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第三話 荒野を駆ける、復讐の騎士

「陛下‥‥まだゴーレムの戦線投入の裁可は頂けないのでしょうか?」

 執務室では首長のテーブルを挟んで一人の老人が後ろ手に組み、直立不動の体勢で立っている。テーブルの両脇には衛兵が一人ずつ、背後の出入り口にも兵士が一人ずつ寡黙に立ち、部屋の主を守っている。

「閣下‥‥ゴーレムが大量投入されれば、ブルジャフ国の蒸気式戦車など一息に捻り潰せます。大陸統一は今は亡き先王‥‥陛下の父君の夢だったではありませんか。何を躊躇う事がありましょうか?」

 黒い眼帯の老人は表情を変えずに淡々と語り続ける。

 座って背後の窓を向いていた首長のバルガスが男に向き直った。首長のバルガスは、王族独特の整った顔立ちと気品に満ちてはいたが、まだ十五という少年と言ってもよい歳であり、片目のメルロースの与える圧迫感の前に完全に押し込まれていた。

「そ、その件は却下したはずだメルロース。何度も同じ事を余に言わせるな。お前は騎士団長としての仕事があるだろう?」

「私は騎士団長として進言しているのですよ閣下‥‥ジャロワクのより良き未来の為に‥‥ゴーレムの開発再開に、ご認可を‥‥」

「前回の報告ではゴーレムは出力供給に欠陥があり、とても実用に耐える物ではないと いう話だった‥‥そんな不良品を大量生産する許可など出せるはずもなかろう」

「その点は既に改良されて全く問題はありません。すぐにでも出撃出来る様、すでに手はずは整っております」

「何? 余は研究を許可した覚えはない!」 

バルガスは拳で机を叩き付けてメルロースに怒鳴った。

「別に研究していた訳ではありません‥‥別口で情報が入ったのです‥‥それによってゴーレムは以前より数段‥‥いえ、数十段、質の良いものになりました。全く問題はありません。何を戸惑っておられる?」

「‥‥‥ぐ‥‥」

 が、メルロースは全く動じない。父王の死後、貴族をまとめ上げ、騎士団を掌握したのが老将のメルロースである。ジャロワクの指導者であり、首長でありながらも傀儡とされたバルガスには強く言い返す事は既に出来なかった。

「‥‥まだ実験が済んだ訳ではありませんが‥今まで生産されたもののうち半数はまと もに動いております。総数でおよそ三百‥‥‥戦力的にはそれで十分ではありません か?」

「‥‥半数?‥‥駄目だ! 兵士といえどもジャロワクの人民‥‥どうしてそんな危険 な目に会わせる事が出来る!」

「それは必要な犠牲というものでしょう。冷静に考えてごらんなさい‥‥このまま小競 り合いが続けばこれからも犠牲者が増える のです。彼ら兵士も平和の光に満ちた世界 の未来の為には喜んで命を投げ出すでしょう」

「兵士が悲惨な死に方をすれば、それは全て王の責任なのだ」

「つまりその責任を追う覚悟はない‥‥陛下はそう言われるのですね」

「善人顔をするのはやめろメルロース、お前はただ権力を手に入れたいだけだ! いい か、戦いという突貫工事によって築かれた平和は戦いによって必ず崩れ去る。平和の光は人々の平和を求める心の上に、少しずつ築いていくものだ。近道はない!」

 メルロースは口元を歪めた。

「‥‥なかなか手厳しい事を仰られますな‥‥閣下‥‥そんな事を閣下に教えた教師は 誰ですか?」

 メルロースは気色ばみ、始めて表情を見せた。

「‥‥こうなっては致し方ない‥‥」

 メルロースが口元を歪めた事をバルガスが確認したその瞬間‥‥。

”ぎゃあああああっ!”

 ドアの外で悲鳴があがる。そのすぐ後、バン!と荒々しく扉が開かれ、突風が室内に吹き込んだ。

「‥‥どうした?‥‥ぬ!」

 小さな渦が机上の書類を舞い上げる。紙の渦の向こうに人影が見えた。首長の執務室へのその侵入者を阻もうと戸口の衛兵が渦の前に立ちはだかった。

「‥‥邪魔だ‥‥」

 歩調を落とさずに男は中に入ってくる。

「‥‥が?‥‥く‥‥ががが‥‥」

 衛兵は喉を押さえてその場に倒れ込み、白目を向いて体をひくつかせる。

 替わってテーブル脇の兵士が前に出た。その兵士の背中をメルロースが鋭く睨み付け、腰の長剣を抜いた。

「‥‥ふん!」

 かけ声の後、銀色の風が兵士の周囲を駆け抜ける。兵士達はただ呆然としていたが‥‥。「‥‥が‥‥」

 断末魔の声をあげる間も無く、崩れる様に倒れた。後から血溜まりが静かに広がる。

 黒ずくめの男が口を開く。

「‥‥この程度‥‥お前一人でも造作なく倒せただろう?」

「お主がどの程度の者か試しただけだ」

「‥‥そうだろうな‥‥」

 それだけ言い合うと、メルロースと男は、同時にジャロワクの首長に顔を向けた。

「ど、どういう事だメルロース‥‥」

 血煙の漂う中、バルガスは毅然とした表情で見上げる。

「これは失礼しました閣下‥‥紹介しましょう。彼がゴーレム開発の協力者であるグラ ムファーベル‥‥力のある錬金術師です」

「錬金術師?‥‥メルロース、お前は そんな山師風情の言葉を信用するのか?」

「我らは目的が合致した故に、今回の決起に至ったのです。私は何人も信用はしたりはしません」

 メルロースは意識的か無意識にか、眼帯に手を当てた。

「助けを呼びたければいくらでもお呼びなさい。その者が死ぬだけです。部下思いのあなたがそんな事をするとは思いませんが‥‥それとも無謀にも私に挑んで来ますか?‥‥聡明な閣下がそれほど無茶な行動を取るとも思えませんが‥‥」

「‥‥く‥‥」

 バルガスは抜きかけた懐剣を鞘におさめた。

「閣下‥‥この場で閣下の命を奪う事は 容易い‥‥ですがそれは私の本意ではありま せん。なるべくなら閣下にはジャロワクの象徴として生きていてもらいたいのです」

「断る!」

「そう言うと思っていました。あなたに帝王 学を教えたスーリエ卿‥‥あの老人はもう 少し早く始末しておくべきだったと後悔しています。まさかあの凡庸な王の息子がこ れほどの人物になろうとは私の計算違いでした‥‥最も私の父も、私がこんな人間に なろうとは思ってもいなかったでしょう‥‥なかなか人というのは計算通りにはいか ないものだ‥‥」

「‥‥いつまで無駄話をしている‥‥‥その者が協力を拒むのならすぐに殺すがいいだ ろう」

「‥‥むろん‥‥」

 メルロースは剣を少年の首にピタと当てた。

「余を殺し、権力を掌握さえすればそれで全てが自分の思い通りになると思う事それ自 体がお前の過ちだ!」

「そうですか?」

「そうだ、なぜなら国家は人々の集合で出来ている。その大多数が望まない事を力で無理矢理強いた所でうまくいくはずはないのだからな!」

「‥‥言ってくれる‥‥」

 切っ先を喉に押しつけられたその瞬間ですら、バルガスは後悔という言葉を思い浮かべる事はなかった。





『停止』

 フェリスの一言で、ドリューベン内部の球体の縁の青線が点滅を始める。ドラゴンの翼が発光をやめて閉じて完全な三角型の形態を取る。

 フェリスの立つ足元の狭い円盤の下にはグリーンティアルの王都、ティアルノアの町並みが扇状に広がっている。中央にある緑色の尖塔の集合は王の住まう城であり、王国の象徴である。

『ナイトシフト解除、アトミックブレス準備』 フェリスがキーボードを叩き終わると雲の切れ間にドリューベンの姿がゆらゆらと浮かび上がった。

「‥‥あれー?‥‥ね、何?」

 町の大通りで買い物を楽しむ五歳ぐらいの一人の少女が空を見上げて側の親の足をつつく。つられて道行く他の人々も顔を空に向けた。が、誰一人として少女の質問には答える事は出来なかった。切り取ったかの漆黒の亀裂が、蒼の空に浮かび続けている。

『‥‥思い知るの‥‥』

 フェリスは笑って最後のキーを叩いた。

”UOOOOOOON!”

 心の底に眠っている原始の恐怖を呼び覚ますドリューベンの咆哮が響き、同時に亀裂から小さな黒い球体が飛び出す。

 見上げる少女が母親にしがみつく。母親は屈んで娘をかばった。

 球体から一点の閃光が弾け、瞬く間も無く膨らみ続ける光りの半球は、通りを越え町を駆け抜け、王城と王都を包み込んだ。





「さすがにこの辺まで来ると、あいつの咆哮の影響は受けてないな‥‥」

 トライクエスターはただの窪地と化したケルナの町を後に、横たわる森と森の狭い間道を道なりに一路王都を目指していた。夏の時期、冬を乗り越えた落ち葉が茶色になり、路上に降り積もっている。風が吹く度に舞い上がる葉が、二つ輪のドラゴンの走る前方で小さな渦を形作る。

 ハンドルを握るジョニーは、馴染みのある木の幹が通り過ぎる度に一瞬横目で眺め、すぐに視線を正面に戻した。

 一刻も早く王都に向かって”黒板”を止めなければならない。感傷に浸っている暇はなかった。

「確かにドラゴンに任せるより、自分で動かした方がいいな‥‥しっくりくる」

 パネルの下部の狭い棒状の枠の中に、小さな”手”の模様が浮かんでいる。今ドラゴンを操っているのはジョニーであり、ジョニーがハンドルを右に向け、同時に体の重心を同じ向きに傾けると、ドラゴンはスムーズに進路を右に変える。操作に関して覚えなければならない事がそれほど多い訳ではなかったといえ、わずか十数分ほどでほぼマスターしたのはジョニーが”完全無欠”と呼ばれていた所以である。

 進行方向に倒れた巨木が障害物となって立ちふさがっている。

「アプリケーション!」

 パネルに整然と並べられた小さな模様が現れる。

「‥‥ジャンプ!」

 言葉と同時にドラゴンの出力を司る右の握りを奥に回転させる。四十程の模様の集合画面が消え、”十メートル”と表示される。ジョニーが更に握りを回転させるとその数字は増えていき、二十の所でピタと手を止めた。”OOOON!”

 障害物の手前で実行する。トライクエスターは唸りをあげて空へと舞い上がり、木を飛び越していく。そして飛び上がってから二十メートルきっちりの地点で地面に着地し、再び疾走を始める。

「‥‥‥‥‥」

 振り返り、背後に遠ざかる倒れた巨木に一瞥をくれてからまた正面に向き直る。

「アプリケーション、マップ!」

 巻物の絵模様がパネル一杯に拡大される。

「サテライトビュー」

 トライクエスターの現在位置と、通ってきたルートが青線で、まだ未到達の部位が赤線で示される。

 ジョニーは指を伸ばして画面上の赤線に触れた。側に”二十分十二秒”と表示された小さな四角の枠が現れた。

「‥‥王都まであと二十分‥‥もっと早く」

 ドラゴンの出力を上げる。すぐに時間は五分~四分~三分と縮まっていく。

「‥‥間に合ってくれ‥‥」

 視界はほとんど効かなくなり、手模様を押してドラゴン模様に変える。全ての重圧から解放され、握り絞めていたハンドルへの力を緩めた。

「‥‥あれは‥‥まさか‥‥」

 森の地平線の彼方に煙が上がっているのが見え、ジョニーは身を強張らせる。それは煙と言うよりは雲であり、リング状に立ち上るその様はケルナの町で見たものと良く似ていた。

「ドリィ!」

 パネルに光が灯り、ドリィがお辞儀をして現れた。

「ここから都の様子が分かるか?」

《しばらくお待ち下さい》

 ドリィは人差し指を頬に当てて首を何度か傾げる。

《どの範囲を何について調べたいのかを、限定して下さい》

「‥‥全部だ‥‥とにかく町の様子が知りたい‥‥」

《分かりました。それでは私が探査をします。終了予定は‥‥‥三時間十二分後になります。よろしいですか?》

「‥‥三時間!‥‥それじゃ意味がない‥‥‥もっと早く調べる方法はないのか?」

《はい、まずは自動走行モードを切ってマスターが手動でドラゴンを操る事です。そして私ではなくマスターが直接調べれば処理速度が二十%向上します》

「‥‥三時間が二割ほど早くなってもな‥‥それじゃ駄目だ」

《それでは探査の範囲を狭めて下さい》

「なら、王城に今いる人を調べてくれ」

《バイオスキャンします‥‥‥終了‥‥人間が一つ存在しています》

「‥‥一だって!‥‥‥一人って事はないだろ‥‥あそこにはもっと人が‥‥もう一度 だ、今度は城の周囲三キロ四方も併せて調べてくれ、もしかしたら皆、外に出ているのかもしれない‥‥」

《‥‥‥終了‥‥城郭内部に生命反応が一つ確認‥‥三キロ四方に人間は存在していま せん》

「‥‥まさかそんな‥‥‥」

 前方に跳ね橋が上がったままの外壁が見えてきた。

 ドラゴンは都を取り囲むその外壁を飛び越える。微かな振動だけで着地し、トライクエスターは疾走をやめた。

 着いた場所は外門から中央の城まで続く大通りである。ケルナの町とは違い、家などの建物は何処も損傷していない。ただ人影は無かった。

「なんだ?‥‥ドリィ、皆何処へ行った?」

《しばらくお待ち下さい‥‥‥終了、バイオスキャンでは、トライクエスターの周囲一キロに人間の生命反応はありません‥‥ケミカルスキャンに切り替えます‥‥終了‥‥タンパク質と脂質が通常より高濃度の地点が点在しています。かつては人間であったものの塊です》

 パネルに複数の八角形のリングが繋がっている図が表示された。

「‥‥それは‥‥つまり‥」

 ジョニーはそれが何であるかをはっきり口にする事が躊躇われたが‥‥。

《人の死骸の事です》

 ドリィは顔を曇らせる事なく、さらりと答えた。

「だが近くにいる訳だな‥‥少し見て来る」

 ジョニーはトライクエスターから降りようと足をあげかけたが‥‥。

《マスター、周囲は人体に有害な放射能が危険レベルに達しています。重力子フィールドで防御されたトライクエスターから離れる事は危険です》

「‥‥危険‥‥ホウシャノウ?‥‥つまりそのホウシャノウが原因なんだな‥‥じゃ、 降りて動き回る事は出来ないのか?」

《ブレスバレットを抜いて使用する事によって離れてもフィールドを作る事も可能ですか、その間トライクエスターは行動不能になります》

「分かった、とにかく城まで行ってみよう‥‥いざという時に降りるさ」

 ジョニーは右手にわずかに力を入れる。画面に”二十K/h”の数字が示され、ドラゴンは小走り程度の速度でゆっくりと走り出す。途中物陰などに人々の倒れた姿を見つけ、ドラゴンをそちらの方向に向けて近寄ってみたが、誰もが外傷を受けた気配もなく青ざめた顔で死んでいた。

「‥‥誰かいないのか?」

 自然、出力を司る右手に力が籠もる。

 城の門が見え始めたが、城門前に常時立っているはずの衛兵の姿が見えない。更に近づくと手前に一人倒れている。もう一人は恐らくは絶命した瞬間に堀にでも落ちたらしい。

「‥‥ここからが問題だな‥‥」

 城門は行く手を阻むかの様に、堅く閉ざされたままである。

 例え中に残っている生命反応が両親のものだったとしても、それが一つしかない以上、父か母のどちらかが生きて、どちらかが死んでいるという事になる。その事すら希望的観測にすぎない事もジョニーは十分承知していた。

「アプリケーション!」

 パネル上に選択肢である小さな模様の一覧が現れた。

「ファイヤーブレス!」

 口頭で指示すると口から火を吐くドラゴンの模様が点滅し、足元の引き金付きの小さな棒がカシン!と起きあがった。ジョニーは棒を引き抜くと両手で掴んで扉に照準を合わせる。

「吹き飛べ!」

 ジョニーは引き金を引いた。

”UOOOOOO!”

 キン‥‥と、硝子を引っ掻く音に似た音を発した直後、棒の先端‥‥四角い口から直線的な光の矢が撃ち出され、門の中央に命中し、まるで砂糖菓子ででも出来ているかの様にあっさりと弾け飛んだ。

 ブレスが消えた事を確認してから再び右手に力を加える。ドラゴンは風の様に城内へと滑り出した。段差がそこかしこに見られたが、二つの車輪は操作しているジョニーまで振動を伝える事はない。廊下はドラゴンが楽に移動出来る幅があった。あちこちに家令や兵士の死体が転がっている。通り過ぎる度にジョニーは顔をしかめた。

「ドリィ、城内の見取り図が出せるか?」

《はい、データベースにはありませんのでスキャンします‥‥しばらくお待ち下さい》

 ドリィの姿が一瞬だけ現れてからすぐ消え、画面は城の図で埋まった。

「‥‥これは‥‥一階部分か‥‥」

 ジョニーはすぐに宮廷専属医師である両親のいるであろう医務室を探す。城内は大小の部屋が複雑に入り乱れており、把握するのは困難であった。

「医務室!」

 地図が切り替わり、二階部分が写った。端の一画の部屋が赤枠で囲まれて点滅する。少し遅れてそこへの最短ルートが水色の線で示される。

「‥‥あそこか‥‥‥」

 ジョニーは示された通りの道を進む。ドアを吹き飛ばして出た先の大部屋には階上へと続く階段が広がる。

「そんなものっ!」

 ジョニーは一声吠えてハンドルを握りしめる。トライクエスターはジョニーの意思をくみ取ったかの様に、一息に駆け上がった。

 目的の部屋の扉が見え、ジョニーは唇を噛み締める。その部屋の中に生命反応があった。「父さん!‥‥母さん!」

 開ける間も惜しみ、ドラゴンで体当たりして扉を吹き飛ばす。広い部屋の中は仕切りがあり先は見渡せない。

 ジョニーはブレスバレットと呼ばれる”鍵”をトライクエスターから回して引き抜き、首にかけてシートから飛び降りた。

「父さん!」

 手前の仕切り板を倒すと、誰かがベットに横になっている。負傷していた見知らぬその兵士は、その外傷とは全く関係無い原因によってすでに死亡していた。

「‥‥母さん!‥‥返事をしてくれ!」

 奥に扉があり、ジョニーはノブを壊さんばかりに強く回して荒っぽく開けた。

「‥‥か‥‥‥」

 看護婦用の白いエプロンを付けた黒髪の背の高い女性が床に突っ伏して倒れているのがすぐに目に入り、ジョニーは息を飲む。

「母さんっ!」

 抱き起こして膝の上に乗せるが、意識はなく既に死んでいる。

「‥‥くっ‥‥」

 父を捜す為、母の亡骸を床に置いて部屋を出る。隣りの部屋の戸を開けた。

「‥‥まさか‥‥‥」

 白衣を着た男性‥‥ジョニーの父は机に座ったまま、カっと目を見開いていた。

「‥‥‥‥‥‥‥」

 ジョニーは無表情のまま近づきしばらくその顔をしばらく眺めた。

「‥‥‥‥‥‥‥」

 ジョニーは手を伸ばして静かに目を閉じさせる。両親の死に直面して沸き上がるのは悲しみではなく憎しみである。

 ジョニーは唇をきつく噛み締める。

「本当に俺は変人だったらしいな‥‥ネッド」

 ドラゴンのキー‥‥鍵を握りしめて、その手を細かく震わせる。

「‥‥だが仇は討つ‥‥必ず‥‥こんな事をして見逃されるはずはない」

 その時、奥のカーテンからガタリと物音が聞こえて咄嗟にジョニーは身構える。

「誰だっ!」

 シャ‥‥とカーテンを開けた。

「‥‥え‥‥あ‥‥あの‥‥」

 ベットの陰でうずくまっていたのは、白いジャンパースカートを履いた少女である。歳は十七か八でジョニーと同じくらいであったが、驚くべき事に、その少女の髪は淡い緑色だった。





『‥‥この反応は一体‥‥』

 フェリスは無人の都の直中に現れた強烈なエネルギー反応を困惑の顔で眺めていた。火事などで自然発生するのとは桁違いの力が、ドラゴン内部の球体に表示された地図に表示されている。

原因を究明する為、ドリューベンを反転させた。ナイトシフト‥‥遮蔽モードを取っていない為、地上からでも漆黒のドラゴンの姿をはっきりと確認する事が出来る。広げた三角の翼の輪郭が水色に輝き始めると、その姿は前方部分が引き延ばされたかの様に歪み、後方部分が前部に引っ張られてるかの様に見える。宙に停止していた時には点滅していたドリューベン内部の球体外縁の青い光の線も、移動を始めた途端、真っ直ぐな輝きを放ち始める。

『‥‥力の種類を特定‥‥』

 フェリスは指先で凹凸のある板を叩き、球体パネルの一画に数字交じりの文字を打ち込む。

《‥‥NOW、THINKING‥‥》

『‥‥‥‥‥‥‥』

 外の背景の上にその文字が三秒ほど重なる。《‥‥該当スル熱源ガ、データ中ニ見当タリ マセン‥‥》

『ならば直接調べるだけの話‥‥』

 カシャカシャと探査用キーボードを打ち続ける。

《‥‥エネルギーヲ覆ウ、”レイタリクス合金”ガ、スキャンヲ妨害シテイマス》

『‥‥レイタリクス合金?‥‥その物質の組成は?』

《魔界ノ鉱石デアル”タリクス”ヲ、紫水晶デ鋳造スル事ニヨッテ精製サレル金属》

 その答えによってフェリスにはその力の正体が分かった。紫水晶であればスキャンを受け付けないのも納得出来る。反応は紫水晶を源とするドラゴンに違いなかった。

『‥‥しかしなぜこのドリューベン以外にドラゴンが?‥‥グラムファーベル様のもの なのか?』

 移動用キーボードを叩き、パネルの中に数字を打ち込む。ドリューベンは王都ティアルノアに向けて速度をあげた。





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