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群狼の統率者

 意識が戻ると、コロゾフから剣を受け取っている状態に戻っていた。確かに時間は経っていないようだ。クオ・ヴァディスは鍛冶神カリュプスから聞いた話と授かった力を頭の中で反復する。


「この剣で悪魔を打ち倒して見せましょう」


 クオ・ヴァディスは自信ありげにそう言ってディアボルサイドを鞘から抜き、頭上に掲げた。クオ・ヴァディスが武技を使えないと知っている人間はその行動に首を傾げたが、ルドルフだけが「もしかして!」と目を輝かせた。


「楽しそうにしているところ悪いが、そろそろ決着をつけないかね?」


 そこに声がかかる。フラウダートルがやってきたのだ。クオ・ヴァディスを始め、先ほどまで交戦していた面々は即座に声の主とその目的を理解し、武器を構える。セリア二世と親衛隊は何が現れたのかと周囲を見回した。


「大した魔術師がいたものだが、せっかく逃げても国王と合流したのではあまり意味がないのではないかね」


 フラウダートルは空から降りてきた。大きな人型の身体に蝙蝠の羽を持つ漆黒のモンスターを見た国王は悲鳴を上げるが、その前に立ち塞がったクオ・ヴァディスが自信に満ちあふれた顔でフラウダートルに話しかける。


「いいや、大きな意味があったよ。お前を倒せる力を得たからな」


 その言葉を聞いたフラウダートルは目を細め、腕を組んで真剣な表情を見せる。


「ほう、武技を使う力に目覚めたのか? ずいぶんと遅咲きだな。だがどんな技を覚えようと、お前が人間である限り絶対的な弱点は覆せないぞ。無意味な覚醒だったな」


 フラウダートルは相手の宣言を聞いてから対応策を実行する。武技の名前を宣言しないといけないルールがある以上、確かに人間の身でフラウダートルを仕留めるのは困難を極めるだろう。だがクオ・ヴァディスは不敵な笑みを見せる。


「じゃあ試してみるか。『疾風乱舞』!」


「なっ!?」


 フラウダートルは相手の宣言する武技名を聞いて対処する。だからこそ、予想もしていなかった技の名を聞いて動揺が隠せなかった。身を縮め、両腕と羽で急所を隠す。その身を十数回斬りつけたクオ・ヴァディスがまた地面に降り立つと、フラウダートルの身体から黒い血が流れた。


「ちゃんと斬れるようだな」


 剣をクルクルと回しながら挑発的に言葉を投げかけるクオ・ヴァディスに、フラウダートルのみならずその場にいた全員が目を見開いて驚愕の感情をあらわにした。


「なぜ……他人の武技が使える?」


「へえ、お前達は神との戦いであらゆる武技を見てきたんじゃないのか」


――お前の力は『群狼の統率者』と呼ばれるものだ。


 カリュプスの言葉が思い出される。説明を聞いた時、なるほどこれは今でなければ目覚める意味がないと理解した。女神に対する不満も引っ込めなくてはならなかった。嫌われているという話とその理由についてはどこまでも不満ではあったが。


「ではこれでどうだ、『三段突き』」


 目にも止まらぬ速さで名剣ディアボルサイドによる三箇所への刺突攻撃がフラウダートルを襲うが、今度は防御態勢を取らない。眉間・喉・鳩尾を突いた剣先はそこで止まり、悪魔の身体にはわずかな傷しかつかなかった。


「ふん、どんな手品を使ったか知らんが意表を突かれなければ同じことだ。お前は最初の武技で吾輩を仕留めるべきだった」


「そうかい、『破魔狼吠』!」


「!!」


 フラウダートルが発動を止めようとクオ・ヴァディスに接近する。しかしそれをいなして咆哮を浴びせ、悪魔の身体を地面に倒して剣を背中に突き付ける。


「手品を使っているのはお前だろう。悪魔フラウダートルの特殊能力は肉体の変換。お前は敵が有効な攻撃をしてきた時に肉体を鋼のようなものに変えて防いだが、その身体では動けない。肉体を変換しても傷は残り、わずかについた傷を相手に見せることで肉体の変換を疑わせにくくした。回復するのは元の肉体の時だけだろう。何体も出した分身は自分の姿に似せた眷属の悪魔で、分身ではないので全てが自分とその眷属の本体というわけだ。違うか?」


「……ククク。そうだとして、どうやって吾輩を倒すというのだ? お前は他人の武技を使えるが、結局は宣言しなければ使えない以上吾輩の力を封じながら武技の攻撃技で止めを刺すことはできない」


――結局フラウダートルに使う技を教えるから意味がないと思うだろう? まあ、仲間と協力すればいい話ではあるんだが。実はそれだけじゃない。


 クオ・ヴァディスがフラウダートルの力を封じている間に他の仲間が武技で攻撃すれば解決する話だが、当然そんなことはフラウダートルも分かっているので、クオ・ヴァディスが破魔狼吠を使ったら他の人間の動きに注意して攻撃してくる者を反撃で倒してしまうだろう。人海戦術でどうにかできるかもしれないが、確実に犠牲者が出るような戦術は使いたくない。


「心配するな、お前は私が仕留める。インデュオ!」


 クオ・ヴァディスが呪文を唱えると、ディアボルサイドの刀身に淡い魔力の光が宿る。


「魔法だと? なぜ魔術師ではないお前が魔法を使えるのだ!」


 過去の歴史上、武技を魔術師が使ったという事実はない。武技の使い手が魔法を覚えたこともない。試した者は数えきれないほどいるが、実現できたものはただの一人も存在しないのだ。だから、しもの悪魔といえど武技と魔法を同時に使ってくる相手を想定して戦うことはなかった。


「インソニア、あれはどういう魔法だ?」


 ロイが尋ねると、インソニアは困惑した表情を見せる。


「あれは武器に魔法の力を宿らせる魔法です。直前に使った魔法と同じ効果を武器に持たせるのですが……」


 クオ・ヴァディスはここまでに何の魔法も使っていない。いったいどんな効果が剣に宿ったのかと不思議に思うインソニアだったが、ルドルフがポツリと呟いた。


「女神の力って魔法かー?」


「……まさか!」


――お前がいくつかの武技を見せてやれば、誰もがお前の力を「他人の武技を使う能力」だと思い込むだろう。だからこの最も重要な仕込みを妨害する発想にはならないはずだ。


「悪魔フラウダートルよ、お前は私が武技を使って見せたことで武技にしか注意を払わなかった。私が魔法を使ったら何が起こるのか、ことここに至っても未だ理解が及んでいないようだな」


 クオ・ヴァディスの言葉に不吉なものを感じたフラウダートルが力一杯に地面を叩き、飛び上がって羽を広げる。空を飛んで逃げようというのだ。だが、すぐにクオ・ヴァディスが反応した。


「終わりだ、『孤狼斬』!」


 元々圧倒的な速さと強さを誇るクオ・ヴァディスが、更に女神の力で強化され不可避の斬撃を悪魔の身体に叩き込んだ。刀身には悪魔の肉体変換を封じる武技の力が宿っている。フラウダートルにこの攻撃を防ぐすべは存在しなかった。


――お前の能力はお前を心から慕う者が持つ、あらゆる能力を使えるというもんだ。魔法も含めてな。その代わりに能力を借りる相手はすぐ近くにいる必要があるが、まあ大した制約でもないだろ。絆の力ってやつだな。


「これまでの歩みの全てが、私と共に歩んでくれた仲間達の力が、私にお前を倒す力を授けてくれたのだ。悪魔フラウダートルよ、この世から消え去るがいい!」


「馬鹿な……この吾輩が……人間ごときに」


 クオ・ヴァディスに両断された邪悪なモンスターは、断末魔の叫びを上げることもなく黒い霧となり、空気中に散らばるように消えていくのだった。

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