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第十六話 いよいよクライマックス! 行くよお兄ちゃん!

 アルフレッドがベースギターの弦を指で弾き、それに色を添える。

 前奏はかなりアップテンポであった。

「‥‥‥‥」

 マイクを両手で挟んだスーは、リズムに合わせて左右にステップを刻み、大きく息を吸い込む。


 あぁー、会いたいのー‥‥。

 切なさーはー、酷な童話‥‥だけど、あなたは知りもしない‥‥♪。

 あぁー、何処にいるー‥‥

 独り寝ーはー、甘い媚薬‥‥そして、あなたのの幻を追うの‥‥♪。


「‥‥シルル‥‥」

 スタンドの最後列から、歌詞の言葉に耳を傾けていたレイアティーは、いつの間にかパネルに映って歌う女の子の姿に妹のシルルの姿を重ねている事に気づいて眉をひそめた。 



 切なさーをー心に秘めー、私は眠る‥‥いつか出会うその日までー‥‥。口づけが私を起こすその日までー♪



「嫌な歌だな」

 レイアティーの隣に座っていた男は、歌詞の内容とは関係なく、テンポのよいリズムにのって手拍子を打ち始める。呼応する様に周囲の客達は立ち上がる。



「ウケは上々や!」

 ケリガンは椅子に座って、体を左右に揺らしながら、ドラムを叩く。ドカドカというテンポが次第に早くなる。


アルフレッドは、流れる様にギターを弾く。つながった紐は、ケリガンのドラムに続いており、響く音色も変その都度変化する。


 ”あぁー、悲しくてー‥‥大金ーはー。心を 裂く。そしてあなたを消し去って‥‥♪”


 スーは、胸に手を当てて踊る様に歌う。

「いえーいっ!」

 間奏の間に、スーはVサインを送る。ウインクしたスーと目のあった少年は、感極まってパタと倒れた。さっき兄に注意したばかりであったが、スーはそれ所ではなかった。

 一曲目が終わり、続けて二曲目になる。



 ”‥‥何処までもー付いていくわー‥‥あなたの背中、だから‥‥現れて‥‥♪”



 馴れてきたスーは、動きも次第に派手なものになっていく。

 演奏しながらも、アルフレッドは傍らの無線機の着信ランプにチラチラと目を走らせる。ラバンからの連絡はまだない。

 二曲目の後、続けて三曲目が終わる頃‥‥。

 ”PI‥‥PI‥‥”

「来た!」

 ランプが青に点滅している。それは作戦行動が良好であるという合図でもある。

 ”デゲデンデンデン、デケデンデンデン‥‥ジャン!”

 と、一曲目が終わった。



「はあはあ‥‥やった‥‥」

 目映い色付きのライトの下、あらん限りの気力を振り絞って歌っていたスーは、『ふう』とため息をつく‥‥間もなく。

 ”わあぁぁっー!”

 五万人の大喝采が、中央の三人を取り囲み、ステージがビリビリと振動した。

「‥‥うおっ、何だ、何だ?」

「ま、歌の音程はあちこち外してたけど‥‥ ボクの発明したシンセプログラムが自動的に曲の方を変えてくから問題はオールグリーンや」

 スーが前に出て、手を振る。成功したせいか、大変だったせいか疲れたせいか、アイスブルーの目には涙を溜めていた。

「みんな、ありがとぉー!」

 ”おおーっ!”

 十五の少女の声に、人々が歓声で答えた。無数の紙テープが投げられ、紙吹雪が場内に舞う。

「こりゃ、たいしたもんや‥‥スーにこないな才能があるとは‥‥」

「そうだな」

 顔を真っ赤にさせながらも、観客に向かって一生懸命に手を振り続ける妹の後ろ姿を、アルフレッドはじっと見つめる。

「知らない間に、大人になったんだな」

「もう悪い虫の一匹や二匹はもうおるんやないか?」

「何っ!」

「そこでベルト式の男撃退アイテムを発明したんやが‥‥」

 ここぞとばかりに話を売り込む。

「ほう‥‥一応、聞いておこう」

「男が近づくと、一万ボルトの電撃を発するんや。これをスーが‥‥」

「相手が死ぬわ!却下!」

 後半に向けての準備の為、ステージは下降を始めた。

「おっと忘れてた。連絡が来てたんだった」

「するといよいよやな」

「そう、これからが本番だ」

 ガタンと天井が閉まり、外からの声が途切れ途端、スーはカクンと膝をついた。

「スー!」

 二人は駆け寄って抱き起こす。

「気が抜けたらちょっと足がもつれちゃった」

 スーはおどけてペロと舌を出し、タっ!と元気よく立ち上がった。

「大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫‥‥」

 へへ‥‥と笑うスーを見て、アルフレッドは肩をすくめる。

「ならいいんだが‥‥じゃ、スーはシルルを頼む」

「‥‥え?、ナールさんと連絡ついたの?」

「もしかしたらほんとに誘拐してきたのかもな‥‥それでシルルを衣装室に連れてってから‥‥」

「うん! 段取りは覚えてる」

 スーがうなづくき、アルフレッドとケリガンがそれに続いた。

「じゃ、後半戦も‥‥」

「成功させようよ!」

「よっしゃ!」

 三人は、パン!と手を打ち合わせて、その場から別れた。





「‥‥な、何なんだ‥‥あの歌は‥‥」

 てんでに勝手な話をして、ざわめいているスタンドの直中に、ただ一人レイアティーだけが苦悩の顔で頭を抱えていた。

 何げに寄っただけで大して期待はしていなかったが、特殊な機器を使っての演奏は耳に新しく、十分に満足のいくものであった。

 問題は歌詞の内容である。

 少女の別れから始まり、成長して運良く金を得た少女は、別れた人を思い、悲嘆にくれて暮らしている‥‥全ての曲は一貫した流れを持ち、ただ一人、自分だけを責めているかの様に感じられたのである。

「‥‥孤児院の貧乏暮らしを嫌って、お前を捨てて逃げた俺を恨んでいるはずだ‥‥シルル‥‥」

 実際はレイアティーはシルルを捨てるつもりで孤児院を出た訳ではなく、妹に孤児院での貧乏暮らしをやめさせんが為での事であった。外で金を作り、ある程度の貯蓄が出来たら迎えに来るつもりでいたのである。が、外での暮らしは想像以上にままならず、貯蓄どころか、その日を暮らしていくのが精一杯であった。

 そうしてる間にシルルが、グラシィール財閥の養子になった事を風の噂に知った。自らの力で幸福をかち取ったシルルに、今のふがいない自分の姿を会って、さらす事は出来なかったのである。

 足手まといになるシルルを捨てた‥‥自らに無理矢理そう思い込ませていた。

 歌の歌詞は、そんなレイアティーの心を見透かしたかの様にチクチクと苛んでいた。

「‥‥何を馬鹿な‥‥」

 ”ただ今から第二部を開始致します‥‥”

 放送が鳴り響き、客達の雑談が止まる。

 レイアティーは中央のステージに顔を戻し、鼻を鳴らした。




「‥‥いや、年甲斐もなく、お恥ずかしい限りで‥‥いやー、カラクリを見るといじらずにはいられませんで」

 ステージ下の控え室に、かっかっというナールの高笑いが響く。

 ボロボロになった無線機を、ケリガンは見つめてため息をつく。

「‥‥当たり前や‥‥無線機をあないに無茶苦茶にいじって‥‥完全におじゃんやんか」

「なんのなんの、かっかっ!」

「別に誉めとる訳やないんやがな‥‥」

 無線機で誰かと喋っていたラバンが、スイッチを切って話しに加わる。

「それよりナールさん、シルルさんは大丈夫なんですか?‥‥今、スーシェリエさんが、衣装を着せてますけど‥‥」

「‥‥お嬢様ですか‥‥実の所、最近は眠ったままで‥‥このままでは‥‥」

 ナールは顔を手で覆って、『うっうっ‥‥』と、しゃくりあげる。

「お気持ち、お察しします」

 気を使ったラバンが、ナールの背中に手を乗せる。アルフレッドとケリガンはサっと背中を向けて屈んだ。

「医者どもは、このままでは明日にも命が危ないとぉぉぉっ!」

「んぎゃあああああっ!」

 何処から出してきたのか、ナールは極彩色のお面を被って、ラバンにぐぐっと迫る。ラバンは泡を吹いて倒れた。

「全く‥‥:」

 よっこいせ‥‥と、難を逃れた二人が正面に向き直る。

「あんたの手口は分かってるんだよ、んぐぐ ‥‥」

「‥‥フフフ‥‥なかなかやりますな」

 アルフレッドとナールは、不気味に笑い合いながら額で押し合う。

「ほんに、緊張感の無い人達やな‥‥そろそろ時間やで‥‥」 



 日も落ち始めた夕闇がスタジアムに落ち始めた頃、再演を告げる鮮やかなスポットライトが、銀幕の無い舞台に降り注がれた。ASKの歌を心待ちにしていた観客達は、一斉に湧く。 



「‥‥何だ?」

 レイアティーは椅子から身を乗り出す。

 観客達の予想に反して、ステージに現れたのは、アルフレッド一人であった。赤、青、緑‥‥三色の光が舞台中央で合わさる。

「まさに一人舞台‥‥いいじゃない」

 タッグ付きの細い黒いズボンと黒いチョッキ、黒の蝶ネクタイというホテルのボーイの様な姿のアルフレッドに、スタンドの観客達は何事かとザワめき出した。

 ”お静かにっ!”

 大げさな身ぶりでコード付きのマイクを振り回す。

「わざわざASKのライブに足を運んでくれた皆さん、ありがとう!」

 キャーと、答えたのは全員が女性である。アルフレッドは『うんうん』と満足げにうなづく。

「フッフッ‥‥今日はそんな皆の為にスペシャルプレゼントだ!‥‥これからささやかな劇をやるが‥‥」

 勿体ぶって言葉を区切る。

「主演は俺とスーだっ!、最後まで見てくれよなっ!」

 ”おおおっ!”

 不信の声は途端に賛美の歓声に変わった。アルフレッドは胸に手を当ててお辞儀をする。ステージはゆっくりと下降していく。

「‥‥ふふふ‥‥完璧だ‥‥ふわっはっはっは!」

 明かりが消え、真っ暗になった周囲に高笑いが響き渡る。

「もうっ、お兄ちゃん!」

「ん、こら危ないから足場を揺らすな‥‥ぐわっ!」

 暗闇の中、アルフレッドの悲鳴とがらがらという何かが落ちる音がけたたましく鳴る。

 静かになって十秒ほど経った頃、場内のライトが一斉に光を灯した。

 ”おおっ?”

 客達は目を疑った。どういう訳かステージが無くなっており、あった所には朱色の先頭の立つ赤煉瓦の建物があった。

「‥‥すごい仕掛だな‥‥しかし‥‥何処かで見た事のある建物だな‥‥」

 その時はまだ、レイアティーは何という事もなく眺めていた。

 ”今は昔‥‥女の子の赤ん坊が少年の赤ん坊と同じ篭の中に入れられ、教会の前に捨てられていました‥‥”

 男の声がスタジアム中に備え付けられた黒い箱から流れ、やや遅れて赤ん坊の泣き声が響き渡った。

「よくある話なんだな」

 眉をひそめながらタバコに火をつける。

 ”少年は女の子の兄でした。二人はそのまま 王都の孤児院に預けられる事になります” ガクン!と、教会の四方の壁が倒れていく。「なっ!」

 レイアティーは一際大げさに驚き、火を付けたばかりのタバコを落とした。正面にぶらさがり、様子を大写しにしているパネルを凝視する。

「‥‥あれは‥‥?」

 壁が取り払われたおかげで、ベットや机など家具が並べられている室内があらわになる。 さほど広くない部屋の中央には、隅の焦げた低いテーブルと、背もたれの壊れた赤い椅子。そのテーブルを挟んで端にはベットが二つ‥‥どちらの毛布も半ば破れかけており、冬には役に立ちそうもない。鎖で壁に吊るされた棚には、ブリキで出来た小さな花瓶が置いてあり、花の変わりに鉄屑が差してあった。 それは記憶に残っているままの過去の孤児院の部屋であった。

「‥‥ば、馬鹿な‥‥あれは教会じゃなくて‥‥孤児院の‥‥俺の部屋だ‥‥」

 レイアティーは息を潜めて次の言葉を待った。

 ”二人は過去の不遇にも負けずに成長しました”

 ナレーションと共に、ベットの片方が盛り上がり、毛布の中から頭が二つ出てくる。

「お、お兄ちゃん‥‥さ、寒いね‥‥」

 顔を紅潮させたスーが、どもりながらピンで胸元に止めた小型マイクに向かって台詞を喋る。ほとんど棒読みであった。

「こうしてれば暖かいよ」

 アルフレッドは毛布の中でスーにピタリとくっつく。

「あわわわわわっ!」

 究極までに照れたスーは、頭の中がパニック状態になる。

「‥‥む、昔はよく二人でこうして寝てたけど‥‥い、い、いつの間にか別々になっちゃったね‥‥でも、こういうのって‥‥いい‥‥」

「こ、こらスー!、台詞違う!」

「‥‥え‥‥あ、そうか」

 スーは兄の温もりを感じながら、シルルが兄に置いてけぼりをくらったと分かった瞬間、どれ程の絶望が彼女を襲ったのかを考えてみた。

 いなくなる‥‥それは計り知れない程の悲しみに違いなく、スーはそれが他人事とは思えなかった。

「行かないで‥‥お兄ちゃん‥‥」

 毛布の中でスーは兄の首に手を回して抱きしめた。

「うわっ、スー!」

 毛布がモコモコと激しく波打ち、客達は何事かを囁き始めた。

 ステージ下奥の本部で眺めていたケリガンは、パシと顔を手で覆う。

「あかん‥‥あいつら、何やっとんのや‥‥ラバン!」

「わ、分かりました!」

 ナレーション役のラバンが、マイクを手元に寄せる。

 ”こ、この様に、二人はとても仲の良い兄妹で、いつも一緒でした”

 会場の明かりが消える。

 ”所がある日の事‥‥”

 ゆっくりと明かりが戻った時、そこにアルフレッドの姿はなく、スーだけが部屋の中央付近で呆然と立っていた。

 スーはテーブルの上の紙切れを拾いあげ、顔に近づける。

「‥‥お兄ちゃん‥‥本当にいなくなっちゃったの?」

 本気で大声で泣きだし、その場にドサと倒れた。タイミング良く雷鳴が轟く。

 ”‥‥そうです、彼女の兄は妹を捨て、一人で孤児院を出て行ったのです。可愛そうに、彼女はその日から毎日、泣いて暮らしました”

 ドドド‥‥という土砂降りの雨の音が、涙という言葉と重なる。次第に激しさを増していく雨音と供に、舞台はまた別なものへと移った。

 王都の大通りの一部が不意に出現した。道行く人々は、切りとってきたかの様な道の上で立ち話をし、それぞれの歩幅で歩き、買い物をする‥‥ごく自然に存在していた。天候はうって変わって快晴である。

 観客達は指をさして驚き合った。

 ”‥‥そうして悲しみに暮れていたある日の事、彼女は路上で一人の老人とぶつかりました‥‥”

「ぬおっ!」

「わっ!」

 スーはわざとらしくぶつかって倒れたナールの手を取る。

「す、すみません」

「‥‥んぐぐぐぐ‥‥」

 腰を押さえ、両目を×にしなながら、ナールは杖を使って立ち上がる。

「あの‥‥大丈夫ですか?」

「このっ!、わしを誰だと思っている!‥‥わしはじゃな‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

 スーは小首を傾げ、泣きはらした余韻の残る目でナールの顔を見つめた。

「ぐ‥‥」

 そんなスーの顔を見たナールは、怒るのをやめて振り上げかけた杖を下ろした。

「‥‥怪我はない‥‥」

「すみませんでした‥‥考え事をしてたものでつい」

「いや、わしの方こそ‥‥散歩なんぞ馴れん事などするものじゃないなで‥‥」

「‥‥散歩が馴れない事なのですか?」

「うむ、普段は御者に馬車をひかせている」

「おじいさんはお金持ちなのですね」

「‥‥フン、金持ちか‥‥そうかもな」

 老人は自慢する訳でもなく、ただ鼻を鳴らす。それからジロジロとスーを上から下まで眺め回した。

「失礼じゃが、家は何で生計を立てている? ‥‥見た所、あまり景気が良さそうではないが‥‥」

「家‥‥ですか?」

 スーは後ろ手に老人に背中を向いてうつ向いた。

「‥‥両親は‥‥いません‥‥今は孤児院で働いています」

「それは‥‥:悪い事を聞いたな‥‥それでは肉親は誰もおらぬと?」

「‥‥いえ‥‥兄がいます‥‥孤児院を飛び出して今は行方不明ですが‥‥」

 クルリと振り返る。

「でも‥‥絶対探し出して見せる!‥‥私は あきらめない! こんな気持ちでずっとなんて耐えられない!」

 握りしめた両手をブンブンと縦に振る。

「むむっ!」

 ナールはスーの耳元に近寄る。

「今のはちと台詞が違うのではないか?」

「え?‥‥そ、そうか‥‥」

 気づくと自分自身の思いを役に投影している事に、反省の意を込めて、スーはペロリと舌を出した。

「あー、げほ、ごほん‥‥そうか‥‥行方不明の兄を探すのか‥‥それは大変じゃな‥‥」

 ナール老人は空を見上げる。

「わしにも肉親はたーんとおる。名前しか聞いた事の無い奴まで含めれば、もはや一つの町が出来てしまう程じゃ‥‥奴には週末ごとにわしの邸宅に来て体の具合を伺って くる」

「‥‥優しい家族ですね‥‥:」

「優しいものか! そいつらは皆、わしの財産目当てじゃ。娘も婿も‥‥顔は笑ってるが、心の底から心配しとる者など一人もおらん‥‥あれが血のつながっているわしの家族とはな‥‥こうしてたった一人の兄を探そうという娘もいるというのに‥‥」

 老人は『フフ‥‥』と銀色の口髭を手で撫でながら自嘲的に笑った。

「兄を探すか‥‥悪いがそれは無理じゃろう‥‥気概だけでは物事は為し得ぬ‥‥力がなくてはな‥‥旦那様は良く言っておられた」

「え?、旦那様?」

 スーはきょとんとして聞き返す。

「げほけぼ!‥‥失礼、こっちの話じゃ‥‥現代における力とは、おとぎ話の魔法の類などではない‥‥金じゃよ‥‥金があれば全ての望みが叶う‥‥金の力に不可能はない‥‥これは数少ない人生の真理の一つじゃ」

「‥‥でも‥‥お金のせいで‥‥おじいさんの家族は‥‥」

「それすらも金でどうにかなる。わしは今、強く金の力を実感した所じゃ」

「‥‥‥‥‥‥」

 スーは遠くの観客達にも分かる様に大きく首を傾けた。いつしか五万の観客達は、声もあげずに二人の会話に聞き入っている。

「兄を探すのなら、わしがその為の資金を出してやろう。腕のいい探偵を一ダースでも 雇うがいい。行方なぞすぐに知れる」

「‥‥え‥‥で、でも‥‥」

「そのかわり‥‥わしの娘になってくれ‥‥わしが求めていたのはお前の様なコなのじゃ‥‥優しい心根を持つ娘よ‥‥」

「‥‥私は‥‥」

 そこで照明が落とされる。闇の中ではラバンの劇団員達がてきぱきと次のセットを組み立てていた。今まで強い光を見ていた観客達の目に彼らの姿は映らない。

 ”‥‥老人はグラシィール財閥の総帥、ダルーシャ・グラシィールその人だったのです。少女は悩んだ末、老人の養子となりました。そうして唸る程の大金を投入して生き別れの兄を探すのですが、結局の所それは失敗に終わりました。ダルーシャは失意にくれる娘を気の毒に思いつつも、波乱に満ちた生涯を満足のいく形で終わらせる事が出来ました。ダルーシャはその言葉通り、金の力を使う事によって望みの家族を獲得したのです”

 言葉は風に乗ってスタンド中を駆け巡る。観客達は誰もが口を閉じ、ナレーションの合間にも声を発する者は誰もいない。

「な、なぜだ‥‥なぜこんな劇に‥‥」

 その中の一人、レイアティーは唇を戦慄かせ、色を失っていた。

 グラシィールの名を持ち出すまでもなく、一連の話が自分とシルルの事を差している事に、疑う余地はなかった。だが、驚きよりも劇の続きの方が気になり、瞬きする事すら忘れて舞台を見つめ続けていた。

 ”悪評高いグラシィール財団の養子となった彼女は、当然の事の様にかつての仲間達と疎遠になり、館に引きこもる日が続きます。‥‥そうしてとうとう病気になってしまったのです”

 スタンドを含めたスタジアム中に、パっと光が灯った。

 舞台の上には、今までと全く趣の違うセットが出来上がっていた。末広がりの四角い舞台は白い雲の中を漂う小さな船にも見える。四方に伸びる白い階段には深緑色のイバラが這い回り、段上の正方形の場所には、赤い薔薇の花に包まれたベットがぽつんと一つだけ置いてあった。そのベットの上‥‥真っ白なシーツの上には、何処かの王女の様な白いドレスを纏った亜麻色の髪の少女が目を閉じて横になっている。腕を組み合わせ、静かな呼吸に合わせてゆっくりと胸を上下させている。その眠っている少女は、今まで『彼女』を演じてきた少女ではなかった。

「シ、シルル!」

 レイアティーは我を忘れて叫んだ。周りの客の視線が、身を乗り出している同じ麻色の髪の青年に集中した。


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