クオ・ヴァディスはアントニオから現状を確認している。どうにも王都のあちこちでモンスターが暴れており、各部隊が排除にかかっているのだが、未だに争いの音が減る様子がないということだ。アントニオ隊が実際に数体のモンスターを倒したが、そんなに苦戦するような敵とも思えなかったという。
「……一つ聞きたいんだが、武技が使える者は他の部隊にどれだけ配置されている?」
軍の編成はだいぶ変わっている。もしやと思い尋ねた。
「他の部隊には一人もいません。武技が使える者を一つの部隊にまとめて、王都防衛の中心となって動く役目を与えられたのです。とはいえ、武技が使えない兵士がそこまで弱いということも無いのですが」
「なんてことだ!」
予想通りの答えに、クオ・ヴァディスは天を仰いだ。話を聞いていたインソニアが急いで説明を始めた。早く彼等に対応してもらわなくては、被害が拡大するばかりだ。
「いけません! 王都で暴れているモンスターは間違いなく悪魔の一種です。悪魔には人間の攻撃が効きません。唯一、女神の力を使う武技だけが奴等に傷をつけることができるのです」
話を聞いた瞬間、精鋭達が指示も待たずに
「我々は空から行こう。手が足りないところから助けて回るんだ。インソニア、頼む」
クオ・ヴァディスはこの場に残っているロイ、ルドルフ、インソニア、そしてアントニオに方針を告げる。自分自身は武技が使えないので悪魔を倒すことはできないが、こういう時には年長者が率先して行動方針を明確にするのが一番スムーズに事が進むと経験から理解している。
インソニアの呼び出したペーガススに跨り、五人は空から王都で暴れる悪魔を探し始めた。
武技の使い手が退治に向かったことで王都の混乱は終息に向かい始めたが、街は酷い有様だった。至る所に住民や兵士の死体が散乱し、美しかった街並みはどこも破壊されボロボロだ。家族の亡骸にすがりついて号泣する人の姿もあちこちにある。
「ブリテイン帝国め……どこまで非道な連中なんだ」
住民を襲っていた悪魔を武技で仕留めたアントニオが怒りを込めて吐き捨てるように言うと、背後から声がかかった。
「ちょっと誤解があると思うんだけど、僕もここまでの惨状にするつもりじゃなかったよ。まさか武技を使える兵士を各部隊に配置していないとは思わなかったからね。おっしゃる通りに情なんかないけどさ、必要以上に死なれたら国を奪う旨みが減るだろ?」
振り返れば、グリュプスに乗っていた少年のような魔術師がいた。全身に黒い霧を纏い、ただ一人で道の中央に立っている。アントニオは剣を構え、魔術師を睨みつけた。
「見つけたぞ、侵略者の親玉め」
「ふふん、君が無事ってことはガリアーノはやられたのか。せっかく助け舟を出したっていうのに。まあいいけどね、僕にはまだとっておきの手駒があるから」
「『三段突き』!」
アントニオの武技は、一瞬でティアルトの眉間、喉、鳩尾を突き刺す。この技を避けた者は存在するが、食らって生き延びた者はいない。まさしく必殺の剣技だ。
「……くくく、効かないねえ」
だが、ティアルトの口からはアントニオを嘲笑う声が発せられた。確かに手応えがあったのだが、剣を突き刺した場所は黒く穴が開いて血も出ない。これは人間ではない、あるいは人の形をした〝何か〟だと確信したアントニオは飛び退いて距離を取る。
「人形を遠隔操作でもしているのか?」
「うーん、惜しい! いい線いってるけど、違うよ。正解はぁ……」
ティアルトの顔から、肉が零れ落ちていく。杖を持つ手も、ドロドロと肉が溶け、ポタポタと地面に落ちていく。次第に剥き出しとなっていく骨が、支える筋肉も無いのに人の形を保っている。
「不死者!」
「そう、僕自身がラルヴァになっていたのでした! アーッハッハッハ! それもただのラルヴァじゃないぞ、僕は死霊を統べる王になったのさ。悪魔フラウダートルの力でね!」
ラルヴァとなったティアルトの杖から雷が放たれる。アントニオは避けきれずに雷を食らって弾かれるように後方へ吹き飛ばされ、民家の塀にぶつかって崩れ落ちた。鎖帷子を着ていたのが幸いし、電流が体内を通り心臓を止めることはなかったが、凄まじい衝撃で身体が痺れ、動けなくなってしまった。
「なーんだ、弱っちいの。こんな奴にガリアーノは負けたのか」
ティアルトは動けなくなったアントニオから興味を失い、ふわふわと宙に浮かびながらその場を離れていく。その後ろに黒い霧が集まって大きな蝙蝠の翼を持つ人の形をとった。
「お疲れ様です、召喚主様」
どこか嫌らしい響きを含みながら、慇懃な口調でティアルトを労うのは大きな身体を持つ一体の悪魔だ。
「やあ、フラウダートル。お前が戻ってきたってことは、眷属は全て撃破されたんだね」
「いやあ、お恥ずかしい限り。女神の力を使う人間がいきなり沢山現れましてね」
「構わないさ。ちょっと予定より多く殺しすぎたぐらいだし」
「召喚主様は慈悲深いお方でございますな!」
二体のモンスターは、益体のない会話をしながら王都を彷徨き始めた。帝国領で侵攻の準備を進める本隊がやってくるまで、ただここで待つつもりだ。ベリアーレ王国軍が周囲に多数存在していても、彼等には何ら脅威たり得ないのである。