スルーシャさんに取り憑いていた嫉妬の悪魔。私達は無事にそれを払い、それから数ヶ月が過ぎた。
「おはようユウノ。朝だぞ」
「ふああー。もう朝? まだ起きたくない......」
魔狼の姿になったエルのモフモフは、永遠に寝ていたくなるほど気持ちいい。私はエルにモフッとしがみつき、二度寝しようと試みた。すると寝室のドアがノックもなしにバンッと開け放たれる。
「エルお父様! ユウノお母様! おはようございます!」
飛び込んで来たのはスルーシャさん改め、私達の愛娘ルシアだ。彼女は部屋に入るなり、幼女姿の私を抱き上げて頬擦りする。
「ああー! 可愛いですお母様! 愛しすぎます! 大好きです! お母様も私が大好きですか?」
「おはようルシア。もちろん私も、ルシアの事が大好きだよ」
「やっぱりそうですよね! 相思相愛ですね! もう好き♡ 可愛い♡ 大好き♡」
ルシアは私を抱きしめたまま、ほっぺたにブチュブチュと何度もキスをした。
「ちょっと待っててくださいねお母様! 次はお父様を愛でる番ですので!」
ルシアは私をベッドに優しく下ろし、それからエルに抱きついた。
「お父様ぁー! ああ、このモフモフな毛並み、最高です。このまま寝てしまいたい......♡」
ルシアはうっとりと目を細める。
「ふふっ。俺は別に構わないがな。だが、城のオープン時間に間に合わなくなるぞ」
エルが優しくたしなめると、ルシアはガバッと起き上がった。
「そうでした! さぁ、エルお父様にユウノお母様! もう朝食の準備は出来ていますよ! ルーファスお父様も、アーガスもルークも、すでにテーブルについています。家族水入らずで朝ご飯、食べましょう! 待ってますから、早く来てくださいね!」
ルシアは元気いっぱいにガッツポーズを取り、部屋を出て行った。
「ルシア、すっかり元気になったね」
「ああ。悪魔を払った直後は、物凄く落ち込んでいたからな」
ルーファスが嘘をついていた事。その為に自分がエルを恨んでいた事。エルと私を殺そうとした事。あらゆる出来事が、彼女の心を苛んだ。だが、この城で一緒に暮らす内に、次第に元気を取り戻して行ったのだった。
「さて行こうか。今日もきっと、忙しくなる」
エルはそう言って魔狼の姿から人間の姿に変身すると、私を優しく抱き上げる。
「うん! そうだね!」
私達は大広間に向かい、家族団欒のひとときを楽しんだ。ルーファスは私と二人きりの時は、弟のメンタルに戻る。だけど普段は威厳たっぷりで、アーガスとルシアにとっては「厳格な父」。ルークにとっては「優しいお爺ちゃん」。そんな感じで使い分けていた。
私はと言えば、みんなが姉や母親扱いするので、幼女姿で少し戸惑う。大人に変身していない私は、シーラの記憶を持っていないのだ。だからみんなの事は、最初「さん」付けで呼んでいたんだけど「他人行儀だからやめてくれ姉上!」「そうよお母様!」とか言われたので呼び捨てにする事にした。
最近は日記を描くようにしていて、大人の時の記憶や感情を、書いて残すようにしていた。
だから、ちょっぴりおかしなこの家族関係にも、少しずつ慣れてきた所だ。
「さて! では我々は一旦城に戻る! 姉上! 俺がいなくても泣くなよ!」
朝食を食べ終わり、エントランス。私とエルでルーファス達をお見送りする。最初は精霊王達も見送りに来ていたが、毎朝の事なので、最近は私とエルだけで見送っている。
「もう。私がいなくて泣くのはルーファスでしょ? クスクス、またね」
私は長身のルーファスを見上げ、小さな手を振る。あっ、ルーファス涙目になった。
「あらあらルーファスお父様ったら。国王の威厳が台無しですよ」
「そうですぞ父上。毎朝の事なのですから、伯母上との別れにもそろそろ慣れていただかないと」
「お爺さま、僕が一緒だよ! 元気出して!」
ルシア、アーガス、ルークの三人がルーファスを励ます。
「うむ! もう大丈夫だ! 行くぞ皆の衆!」
「はい! ではエルお父様、ユウノお母様、また今夜!」
「叔父上、伯母上、冒険者の接待でお怪我などされぬよう、どうかお気をつけください」
「じゃあなユウノ! 今日の夜も、ボードゲームやろうな!」
賑やかな私の家族達。エントランスには、通常の出入り口の他に転移門がある。これは城内にある魔力炉と連結していて、膨大な魔力により、大人数を目的地まで瞬時に送る事が可能だ。
ルーファス達が転移門を開けると、そこはラダガスト城の大広間。既に執事やメイドが、王族を出迎える態勢を整えている。
みんなは名残惜しそうに振り返りつつ、門をくぐってラダガスト城へと帰って行った。
「さて、と。じゃあ城門を開けるか。今日はどんな冒険者達がやって来るかな」
「うん! 楽しみだね!」
私とエルはウキウキしながら、冒険者達を出迎える準備を始めた。現在の時刻は午前九時。冒険者達がやって来るのは大抵午前十時頃だ。城内のイベントをしっかり楽しんでもらって、昼食を取ってもらうのが普段の流れだった。
それからしばらして、準備が終わった頃。ラウニから来客を告げるアナウンスが入った。
「ユウノ、城門前にお客様四名様だよ。ギダル帝国の第一皇子、フェイタル・ギダル・ギュンスト様ご一行だ」
「はぁい! 今行く! ロノス!」
「ほいほーい。瞬間移動だねぇー。まーかせといてぇー」
間延びした話し方をするこの子はロノス。「時の精霊王」だ。容姿は可愛い小亀で、いつも眠そうにしている。だが彼の時魔術はかなり便利で、あらゆる場面で役に立つ。今は、私が現在いるキッチンから、エントランスまで瞬間移動させてもらう。
エントランスには一人の青年と、三人の美女。彼らがギダル帝国の皇子様ご一行だろう。
私は瞬間移動で姿を現すと同時に、四人に向かってお辞儀のポーズを取る。
「いらっしゃいませ! 魔王城へようこそ。私が主の魔王ユウノです。本日は、皆様の案内人を務めさせていただきます」
「へぇ、お前がユウノか。会いたかったぜ。思ってたよりもガキだな。まぁいい。ガキのうちから俺好みに育てていくのも一興だ。お前、今から俺のモンになれ」
ギダル帝国第一皇子こと、フェイタルが尊大に言い放つ。金色の髪で、女性のような美しい顔をした青年だ。お供の美女三人は、艶っぽくフェイタルに絡み付いている。
「あはっ。私の命じゃなくて、私自身をお望みなんですね? 新しいパターンです。ですが私もこの城の主。ハイそうですかと言いなりにはなれません。どうしてもとおっしゃるなら、三つの試練を受けて頂きます」
「ほう、試練だと? 面白い、やってやろうじゃないか」
よし、乗ってきた。
「では、まず第一の試練。魔狼の背中に乗り、城内にある迷宮を疾走して頂きます。迷宮内には様々なトラップが仕掛けてあります。魔狼に振り落とされないようにお気をつけ下さい。もしも落ちてしまった場合、魔狼のスピードとトラップにより、命を落とす危険があります」
「いいだろう、受けてやる。早く案内しろ」
「覚悟は決まったようですね。では、私の手に触れてください」
私はそう言って両手を広げた。四人は素直に私の手に触れる。
「では、参ります! ロノス!」
「はいよぉー」
私の号令で、ロノスの時魔術が発動。次の瞬間、私達の体は迷宮の入り口へと瞬間移動していた。
さぁ! おもてなし、開始!