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第十話 うまく出来るかな。。。すっごい心配!

「‥‥どうもお久しぶりです。と、言うほど日は経ってませんか」

 役者として、また今回は工事の現場監督としてラバンが顔を出した。何処にでもいそうな顔にも見えるが、以前は無かったヒゲを堂々と生やしており、何処か胡散臭い。

「‥‥こ、こんにちわ‥‥」

 スーはそう思ったが、そんな事は口には出さない。

「すみません。またこんな事をお願いして、でも何分内密な事だったので‥‥」

「いえいえ、こんな愉快な事は無いって、座員一同楽しみにしてました。なにしろ屋外全てが巨大な舞台として劇が出来るのですから、役者冥利に尽きるというものです」

 ラバンが笑って並木に目をやる。通りの家には誰も住んではいなかったが、黄土色のツナギを着た人が走り回っている。ガンガンと釘を打つ音やかけ声が辺りに響き、田舎町には似つかわしくない活気があった。

「しかし、凄い話ですね‥‥正直、伺った時は、まさかと思ったのですが‥‥あなたの作成したこの計画だと、二十日で完成してしまいます。うーむ‥‥」

 ラバンは紙をめくって唸りだす。

「一部の隙もない計画ですね。見事としか言 い様がない。あなたは見かけによらず、大変な才能をお持ちの様です。ケリガンさんの話ではこの計画の立案から、人員の配置、その他は皆、あなたがやったとか‥‥いや、たいしたものです。今度一座の行動計画も立ててもらいたいものです」

「‥‥い、いえ‥‥そんな‥‥私なんて」

 誉められてスーは赤面する。

「私なんて、いつも教室では目立たないし、メルフィナたちの引き立て役みたいなものだし‥‥家庭科と音楽と数学は成績がAとSなんだけど、国語と体育はいくら頑張ってもCで、落第しそうなほど悪くて‥‥だから、平均しちゃうと中の下で‥‥だから全然大した事なって‥‥」

「あのー‥‥もしもし?」

 一人で喋り続けるスーに、さすがのラバンもかける言葉を無くした。

「ごほごほ、えっへん!‥‥これだと町が完成してから、依頼の残り期限は一週間て所ですか」

「はい、俳優さん達の練習期間、短いですか?」

「‥‥いえいえ、普段から練習してますから、町人の役なんて簡単なものですよ。つまりはケリガンさんとの打ち合わせをしたり、段取りを覚えるだけの話です‥‥そうそう、そう言えば、警部に渡された当時のリージュンの訪問者リストの中にこんな人物がいたんですけど‥‥」

「?」

 ラバンに名簿が箇条書きにびっしりと書かれた紙を渡される。中程のにペンで赤丸が付けてあった。

「ええっ!」 

 スーはその名前に驚いた。

「シルル‥‥名字は違うけど‥‥まさか‥‥本人?」

「さあ‥‥とにかく門を管理していた詰め所の記録によると、しょっちゅう町を訪れていたらしいですよ。一応、報告という事で‥‥」

 何がしかの目的があり、度々訪れていた町を灰にした犯人を探す‥‥その辺に彼女の思惑があると考えたスーは、一人で真相の調査に乗り出した。





「申し訳ありませんが、今日の所はお引き取り下さい」

 意気込んで王都のシルルに会いに行ったスーは、いつもの黒服の執事に門前払いを喰らった。

「で、でも今回の件についてのとても大切なお話があるんです!」

「‥‥はい、本来であればすぐにでもお通しするのですが、なにぶんお嬢様の体の具合が」

「悪いのですか?」

「はい、すごーくぅぅっ!」

「ひえぇーっ!」

 ゴゴゴ‥‥と執事は目を見開いてスーの前にアップで迫った。

「わ、わ、分かりました。失礼します!」

 スーは慌ててグラシィール邸を後にする。が、このまま帰ったのではあんまりだ!と、今度はティージュンの町のリールに馬首を変える。

 時間が早かったせいか、リールはまだ保育所にいた。スーは以前と同じ様に、庭の植え込みから顔を出す。

「そんな所で、何してるんですか?」

 が、今回はあっさりと見つかってしまった。屈んでのぞき込んでるリールの左右に、小さな子供達が展開していく。顔だけ出してるスーは完全に囲まれた。

「えへへへへ‥‥」

 照れたスーは頭をかいてガサゴソで出てくる。蜘蛛の子を散らす様に、子供達は逃げていった。

「あなたはセントバイヤー相談局のスーシェリエさん‥‥」

「こ、こんにちわ‥‥あの‥‥ちょっと聞きたい事があって‥‥」

 再び結集し始めた子供の一群が、後ろからスーに近づく。

「実はラクサンティスという人についてなんですけど‥‥痛っ!」

 思いきり髪を引っ張られたスーは、一瞬だけ顔をしかめたが、

「だ、駄目よ、いたずらしちゃ‥‥」

 ここで怒ってはリールに話を聞く事が出来なくなると、ぐっと言葉を飲み込む。

「ラクサンティス‥‥彼が捕まったのですか?」

「‥‥やっぱりリールさんは、彼の事を知ってたのですね‥‥‥‥」

 子供の攻撃は更にエスカレートし、スコップの柄でペチペチと背中を叩いたり、泥だらけの手でスーの白いシャツに手形をつけたりしている。

「スーシェリエさんはなぜ彼の事を?」

「その‥‥:」

 本当の事を言おうかどうか迷ったが、

「‥‥シルルに頼まれて‥‥ラクサンティスを探してくれって‥‥」

 結局、全て話してしまった。

「シルルが?‥‥なぜラクサンティスを?」

「その事を聞きたくて‥‥。出来れば思い当たる所を教えていただけませんか? 本当にどんな小さな事でもいいんです」

 子供がおもいきり引っ張るので、スーの首は後ろに傾いた。

 頬をひくつかせながら、それでも笑顔を保つ

「‥‥以前言った様に、シルルが今、何を考えているのか私には分かりません」

「分かってます。聞きたいのは、昔の事で」

「‥‥‥‥‥‥」

 リールは一瞬顔をしかめた。

「ラクサンティスは私たちと同じ孤児院にいました。私とシルルが十四歳の時、十六歳だった彼が引き取られてきました。孤児院の規定では十七歳で出ていかねばならないかったので、私たちとはほんの短い期間、一緒に生活しただけでした。孤児院を去った後、彼はリージュンの町に家を借りて日雇いの仕事を始め、そして自分の町に火を放って姿を消しました」

 言い方からスーにはピンとくるものがあった。

「‥‥もしかして‥‥リールさんと彼‥‥ラクサンティスとは‥‥こ、こ、こ‥‥」

 あまりにも気恥ずかしい言葉を口にしなければならず、スーはニワトリの様にどもり続ける。呼応する様に背後の軍団がスーの頭をポカポカと殴り始める。

「こ、恋人だったのですか?」

「‥‥いえ、あれは‥‥恋と呼べる様なものではありません‥‥確かに私は彼が好きでした。でもあの時の私はまだ子供でしたから‥‥」

 リールはまつげを伏せる。その姿はとても艶っぽく、この人は歳をとってもずっと美人のままだ‥‥スーは同性の感覚でそう察してうらやましく思った。

「その辺の事情を詳しく!」

 出来ればこんな人になりたいと、スーは全くの好奇心で聞いた。

 スーが何をしても怒らないせいか、後方からの攻撃はますます激しくなり、いいかげんこめかみの辺りが、押さえた怒りでヒクヒクしてきた。

「彼の事が好きだった私は、その事をシルルに相談しました。シルルは私と彼との中継ぎを快く引き受けてくれました。でも‥‥」 

 リールの瞳は遠くの空を見つめる。風が彼女の長い髪を揺らした。

「数日を経たずに、彼は町へと火を放ちました。なぜ彼がそんな事をしたのか、その事情は何も知りません‥‥私には 何も‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

 辛そうに話すリールに、スーはこれ以上追求するのをやめて立ち上がる。

「どうもすみませんでした‥‥失礼します」

 ”ワー!”

 少年がスーの両端により、同時にスカートをめくった。

「きゃあああああ!」

 悲鳴をあげて裾を押さえる。

「もうー!許さないんだから!」

 ついにスーは爆発した。

 ”わーわー、怒ったぞ、逃げろー!”

 両手を振り上げたスーを見て、子供達は持っていた棒を放り投げて、四方へと逃げていった。

「待てえっー!」

 肩をいからせて突撃していくスーの後ろ姿をリールは唖然として見つめていた。


 スーが大人の女になる日は遠かった。





「これでハッキリしてきたわ‥‥今回の人探しも、シルルのリールへの謝罪の一貫なのよ。リールの恋人だったラクサンティスを探すのは‥‥」

「それは違うんじゃないか?‥‥シルルは見つかる事を期待してなかった様だし、リールもラクサンティスに会いたがってる様には見えなかった」

「そんなら私たちは何なのよ! 成功させる為に一生懸命やってるんでしょ!」

 スーは腕を振り上げる。

「わわわ、お兄ちゃんに怒っても仕方がないだろ!」

 収拾のつかなくなった二人の間に、黙って話を聞いていたラバンが割って入る。

「まあまあ‥‥そのシルルというコは、失敗させたがっているとして、それと引き替えに彼女が何を得るのかを考えた方が建設的でしょう‥‥今の彼女は何を欲しているのか、逆に辿っていくと分かるかもしれません」

「逆に?」

「まあ例えばの話ですよ。そうだ‥‥スーシェリエさん。あなたがシルルの役をやったらどうです?」

「え?‥‥わ、私が‥‥」

 スーは赤くなってモジモジと手を擦り合わせる。

「いいんじゃないの‥‥曲がりなりにもスーはシルルと面識がある訳だし、何より十四歳という設定だったら背格好はまあ、ピッタリだ」

「‥‥で、でも‥‥もしフェルナンド‥‥ラクサンティスがこっちに来たら‥‥」

「何だったらシルル本人に聞いてくるってのも可だ。もしもの時は皆でフォローするから大丈夫さ」

「‥‥う、うん‥‥」

 二人に言われてコクリと小さくうなづく。

「すみません。どうかよろしくお願いします」

 スーはヒゲ顔の怪しいラバンに頭をさげた。 




 計画に基づき、かの地にベニヤ板の町は立ち始める。デネブ警部の指示でこの農地の続く街道は関係者以外は立入禁止とされた。警部がなぜここまで協力的なのか‥‥それは、指名手配の男を捕らえる為‥‥というのは表向きの事であり、それ以外にも何か理由がありそうであったが、その警部の心の内は誰にも分からない。

「‥‥あーごほん:」

 まだカモメも飛ばない早朝、セントバイヤー家の門を叩いた後、デネブ警部は、わざと大きな咳払いをして威厳のある所を示す。なぜか正装していた。

 ”はい、どなたですかー!”

 甲高い声が扉の奥から、返ってくる。途端に、にた~と、顔が緩んだ。

 バン!と扉が開く。水色のバンダナで髪を結い上げたスーが出てきた。学校の制服である丈の短い白いワンピースを着て、襟元にはオレンジ色のネクタイを閉めていた。

「あ、警部さん。おはようございます」

 朝食を作っていたスーは、学園の制服の上に白いエプロンをかけていた。

「え、ああ、おはよう」

 デネブはぶっきらぼうに答えた。

「今日は打ち合わせですか?‥‥兄はまだ寝‥‥い、いえ、すぐに呼んできますけど」

 スーは口をモゴモゴさせる。

「い、いや別にアルフレッド君には用はないんだ。最近物騒だからパトロールしてた」

「え? コットンからですか?」

「‥‥う、いや、まあな‥‥」

「大変ですねー。頑張ってください。それじゃ」

「ま、待て!」

 扉を閉めようとしたスーを慌てて引き留める。

「あのー‥‥まだ何か?」

「う‥‥その‥‥せっかくだから‥‥ちょっと中に‥‥いいかな?」

「ええっ!」

 家の中の惨状を思い浮かべて、冷や汗が流れる。元々スーは掃除は嫌いではなかったが、計画の為に入れ替わり立ち替わり人が汚していくせいで、最近は一人の女の子が処理出来る範囲を遥かに越えていたのである。

「そ、それはちょっと‥‥用事なら事務所の方で‥‥」

 スーは困った時の癖で、握った拳で口を押さえる。

「いい匂いがしますな。朝から揚げ物とはなかなか洒落てる‥‥」

 デネブはそんなスーの頭上越しに、廊下をのぞき込んだ。

「あなたが作ったので?‥‥実は昨日から何も食べてなくて‥‥」

「はあ‥‥よかったら、一緒にどうですか?」

 断りきれる雰囲気でもなく、スーはから笑いしながら首を縦に振った。

「催促したみたいで悪いですな‥‥それじゃお言葉に甘えて‥‥」

 言うが早いか、警部はサッとあがりこんだ。

「ち、散らかってますけど‥‥」

「‥‥いえいえ、そんな謙遜を‥‥うっ」

 居間に案内され、その言葉が謙遜などではない事を知る。

「‥‥こ、これは‥‥」

 十人ほどの男達が室内で折り重なる様に雑魚寝している。テーブルにかじりつく様に大皿に盛られたコロッケを食してした大柄な男が顔をあげた。

「これは警部、進行状況はどないでっか?」

「‥‥うっ‥‥」

 ケリガンは口の周りを油だらけにして『ニヤ』と笑った。

「じゃ、じゃあ私は学校行くから、ケリガンあとお願い」

 顔をひくつかせながら、スーはその場から逃げ出す。

「まかしとき」

「‥‥ハハ:それじゃ私もこれで」

 逃げようとした警部はケリガンに捕捉された。

「まま、そないな水臭い事、言わんと、一緒にどないです? 最近コロッケばかりで食傷ぎみなんですわ」

「い、いや、私は!は、離せ貴様!」

「まあまあ‥‥」

 ケリガンに首を捕まれたデネブは、足をばたつかせる。

「さ、詐欺だ!」

 スーの去る足音に、デネブは頭を垂れた。 


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