ティアルトとガリアーノはグリュプスに乗って王都を空から攻めた。王都には既にブリテイン帝国軍の侵攻を伝えられたベリアーレ王国軍が迎え撃つ準備をしていたが、少数の飛獅隊で王都を直接攻撃してくるとは予想していなかった国王軍は、初動の対応が遅れてしまった。
現在の王国軍をまとめているのは国王のセリア二世自身である。パルミーノの後任に相応しい力を持つ者がアントニオ以外におらず、そのアントニオはパルミーノの弟子であるがゆえに国王の信を得られていない。精鋭部隊の隊長を任されているが、要は多くの任務につくことで王宮から遠ざけられている状態なのだ。
「隊長! 飛獅が空からやってきます!」
その精鋭部隊が、まず最初に敵襲を察知した。当然、アントニオはすぐに国王へ伝達し迎撃に向かう。その報を受けたセリア二世は、アントニオ率いる精鋭部隊で対処し、他の全軍を王都の外側、イメディオの町がある方向の敵が進軍してくるルートに配置して防御を固めた。飛獅隊はあくまで陽動、本命は敵軍の本隊による地上侵攻と考えたのだ。百騎程度の飛獅隊は精鋭部隊で十分だと考えた。この方針自体に大きな間違いはないが、ベリアーレ王国軍は全軍で数千人いる。それを一度に動かせば、当然かなりの時間がかかる。セリア二世はこの移動時間を考慮に入れていなかった。ここに行け、と命令すればすぐにその地点に全ての兵が移動完了するような、極めて非現実的な思考をしていたのだ。これは軍事に疎い人間にはよくある誤謬だが、軍を指揮する人間が犯してはいけない過ちである。
「ベリアーレ王国の弱点は人材不足だね。平民出のパルミーノを先代が重用しすぎたせいで、有力な周辺貴族達の協力を得られなかった。セルゲイが頑張っているけど、肝心の二代目国王が頼りないせいでどこも距離を取っている」
空から王都を眺めながら、ティアルトはベリアーレ王国の現状について分析する。ベリアーレ王国には国務大臣のセルゲイ・イワンコフをはじめとして何人かの有力貴族がいるが、王国の周囲に領地を持つ大貴族達は態度を明らかにしていない。彼等はかつて爵位を与えたブリテイン帝国に忠誠を誓っているとは言い難い態度で公国や侯国を治めているが、ベリアーレ王国と人材交流をする様子は見せていないのだ。
「そうは言うが、ブリテイン帝国もロバート公やギリアム侯を御せていないだろう」
「うちは人材が豊富だからいいんだよ。ベリアーレの次はそいつらだし」
そんな話をしながら、ティアルトとガリアーノは乗っている飛獅を操り王都へと急降下を始めた。
「さあ、パーティーを始めようじゃないか」
ティアルトが手にした杖を掲げると、無数の黒い影が王都に降り注ぐ。それらは地面に落ちるとそれぞれに形をとり、実体化しいった。
「なんだこいつら、モンスターか!?」
非戦闘員を建物の中に避難させ、敵を迎え撃つ態勢を整えようとするアントニオ隊だったが、街を移動する王国軍兵に邪魔されてまだ住民の避難も済んでいない。そこに飛獅隊よりも早く地上に降り立った黒いモンスター達が襲い掛かった。
「いくぞ、『疾風乱舞』!」
アントニオ隊の兵士がモンスターに武技を放つ。この部隊の隊員は全員が武技を使えるが、彼等の認識としては女神から授かった強い技というものでしかない。最初に降り立ったモンスターのうちの数体を彼等は撃破したのだが、その意味を正しく理解している者はこの場に一人も存在していなかった。
「さすがにやるね。でも数が足りないよ」
アントニオ隊が応戦している場所以外では、降り立った黒いモンスターに移動中の一般兵士達が剣で斬りかかったりしていた。モンスターは黒い人型の身体に大きな蝙蝠の羽を持っている。つまり悪魔の姿だ。武技ではない剣や槍、弓の攻撃を受けてもまるで効いた様子もなく、集まってきた兵士達を蹴散らしながら戦えない住民達を捕まえては獣のような牙を持つ口に放り込んでいく。断末魔の叫びが王都の至る所で響き渡り、街は一気に狂乱の渦で満たされていく。
「なんだこいつら、異常に硬いぞ!」
「魔術師はいないか!」
兵士達も攻撃の効かないモンスターに戸惑いを隠せない。武技が使える者がいればこいつらの弱点に気付けたかもしれないが、アントニオ隊以外には武技の使い手がいない。そのアントニオ隊は全員が武技で戦っているので、通常の攻撃が効かないということに気付けない。
「あの部隊以外は眷属だけで十分そうだね」
「あいつらは俺がやるぜ」
ティアルトがアントニオ隊を見ながら攻め方を考えていると、ガリアーノがグリュプスを操って向かっていく。ティアルトが制止の声をかけるが、間に合わなかった。
「さすがに数が多すぎるよ! ……あああ、突っ走っちゃて。仕方ないなぁ」
ガリアーノが降り立ったのは精鋭部隊を率いるアントニオの前だ。これまでのモンスター達とは違う人間の剣士がやってきたことで、アントニオは部下に注意を促した。
「決して一対一で戦うな。この場に一人でやってくるのだから、間違いなく凄腕の剣士だ」
アントニオも剣の腕には自信があったが、世の中には遥かに強い人間がいくらでもいると知っていた。他ならぬパルミーノをその目でずっと見てきたのだ。だから敵を侮ることはない。
「へへへ、いいねアンタ。油断のなさ、迷いない指示。いいリズムだ」
まず三人の精鋭が立ちはだかる。ガリアーノは剣を抜き、足のつま先で地面をトントンと叩き始めた。
「さあ、
数十人いるアントニオ隊は、油断なく剣を構えてガリアーノを見据える。だがこの判断が既に間違っていた。ガリアーノと戦う数人を残して彼等は悪魔を退治しに向かうべきだったのだ。
アントニオは他の地域に現れたモンスターを他部隊が処理してくれるものだと思い、この強敵を確実に倒すことを優先したのである。