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第2話 共感


「大丈夫。俺は平凡なβだから」

 不安げな眼差しをする青年に、要はそう笑っていた。

 すると、青年は意外そうな顔をして、要をじっと見つめる。

「本当にβなんですか? 俺はあなたの行動が模範的過ぎててっきり正義感の強いαかと……」

「よく言われる……」

 青年の言葉に、要は苦笑していた。 

 自分としてはそのつもりはないが、要はαに間違えられることがよくある。要は小さな頃から曲がったことが嫌いで、とてもしっかり者だった。

 責任感が強く、間違ったことを決した許さない要をαだと勘違いする人は多くいる。そして、要が平凡なβだと知って、いつも相手を落胆させるのだ。

「俺、変なこと言いましたか?」

 不安げに青年が、要の顔を覗き込んでくる。

「君こそ。こんな時間に1人で出歩いてていいの。Ωなのに」

 要の言葉に、青年が不機嫌そうな表情を浮かべる。

「バイトの帰りです。まさか、先輩たちに絡まれるとは思わなかったけど……」

「そっか。ごめん。気を悪くさせちゃったね」

 要は青年に謝っていた。

 青年のように、彼をΩのステレオタイプに当てはめてしまったことに罪悪感を覚えたのだ。Ωの人々は、定期的に発情を迎える。その時に発せられるフェロモンに当てられ、αがΩを犯してしまうことがあるのだ。

 そして、αはΩを番にすることができる。

 番行為と呼ばれるこの行動は、αがΩの首筋を噛むことで成立するものだ。それをされると、Ωは滅多なことで発情しなくなる。

だが、番行為をしてきたαに対して発情する体質に変化してしまう。αに番にされたΩは、一生そのαを求めるようになってしまうのだ。

 番行為はΩのフェロモンに当てられたαがよくする行動としても知られている。そのため、Ωたちは自分たちの体を守るために番行為を抑制する首輪をしているのだ。

 特に深夜に外を出歩くことは、Ωにとって危険なことだと社会では認識されている。

 もし、Ωが発情している場合、そのフェロモンに当てられたαがΩを犯しかねないからだ。昼間の公共施設などならともかく、夜間の街は人もまばらで助けを呼ぶことも難しい。

「Ωでも君みたいに夜に出歩かないといけない人も中にはいるよね。それなのに、変なこと言ってごめん」

 要は再度青年に謝罪する。青年は困った様子で要から視線を逸らした。

「心配してくれる気持ちはわかります。でも、Ωだからって決めつけられるのはイヤです……」

 彼の様子に要は苦笑する。

「君は、自分の意見をしっかりいえる人なんだね。βの俺とは大違いだ」

 青年は、急いで要に視線を戻し口を開いた。

「いや、お兄さんこそ、俺のこと助けてくれたし。その……βとは思えないぐらいしっかりしたいい人だと思います」

「Ωもβも関係ない。今は、君の傷を治すことだけ考えよう」

「は、はい……」

 要の言葉に、青年は照れた様子で頷く。

 そんな青年の仕草が可愛らしくて、要は口元に微笑を浮かべていた。


 要が住んでいるマンションは、2人がいた公園から10分ほど歩いたところにあった。

 要の部屋はマンションの5階にあって、住んでいる街が一望できる。築年数も浅く、外見もおしゃれだと評判のマンションだ。

 だが、散らかった要の部屋は、そのマンションの評判をぶち壊すには十分すぎるほどの破壊力を持っていた。

「うわ。凄い……」

 要の部屋に通された青年は、その汚さに呆れかえっているようだった。

 洗濯物は畳まれないまま床に放置され、ゴミ袋が台所には溜まっている。そして、何週間も掃除機をかけていない床にはホコリが溜まっていた。

「ごめん。仕事が忙しくて……。適当にその辺に座って」

「え、座れって……」

 ホコリまみれの床を見つめ、青年は嫌そうな表情を浮かべる。

「ああ、椅子あるから、そこに座って……」

「なんか、雑誌とかいろいろと置かれてますけど」

 部屋に置かれたテーブルの傍にある椅子を、青年はじっと見つめる。そこには、乱雑に参考書や雑誌などが置かれていた。

「ああ、どけて座って」

「はい……」

 青年は遠慮がちに参考書や雑誌を机の上に置く。

 そして、その椅子にそっと座った。そこに絆創膏と消毒液を持った要がやってくる。

「ごめん。探すのに手間取っちゃって……」

「まあ、これだけ散らかってれば……」

「はは……」

 青年の言葉に、要は苦笑した。

 このところ仕事が忙しく、自分の部屋を片付けている余裕すらなかったのだ。

「まあ、それでも住めるから、1なんとかなるかな」

 誤魔化すように青年にそう告げ、要は青年の腕を掴む。そして、青年の擦り傷にそっと消毒液を吹きかけた。

「いた……」

 青年が顔を歪める。要は微笑み、そんな彼の傷に絆創膏を貼った。そして、真剣な顔になって、青年を見つめる。

「今日のことは、ちゃんと学校の先生たちには報告しておいた方がいい。警察は動かない可能性が高いけど、先生方なら彼らにそれとなく忠告はしてくれるはずだよ」

「いや、無理ですよ。そんなの。いつも無視されてきましたから」

 青年の顔に嘲笑が浮かぶ。そんな彼を見て、要は複雑な心境になった。

 進学校の教師はそのほとんどがαだ。同じα同士、彼らはエリート層であるαの子供たちを優遇するし、出来る限り彼らを庇う。

 だからこそ、危険なマネはするなと教師たちは青年たちに伝えてくれると思ったのだが、現実は違うらしい。

「まあ、また襲われたらやり返してやりますけど」

 不機嫌そうに青年がそう告げる。その言葉に、要はぷっと噴き出していた。

「いや、何がおかしいんですか⁉」

「いや、君らしいなって思って」

 先輩であろう青年たちを足蹴りにした彼の姿を思い出す。たしかにこの青年なら、αが束になってかかって来ても敵わない気がする。

 そのぐらい目の前の青年は、強い存在だと要には思えた。

「たしかに、いつも撃退しっぱなしでした……」

 要の言葉が面白かったのか青年も笑いだす。

 2人はしばらく笑い合い、そしてお互いに顔を見合わせた。

「君とはなんだか気が合いそうだ。俺の名前は、武田要。よろしくね」

 そっと要は青年に手を差し伸べていた。

「俺の名前は、中島壮太です。よろしく。要さん」

 壮太と名乗った青年は、要に差し伸べられた手を握る。

「これも何かの縁だ。君に何かあったら力になりたい。連絡先とか、交換できないかな?」

「え、いいんですか?」

 要の言葉に、壮太は照れ臭そうに微笑んだ。

「うん。なにかあったら、是非とも相談して欲しいよ」

 そんな壮太に、要は満面の笑みを送る。

 すると青年は、慌てた様子で制服のズボンポケットを探り始めた。

「えっと、俺のスマホ。あ、無事だった」

 彼は安堵した様子で、ポケットからスマホを取り出す。

「あの、まずLINEのID教えてもらっていいですか?」

 その言葉に、要は笑顔になっていた。

要もまた、そばに置いてあったスマホを手に持つ。

「いいよ。君のIDも教えて」

 2人はLINEのIDを教え合い、そしてしばらく話し込む。

 すると、壮太の腹が盛大になった。

「あ……」

 かあっと壮太の顔が赤くなる。それを見て、要は腹を抱えて笑っていた。

「あははは! そんなにお腹空いてたの」

「だって、もう夜の9時過ぎですよ。腹減りますって!」

「食べに行く。奢るよ」

 笑いをこらえながら、要は壮太にそう告げる。

「え、でも……」

「いいじゃん。これも何かの縁だよ。今日ぐらい奢らせて」

「はい。ありがとうございます……」

 要の言葉に、壮太は照れ臭そうに頷く。

 そんな壮太の仕草を、要はとても可愛いと思ってしまうのだった。


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