気がついた時、目の前で知り合いがいかにも悪そうなモンスターと戦っていた。ホルド村で魔術師に捕まった後どうなったのか覚えていないが、ただ一つだけはっきりしていることがある。このモンスターを倒さねばならない。
「……やあ、久しぶりだねロイ」
武技で斬り飛ばしたモンスターが黒い霧となって消えた後に、クオ・ヴァディスは穏やかな顔でロイに手を差し伸べた。
「そんなに久しぶりか? ちょっと離れてただけだろ」
おそらく、自分の記憶がない間に色々なことがあったのだろうとロイは考えた。たぶんこの男はまた自分のことを助けてくれたのだ。そう思いながら、差し出された手を握って身を起こす。そういえば武技を出した後に身体がふらついて膝をついてしまった。かなり身体が衰弱している。
「アニキィィィィ!」
弟のルドルフが泣きながら駆け寄ってきた。良かった、あの状態から無事に逃げ出せたのか。だからクオのおっさんが助けに来てくれたんだな。そんなことを考えながら、抱きついてきたルドルフの背中をポンポンと叩いてやる。
「どうやら、お互い生き延びたみたいだな」
「うん……うん……!」
顔をグシャグシャにして大泣きするルドルフと、それを優しく労るロイの二人を見てクオ・ヴァディスも目頭が熱くなるのを感じた。視線を逸らすと、やはり涙を流すインソニアの姿が目に入った。彼女はクレヴォーとの戦いで直接的な働きこそしていなかったが、彼女がいなかったらこの結果は得られなかったのだ。大きな感謝の念を込めて、彼女に近づき握手を求めた。
「ありがとう。君が私達を救ってくれたおかげで悪魔を倒しロイを救うことができた」
「私なんて、そんな……」
自分はこの戦いで何の役にも立っていなかったと申し訳なさそうにするインソニアだが、そんなことはないと強く目で訴えるクオ・ヴァディスの真剣さに後押しされそっと手を握り返すのだった。
少しして落ち着いた四人は、改めて状況の説明と今後の話をすることにした。
「俺はそんなことをしていたのか……生き残った人達からすれば憎い仇だろうな」
ロイは自分の身体を奪ったクレヴォーの行った虐殺の様子を聞き、顔を曇らせた。
「私から事情を説明します。それよりも悪魔が宿った影響で身体中に拒絶反応が起こっているのでしょう。ゆっくり休んでください」
「そっちはクオのおっさんが高価な薬をくれたから大丈夫。もうすっかり元通りさ」
インソニアが休養を提案するが、ロイはクオ・ヴァディスに貰ったハイポーションのおかげで回復したと語り、力こぶを作ってみせる。
「マリルさんがくれたんだ。テルミノ村の皆も心配していたし、落ち着いたら元気な顔を見せてやってくれ」
ルドルフもだが、ロイがクオ・ヴァディスのことを気安く呼ぶことに少し非難めいた感情を抱いたインソニアの眉間にしわが寄る。それを見たルドルフがロイにここで知った新事実を教える。
「アニキ、クオのおっさんがさ、実はあの英雄パルミーノなんだって。すごいだろー?」
何故か誇らしげなルドルフである。
「へえ」
しかしロイは薄い反応を返す。
「なんだよー、驚かないのかー?」
「そりゃ、こんな凄腕の剣士がいままで全く知られていなかった方がおかしいだろ。おっさんがテルミノ村に住み着いた時期を考えればむしろ納得だ」
正体を明かされても気にした様子もないロイの態度に、クオ・ヴァディスはとても嬉しくなった。本当の仲間ができた気持ちになる。隣にいるインソニアからほんのりと怒りの気配を感じるが、あまり持ち上げられるのも窮屈なので慣れて欲しいと思うのだった。
「それで、帝国軍はどうなったんだ?」
これまでの状況確認は終わり、今度は元凶であるブリテイン帝国軍についての話を始める。ロイが問うと、インソニアに視線が集中した。町を侵略した帝国軍のその後を知るのはインソニアだけだ。
「町の大半を占領した頃に後方から飛獅隊が飛んできて、一度町に降り立ったかと思ったらすぐに王都の方向へ飛んでいきました。おそらく空から直接王都を襲撃するつもりでしょう。それと同時に町を襲っていた兵士達は悪魔に後を任せて街道を進軍していきました」
「空から直接……か。ではもう既に王都が敵に攻撃されているとみていいな」
王都は敵の飛獅隊によって襲撃されている。話に聞く長身の剣士や小柄な魔術師もそちらに向かっているのか、それとも陸路を王都へ向け前進しているのか。そこまでは分からない。そしてインソニアに聞いた敵の数からして、この連中は少数の先遣隊なのだろうと予想した。ブリテイン帝国とは何度も戦争をしてきたのだ。かなりの兵力を誇る帝国軍が、たった数百人程度で国境を越えて攻め入るのは考えにくい。大軍が後に控えているのは間違いないと確信している。
クオ・ヴァディスの頭の中では、どこに向かうのが一番効果的かという計算が繰り広げられている。王都はアントニオ率いるベリアーレ王国軍が防衛にあたっているだろう。強敵とはいえ数の少ない飛獅隊に王都を攻め滅ぼされるということはないと思うが、敵側には悪魔を召喚できる魔術師がいる。武技を使える者は少なくないが、悪魔の能力によってはなす
「オイラ達も空を飛んでいけたらいいのに」
ルドルフがそんなことを言う。確かに、敵の戦力の要である魔術師は直接王都へ向かった可能性が高い。寡兵で落とせるほど王都の守りは甘くないのだから、兵力差を覆せる力の持ち主はそちらへ向かうと考えるのが自然だ。
「いけますよ」
すると、インソニアが事もなげに答えた。彼女は魔術師だ。空を飛ぶ生物を呼び出して運んでもらうことが可能だと言う。
「
インソニアがクオ・ヴァディスの目を見て尋ねる。どこへ向かうかを聞いているのもあるが、もう一つ別の意図があることに気付いた。そう、王都にはパルミーノの顔を知る者がいくらでもいるのだ。変装も化粧もしていないクオ・ヴァディスが王都へ飛んでいけば、すぐに正体が気付かれてしまう。追放された者が堂々とペーガススに乗って帰ってきたら、それは大騒ぎだろう。ロイとルドルフも意図を理解し、クオ・ヴァディスの判断を待っている。
「……よし、ペーガススで王都へ向かおう」
第一に守らなければいけないのはどこかと考えれば、やはり王都に向かうべきだ。もしアントニオと王国軍だけで防衛ができそうだったらまた戻って陸路を行く残りの敵兵を撃退すればいい。自分がどう扱われるかなんて、国の危機に比べれば些末なことだと考えた。
「分かりました。インウォカーティオ・ペーガスス!」
インソニアが呪文を唱えると、彼等の目の前に大きな翼を持つ白馬が四頭、姿を現すのだった。