「世の中には、運命の出会いと言うものがある。きっとお前も、そんな人に巡り合えるはずだ」
βの父親がそう言っていたことを思い出し、武田要ははぁっと夜空を見上げていた。
まだ、春になったばかりだからか、周囲の空気は凛と冷たさを帯びている。要の目に映る星々も、空気が澄んでいるせいか美しく煌めいて見えた。
その煌めきを目にして、要は余計に落ち込んでしまう。
父と同じβの自分に、輝けるような明日はないと信じているからだ。
この世には男女の性別の他に、α、β、Ωの3つの性がある。
太古の昔からαの人間は優秀なモノが多く、時の為政者として人々を導いてきた。
そしてαの番ともされるΩは、彼らの庇護を受け多くの王族の子を産んできたという。
その社会構造は近代になっても変わらず、この国の有力な政治家や官僚はほぼすべてαで占められている。
そして、それは教育現場においても同じだ。
「この世で輝くことができる存在に、俺は含まれてないんだよなぁ……」
考えるのをやめ、要は再びため息をついていた。
もう何度同じようなことを考え、答えの出ない問答を続けたことだろう。それでも、αと違って能力的に劣る性であるβが彼らに叶うはずがない。
そんな運命の星の元に、βである要は生れ落ちてしまったのだ。
「諦めるしかないよな……」
苦笑して、空から目を離す。
「やめてください! 放して!」
その瞬間、青年の悲鳴にも近い声が要の耳を貫いた。
「なんだ!」
驚いて、声のする方へと向かう。
住宅街に埋もれるようにして存在する狭い路地裏。そこで、もみ合っている複数の青年たちがいた。
「どうせΩなんだし、減るもんじゃないだろ!」
「そうだよ。大人しくしときゃ、乱暴にはしないからさあ!」
「うるさい! なんでアンタたちに、好きなようにされなきゃならないんだよ!」
よく見ると、そこにいるのは3人の青年だった。
緑の制服を着崩したガラの悪そうな青年2人が、同じ制服に身を包んだ利発そうな青年を壁際に追いやっている。
その青年の首に首輪があることに気がついた要は、一目散に彼らの元へと駆け寄っていた。
「おい! 君たち何してるんだ!」
ガラの悪い青年2人を怒鳴りつける。
「あ、なんだよ。アンタ!」
「お兄さんもΩのあいつと遊びたいの? あはは!」
すると、青年たちは要を口元を歪めて、要に嘲笑を向けてくる。やはりかと思いながら、要は彼らを睨みつけそっとスマホを取り出していた。
「俺にそんな趣味はないよ。続ける様なら通報するけど、いいのかな? その制服、このあたりじゃ有名な進学校のものだろう?」
要の言葉に、青年たちは厳しい表情を浮かべる。
「おい、ふざけるんじゃねえぞ!」
「そうだよ! 余計なことするんじゃねえ!」
怒声を上げ、2人は要に襲いかかる。
やっぱりこうなるかと内心思いながらも、要は覚悟を決めて彼らを迎え撃つことにした。
ここで逃げることもできる。でも、そうしたら彼らに迫られていた青年がどうなるかわかったものではない。
ちょっかいをかけた以上、責任はとらなければならない。
「後悔するなよ! このクソ野郎が!」
青年の1人が、要に向かって拳を振り上げてくる。それを受け止め、要はきっと彼を睨みつけていた。
「後悔するのはそっちの方だ。俺を懲らしめたところで、俺が警察にそのことを通報したらどうなると思うんだ!」
「だったら、できないようにするまでだよ!」
後ろからもう1人の青年の怒声がする。
しまったと思ったときには、もう遅く要は体に衝撃を感じていた。
どうも青年に蹴り飛ばされたらしい。
要の体は軽く吹っ飛び、地面に横倒しになる。そんな要の頭に、青年は足を乗せてきた。ぐりぐりと頭を踏みつけられ、頭部に痛みが走る。
「ぐあっ……」
「ほら、派手に俺たちのこと挑発したんだからよ! なんかしたらどうなんだよ!」
「はは! 強気だったからちょっとビビったけど、たいしたことないな」
「あたり前だろ! 俺たちはαだぞ! こんなザコに約束された将来をメチャクチャにされてたまるかよ!」
青年たちの嘲笑が要の耳朶に轟く。
またなのかと。要は思っていた。
いつでもそうだ。いくら要が努力しても、周囲はβではなく生まれながらのエリートであるαを優遇する。そして、『どうせ、お前はβだから』と要の努力には見向きもしてくれない。
そして今回も、勇気を振り絞って人を救おうとしたがムダに終わりそうだ。
彼らがαなら、今回のことを警察に通報してももみ消される可能性が高い。彼らの親も同じαであり、社会的に高い地位についている可能性が強いからだ。そして、この状況では助けようとした青年を救うことも難しい。
もうダメか、そう思った瞬間だった。
「αだからって、何やっても言い訳ないだろう!」
要の頭を踏みつける青年が吹っ飛んだ。
もう1人の青年の体も、美しいフォームを描く足蹴りによって吹っ飛んでいく。唖然と、要はその光景を目にすることしかできなかった。
「立って! 逃げなきゃ!」
だが、その声に我に返り、急いで立ち上がる。そして、2人を蹴った青年と共に路地裏を必死になって駆けていた。
「ふざけんな!」
「待ちやがれ!」
激昂に叫ぶ青年たちの声が、要たちを追って来る。
「早く! 捕まったらあなたまで大変な目に遭う!」
要の前方を走る青年は、要の手を強く握りしめてくる。そして、走る速度をあげる。
「ちょ、待って!」
「待てない!」
何とか体勢を立て直し、要は青年に手を引かれて駆け続ける。
「くそぉ……」
「なんであいつ、逃げ足だけは速いんだよぉ……」
ぜぇぜぇと荒い息を吐く青年たちの声が聞こえてくる。その声も遠くなり要は青年と共に暗い夜の住宅街を走っていた。
やがて、2人は公園へとやってくる。そこで、青年はぴたりと立ち止まった。
荒い息を吐きながら、青年は要を見つめてきた。
「あの……」
「大丈夫ですか! 怪我は⁉」
要が声をかけようとすると、彼は要の両肩を抱いて必死な様子で話しかけてくる。
よくみると、彼は10㎝ほど要よりも身長が低い感じだった。顔つきも精悍で整っているが、どこかまだあどけなさも感じさせる。
そして、何よりも要が気になっていたのは、彼の首に巻かれた電子ロック式の首輪だった。指紋認証によって脱着が可能になるそれは、Ωがαの番行為から身を守るためにしているものだ。
「怪我はしてないよ」
青年を安心させようと、要はそう口にしていた。
「よかった……」
ほっとした様子で、青年は顔を俯かせる。
そんな彼の片腕を、要はぎゅっと握りしめていた。その腕に擦り傷が認められたからだ。
「ちょっと……」
「怪我してる。俺のウチ、傍にあるから寄って行って。怪我の治療ぐらいできるから」
「でも……」
「大丈夫。怪我の手当てをするだけだから」
彼が安心するようにと、要は微笑を顔に浮かべる。
だが、彼は不安そうに要から視線を逸らした。そして、自身がしている首輪を指さす。
「この首輪。なんでしてるのかわかりますよね?」
「ああ、知識はあるよ」
「俺、Ωです。だから、一緒にいない方がいいかも。お兄さんαじゃないですよね」
不安げな青年の視線が、要に向けられる。
不思議と要は、まっすぐ向けられる彼の目から視線が離せなかった。