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到着

 一方のティアルトは、王都の中心部にやってきていた。既に何十人もの王国軍兵を殺害してきたが、本人はまるで散歩でもしてきたかのような態度で目の前にある大きな城を見上げている。


「国王の命を奪っても仕方ないんだよね。降伏の判断をしてもらわないといけないし」


 王城を眺めてしばし思案した後、杖を振って黒い影を出す。それらは地面に降り立つと人の形をとり始めた。これらは悪魔ではない。どこから調達したのか、不死者イモータリスの群れだった。スケレトゥスやラルヴァが次々と広場に現れていく。


「まあ、これで王都の守りをできるだけ減らしておけば、ケトラが本隊を連れてきた時点で国王も諦めるでしょ」


 邪悪なモンスターを使役して王都を攻撃するティアルトだが、ベリアーレ王国を滅ぼす気はなかった。ブリテイン帝国の認識ではここは元々自分の国の一部だったのだから、それを取り戻すために侵攻しているのだ。力の差を見せつけ、敵を降伏させるのが狙いだった。利用価値の薄い辺境のホルド村は皆殺しにしたし、通り道にあるイメディオの町は悪魔に制圧させたが、それはベリアーレ王国を陥落させる上での必要最小限の犠牲という認識だ。可能な限りベリアーレの国民を減らさずに帝国のものにしたいという思いがある。決して道徳的な理由ではなく、少しでも多くの富を皇帝陛下に献上したいという動機、それも自分が重用されるため。全ては打算による行動だった。


◇◆◇


 ガリアーノはアントニオの目的が時間稼ぎであることも見抜いていた。それでも勝負を急ぐことなく、着実にアントニオを追い詰めるような戦い方をしているのは、まともに戦える強敵と少しでも長く戦っていたいという思いと、仮に残りの兵全てを同時に相手しても勝てる自信があったからである。実際のところ、全員を相手にすればガリアーノもほぼ確実に負けるのだが、彼は今まで誰にも負けたことが無いために、自信過剰となっていたのだ。


「そろそろお前さんの武技も見てみたいな。先には使わない主義だってんなら、こっちから見せてやるよ」


 ガリアーノが剣を水平に構えて武技の準備をする。アントニオは敵の攻撃に備えて一回息を吐く。アントニオは歴戦の強者だ。だから経験則から武技には攻撃技しか存在しないと認識していた。その上で、武技には様々な付加要素が加わるが、概ね自分を強化する、敵の認識を阻害する、常人には実行不可能な特殊攻撃をするの三種類のどれかであると感じていた。更に武技は女神が本人の特性に合ったものを授けるのだという知識から、ガリアーノが自己強化型の武技を使うことはないだろうと推測する。この男はパワーやスピードで押すような戦い方をしない。あくまで高い技術力に裏打ちされた変幻自在の戦闘を行う剣士だ。となれば、単純に防ぎきれないほど威力が高まった攻撃が飛んでくることはない。急所を確実に守れば、この男の武技で即死することはないと踏んだ。


「よく見てろよ、『幻惑剣』」


 ガリアーノの構える剣先が揺れる。次の瞬間無数の斬撃が自分を襲ってくるのを目の当たりにし、アントニオは防御を固める判断をした。全ての斬撃が自分の身体に到達するのを認識したと同時に、左の肩口から血が流れる。傷は浅いが、それもガリアーノの意図したものだと理解する。自分が武技を使ってくるように誘っているのだ。そうでなければ、こんな浅い攻撃を得意気に放ってくるはずがない。攻撃された箇所も、こちらの攻撃能力を落とさないように配慮されている。


「まったく、大した自信家だ」


 ガリアーノは自分の武技を見せたところで相手が対策できるとは考えていない。決して破られることが無いと自信を持っているのだ。だから堂々と手の内を晒し、最初の攻撃で手加減もしているのだ。戦場において武技というものは〝初見殺し〟の技である。どんな技も、何度も見せられれば対策を立てられるものだ。だから武技を繰り出す時はそれで敵にとどめを刺すつもりで放つ。女神の力を使う制約か必ず技名を宣言しないといけないこともあり、そう気軽に何度も使うものではないというのがベテラン戦士の多くに共通する認識である。そのセオリーを無視するガリアーノは、行動一つで己を過信していることが伝わっているのだ。


「だが、武人としてその誘いに答えなくてはな」


 アントニオが剣を地面に向けて伸ばし、ガリアーノを見据える。武技を使う気配にガリアーノの胸が高鳴った。


「そうこなくっちゃな!」


 ガリアーノも、経験から武技には攻撃技しかないと判断していた。そして自分はいかなる攻撃も初見で見切ることができる、と疑いなく信じている。


「いくぞ、『三段突き』!」


 技名で全てを説明している。アントニオの武技は一瞬で人体の急所三つを貫く神速の三段攻撃だ。その速度は常人の目に捉えられるものではない。相手の攻撃を観察してタイミングを合わせるガリアーノは攻撃の瞬間に合わせて動くが、これなら三段のうち二段、少なくとも一段は当てられるだろうと思っていた。


「へえ、いい技だな」


 だが、アントニオが放った神速の三段突きは虚しく誰もいない空間を突き、標的のガリアーノはアントニオの背後に回っていた。アントニオが攻撃する瞬間に身体を半回転させ、敵の突進力を利用して背後に回り込んだのだ。つまり宣言から技の発動までの間に完全に技の軌道を読み取り、最適な回避行動を取ったというわけだ。この動きでアントニオの武技を回避したのは、これが二人目である。ガリアーノに足を払われ、アントニオは無様に地面へ転がる。


「ここまで無防備な背中を晒されると、さすがに終わらせるしかなくなっちまうな」


 ガリアーノは立ち上がろうとするアントニオの背後から鎖帷子のない首へと剣を突き刺そうとし――


「そこまでだ!」


 ガキン、と大きな金属音をたててガリアーノの剣が打ち払われる。ガリアーノは剣を取り落とさないように払われた方向へと剣ごと体を回転させ、声の主を見据えた。


「へへっ、こりゃあツイてるな。お前と戦いたかったんだ、パルミーノ!」


「そうかい。せっかくのご指名だ、私が相手しようじゃないか」


 ガリアーノとクオ・ヴァディスが向かい合う横で、ルドルフとインソニアがアントニオを助け起こして距離を取る。そして、もう一人の男がクオ・ヴァディスの横に立った。


「おい、あの魔術師はどこにいった!」


 ロイが問いかける。因縁のある相手だが、自分の腕ではこの男を倒せない。何より、恨みがあるのはこいつよりもあの魔術師の方なのだ。なんといっても、クオ・ヴァディスならきっとこの男を下してくれるだろうと心の底から信じられるのだ。だから、自分の役目に専念できると思うロイだった。

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