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気持ち悪い悪魔

 ティアルトと悪魔フラウダートルは大通りにある初代国王セリア・ストームガルトの像を眺めている。


「こういうのを建てるのにどれだけの金と人手が必要なんだろうね」


「お金と人手は使えば使うほどいいのです。国が平民に食い扶持を与えているのですから」


 凶悪なモンスター二体の会話とは思えないような雑談が聞こえてきた。呑気な態度は余裕の現れか、と離れた場所から身を隠して様子をうかがうクオ・ヴァディスは警戒を強める。


「平民なんて搾取の対象でしかないだろ。民が働いて生み出した富を支配階級が徴収し、国を強くする。住んでる国が強ければ、平民は安心して暮らせる。弱い国の民なんてただ蹂躙されるだけさ……君達もそう思うでしょ?」


 ティアルトが明確にこちらへ意識を向け、話しかけてきた。そういえばホルド村でラルヴァが隠れた我々に気付いていたな、と思いながらクオ・ヴァディスは剣を構えながら道路上へと歩み出る。他の仲間達も後に続いた。


「やあ、ロイじゃないか。どうやってクレヴォーから身体を取り戻したんだい?」


「気付いたら助けられてたよ。あいつをぶっ殺したのは俺だけどな。それより俺はお前をぶっ殺したいんだがな?」


 ロイが剣の切っ先をティアルトに向ける。ローブから覗く顔は骸骨になっているが、あの魔術師であることは感覚で分かる。するとフラウダートルが大きな黒い身体を二人の間に割り込ませ、丁寧に頭を下げた。


「召喚主様を殺されては困りますよ、私はもうしばらくこちらの空気を吸っていたいものですから。それはそうと、あなたがあの下郎を仕留めてくださったのですね。奴は悪魔の一柱でありながら他の悪魔と敵対しようと目論んでいました。実に目障りだったので助かります」


 ペラペラとよどみなく喋る悪魔の姿に、ロイは困惑の表情を浮かべる。見た目からして人間離れしたモンスターが、自分よりもよほど上手く言葉を話すのだ。なんと返事していいのか分からない。


「悪魔フラウダートルよ、君がその魔術師をラルヴァに変えたと聞くが、それが彼との契約か?」


 すぐにクオ・ヴァディスが選手交代とばかりに会話の主導を奪って質問をする。相手は悪魔だ。悪魔を倒す手段があるとはいえ、戦いを挑むより会話で情報を引き出す方が優先だ。


「いいえ。契約の内容は私からはお教えできませんが、それは違うとだけはお伝えできます」


 返答は想定の範囲内だったが、とにかく話し方が気持ち悪い。邪悪な存在が丁寧な口調で話すとなぜこんなにも気持ち悪いのか。おそらく、何かを企んでいるだろうという警戒心を刺激するからだろうと思った。


「お前は本体かー?」


 ルドルフが先ほどの提案を自ら実践する。試してみるのは良いことだ。


「おや、私のことをいくらかご存知のようですね。しかし情報が正しくありません。私には本体とそれ以外という区別はありません。あえて言うなら私本体です」


 フラウダートルの答えは、少々予想と違った。これも嘘ではないはずであるので、内容について考察すれば、この悪魔はやはり伝説通りに複数の体を持っているのだろう。その上で、どれか一つの本体を倒せばいいという単純な話ではないということだ。


「そろそろ満足した? こちらもただ情報を与えるだけってのはあまり気分のいいものでもないし、始めようか」


 ティアルトが口を挟んできた。これは厄介だとクオ・ヴァディスはインソニアに目配せをした。いざとなったらすぐに逃げ出せるように準備を求めたのだ。相手が悪魔だけなら、質問を続ければ戦闘開始を先延ばしにできる。だがラルヴァのティアルトはこちらのお喋りに付き合う必要がないのだ。


「待って! あなたに質問です。帝国軍はあとどれくらいいるの?」


 インソニアがティアルトに質問する。悪魔ではない彼に答える義務はないが、とにかく少しでもアントニオが来るまでの時間稼ぎができればいいと考えた。


「だいたい一万ぐらい国境の近くで侵攻の準備をしているよ。ここで時間稼ぎをしたって、そっちが有利になることはないと思うなあ」


 ティアルトは律儀に答えつつ、話し終わらないうちに杖を掲げて魔法を使った。ラルヴァの特徴なのか、呪文のようなものは唱えない。杖を持った腕を伸ばしたところで、杖の先から氷の塊が無数に発射された。


「危ねえ!」


 勢いよく射出される氷弾は、道路の石畳を易易と穿っていく。ロイとルドルフは咄嗟に飛び退き、クオ・ヴァディスはインソニアを抱きかかえて壁の裏に飛び込んだ。


「素晴らしい反応速度です。警戒に値しますね」


 傍観者を気取るフラウダートルがパチパチと手を叩いて彼等を賞賛している。いちいち行動が腹立たしい。完全に侮られていると感じる。だがそれで怒りを覚えるより不安がわき起こってくるのだ。ラルヴァの魔法を一度見ただけで、ホルド村にいた個体とは比べものにならないほど強力な敵だと感じた。それよりも間違いなく悪魔であるフラウダートルの方が強いのだ。


「あいつは相手したくない。うまく引き剥がせないか?」


「あのラルヴァが使う魔法に対抗できるかい?」


 ロイは小声でルドルフと相談する。同時に壁の裏側ではクオ・ヴァディスはインソニアにラルヴァの魔法を防ぐ手段はないかと聞いていた。


「ふふふふ……」


 フラウダートルはただ不気味に笑いながら眺めるのみだ。

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