「楽しそうだけど、いくらガリアーノでもあれじゃ確実に死ぬからね。手助けしようか」
ガリアーノがアントニオ隊と交戦を開始したのを見て、ティアルトも飛獅隊を引き連れて地上に降り立った。数十人の精鋭達の前に約百騎の飛獅隊が立ち並ぶ。飛獅隊が乗るグリュプスは強力な魔獣だが、悪魔のように攻撃が効かないなどということはない。その危険性は戦闘力に由来するものであるがゆえに、全員が武技を使う精鋭のアントニオ隊にとって恐れるほどの敵ではなかった。ただ、それなりに強い敵が多数いるという点で非常に厄介だ。
「加勢するのはいいが、俺の戦いを邪魔するなよ?」
ガリアーノが改めて釘を刺すと、眼前の三人に駆け寄っていく。同時に三人の兵は見事な連携でガリアーノに斬りかかる。一人は上段から。一人は少し遅れて横薙ぎに。そしてもう一人は袈裟懸けで斬りつけた。それぞれが前の一撃を回避した先を狙っての攻撃。息が合った攻撃は、確実に敵を仕留める必殺の連撃となっていた。だがガリアーノはそれらの攻撃を無駄のない動きで踊るように
「もっと楽しみたいところだが、敵も多いしな。初手で武技を使わなかったのが失敗だったな」
ガリアーノが軽やかにステップを踏みながら三人の間をすり抜ける。同時に彼の剣が三人の首を捉えた。アントニオ隊の兵士は精鋭ぞろいだ。当然彼の繰り出す斬撃も察知して回避・防御の対応をした。反応が遅れたということもない。なのに、ガリアーノが通り過ぎた後には三人の兵士達が首から血を噴き出して地面に倒れ伏したのだった。
飛獅隊とアントニオ隊がぶつかると、ティアルトは一人でグリュプスから降り、その場を離れた。強敵と戦うために来たわけじゃない、この都を蹂躙しに来たのだ。激しい戦闘は血の気の多い連中に任せて、自分は効率よく敵兵や住民を虐殺できる場所を探しながら、襲い掛かってくる一般兵達を杖の一振りで仕留めていく。
ティアルトが場を離れた時には、アントニオが状況判断を迫られていた。精鋭三人を難なく倒した危険な剣士、数の多い飛獅隊、そして未だ至る所から聞こえてくるモンスターにやられる兵士達の悲鳴……さすがにおかしいと感じていた。敵は手強いとはいえ、数で圧倒的に勝るベリアーレ王国軍が襲撃してきたモンスターを片付けるのにそう時間はかからないはずだった。なんにせよ、目の前の飛獅隊は厄介だ。空を飛んであちこちを攻撃されたら被害が大きくなる。せっかく全て地上に降りてきてくれたのだから、この機を逃すわけにはいかないだろう。
「……私があの剣士の足止めをする。お前達は全力で敵のグリュプスを処理していけ」
現状においては、最優先で倒すべき相手は各地で暴れるモンスターでも、凄腕の剣士でも、どこかへ向かった魔術師でもない。比較的倒しやすく、逃せば被害が拡大する飛獅隊こそ確実に仕留めるべきだと考えた。モンスターが悪魔の眷属であり、武技以外の攻撃では倒せないということを知らなかった彼の判断は、決して間違いではない。だが、もし彼が悪魔についての情報を知っていたら、この飛獅隊と剣士の相手は一般部隊に任せるべきだと判断しただろう。
情報の欠如。それがこの局面においてたった百名程度の敵によって王都を蹂躙されるに至った最大の要因なのだった。
「最高の舞台だ。見たところ、お前さんが現在の王都で一番強いんだろ? やっぱ首を取るなら最強の敵じゃないとなぁ!」
ガリアーノが嬉しそうに剣を構え、アントニオに正対する。アントニオも剣を構えてじりじりと近づいていった。部下の兵士達はグリュプスとグリュプスに乗る敵兵達を一斉に攻撃し始めた。これで一先ずは敵の動向を気にする必要がない。飛獅隊を片付け、剣士を数の暴力で下し、あとはどこかへと逃げた魔術師を追う。モンスターは放っておいてもじきに片付く。被害は少なくないが、この程度で揺るぐほどベリアーレ王都は貧弱でもない。そう考えるアントニオは、目の前の敵が繰り出す技を防ぐことに意識を集中させた。
「さあ、楽しもうぜ!」
ガリアーノが繰り出す斬撃の数々は、何とも防ぎ辛い。だがアントニオは腰を落とし、膝を柔らかく使って身体を上下に揺らしながらガリアーノの剣に合わせて盾を動かし、全て受け止めていった。
「お前の技術……リズムを読む力だな。戦闘において全ての動きには一定のリズムがある。それは人によって違うが、相手の挙動からそのリズムを読み取り、攻撃や防御のタイミングを完全に把握する。それが『見切り』の極意だ。攻撃を防ぐのも、防御を崩すのも、全てはリズムを支配することで可能になる」
アントニオはガリアーノの特技を看破してみせると、ガリアーノの笑みが深くなる。本気を出すに値する使い手が現れたことに対する喜びが、彼の心拍数を上げていく。
「その通り。お前さんは相当な使い手だな、殺しがいがあるぜ」
ガリアーノは余裕の表情だ。当然だ。アントニオはガリアーノの強さの理由を言い当てたが、戦闘の推移はずっとガリアーノが優勢のままだった。アントニオはガリアーノの攻撃を防ぎ、たまに反撃をするが難なく躱されるばかりだ。ガリアーノはアントニオのリズムを完全に読みとっていた。だから、アントニオが盾で防ごうとするタイミングをまたずらし、その身体に斬撃を当て始めた。
「くっ……」
「そらそら、どうした。お前さんは戦いのリズムが読み切れていないみたいだな」
斬撃が当たっても、アントニオの身を包む
(これでいい。私が一人でこの剣士を倒す必要はない。こいつの意識を引き付けておけば、こちらの勝ちが近づいてくる)
部下の精鋭達が徐々に飛獅隊の数を減らしていくのを確認しながら、アントニオはガリアーノに押されている演出を続けるのだった。