジョニーを見つめている。

「この隙に逃げるんだ!」

 その声に、人々はジョニーの元に殺到する。

「違う、向こうに逃げるんだ‥‥城に入れば 安全だ」 

「ですが我々三等市民が城内に入る事など許されるはずが‥‥」

「そんな事、言ってる場合じゃないだろ!」

「わ、分かりました!」

 その先頭の男が走り出すと、後の者も我先にと走り出した。

「ジョニー!」

「!」

 抜刀した兵士達が向かってきた。ジョニーは青い矢を続けざまに三発発射する。盾や、かざした剣は何の役にもたたずに穴が開き、兵士はドウ!と倒れる。

「ジョニー、油断大敵ね」

 リオは手の甲でジョニーの胸をポンと軽く叩いてウインクした。

”何だあいつは‥‥援軍を呼べ!”

 残った兵士達の向こうから、無数の兵士達が近づいてくるのが見えた。

「あんなにいるのか‥‥どうする」

「え? ドラゴンを呼べば?」

「‥‥そうだった!」

 ジョニーは鍵を白んできた空にかざした。

「出でよドラゴン、トライクエスター!」

”UOOOOOOON!”

 宙に線の様な亀裂が走り、その線を押し広げた隙間からトライクエスターの体が伸びてくる。ジョニーはすぐにドラゴンの細い胴体をまたいで鍵を差し込んだ。

”POW・CHECK‥‥785OK”

 字が浮き上がっている間に後部シートにリオが飛び乗る。

《お呼びですかマスター》

「ドリィ、耐物理シールド、実行!」

《実行します》

 ドラゴンは紫色の半透明の球体に覆われ、兵士達の放った矢は弾かれて炭になった。

 左のハンドルを回してアプリケーションを選び、パネルの(手)模様を押した。

「同時には無理か‥‥ブレスバレット、エジェクト‥‥使用者リオ、承認」

 引き金の付いた小さな棒が立ち上がり、リオに手渡す。

「え、何?」

「その留め金を引けばドラゴンがブレスを吐く。俺は攻撃をかわしながらドラゴンを走らせて奴らに突っ込むが、リオは構わず、それで奴らを射止めてくれ」

「‥‥わ、分かった‥‥」

 リオはゴクリと息を飲んで銀色の紐でドラゴンと繋がったままの銃口を有象無象の兵士達の集団の中央に合わせる。

「‥‥ケーブルを引き抜いて同調を解除してから撃つんだ‥‥連続では‥‥」

「は、発射っ!」

「‥‥ま、待て、まだ設定が‥‥‥」

 引き金を引くカチリという音の後、言葉尻がブレスの地響きで曇った。

”GAAAAAAAA!”

「‥‥おわっ!」

 ドラゴンの側面の竿の先端から放たれた、赤色の眩しい輝きは、扇状に広がりながら地面をえぐり、中へと消えていく。爆風が開いた穴へと一気に吹き込みそれだけて兵士達は吹き飛ばされる。

「‥‥くっ‥‥」

 ジョニーはドラゴンを止めた。

「リオ、まだだと言ったのにどうして撃つ!」

「‥‥ご、ごめん!」

「仕方ない‥‥‥ドリィ、まだいけるか?」

《お待ち下さい、バスターブレス‥‥チャージまで五分二十秒‥‥》

「それまで、小出しにするしかないな‥ リオ、今度こそちゃんとしてくれ」

「わ、分かってる!」

「それじゃ、行くぞっ!」

 出力を上げるとトライクエスターは唸りをあげて走り出す。矢をつがえた兵士達が間近に迫り、リオはドラゴンの上に立ち上がってカチカチと何度も引き金を引いた。今度はリオの持つ銃口から直接光が撃ち出される。細い光に貫かれた何人かの兵士達は血飛沫をあげて倒れ、トライクエスターはそんな兵士達の集団の中央に突撃した。

”野郎っ!”

 突き立てた剣は見えない壁に弾かれ、リオはその兵士に至近から引き金を引く。頭部を貫かれた兵士はその場で金切り声をあげて倒れた。ドラゴンの両脇を兵士達がすり抜けて走って行った。

「これ以上町に奴らを行かせるな!」

「だって、数が多すぎる!」

「それでも‥‥‥ん?」

 ジョニーは不意にトライクエスターを止めて足をついた。

「‥‥何だ?」

「地面が‥‥揺れてる‥‥ドラゴン?」

「いや違う、あれだ!」

 ジョニー達の背後から大通りを巨大な鉄の箱の集団が向かって来た。箱の正面には細長い覗き穴が、後方には煙を吹き上げる筒が伸びている。蒸気の力で車輪をまわしているらしかったが、真下にある鉄製の車輪を軋ませての歩みはのろく、人の小走り程度の速度しか出ていない。

「あれがこのブルジャフの騎士団か」

 ガラガラと箱の集団が走り去った後に、ジョニー達も後に続く。





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