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第八話 馬車でお兄ちゃんとデート。。。だと良かったのに!

「‥‥そっか、もうそんな時期なんだ‥‥」 

 兄がいつそんな行事の存在に気づくかと、ビクビクしながら過ごさなければならない為、毎年この時期、スーは憂鬱であった。これまでも何度か貰ってきた事はあったが、アルフレッドは『親切な人もいるもんだ。しかし、くれても暑くてベトベトになるけどねー。二月ぐらいにくれれば丁度いいんだけど‥‥』

 と、まるで意に介さなかった。もし貰う意味を知ってしまったら‥‥。

「何がそんな時期なんだスー?」

「わっ!」

 真下からヌっと現れたアルフレッドに驚き、スーは後ろにドテっとひっくり返る。

「もうっ、いきなり現れないでって言ってるでしょ!」

「ハッハ‥‥何をそんなに怒ってるんだ? お兄ちゃん、今日はゴム長もはいてないし、すててこやはんてんを着てる訳じゃない。まともな格好してるじゃないか。別に出てってもいいだろ?」

「そ、それはそうだけど‥‥と、とにかくお兄ちゃんは不用意に人の‥‥特に女の子の前に出ていっちゃだめなのっ!」

 スーは頬を真っ赤にして大声をあげる。

「なんだそりゃ?‥‥全然理由になってないんだけどなぁ‥‥所でバレンタインて‥‥」

 ”おぉーい”

 ケリガンが事務所の窓を開けて呼んだ。

「あ、ほら、ケリガンが呼んでる!」

「‥‥だからバレンタインて‥‥うおっ!」

 スーはアルフレッドの襟を掴んで廊下をズリズリと引きずっていく。

「な、何だ‥‥く、苦しい」

「だからキリキリ歩くの!」

 スーはタイミング良く、呼んでくれたケリガンに今だけ感謝した。

「廊下で何やっとんのや?」

 首をしめられて足をバタバタさせているアルフレッドに、ケリガンは屈んで棒であちこちをつつきだした。

「うごっ!」

「こりゃおもろい」

「やめんか!」

 そのうち不意にアルフレッドは復活した。

「だから遊んどる場合やないて、連絡が入ったんや」

「連絡? ラクサンティスが見つかったんだな‥‥やっぱり役人は金に弱かったって事か」

 既にアルフレッドは美剣士の顔に戻り、冷静にスーの腕を首から外した。

 話しながら、事務所の方に移動する。奥の古ぼけたソファーにケリガンはドサリと腰を下ろした。

「‥‥それがなー‥‥見つかったには見つかったんやが‥‥」

「何か訳ありだな」

「そう、それが大あり‥‥連絡はコットンの街の警察から入ったんや」

「警察?」

 あからさまに嫌な顔をしてアルフレッドはスーと顔を見合わせる。

「そう、どうもそのラクサンティスとかいう奴、お尋ね者らしいんや」

「本当かよ‥‥でも何でシルルはそんな奴を探させたんだ?」

「まあ待て、まだ続きがある。そこの警察の話やと、その町に潜伏しとる奴がラクサンティスらしいというだけで、断定は出来てないらしいんや。もしかしたら、別人かもしれへんのや。つまり、確定出来てへん以上、依頼は終了した訳やない」

「その辺が今回の山場か‥‥それなら当事者に話を聞いてみる必要があるな‥‥行くかその何てかって町へ」

「ま、そやな」

 アルフレッドは『フフン』と不敵な笑みを浮かべる。

「ねえ、警察で調べても分からなかったんでしょ?‥‥私達が行ったからって、どうにもならないんじゃないの?」

 すっかりコットンに行く気になってる二人に、スーは『なんで?』と、聞いた。

「甘い、甘い、警察だって所詮はお役所。型 どおりの捜査しかしない。そんなんで、分かる訳がないだろう?‥‥それに、俺達には 察には無い強い武器がある」

「武器って?」

「決まってるだろスー、金だ、金!有り余る金の前に不可能な事はない!うわっはっはっ!」

「‥‥うー‥‥」

 馬鹿笑いを続けている二人を見たスーは、私が見張ってなければ大変な事になる‥‥そう確信していた。





「‥‥しかし、ゴミゴミしとる町やな‥‥コットンっちゅうから、もっと柔らかーいイメージがあったんやがな‥‥」

 スー達の住むブルーシガルの港町から、ピクニックがてらゆっくりと馬車を走らせ、野を越え、山を越えて四時間余り‥‥ようやくにしてコットンの町に着いた途端に、ケリガンが口にした言葉がそれであった。

「まあ、確かにな」

 アルフレッドもうなづく。

 きちんと区画整理されていない灰色の石造りの町並みは、地図がなければたちまちのうちに迷ってしまう程に込み入っている。道幅自体も狭く、Vサイン入りの相談局の黒い幌馬車も路地裏に入った訳でもないのに、ときどき立ち往生していた。

「‥‥こら完全にあかんな‥‥」

 それに加え、あちこちに段差があり、馬車で移動するにはとかく不便な所であった。

「着いたのぉ~?」

 縁石に乗り上げたショックで、幌の中で寝ていたスーが顔を出す。

 スーは青と白の長袖シャツに、クリーム色のキュロットスカートという動きやすい格好をしている。髪もサイドを三編みにして後ろで束ねていた。

「これ以上、奥には進めない‥‥仕方無い、警察署まではまだある、こっからは歩いてくか」

「じゃ、ボクが留守番しとる。開発中のキカイもぎょーさんある。セントバイヤースペシャル馬一号と、二号にも餌やっとかにゃならんしな」

 餌という言葉に反応して、二頭の黒毛の馬はピンク色の歯茎を見せて嘶いた。

「じゃ、頼む」

 無理矢理ついてきたスーも、アルフレッドの後に続く。

 二人は入り組んだ街角を歩いていく。石畳の敷き詰められた道は、両脇の家が陰となり、ほとんど日が差してこない。人通りの無い道を風が吹き抜けていく。上を見上げれば家々の屋根に渡した紐にかけた洗濯物も風に揺れていた。隙間から真夏を思わせる入道雲が覗く。

「ありゃ、どっちだったかな‥‥」

 四つ角に行き当たり、そこで足が止まる。

「え?、地図持って来たんじゃないの?」

「そうなんだけど‥‥こんな所に曲がり角は無いはずなんだよな」

「ちょっ、ちょっと貸して!」

 スーは地図を奪う。

「なにこれ、大陸全図じゃない!、今までこんなもの見てたの?」

「いやー、大は小を兼ねるって言うからな、はっはっ!」

「もう、信じらんない!」

 ぶう!と頬を膨らませて怒る。

「じゃあ、いったん戻ろうよ。お兄ちゃん道覚えてる?」

「いや全然」

 アルフレッドはケロっとした表情で答える。

「そういう些細な事は、気にしない事にしてるんだ」

「どこが些細なのっ!」

 スーはつま先立って握った拳を震わせる。

「‥‥わわわ‥‥暴力はやめろ‥‥:だったらスーは覚えてるのか?」

「え?‥‥えぇーっと‥‥」

 ポリポリと顔をかいて、

「そ、そんなの‥‥覚えてる訳ないじゃない」

「じゃ、その辺の人に警察署の場所聞くか」

「うん‥‥そうだね」

 意見の一致した二人は、ケリガンを留守番に、とにかく広い道を探す事にした。

 先頭のスーにアルフレッドはついていく。どんどん道は細くなっていった。

「あ‥‥あれ?」

「ほら、迷うだろ?」

「地図があったら、迷わなかったの!」

 ため息をついてスーは背負っていたミニリュックを下ろす。ケリガンに渡されたそのリュックはズシリと重く、さっきから肩に食い込んでいた。『大事なものや』と言われて、アルフレッドには持たせなかった。

「何だかすっごい重いんだけど‥‥」

「だからお兄ちゃんが持つって言ったのに」

「全然信用出来ない」

「まあまあ、そう言わず」

 ヒョイと片手でリュックを取り上げる。意外に力持ちであった。

「‥‥ん?」

 路地の暗がりから、カシャカシャと金属音が響いてくる。

「‥‥まいったな‥‥やっぱ、こういう街にはああいった連中はワンセットになってるんだな‥‥」

「ああいった連中?」

 スーも目を凝らす。アルフレッドの言った通り、通りからがらの悪そうな男達の一団が近づいていた。金属音は彼らの鳴らす武器の音の様である。

「お、お兄ちゃん‥‥」

「フフフ、俺とやろうというのか?‥‥面白い‥‥逃げるぞスー!」

 ガッチリと手をつながれたスーは、引きずられる様に元来た道を走る。

 ”へへへ、待ちなよっ!”

 後ろから響く下品な声に、耳を塞ぐ。

 ”GIAAAAAA!”

 目を瞑ったスーの頭の中で、おってくるチンピラ達は化け物と化していた。

 ”GIHA!、GIHA!”

「くそー、まずいな、このままでは追いつかれる」

 追いすがる獣の軍団に、アルフレッドは舌打ちした。

「スー、リュックを開けてあいいつらに中身を投げろ!」

「‥‥はぁはぁ‥‥何?‥‥突然」

「いいから!」

 走りながらリュックに手を突っ込む。何かぎっしりと硬くて小さな物が当たる感触があった。

 スーは一掴みして、後ろにばらまく。それは金色の丸いもの‥‥金貨であった。

「‥‥ええっ!」

 投げた本人のスーが驚く。

「な、何であんな」

「目眩ましにはなるな」

 ”UOOOOOOO!”

 チンピラ達は先を争って落ちた金貨を拾い出す。

「投げた本人を狙えばいいのに‥‥馬鹿だね」

「笑ってる場合じゃないの、早く!」

 二人は裏道へと曲がった。

「うおっ!」

 正面で四、五人の黒装束の男達とはち合わせた。

「も、もう一度!」

 スーは再び豆まきの要領で金貨をまく。

 ”HI、HI、HI!”

 そしてまたもや、金貨をめぐって殴り合いの喧嘩が始まる。

「やめんか馬鹿者が!」

 男達の首領らしき太っ腹の男が、ピリピリ!と持っていた笛を鳴らした。

「まったく、お前達には警察官としての誇りがないのか」

「‥‥え、警察?」

「そうだ。我々はコットン警察の者だ」

 男は今だ騒いでいる警察官達の側を抜けてアルフレッド達に近寄った。

「私はデネブ警部」

「デブデフ?‥‥なるほど」

 アルフレッドは、くわっ!と目を見開いてとデネブ警部の腹に耳を当てた。

「ほほう、こりゃまたご立派な‥‥:ケリガンも真っ青だね」

 医者の様に、手を叩くとポコポコと音が鳴った。

「‥‥む‥‥むむむむ‥‥」

 デネブはこめかみに血管を浮き上がらせ、怒りを押し殺している。

「もう、お兄ちゃん!」

「ぐおっ!」

 スーは余計な事を喋り続けるアルフレッドの鳩尾に当て身を喰らわせた。

「‥‥えへへへへ‥‥あ、あの、私達は決して怪しいものでは‥‥」

 兄を抱えながら、スーは『えへ』と笑った。

「う、嘘をつけ!、お前達以上に怪しい奴な ど滅多におらんわ!」

 秩序を回復した他の警察官達は、警棒を抜いて二人を遠巻きに取り囲む。

 ”GUHIHIHI!”

「ち、違うんです!、私達は‥‥変な人達に 追われて逃げてて‥‥」

「だからお前達が一番、変なんだ!」

「‥‥えぇ!‥‥えっと‥‥つまり‥‥私達、警察署に行きたいんです」

「‥‥署へ?‥‥何でだ?」

「その‥‥ラクサンティスという人を探してて、その事についてお話を伺いたくて‥‥」

「んー? ああ、あれか」

 デネブ警部は、スーに顔を近づけジーっと顔を睨む。スーはただ『えへへ』と口を開けたまま笑顔を張り付かせていた。

「むぅ、君の名前は?」

 警部の目が血走っている。

「ス、スーシェリエン、セントバイヤー」

「歳は?」

「えっ!‥‥その‥‥十五‥‥」

「ほう‥‥」

 急に警部の顔が緩んだ。

「すると学生か‥‥十五とはまた旬な時期‥‥いや、これは失礼した」

 緩んで更に『ニタ~』と、崩れ始めた。

「‥‥分かった、私と一緒に署に行こうじゃないか」

「ありがとうございます」

 スーはお辞儀をした。

「いやいや、このコットンの町を守るのが私の役目‥‥所でそこの妙な男は?」

「兄ですが‥‥」

「‥‥そうか、そうか、ならば結構‥‥それでは行こうか」

「‥‥はあ‥‥」

 デネブ警部はニコニコとスーの手を両手で握る。アルフレッドは警官達に担がれ、町の中心部にある署に入った。

 教会を思わせる天井の高いホールを挟んで左右に通路が伸びている。そこの一つ一つに部屋があるとすれば、この署全体でどの程度の大きさになるのか、スーには見当もつかなかった。

 大きな通路を警官らしき人と何人もすれ違う。私服の人も混じっていた。

「すごいですね」

「そうだろう、そうだろう!」

 スーが誉めると、警部は満面の笑みを浮かべた。

「コットン警察の署員は三百人もいる。規模で言えば、このレーデルランドで一番だ」

「でも、町は荒んでますよね」

「‥‥ん‥‥まあな」

 痛い所を突かれて、デネブ警部は顔をしかめた。



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