「その髪‥‥君は‥‥グリーンティアル王家の縁の者か?」
「‥‥‥え‥‥そう‥‥だけど‥‥」
少女は語尾を震わせてそう答えた。
「君はこんな所で何をしている?」
「‥‥何って‥‥突然黒い雲が現れて‥‥みんな倒れて‥‥お父様もお母様も皆‥‥死 ん‥‥じゃって‥‥それで怖くてここに‥‥隠れてて」
少女はたどたどしく答えた。父と母‥‥という語の辺りで涙が滲み始める。
「他の者は全員死んだんだな‥‥なぜ君だけが助かった?」
「‥‥知らない‥‥ずっとここに隠れてたから‥‥‥」
「‥‥そうか‥‥とにかく君がただ一人の生き残りという訳か」
ジョニーは目を伏せ、立ち去ろうとしたが‥‥。
「‥‥ちょ‥‥待ってよ!」
少女が起きあがって慌ててジョニーの手を掴んだ。
「‥‥そう言うあなたは一体何なの?‥‥そんな礼服を着込んでいきなり入って来て‥ ‥‥人に質問するだけしてそれで訳も話さずにさっさと行ってしまうなんて失礼でし ょ!」
「確かにそうだな‥‥すまなかった‥‥今、俺には人を気遣う余裕がない」
ジョニーは憮然とした表情で少女のすぐ真正面に立ち、上から見下ろした。
「あまり時間が無いから手短に説明する‥‥ 俺の名はジョニー・ウエイン。ケルナの王立学院の生徒だ。ケルナの町がここと同じ様に壊滅して、もしやと思ってここに来てみ た‥‥手遅れだった様だが‥‥」
「私は‥‥」
「いや、自己紹介は結構だ、君の事を知っても俺には役に立たない。では俺はもう行く」
ジョニーは少女の言葉を制して去ろうとしたが途中で止まる。
「この町には生きてる者は他にはいない。君は早く人の生き残っている近くの町か農村か何処かに逃げた方がいい」
「そ、そんな! こんな所に私一人残して行こうって言うの!‥‥信じられない!」
少女の剣幕にジョニーは立ち止まる。
「あなたねぇ‥‥私は‥‥私は目の前で、お父様もお母様も死んじゃったのよ!」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥寂しくて、怖くて‥‥やっと誰かが助けに来てくれたと人があなたみたいな‥‥ 冷血漢だったなんて‥‥」
緑の髪の少女は唇を戦慄かせて、目に溜めていた涙を流した。
「‥‥あなたに今の私の気持ちなんか分からない!」
「‥‥‥‥‥‥‥」
ジョニーの射抜く様な鋭い眦に、少女はすぐに視線を逸らした。
「‥‥な‥‥何よ‥‥」
「君は自分の都合だけを言うんだな。自分一人が不幸だとでも思っているのか?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
少女はムッとした顔でジョニーを見上げる。ジョニーは少し表情を和らげた。
「別に意地悪で君を置いていく訳じゃない。俺はこれからケルナの町とこの王都‥‥いや、王国を滅ぼした犯人を倒す為に大森林を越えなければならない」
「‥‥‥倒す?‥‥あんなのをどうして倒せると思うの?‥‥皆、成す術もなくやられ ちゃったのよ‥‥騎士団だって‥‥」
「そうだ、あれは人知を越えたものだ。人の 恐怖を揺さぶり、魂を凍らせる。‥‥でも強大な存在だからと言って、これだけの人の命を奪った罪が問われない訳はない。そんな世界を俺は認めない」
だから悲しんでいる暇も、自分に怒っている暇もない‥‥ジョニーは側に倒れている父親に顔を向けて、その言葉を心の中で何度も繰り返した。
「‥‥‥‥‥‥‥」
暫しの無言の間があった。
足元にから伝わる僅かな振動に気づいたジョニーは、両の手を強く握りしめる。
”OOOOON!”
直後、聞き覚えがあり忘れるはずもない咆哮が轟き、城内が激しく揺さぶられた。石の天井に亀裂が走り、上から小石がパラパラと落ちてきた。
「‥‥あ‥‥あれって‥‥まさか‥」
「そう‥‥奴だ‥‥戻ってきた」
ジョニーは黙って少女に手を差し出す。
「とにかくこの場を離れよう。来い!」
「‥‥‥‥‥‥‥」
一瞬躊躇ったが、すぐに少女はその手を掴んだ。
「私の名前はリオ」
「リオ?」
その名に聞き覚えのあったジョニーは眉を潜めた。
「‥‥まさか‥‥」
「そうよっ!」
リオは長いスカートを翻して、ヒラリとジョニーから離れた。
「私はグリーンティアルの第一王女、リオレス、フォン、グリーンティアル‥‥だけど、そんな事を言ってる場合じゃないわね」
「‥‥そのようだな‥‥」
ジョニーはリオの手を引いてトライクエスターの置いてある廊下へと飛び出した。
「天井がっ!」
「!」
崩れ落ちて来た天井の下敷きになる前に、ジョニーはリオを抱きかかえる。そのまま足場の悪い廊下を走り続け、ドラゴンのシートの上にドサリと降ろした。
「‥‥な、何これ!」
「不可能を可能にする夢のドラゴンさ‥‥もう少し後ろに座ってくれ」
ジョニーはそれだけ説明して鍵を差し込んで回す。
”GAAAAAAA!”
ドラゴンの目が光り、低い唸り声を上げた。ジョニーは長い脚を高くあげてシートをまたぎ、リオの前に座った。
「しっかり掴まってろ‥‥落っこちても助けには戻らないからな」
「‥‥もう!‥‥あなたが言うと全然冗談に聞こえない」
「冗談じゃないからな」
「‥‥‥‥‥‥‥」
リオは少し抵抗を感じながらもジョニーの腰に手を回す。それを確認してからジョニーは前屈みになり、ハンドルに手をかけて回した。
”GOOOOON!”
「わっ!」
二輪のドラゴンは何の前触れもなく、猛然と走り出す。リオは肘が白くなるほど強くジョニーにしがみついた。
「‥‥くっ!」
上から一メートルを越す石板が落ち、ジョニーは咄嗟にハンドルをきって避ける。通り過ぎた直後に天井の石板は床に落ちて割れ、けたたましい音を廊下に反響させる。
角を曲がり、階段に差し掛かった。
「‥‥何っ!」
あるはずのその階段は完全に崩れ落ちており、階下に残骸が散らばっている。それでもジョニーはスピードを落とさず真っ直ぐに走り続ける。
「ドリィ、耐物理ショック防御シールド最大」
《分かりました》
パネルの中の妖精はすぐに頭をさげ、命令を実行すべく消えた。パネル下のバーの中に命令した順に、言葉が並ぶ。
ドラゴンの前面に彗星の頭に似た青白い殻が現れた。
ジョニーは右手の握りを奥側へと完全に回しきった。数字は一気に百K/hへと跳ね上がる。
「行けええっ!」
”UOOOOOOON!”
石の壁を突き破り、ドラゴンは二階から下の庭園へと弓なりに飛んでいく。
「‥‥‥‥‥」
後輪から石畳の上に着地した瞬間、僅かに衝撃を感じただけで、すぐにまた走り始める。 彗星の盾が消え去り、ジョニーの視界から青いものが無くなる。ハンドルを掴んだ腕の先に黒い三角型の亀裂が見えた。灰色の空にそれはいかにもそぐわず、周囲を威嚇する様に漂っている。
「いた‥‥奴だ‥‥間違いない」
視線鋭く”黒板”を睨み付ける。キ‥‥!と、横にしてトライクエスターの足を止めた。「リオ!」
「‥な‥‥何?」
ずっとジョニーの背中に顔を埋めていたリオは外に出て始めて顔を上げた。
「悪いがここで降りてくれ」
「どうして?‥‥あなたは?」
「折角向こうから来たんだ‥‥仇を取るこんなチャンスを逃す事はしない」
「‥‥でもどうやって‥‥」
「言っただろう‥‥このドラゴンは不可能を可能にする夢のドラゴンなのさ」
「‥‥‥‥‥」
リオ王女はジョニーの顔を見つめながら後部シートからゆっくりと降りた。
「怖くないの?」
「俺は学園で”完全無欠”というあだ名だった。他人には俺には欠点が無い様に見えるらしいからな。そんな俺がドラゴンを伴っても奴を倒せないんだったら、他の誰にも倒せはしない。だから行くだけだ。奴を野放しには出来ないんだから」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「リオ‥‥君は反対側に向かって走って逃げろ」
「‥‥で、でも‥」
「城からは脱出した。これ以上助けてやる事は出来ない。後は町を出て何処かで生きてる奴を見つけて、そいつに頼め」
「‥‥‥‥‥」
「じゃあ元気でな」
「‥‥‥‥‥‥」
ジョニーは右の握りを回した。トライクエスターは滑る様に瓦礫だらけの道を走って行く。リオの姿は一瞬で後方へと遠ざかり、見えなくなる。替わって正面の空の”黒板”が近づいてきた。
「バトルモード実行!」
パネルに現れた、剣と剣を交差させた模様が点滅する。
”UOOO!”
トライクエスターは短く吠えた。すぐに後方のシートが、ジョニーの背中にぴったりとくっつくまで起きあがり垂直になる。ドラゴンの前と後ろの両脇に二ずつ、計四つ付いていた用途不明の箱は、N状の隙間が現れ、I状に伸ばされる。ハンドルの前面が盛り上がり、正面は完全にふさがれる。後方に伸びた二本の棒が傾き、ドラゴンの真下に入り込んでいく。ジョニーの視界は次第に高くなっていく。シートが完全に二つの棒の上に乗ったと同時に突っ張る様に伸びていた前方の棒が百八十度水平に倒れ、その先から人の手に似たものが現れた。
「‥‥これは‥‥まさか人型‥‥ゴーレムか?」
ジョニーは頭上から脇、正面に至るまで完全に包まれ、視界は完全に閉ざされる。
「‥‥ドリィ‥‥どうなってるんだ?」
ハンドルを握ったままドリィを呼び出す。パネルの光がジョニーの顔を白く浮きただせる。
《バトルモードに変形完了しました》
「‥‥これが?‥‥これじゃ何も見え‥‥」
言い終わる前に前後左右と天井に光が走る。その全てがパネルであり、外の瓦礫の町の景色を写しだしていた。
視点が三メートル近くあり、かなり高い。ハンドルを前に倒すと景色全体が下を向いた。煉瓦の破片とそれを踏みしめるドラゴンの脚の甲が見えた。反対に引くと上を向き、右や左に傾けるとそちらの方に視点が写る。
《現在はマスターの持つハンドルは視覚モードになっています》
パネルの下端(目)の模様が点滅している。左ハンドルを回転させる事により部分的に倍率を変える事も可能の様だった。
「なるほど、理解した。操作法を一通り説明してくれ」
《はい。まずは手動でドラゴンを動作させる場合です。この場合は手動と言ってもバトルモード時は半自動となります。クルーズ モードでは使用出来なかった左ハンドルの握りを回転させ、端にある決定キーを押す事によって、バトルモードとなったトライクエスターの様々な動きを選択出来ます。そのアクションにどの程度の力を与えるかは、従来通り右の握りで行います》
「‥‥動きを選択?」
ジョニーは左ハンドルの握りを手前に回転させる。(目)模様が閉じ、(前進)(後退)(特殊攻撃)‥‥などに次々と移り変わっていく。ジョニーは(前進)を選んで決定する。パネルの中に現れた四角の枠の中に更に細かい選択肢が横書きで現れたので、もう一度握りを回転させてカーソルを合わせた。左のグリップをほんの少し奥に回すと、トライクエスターは二本の足でスムーズに歩き出す。速度は遅いが中のジョニーは全く振動を感じなかった。
「‥‥凄いな‥‥」
《はい、ドラゴンは進行方向の地形情報を事前に内部メモリ内に読みとり、オートバランサーがその情報を元に歩幅や振幅を決定します。ドラゴンの保護結界と併用する事により、マスターには快適な空間を提供いたします》
「しかしこれでは一々面倒だな。ドリィに言えば全部やってくれるのか?」
《はい。直接に最終コマンド名を私に命令すれば、選択画面を出さなくてもトライクエ スターはアクションを起こします。ですが ドラゴンの反応が鈍くなる可能性もあるので、あまり勧められません。選択画面さえ出せばボイスコマドが有効になるので、手動と口頭との併用をおすすめします。側面のバスターブレスは、足元の鍵の引き金と連動しており‥‥》
「だいたい分かった、もう説明はいい」
《分かりました》
「‥‥後は実地で覚えるさ」
黒板が雲の合間から姿を現し、ジョニーは睨みながら右グリップを回転させる。
”UOOOOOOON!”
それまで歩いていたドラゴンは歩調をあげて走り出す。
「‥‥くっ‥‥なんて大きさだ‥‥」
眼前に迫る仇を前に、ジョニーは歯ぎしりする。(黒板)は一つの城郭ほど大きさと質量、そして奥行きを持ち、圧倒的な存在感でジョニーに近づいてくる。
「アプリケーション、バスターブレス!」
パネル上に数十種類のブレス発射のパターンが表示され、中の一つ‥‥最も細い棒状の模様を指で選択し、ハンドルを傾けて真上の黒い小山に照準を合わせる。
ドラゴンの背中から突き出ていた筒の先がカシン!という音と共に伸び、金属の腕を上に回して筒を掴んで引き抜く。二本の腕はジョニーが選択した動きに合わせて、銀の紐でドラゴンと繋がったままの筒を上に向けた。
「これ以上貴様の好きにはさせない!」
土間声をあげて実行キーを叩く。腹の底に響く地響きと振動をあげ、人型のトライクエスターはクルーズモード時より遥かに強力な炎の矢を撃ち出した。が、大地から空へと逆進する流星が目的地点に到達する直前、黒板の物体は空に揺らいで消えた。
『あの波動‥‥紫水晶‥‥まさかな』
下にいる人型の不明の物体が、何かのエネルギーを放った事をフェリスは困惑の表情をもって見つめる。
『‥‥あれは紛れもなくドラゴンの力‥‥しかしなぜ?』
カシャシャ‥‥と馴れた手つきでキーボードを叩く。ドリューベンの下部横にスライドして開き、その隙間から三つ続きの黒い筒が姿を現した。
《”グラビトンブレス”用意完了》
『‥‥放て!』
”GAAAAAAAA!”
尾の付いた黒い球体が筒の中から連続で打ち出された。
「ドリィ、回避行動実行!」
《分かりました》
トライクエスターの足の甲の輪郭が青白く輝き、地上から僅かに浮かび上がる。黒い球体が落下すると、ズ‥‥と何の抵抗もなく半分ほどまで沈み込み、それから瓦礫混じりの爆風を放った。トライクエスターは筒を両手で抱えてジグザグに走り、器用に飛来物を避けた。
「‥‥‥‥‥‥‥」
尖塔の一つが倒れつつある姿を確認したジョニーは、右グリップを回した。
「跳躍!」
声に反応してパネルの中の一つの語が点滅し、選択される。
トライクエスターの背に六枚の金の光の翼が伸び、すぐ上を行く”黒板”へと飛び上がった。羽ばたく度に翼から金の粉が辺りに蒔かれる。
「‥‥ぐ‥‥さすがに‥‥‥」
飛び上がった先、灰色の雲の手前に黒板の腹部が見る見る迫ってくる。それはかなりの圧迫感を与えた。
「そんなものにっ!‥‥バスターブレスクローズ‥‥ブレード!」
(武器)の項目中の一つ、(剣)を選択する。トライクエスターの両腕の甲が盛り上がり、紫色の半透明の光が雲の切れ間から差す日差しの様に、サっと光が伸びた。途端にパネルの下の棒状の狭い隙間の中に(跳躍)の文字が移動し、マスターの新たな命令である(ブレード)に関しての操作がパネル中央にクローズアップされる。
「これは‥‥剣か‥‥これならあいつを!」
《マスター、上方の物体はドラゴンの様です。全身は衝撃強度の高いドラッゲルナイト合 金で覆われています。バスターブレス発射直後に、跳躍を実行しながらの剣攻撃を実行するのは、ドラゴンへ負荷がかかりすぎて危険です。ここは作戦を立て直すべきではないでしょうか?》
「多少の危険は承知の上だ!」
無数にある攻撃パターンのリストを表示させる。
「そうさ‥‥戦闘行動7‥‥実行!」
”黒板”に追いついたトライクエスターは、下から真っ直ぐに両手の剣を突き立てる。
狙いは過たずに、剣はドリューベンの腹部に命中した。
『う!‥‥くっ!』
ドリューベンは反動で大きく揺れ、フェリスは咄嗟にキーボードの一つにしがみつく。 パネルで襲ってきた物の犯人を探す。外壁に弾かれた人型の物体は落下を始めていた。
『何‥‥あの這いつくばっていたドラゴンが ここまで飛んで来たの?‥‥被害は?』
《自己診断開始‥‥シールド出力低下‥‥外壁被害軽微》
『追撃をかけなければ‥‥その前にあのドラゴンの 能力を測って‥‥』
フェリスは探査用キーボードに手をかけ、小さくなっていくドラゴンを睨む。
その人型のドラゴンの中‥‥。
「‥‥く、なぜ跳躍プログラムが実行されない!」
パネルには(エラー)の文字が表示され、点滅を繰り返している。
「ドリィ!」
《一時的に出力が四十七%にまで減少したため、(跳躍)にパワーが回せません》
ドリィはパネルの端で悠長にお辞儀をする。
「このままでは落ちる‥‥‥早く復旧させてくれ!」
《復旧には十二分を要します》
「それでは間に合わない!‥‥パワーの全てを耐物理シールドと結界に回せ!」
「分かりました」
僅かな時間、動きが止まっていたかに見えたドリィはすぐに頭をさげてパネルから姿を消す。
直後、シャボンの油膜に似た紫の半球に包まれた人型のトライクエスターは、民家の屋根の上に落下して爆音をあげ、石造りの家を微塵に吹き飛ばす。
「‥‥‥‥‥‥?」
ドラゴンの中のジョニーは、頭が二、三度上下しただけでそれほど大きな衝撃は感じなかった。
「‥‥あの高さから落ちてこれだけか?‥‥ さすがだ‥‥ドリィ、今ので影響はあった か?」
《しばらくお待ち下さい‥‥自己診断‥‥完了‥‥左足のフレーム重度の損傷‥‥オートバランサー及び、付随するデバイスが動作しません。復旧予定は‥‥五時間三十分後になります》
「つまりは今は歩けないって事か。素直にドリィの言う事を聞いておけばよかったな」
《マスター、ドラゴンが左舷上より急速接近中です》
「‥‥向こうのドラゴンの方が頑丈の様だな」
ジョニーは舌打ちしながら、手を伸ばして(車輪)模様を指で押す。すぐにトライクエスターは人型の形態を解いて、二輪のドラゴンに戻った。解放されたジョニーは埃っぽい外気に顔をしかめた。
ドラゴンを走らせると、落下の際に吹き飛ばした煉瓦片が後方に飛んだ。
「ブレスバレットエジェクト!」
カシン!と、パネル脇から小さな黒い銃が飛び出し、ジョニーはその銃の引き金に指をかけてチャ!と片手で引き抜く。
巨大なドラゴンの接近に、周囲の空気が細かく震え出してきた。銀色の紐付きの小さな筒の先を、その黒いドラゴンに向けた。
「ドリィ、ドラゴンは任せる!」
ブレスの威力を最大にしてからジョニーは、ハンドルから手を離して走行中のドラゴンの上に立つ。
「‥‥何処かに弱点があるはず‥‥何処かに‥‥」
両手でトリガーを持ち、片目を閉じて狙いを付ける。
”UOOOOON!”
翼をはためかせる事もなく、漆黒のドラゴンはトライクエスターに近づく。
『‥‥あれは』
フェリスは正体不明のドラゴンの上に立つ人物を見て言葉を失った。かつては確かに知っていた人である。思い出そうとすると、頭がズキズキと痛みだす。
『‥‥思い出せない‥‥誰なの?』
驚きと苛立ちの交差するフェリスの心中は複雑であった。
ジョニーが引き金を引いた。
「‥‥バスターブレス‥‥実行!」
カチという小さな音の直後、手元のキーではなくトライクエスターの腹部の棒から赤いブレスが放たれた。
『‥‥‥‥』
フェリスはしばらく彼の整いすぎた顔を眺めていた。今は人間への憎しみの心だけが渦巻いている。が、彼はそんな憎しみの対象ではない気がしてならなかった。
《‥‥警告、高エネルギー弾、接近中》
『!』
フェリスは我に帰った。眼下から赤い直線的な輝きが迫ってくる。
『‥‥く‥‥』
キーボードを叩き、ドリューベンの下方に半透明の光の殻を作る。ブレスはその殻に当たった瞬間、直角に折れ曲がり大地へと折り返す。
「な?‥‥ぐあっ!」
思いがけない前方での爆発に、ジョニーは咄嗟に両手で顔を覆う。舞い上がった砂塵が廃墟の都から立ち上り、視界はただ茶色一色になる。が、小石などの細かな欠片はトライクエスターの結界に防がれて、ジョニーの髪の毛すら揺らす事もない。
「‥‥どうなっているんだ?」
モウモウと登っていた土埃が消え去った後、空に浮かんでいるはずの黒いドラゴンの姿が見えなかった。
「奴は何処へ行った?」
《‥‥‥現在南東十キロの地点‥‥敵ドラゴンは逃げた様です》
「‥‥南東‥‥森を越えて逃げた?‥‥いや 違う」
足元の石を拾い、力の限り叩き付ける。石はカラカラと遠くに転がっていった。
「‥‥移動しただけだ‥‥‥どういう訳だか知らないが‥‥」
唇を噛み締めて握りしめた手を震わせる。
「全く歯が立たなかった‥‥あのドラゴンは 強すぎる‥‥どうしたらいいんだ」
自問自答していたつもりだったが‥‥。
《あの黒いドラゴンはドラッゲルナイト合金で覆われています。トライクエスターを構 成しているレイタリクス合金は、かの金属より耐久度では劣りますが柔軟性では勝っています。出力係数では負けてはいますが、その分、反応速度、及び操作性はトライクエスターの方が上です。簡単に優劣を決める事は出来ません》
ドリィはきっちりと答えた。
「‥‥‥そうだな、正面からぶつかるだけが 闘いじゃない。要は作戦次第か」
ジョニーは東に向けて顔をあげた。その方向には道無き深い森が横たわっている。グリーンティアル王家が鎖国政策をとってから、その森を越えて入ってきた者はいなかった。むろん、非合法ながら出て行く者はいたが、彼らは二度とこのグリーンティアルに戻って来る事は無かった。
「‥‥大森林‥‥‥越えるか‥‥」
”私も連れてって!”
その時、誰かがそう叫んだ。ジョニーが顔をそちらの方に向けると、瓦礫の山を乗り越えて緑の髪の少女が走って来るのが見えた。
「よく今の攻撃の中で平気だったな。君はとことん運がいい。だが俺は逃げろと言ったはずだ」
「いやよ、私も一緒に行く!」
少女の腫れぼったかった瞼は、今は力強く輝き、ジョニーの困惑した顔を緑の瞳の中に映し出していた。
「連れてってジョニー! 私も一緒に 闘う! お父様やお母様。城の皆、街の人を私から奪ったあいつを許さない!」
ジョニーは目を細める。
「大森林を越えるんだぞ。二百年の間、誰も越えた事のない地に行くんだ。二度と、このグリーンティアルの国に戻れなくなってもそれでいいのか?」
「そんな事を言ってる場合じゃないわ。それにグリーンティアルはもう滅んだわ‥‥こ こにいたってしょうがない‥‥あなたがそう言ったんじゃない」
「‥‥そうだな‥‥」
ジョニーはその言葉を聞いて分かる様に大きくうなづく。
「そこまで言うなら連れて行ってやる」
「あ、ありがとうジョニー!」
「ただし森を越えた所までだ。町を見つけたらそこでお別れだ」
「条件付き?」
「‥‥ああ」
水を差されたリオは少し顔を曇らせる。
「でもいい!」
言うが早いか、リオはスカートの裾を摘んでドラゴンにシートに飛び乗る。
「さ、行きましょうよ、ほらほら」
「‥‥‥‥‥‥‥」
ジョニーは無表情にヒラリとシートをまたぎ、ハンドルを掴む右手に静かに力を加えた。 ドラゴンは無言で大地を滑り出す。
「‥‥ねえ、ジョニー‥‥あの森の向こうに 何があるのかな‥‥?」
ジョニーの腰に右手を回したリオは、向かい風に靡く髪を左手で押さえつけながら、まだ見ぬ大地に思いを馳せる。
「人のつくった国ぐらいはあるだろう。人の集団がここだけだとは考えにくいからな」
「‥‥そうね‥‥」
ジョニーはぶっきらぼうに答える。
「そうだ! ジョニーは海って知ってる?」
「海?」
「‥‥そう、湖よりも何倍も大きくて、向こう岸が見えないの‥‥昔、私がちっちゃかった頃、枕元でお母さんが聞かせてくれたの‥‥」
リオは振り向き、王都の廃墟の彼方に、ぼんやりと霞んで見える王宮の丘に目を凝らす。「‥‥さよなら‥‥お父さん‥‥お母さん‥‥」
その呟きをジョニーは背中越しに耳に入れ、気づかれない様にそっと目を伏せる。
「リオ、きっとそこはいい所だ」
「‥‥そうなの?」
「ああ、国というのは大人達がいい世の中にしようと長年の間、一生懸命にやってきた結果なんだ‥‥だから悪い国があるはずはない‥‥探せばそのもきっと見つかる」
「‥‥うん」
ジョニーは心なし、ドラゴンの速度をあげた。