ルドルフはフラウダートルの注意を引くために何ができるかと考えたが、何も思いつかない。元々考えるのは苦手だ。それに悪魔相手で有効な挑発行為は傷つけることのできる武技ぐらいなものだが、ルドルフが使える武技は攻撃技ではない。悪魔の特殊能力を無効化する咆哮も、相手が特殊能力を使っていなければ意味がない。
「あれー……あいつの特殊能力ってなんだったっけ」
「あん? フラウダートルのか? なんか分身を作ってどれが本体か分からなくするんだろ。お前の破魔狼吠をぶつけてやれよ。あれも本体だとか言っていたが、本当に嘘を吐かないのかも分からないだろ」
そういえばそんなことを言われていた、と思い出す。先ほどの質問にはよく分からない答えを返してきたが、武技で判別すれば問答は必要ない。ロイは悪魔が嘘を吐かないという伝承すら疑ってみせた。言われてみれば、確かめてもいないのに疑いもせずに信じるのはおかしな話だ。自分にはそんな発想ができなかった。さすがはアニキだと思いつつ、フラウダートルの注意を引く目的も兼ねて通りを駆け抜け、少し離れた場所から武技の宣言をする。
「いくぞー、『破魔狼吠』!」
ルドルフが武技の宣言をすると、技となる咆哮を上げる前にフラウダートルが高速移動をしてルドルフに肉薄し、腹部に右の拳を叩き込んだ。「ぐぅっ」とくぐもった苦し気な呻き声を上げて、ルドルフは地面に倒れ込む。
「厄介な技を使いますね。かつての戦争で、我々は神獣が使うその技に苦しめられました。ですが悲しいかな、人間は技名の宣言をしなくては武技を発動できない。厄介な技も発動する前にこうやって潰してしまうことができるのです」
フラウダートルの顔から笑みが消え、冷たい目でルドルフを見下ろす。そのままもう一度拳を振り上げた。ルドルフの破魔狼吠を厄介な技だと言ったのだ。このまま命を奪って使い手をこの世から消し去ろうと考えるのが当然の流れだ。
「食らえ、『孤狼斬』!」
ロイが宣言し、武技を発動する。その剣の向かう先は――ティアルト。
「なにっ!?」
フラウダートルの口から、初めて焦りの声が出る。ロイは目にも止まらぬ速さでティアルトに接近し斬りつけようとするが、その眼前にフラウダートルが現れてロイの剣を手で掴む。瞬間移動のようなものではない。ルドルフに攻撃をしようとしていたフラウダートルもそのままそこにいる。つまり伝説に語られる分身を生み出したのだ。だがそれも無制限とはいかないようで、ルドルフを攻撃しようとしていた方は動きが止まっている。
そこにクオ・ヴァディスが素早く駆け寄り、ルドルフを助け起こす。気付いたフラウダートルが拳を振るうが、ルドルフが戦斧で受け止めた。
「『破魔狼吠』!」
ルドルフがまた武技の宣言をした。フラウダートルはルドルフを攻撃して防がれた直後であり、隣にクオ・ヴァディスもいる。今度は妨害することができないと悟った彼は、両腕と翼を広げてルドルフの前に立つ。ルドルフの咆哮を真正面から受ける構えだ。
「うおおおおおお!」
ルドルフが吠える。それを横で見ていたクオ・ヴァディスは、フラウダートルの取った行動の意味を考えていた。悪魔は嘘を吐かないという原則に間違いがなければ、今目の前にいるフラウダートルは本体だ。となれば破魔狼吠を食らっても何もないはず。だからこそこうやって翼を開いて立ち塞がっている。向こう側でロイの剣を掴んでいるのは状況的にも分身であろうから、それを守るためと考えれば矛盾はない。
では、なぜさっきルドルフが破魔狼吠を使おうとした時に妨害した?
「困ったものですね……だから私も本体だと言っているじゃないですか」
ルドルフの咆哮を浴びても、フラウダートルの身体に変化はない。どうやらこいつは特殊能力で作られた分身ではないようだ。しかしいちいち言動に含みがある。あまりにも胡散臭い。何にせよクオ・ヴァディスとルドルフにはこの悪魔を倒す手立てがない。ロイの方は武技を止められたが、分身も掴んだ手から女神の力を受けて弱ったのか、攻撃を加えることもなく掴んだ剣ごとロイを振り回して遠くへ放り投げた。
「僕を狙うとは、考えたね」
そこにティアルトが杖を掲げて魔法を放つ。杖の先から雷が放たれるが、それよりわずかに速くインソニアの唱える呪文がロイの
「ムーラス!」
ロイの身体を覆うように球状の光が生まれる。魔力で作られた防壁だ。それがラルヴァの杖から放たれた光の筋を打ち消し、轟音が辺りに響いた。
「素晴らしい連携です」
フラウダートルがまた嫌味ったらしい賛辞を述べた。この発言を耳にしたクオ・ヴァディスは、直感的に自分達の仕掛けが全て防がれたのだと悟る。要するに彼等の今回の作戦は失敗に終わったということだ。そもそも頼みの綱であるアントニオ隊がまだ到着していないのに見つかってしまったのがもう失敗だったのだ。
「クオ・ヴァディス様!」
聞き覚えのある声と、大勢の足音が聞こえる。まさにそのアントニオ隊が、ついに駆け付けたのだ。あまり有益な情報を得ることができなかったが、ここからは数で押しきることも出来そうだ。なにせ彼等は精鋭だ。全員がフラウダートルの身体に傷をつけられる武技の使い手で、剣の腕もそこらの兵士とは比較にならない。そんなのが何十人もいて、今まさにけたたましい足音を響かせながらここにやってきたのだ。
ロイが走ってインソニアの隣に戻り、ルドルフとクオ・ヴァディスもフラウダートルの動きを牽制しながらそちらに向かう。二体のフラウダートルも死霊のティアルトも、妨害する様子もなく彼等を見送った。
「厄介な力を持った方達が集まってきてくださいましたね、召喚主様」
「ああ、手間が省けて助かるね」
フラウダートルは合体するように重なって一体となり、また笑みを浮かべている。ティアルトはずっと最初の位置から動いていない。やはり、こいつらには絶対の自信があるのだ。あれだけの数を前にしても負ける気はまったくないということだ。そう確信したクオ・ヴァディスは、フラウダートルの顔から笑みが消えた瞬間の様子を思い返すのだった。