クオ・ヴァディスとロイ、ルドルフの三人がテルミノ村に帰ってくると、村人達が総出で出迎えてくれた。彼等の活躍は既にアリエッタ経由で村中に広まっている。国を救った英雄達の帰還を祝うために村の至る所に女神を讃える飾り物が設置されていて、クオ・ヴァディスはちょっと複雑な気分になった。
「クオさん、おかえりなさい!」
「ただいま、マリルさん」
マリルが零れ落ちそうな笑顔で迎えてくれる。クオ・ヴァディスも笑顔で応える。マリルが誤解してクオ・ヴァディスのことを送り出さなかったら、この国は帝国に占領されていたかもしれない。あの、ほんのわずかなすれ違いが一国の命運を分けたのだ。
「ロイさん、おかえりなさい。ルドルフさん、良かったですね」
続けてルドルフが見事に目的を果たしてロイを救出できたことを祝福する。あの時のルドルフは完全に希望を失っていたし、マリルもロイは死んでいるものだと思っていた。マリルだけではない、誰一人として、ロイの生存を信じていた者はいなかったのだ。悪魔に身体を奪われたことで生還を果たしたというのは皮肉なものだ。
「ああ、やったぞー!」
「おう、久しぶりだな嬢ちゃん」
ルドルフは元気よく応えたが、ロイは自分のことで多くの人に心配をかけてしまったことや悪魔に乗っ取られていたとはいえ自分の腕で多くの人の命を奪ってしまったことを後ろめたく思っている。マリルに対してもどことなく暗い反応をしてしまった。いつもこの村にやってきた時の態度を見てきたマリルや他の村人達には、彼が気落ちしていることが容易に伝わる。そんなロイになんと声をかけたものかと村人達が戸惑っていると、一人の老婆が人垣の中から歩み出て彼に声をかけた。
「どうしたんだい、落ち込んじまって。あんたらしくないよ、ロイ。あんたも悪魔を一匹ぶっ殺したんだろう? いつものように胸を張りなよ、国を救った英雄なんだからさ」
雑貨屋のアリエッタはこの村でも特にロイと仲の良い人物だ。イメディオの町で彼が悪魔の手から救い出されたと生存者からの報告で知った時は、人知れず祝杯を挙げていた。アリエッタに胸を小突かれたロイは、やっと〝家〟に帰ってきたように感じてふうと息を吐いた。
「心配かけてすまなかったな、ばあさん」
ロイが笑顔を見せると、アリエッタも笑顔になって村の地図を渡す。
「この村に住むだろ? 好きな場所を選びな、すぐに家を建ててやるから」
「いいのか?」
ロイとルドルフは自分達を受け入れてくれる場所があるならそこに定住したいとは以前から思っていた。人付き合いの下手な彼等は受け入れてもらえる場所を見つけられずにいたが、テルミノ村でクオ・ヴァディスと出会い、村人達ともいくらか交流できるようになった。皆が受け入れてくれるなら……と考えてはいるが、仲が良いと言えるのはクオ・ヴァディスとアリエッタぐらいだ。いくら悪魔を退治して救国の英雄と持ち上げられても、住民として受け入れられるかは別の話。こんなにすんなりと居住を提案されてもにわかには信じられない。アリエッタの独断という可能性もある。
「儂からもぜひお願いしたい。いつも村を助けてくれるあなた方がここに住んでくれたら、皆も安心して暮らせるじゃろう」
村長のベンタスが前に出てそう言うと、村人達も口々に賛同の意思表示をした。ロイとルドルフが一度も言葉を交わしていない村人も笑顔で賛成していることに少なからず驚きを覚えるロイだったが、その様子を見たアリエッタがロイの肩を叩いた。
「わざわざ言葉を交わさなくても、きっちり仕事をしている人間のことは好ましく思うもんさ。見てる人は見てる。まあ、礼儀作法も覚えていった方がいいだろうね、これからは特に……ヒッヒッヒ」
「なんだよ、その不気味な笑いは。この村に住んだら何かあるのか?」
「この村に住んだら、じゃないね。あんたはもう国の英雄なんだ。望もうが望むまいが関係なく国の重要人物になんのさ。貴族と会話することも増える」
今まで考えもしていなかったことをアリエッタに指摘され、どんなモンスターと戦うよりも恐ろしい未来が待っていることを知ったロイが顔を青くする。ルドルフが「大変だなーアニキ」と他人事のように言うので、「お前もだよ!」と頭をはたいて兄弟で震えているのを大笑いしながら慰めるクオ・ヴァディスだった。
「私も若い頃は死にそうな顔をして礼儀作法を学んだもんだよ。出来る限りのことは教えるから頑張ろう」
「ヒッヒッヒ……あんたはまた別の苦労があるだろうけどね。色男は辛いねぇ」
「えっ?」
アリエッタが意味深な言葉をクオ・ヴァディスに投げかけ、ニヤニヤと笑っている。彼女は何を知っているのだろうかと不安になるが、とりあえずは村人達に一通り挨拶を済ませると、三人でクオ・ヴァディスの家に帰りロイとルドルフの新しい家をどこにするか話し合うことにした。
「ただ住むだけならどこでもいいが、話し合うってんなら何か考えがあるんだろ、おっさん?」
「そうだね、村の人達の前ではあまり大っぴらに言えないから私の家に来てもらったんだが、はっきり言えば今後敵国が攻めてきた時のことを考えて交代で見張りをしたいと考えているんだ」
「なるほどー!」
今回の侵略は多くの幸運も重なり辛くも撃退することができたが、ブリテイン帝国がこの国を諦めるとは思えない。他にも多くの野心ある国がベリアーレ王国の周りを囲んでいる以上、国境線全てを王国軍が監視・防衛するわけにもいかないのが現実だ。そうなれば、やはり現地民が敵国の動きに目を光らせていくしかない。
「それじゃあ、なるべく見回りに出やすい場所がいいな。いざという時ばあさんの店に行きやすいとなおいい」
「うん。アリエッタさんには王都へ連絡をしてもらう必要があるから最優先だろう」
「だったらここがいいんじゃないかー?」
クオ・ヴァディスとロイの会話を聞いていたルドルフが地図上の一点を指差す。そこを一つ目の候補地として、他にいい場所がないかも調べるために村を見て回ることにする。外はもう冬が来ていて肌寒い。厚着をして村を歩き回っていると、マリルが子供達と共に声をかけてきた。
「ロイさん達の家を建てるんですね?」
「どこに住むのー?」
「今日は場所を決めるために村を見て回っているんです。向こうの森に出やすい活動拠点になるような場所がいいって話していましてね」
「あっ……」
クオ・ヴァディスが指差した方向を見て、その意図を察したマリルは三人に森への抜け道を教えようと案内を買って出る。子供達は無邪気に駆け回りながら一緒についてきた。
「ここからすぐに森へ出られるんですよ」
「へえ、獣道みたいになってるけど歩きやすそうだ。よく使ってんのか?」
「森に入って薬草を探すのが私の仕事ですから」
「すごいなー」
そんな会話を聞きながら、クオ・ヴァディスは彼女が案内した抜け道を見て自分達の意図を察したのだと気付いた。この娘はよく気が付くし思いやりも深い。子供の面倒もよく見ているし、度胸もある。将来は肝っ玉母さんかな、等と呑気なことを考え、そんな物思いに耽っていられる平和な時間がとても大切なものだと感じていた。この平和を守らねばならない。それが自分の第二の人生で果たすべき役割なのだ。