「パルミーノ様、お戻りくださったのですね!」
アントニオが剣を収めたクオ・ヴァディスに駆け寄って喜びの言葉を告げる。だがクオ・ヴァディスはそれを手で制し、立てた人差し指を振って否定した。
「私の名はクオ・ヴァディスだ。パルミーノ・アル・カドーレは国外に追放されてどこかに消えたのだよ」
国外追放されたパルミーノが勝手に戻ってきたら大問題だ。だからここにいるのはパルミーノではないのだ。クオ・ヴァディスという辺境に住む一剣士が敵国の侵攻という国家の一大事に馳せ参じたのだ。あえて言葉を尽くさずとも、そういう建前だということはアントニオにも容易に伝わった。おそらくほぼ全ての国民が察するだろう。
「そういえばパルミーノ様を国外に運んだのはコロゾフだったな……彼の故郷はテルミノ村……そういうことか」
アントニオが誰にともなく言うと、自分を匿ってくれた人物の名前を耳にしたクオ・ヴァディスが彼の現状を気にする。今でも王都で兵士をやっているはずだが、どこの部隊にいるのだろうか。自分がいた頃とは随分編成が変わっているようだ、とアントニオ隊の面々を確認しながら考える。彼等はガリアーノに殺された仲間の身体を優しく布に包みながら祈りを捧げている。
「現在の状況を教えてくれ。インソニアのペーガススで駆けつけたら君達が飛獅隊と戦っているのを見つけてやってきたんだ」
◇◆◇
コロゾフはセリア二世が直接率いる親衛隊の一員となっていた。国の英雄であるパルミーノを国外追放するという汚れ仕事を引き受けた見返りとして、王に近い位置へと引き上げられたのだ。本当は命令に反して自分の故郷に匿ったのだから後ろめたい気持ちはあったが、それを顔に出せばパルミーノが国内に留まっていることを悟られてしまう。パルミーノの身の安全を守るため表面上は喜んでそれを拝命した。周りの兵達からは冷たい目を向けられているが、国の英雄と自分の故郷を守るためにとその扱いも甘んじて受け入れていたのだった。
「陛下、不死者が現れました! お下がりください」
セリア二世は王城の前に陣取り、各軍団長に指示を出していた。その近くに突如として多数の不死者が現れたのだ。親衛隊はすぐに国王を守るように展開し、戦闘態勢を取る。武技の使い手はいないが、統制の取れた動きで王を守る彼等は、いざとなれば自分の命を捨てて王を守る覚悟と忠誠を持つ者達だ。単純な戦闘力では測れない強さがある。
「どどど、どうなっているんだ! 他の部隊は何をしている! アントニオはどこだ!」
親衛隊はここに現れた不死者程度に後れを取ることなどないが、王子時代はパルミーノに守られて命の危険を感じたことなどなかったセリア二世は至近距離でモンスターを見たことで動揺し、みっともなく傍に立つ新鋭隊員にすがりついた。親衛隊は国家への強い帰属心を持ち、命を捨てて国に貢献する意志を持った兵だ。それでも、自分達の主君が目の前で醜態を晒せばその忠誠にも揺らぎが生じる。中には舌打ちする者すら現れた。もちろんこの程度のことだけで忠誠心が揺らぐような者はいない。彼等はこれまでずっと現国王に対する不満を心に蓄積してきたのだ。なにより、この国に最も貢献し、誰よりも強い忠誠を誓っていた英雄パルミーノを個人のつまらない感情で放逐したことは許し難かった。国のために命を捧げているからこそ、国を危険に晒す行為をした王が疎ましく思えるのだ。不死者を蹴散らしながらも、守るべき国王に視線を向けようともしない。
その中で、コロゾフは元々セリア二世に忠誠など誓っていない。あくまで忠実な兵を演じているだけだったので、この状況で態度が変わることもなかった。顔色一つ変えずに近寄る不死者を次から次へと撃退していき、時折国王の安全を確かめながら敵を近づけないように動いた。セリア二世も親衛隊員達の態度に気付かないほど観察眼が曇っているわけではない。むしろ動揺して助けを求めている状況だからこそ、隊員の態度は敏感に感じ取っていた。
「おお、おお、コロゾフよ……そなたこそが真の忠臣。そなただけが頼りだ……そうだ、この剣を受け取るがよい。この国で一番の忠臣に与えられる名剣だ」
周囲に集ってきた不死者をあらかた片付けた頃、セリア二世はコロゾフの忠義に感激の涙を流しながら、腰に差していた素晴らしい拵えの剣を差し出した。かつてパルミーノが振るい、幾多の国難を退け、追放と共に没収された名剣である。コロゾフも、他の親衛隊員達もこの剣のことはよく知っていた。内心反吐が出そうだったが、恭しく跪いて剣を拝領する。いつにもまして周囲からの視線が突き刺さるが、コロゾフは折を見てパルミーノに渡そうと考えていた。
「ありがとうございます。この国への変わらぬ忠誠を」
この場にいる誰よりも国王の命令に背いている自分が、誰よりも国王から信頼されている。実に滑稽だと思った。だが、どれほど自分が周囲の人間から疎まれようとも、彼の心の中にはテルミノ村でパルミーノから与えられた感謝の言葉がずっと光り輝いている。誰よりも尊敬する英雄に、面と向かって「助かった、ありがとう」と言われた。そして「これからもこの国のために働いてくれ」と頼まれた。だからどんなに同僚達から辛く当たられても耐えてこられたのだ。この誇らしい思い出さえあれば、この命尽きる時まで心にもない忠臣の仮面を被り続けられるだろう。これはパルミーノの思いに対する忠義なのだ。