目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

悪魔殺しの剣

 またクオ・ヴァディスの目に映る景色が変化した。視線を巡らせるが、今度は周りに誰もいない。周囲はゴツゴツとした岩の壁に囲まれているので、どこかの洞窟にでも移動したのかと考える。


「心配するな、ここはお前の頭の中だ。お前自身はあの場所から一歩も動いてないし、時間も進んでない」


 先ほど頭に響いた声が、今度ははっきりと耳から聞こえてくる。だが声の主はどこにも見当たらない。


「頭の中? 心象風景というやつか。私の意識は暗い洞窟の中にあるというわけだ」


「ハハッ、そんな心理テストみたいなことはしないさ。これは俺が見せている風景だ」


 どうやらこの状況は幻覚によるものらしいということが分かった。害意は感じないので、ここは大人しく話を聞くべきだろうと判断したクオ・ヴァディスは、声の主に話しかける。


「それであなたはいったい何者なのですか?」


 少なくとも、話に聞く女神の声ではない。状況からして剣が話しかけてきたようにも思えるが、かつて幾度となく振るってきた剣が今になって突然饒舌になるというのもおかしな話だ。


「神だよ、神。俺は鍛冶神カリュプス。ご明察の通り剣が話しかけているわけじゃあないが、自分が打った剣を通じてしか人間に話しかけられないのさ」


 ずいぶんとフランクな神だが、なるほどこの名剣は鍛冶神が鍛えたものなのかと納得した。道理で他の剣とはまるで違う輝きを持っているわけだ。


「なぜ今カリュプス様が私に話しかけてくださったのでしょうか?」


「そりゃあおめえ、今こそその身に宿る力を目覚めさせる時だからだよ」


 どうやら皆が女神に武技を授かるのと同じ状況らしい。なぜ自分だけレガリスではなくカリュプスが話しかけてくるのかと疑問に思わずにいられない。本当に女神に嫌われていたのかもしれない。


「ああ、そうさ。女神はお前のように泥臭く努力する男が嫌いなんだとよ。生まれつきの才能で何でもこなす、キラキラした優男がお好みときた。まったく女ってやつぁ、男を見る目がないよな。努力や根性の美学ってもんを何もわかっちゃいねぇ」


「はあ」


 何とも人間臭い話を神から聞かされ、呆気にとられる。神なのに神々しさの欠片もない。そんな裏事情は聞きたくなかった。


「まあ、タイミングの問題もあらぁな。お前の力はあまりに特殊過ぎて平時には何の役にも立たない。実際今まで武技なんて必要なかったろ?」


「それはまあ、そうですが」


 確かに、自分は今回悪魔と戦うことになるまで武技なんてものを必要としていなかった。ただ才能の証明書として欲していただけにすぎない。そして今は凶悪な悪魔フラウダートルがこの国を乗っ取ろうとしている未曽有の危機で、奴に有効な攻撃手段を心から欲している。


「フラウダートルか……あいつのパフォーマンスに騙されんなよ? なんたって詐欺師フラウダートルだからな。あいつの言葉も、行動も、表情から身体につける傷の一つ一つまで、全てが相手を騙すための仕込みだ」


 悪魔フラウダートルの情報。そういえば悪魔達は実際に神々と戦った者達なのだから、神は悪魔のことをよく知っていて当然だ。確かにフラウダートルと接触して、常に違和感を覚え続けていた。何か裏がありそうだと。不自然な動きにも気付いたが、まだその理由がはっきりとは分かっていない。やはり騙されていたのだろう。となれば、あの悪魔は思ったほど強くないのかもしれない。


「悪魔は神に負けた連中だ。そんな奴等に神の力が効かないなんてことはあり得ねぇ。あいつが何を一番警戒していたか、どんな時に余裕の表情で攻撃を受けていたか、よく思い出せ」


 ロイが指摘していた、フラウダートルの矛盾行動。その辺に答えがあることは分かる。それと紛らわしいのが召喚主を攻撃された時の焦り方だろう。あれは実際にティアルトを殺されると地の底に戻されるという意味もあるが、その後の行動を考えれば反逆の口実を作るための演技だったのかもしれない。奴を攻略する上で必要のない情報は排除し、隠された場所から必要な情報を探さなくてはならない。


「やはり決め手は『破魔狼吠』か……」


「おう、いいところに目を付けたな。あの技は悪魔にとっちゃ何よりも厄介だからな。あれであいつの手品を無効化してやればいい。分身がどうのという噂話は忘れろ。関係ない。だが、その難点もフラウダートルがご丁寧に解説してくれたな。どうすればいいと思う?」


 ルドルフの武技は、いや全ての武技において、フラウダートルに対処されてしまった最大の要因は宣言だ。まず使う技名を宣言しないといけない制約が、奴に何らかの対応をする時間を与えてしまっている。


「宣言せずに武技を使うことは出来ますか?」


「そりゃあ無理だ。人間が神の力を借りるんだからな」


 宣言は外せない。ならば……そうだ、一回やったではないか。クオ・ヴァディスは自分の行動を思い出した。


「あいつはルドルフの『破魔狼吠』を妨害するためにルドルフを攻撃する。それを私が防いでやれば武技の発動は出来ます」


「実際にやってたな。だがそれだけだと不十分だ。最善の手は『破魔狼吠』を使う本人があいつの妨害をものともしないことだ。避けちまえばいいんだよ、簡単だろ?」


 言うだけなら確かに簡単だ。だがそれがルドルフに出来るかと考えれば、難しいだろう。


「ですが、ルドルフの今の実力では」


「実力あるやつがいるじゃねえか、なあクオ・ヴァディスさんよ」


「えっ?」


「それじゃあ、これからお前さんの内に眠る力について教えてやろう。今までのは前振りってやつだ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?