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辺境伯

 場所を決め、兄弟の家を建てているところに王からの使者が来たと連絡があった。まだこの村に帰ってきて一日しか経っていない。使者はクオ・ヴァディス達が王都を発って間もなく派遣されたということだ。


「クオさん、王都から使いの方が来たそうですよ」


 マリルがクオ・ヴァディス達のいる場所にやってきた。家を建てているのはアリエッタの手配した大工達だが、大工であるルドルフも手伝いを申し出ていた。ロイも自分が住む家だからと手伝おうとしたが、ここは本業に任せてくれと言われてしまった。クオ・ヴァディスも同様に手伝いを断られたため、二人して所在なく立っていたところだ。


 村の入り口に向かうと、想像していたよりも大勢の人間が集まってワイワイと騒いでいる。どうやら王の使者が村人達にクオ・ヴァディス達の武勇伝を伝えているらしく、ときおり歓声が上がったりしている。孤狼斬という単語が子供達の口から飛び出しているのは、二体の悪魔を葬った武技だからだ。こういう分かりやすい必殺技のようなものに子供が憧れて真似をするのは万国共通だ。恐らく王国中でずっと語り継がれる最も有名な武技になるだろうとクオ・ヴァディスは予想している。


「あれが陛下の使いか。ずいぶんと賑やかだね」


「なんであんなに盛り上がってるんだよ……おっさんに褒美を渡しに来ただけだろ」


 クオ・ヴァディスは自分の活躍を他人が噂している状況には慣れっこだったが、ロイはどことなく気恥ずかしい様子だ。


「これからはどこに行っても自分の武勇伝を聞くことになるぞ、すぐに慣れるさ」


 笑いながらロイの肩を叩く。そうしていると村人達が彼等の到着に気付いた。


「おっ、主役の登場だ!」


 使者はクオ・ヴァディスに会いに来たのだから確かに主役だが、なんとなく不穏な響きを感じるクオ・ヴァディスである。


「クオ・ヴァディス様! お久しぶりです」


 そこに人混みをかき分けるようにしてやってきたのはインソニアだった。少し遅れてコロゾフもやってくる。久しぶりというには最後に顔を合わせてから数日しか経っていないが、インソニアはすぐにでもクオ・ヴァディスに会いたいと思っていたのだ。


「陛下よりクオ・ヴァディス様に宛てた書状を授かっています」


 コロゾフが懐から王の封印が施された書簡を取り出した。クオ・ヴァディスは何度も見たことがあるので分かる、王から貴族等へ差し出される正式な任命書だ。主に爵位を授け、領地を与える時に出されるものである。これを受け取った者は後ほど叙任式を経て貴族の爵位を手に入れる。もちろんクオ・ヴァディスは爵位なんて求めていないのでこの書簡を見た瞬間に顔をしかめた。とはいえ全く予想していなかったわけではない。常識的に考えて、今の王から国を救った英雄に対して出せる褒美といえば金銀財宝なんかではなく貴族の爵位というのが妥当なところだろう。問題は領地だが、それもだいたい想像がつく。


「では中をあらためさせて貰うよ」


 コロゾフから封書を受け取り、封を開ける。すると中には形式も何もない、セリア二世からの私信らしき手紙が入っていた。


『パルミーノよ、あえてここではこの名で呼ばせてもらう。この名でそなたを呼ぶのはこの手紙が最後だろう。

 余はそなたに酷い仕打ちを何度も繰り返してきた。きっとそなたは余を恨んでいるに違いない。思えば余が幼き頃よりそなたは亡き先王に代わり余の傍に立ち、多くのことを教えてきてくれた。さぞかし苦労したことだろう。

 余はそなたのことが大嫌いだったのだ。だがその理由はそなたには無い。余が自分自身の望む姿になれなかったこと、すなわちそなたのようになれなかったことに対する怒りをそなたにぶつけてしまっていたのだ。実に幼稚で、愚かな行動だった。

 許してくれとは言わぬ。一生涯余を憎んでくれて構わぬ。それだけのことをしたのだから。

 だが、そんな酷い仕打ちを受けてもそなたは国難に立ち上がり、仲間を集め強大な敵を討ち果たしてくれた。ひとえにそなたのベリアーレ王国に対する尽きぬ忠誠心フィデリタスによるものだろう。だから、これからも余ではなくベリアーレ王国のためにその力を使って欲しい。

 そなたはきっと、余がこのような頼みをしなくてもこの国を守るために行動しているだろう。テルミノ村を己の居場所と決めたのも、国境付近の守りを固めて更なる帝国の侵略を防ごうと考えているのではないか。

 だからこそ、そなたにはテルミノ村、旧ホルド村、イメディオの町を含む国境付近の領地を治める辺境伯の爵位を授ける。

 そなたは望まぬ地位かも知れぬが、これを断ることはないと信じている。何故ならそなたが辺境伯としてその地を治めることこそが、ベリアーレ王国を敵国の脅威から守る最良の手段だからである。これは余の独断ではない。そなたの忠言通りに大臣のセルゲイ・イワンコフとアントニオ将軍の意見を聞いて決めたことだ。

 なお、魔術師インソニアと兵長コロゾフには本人達の希望もありそなたの部下として仕えることを命じた。ロイ、ルドルフの両名ともども辺境伯の補佐として全力をもって務めるであろう』


 手紙に目を通し、ため息をつくクオ・ヴァディスだった。


「完全に全て決められているじゃないか。断ることも出来ないように念押ししてまで。まったく、陛下も人が悪い」


「ふふっ、納得いただけたならこちらをどうぞ」


 するとインソニアが嬉しそうな顔でもう一つの書簡を手渡してきた。こちらは形式通りにクオ・ヴァディスを辺境伯としてこの一帯の領地を与えると示す書状が入っていた。


「これを受け取ったら、もう逃げ場はないな……だが陛下は一つ勘違いをしておられる。私は陛下のことを憎んでなどいないよ」


 そう言って書状を受け取るクオ・ヴァディスに、マリルや村人達が不思議そうな顔を向けた。


「陛下を憎んでいない、とはどういったことでしょうか?」


 クオ・ヴァディスは王都で仕えていた貴族に放逐されたという建前でこの村に住み着いたのだ。察しの良いマリルはクオ・ヴァディスの正体に気が付いたが、それでもあえて尋ねた。真実を彼の口から聞きたいがために。


 クオ・ヴァディスにとっても、もはや過去を隠す必要はない。もう国王に知られて許されているのだから。それにこの村も含む地方の領主になることが避けられない以上彼等が納得して従ってくれた方がいいだろう。村人達とは対等な関係でいたかったが、こればっかりは仕方がない。客観的に見て救国の英雄がそれなりの地位に引き上げられない方がむしろ国民達の失望を買うだろう。


「私は以前国王セリア二世より無実の罪に問われて国を追われたパルミーノ・アル・カドーレです。コロゾフの計らいでこの村に住むことになりましたが、追放された人間が国内に留まっているのは問題なのでクオ・ヴァディスと名を変えました。私個人の気持ちとしては過去を捨てて新しい人生を歩むつもりだったのですが……今回のことがあって考えを変えました」


 クオ・ヴァディスがパルミーノであると明かしても驚く者はいない。半数のものは既に察していたし、今初めて知った者も道理でこんな出来の良い人間がやってきたわけだと納得するのだった。


「それでは、これからはパルミーノ様とお呼びすればよろしいでしょうか?」


「いえ、今まで通りに呼んでください。パルミーノの名はもう捨てました。陛下からもクオ・ヴァディスの名で辺境伯に任ずると命がありました」


 マリルが他人行儀な話し方になって少し寂しく感じたクオ・ヴァディスは、せめて呼び名はこれまで通り「クオさん」のままにして欲しいと思ったが、そう言ってもきっと彼女のことだから「クオ様」と呼ぶのだろうな、と思い少し悲しくなった。


「おっさん領主になるのか、大変だな。しっかり治めてくれよ」


「何を他人事のように言っているんだ、ロイ。君もルドルフも私の補佐をするようにとの陛下からのお達しだ」


「ええ、なんか面倒くさそうだな」


 ロイが話し方を変えないので(単に言葉遣いを知らないだけだが)ホッとしたクオ・ヴァディスは笑顔でその肩を叩く。


「心配しなくても、私が仕事のことを教えますよ」


 上機嫌のインソニアが近寄ってきてロイに話しかけると、クオ・ヴァディスは彼女に尋ねた。


「インソニア、君は王宮に努めていなくていいのかい? イメディオが地元とはいえ」


「何を言っているんですか、私とロイさん、ルドルフさんの三人が揃っていないと、クオ・ヴァディス様がまた悪魔と戦うことになったら困るでしょう?」


 クオ・ヴァディスの武技は必要な能力の持ち主が近くにいないと使えない。確かに悪魔をけしかけてくる帝国に睨みを利かせる役目なのだから、インソニアの言う通りだが、彼女の態度からはそういう使命感のようなものはあまり感じられないのでなんとなく違和感を覚えるクオ・ヴァディスだった。インソニアは憧れの男性の傍にいたいという思いのみでやってきたので当然なのだが。余談だが、彼女がクオ・ヴァディスの補佐につくことを提案したのはセリア二世である。インソニアの態度を見ていて、その気持ちを察したのだ。クオ・ヴァディスよりも女性の気持ちが分かる国王だった。


 そんなクオ・ヴァディスとロイ、インソニアの親し気なやりとりを少し離れたところから見ているマリルは、頼りにしていて、約束を守って無事に帰ってきてくれた「クオさん」がずっと遠くに行ってしまったように感じていた。辺境伯としてこの一帯を治めるようになるというのだから、物理的な距離はそれほど遠く離れることはないだろう。だが、お互いの立場はただの村人と大貴族という、全く違う場所に行ってしまったのだ。住む世界が違う。きっと顔を合わせれば今までと変わらない気さくな笑顔で挨拶を交わしてくれるだろう。それでもやはり心の距離が違うのだ。


「ヒッヒッヒ……辺境伯様ともなれば立派なお屋敷に住まないとねえ。面子ってものもあるし」


 そこに、どこからやってきたのかアリエッタがマリルの背後に立ち、彼女の肩越しにクオ・ヴァディスへ話しかけた。クオ・ヴァディスは渋い顔をしながらも「まあ、対外的な体面は大事ですね」とアリエッタの提案に同意する。並び立つインソニアやロイ、コロゾフも賛同するように頷いた。


 すると、アリエッタがマリルの腕を掴んで引っ張りながらクオ・ヴァディスに近づいていく。彼女の意図が分からずに戸惑うマリルだったが、そんな村娘をクオ・ヴァディスの前に突き出しながらこの雑貨屋の老婆は言葉を続けた。


「貴族の屋敷には使用人がいるだろう、この娘に仕事を与えてやんなさいよ」


「え、ええっ?」


 意外な提案に戸惑うマリルだが、クオ・ヴァディスは「なるほど」と顎に手を当て納得したように頷いた。


「マリルさんが嫌でなければ、お願いしたいですね。危険な森に入って薬草を採るよりはずっと安全に暮らせると思いますよ」


 クオ・ヴァディスはマリルの生業が危険だと常々思っていたので、このアリエッタの提案は非常に良いものだと思っていた。使用人の仕事はこれまでとは毛色の違うものになるだろうが、魔獣に襲われる危険もないし薬草を売るよりは多くの収入を与えることができる。


 アリエッタはマリルの耳元に口を近づけて「あの人は相当な朴念仁だからね、あんたからガンガン攻めていきなよ」などと囁いてその場を離れていった。


「……はい、よろしくお願いします」


 そうマリルがクオ・ヴァディスに返事をすると、インソニアはどことなく不満そうにしているが他の者達は皆笑顔で彼女の新しい仕事を応援するのだった。


◇◆◇


 しばらくして、ベリアーレ王国のブリテイン帝国との国境沿いに領地を持つ辺境伯クオ・ヴァディスが誕生した。彼は頼りになる部下と共に他国の侵入を監視し、ベリアーレ王国の平和と発展に貢献し続けるのだった。

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