エントランスに到着すると、すでに戦闘は始まっていた。カグヤの眷属、ディーネの眷属、そしてラマンダの眷属達が、ルーク達と対抗しているのだ。
子供の姿をした金の精霊達は空中から様々な武器を出現させてルーク達に飛来させているし、水玉に手足のついた姿の水の精霊達は、水を圧縮し、鋭い針のように射出している。
火の精霊達は、火の玉に目玉が一つついた姿をしていて、飛び回って炎を吹き出している。
「おおおーらぁっ!」
ルークの仲間の一人、ゲヘナさんが巨大な斧をブゥンッと振り回す。すると突風が巻き起こり、眷属達が数人吹き飛んだ。
どうやら精霊の眷属達は劣勢で、数人が凍りついたり怪我をしたりしているようだ。このままでは死者が出る可能性もある。精霊と言っても不死身ではない。怪我もするし病気にもなるのだ。当然死だって訪れる。
「戦うのをやめて下さい! 私が魔王ユウノです!」
私は大声を振り絞って叫んだ。全ての者がこちらを振り返り、戦闘が停止する。
「魔王になってしまうとは、堕ちたなユウノ! 僕がおまえに、引導を渡してやる!」
ルークは構えていた剣を、私の方に向ける。その間に、二人の精霊王は眷属達を精霊界へと返す。水の精霊達も、ディーネがいる大広間の方へと飛んで行った。
「私は戦うつもりはありません! どうか、話を聞いて下さい!」
私は床に膝を折って座り、両手を突いて頭を下げた。エルとカグヤ、ラマンダも同様にする。すると、一人の青年が前に出た。立ち振る舞いから、高貴な雰囲気を感じ取れる。これは私の単なる直感だが、おそらくルークの父親だろう。
「ふむ......戦うつもりがない、とはおかしな事を言う。世界中に響いた君の演説。あの中で君は、世界の征服を企んでいると言った。そして、それが気に入らないなら討伐に来い、とも言った。それなのに戦う気がない、だと? ふざけるのもいい加減にしたまえ」
彼は油断なく剣を構えている。私に剣術の経験はないが、なんとなく、気迫のような凄味を感じる。おそらく相当の腕前だろう。
「それは、建前なんです。こうして私を討伐にやってきた皆さんをおもてなしして、仲良くなりたかったんです。この世界は、まだ魔物に対する偏見が強い。ただ魔物というだけで、殺されている魔物は大勢います。ですが本当は、全て【悪魔】という感情を操る邪悪な存在が、裏から操っているんです。魔物も人間も、この世界の子供。同じく平和を愛する存在なんです。それを伝えたくて、こういう方法を取らせて頂きました」
信じてもらえるかは分からないが、全て事実だった。悪魔を駆逐するには、魔王を討伐しようとするような、強者な力が必要だ。
だから全力でおもてなしして、楽しんでいただく。そして、仲良くなる!
「アーガスの言う通り、ふざけているわね。悪魔が裏から操っている、ですって? 魔物は邪悪な存在。人間を殺し、犯し、食らう。それ以外の何者でもないわ!」
スルーシャさんが激昂する。その右手には青い魔力が輝き、球体のように収束して行く。
「ユウノちゃん。あなたを殺さなくてはならないなんて、とても残念だわ。でももう話はお仕舞いよ。私はそこにいる、人間の皮を被った邪悪な狼を殺すわ。ユウノちゃんは、私の可愛いボウヤが殺してあげるわね。後ろにいる雑魚二人は、ゲヘナとセレスがお相手しましょう」
「俺はどうすればいい、スルーシャ」
ルークのお父さん、アーガスさんが、戸惑いがちにスルーシャさんに尋ねる。
「あなたは見守っていて下さい。ボウヤが魔王を打ち倒す所を」
「うむ、そうだな。わかった」
そう言って、剣を納めるアーガスさん。
「やめてくれルシア。ユウノが話している事は事実だ。俺はかつて憤怒の悪魔に取り憑かれ、破壊の限りを尽くした。本意でやった事じゃないんだ。それに誓って人は殺していない。君の誤解だ」
エルは膝をついたまま、顔を上げてスルーシャさんを見つめた。
「その名前を呼ぶな! 汚らわしい魔物め!」
スルーシャさんの右手から、氷の短剣が無数に出現。一気にエルに襲いかかる。
「エル!」
私は立ち上がって魔術で防御しようとした。だが錫杖を持っていない私は、強力な魔術を使う事が出来ない。間に合わない!
エルは目を閉じていた。まるで、死を覚悟しているかのように。
氷の短剣が、全身を貫く。だが貫かれたのはエルではなかった。
「腕を、あげたな、スルーシャ......うぐぅっ」
「お父様!?」
倒れ込むルーファス。そこへ彼の家族が駆けつける。
「父上! しっかりしてください!」
「お爺さま!」
アーガスさんがルーファスを抱き抱え、スルーシャさんとルークは、心配そうに彼を見つめている。
「セレス! 治癒魔術を!」
「は、はい!」
無礼になると思ったのか、離れて様子を見ていたゲヘナさんとセレスさん。スルーシャさんの呼びかけでハッとなったセレスさんが、ルーファスへと駆け寄る。ゲヘナさんも一緒だ。
「ルーファス、どうして俺を庇ったんだ!」
エルもルーファスのそばに寄るが、スルーシャさんに睨まれる。
「ふっ。簡単な事だ。お前は俺の盟友。そして我が姉上の選んだ夫だ。命を賭けても、守る価値がある」
そう言って微笑むルーファス。
「どうしてですかお父様! エルデガインが盟友などである筈がありませんわ! この魔物は、シーラお母様を殺し! 近隣の村々を破壊して殺戮の限りを尽くした! お父様が、そうおっしゃんたんじゃありませんか! 私はそれを信じて、今日まで復讐の為に生きてきたんですよ!」
叫び、涙を流すスルーシャさん。その声は震えている。
「すまない、スルーシャ。それは私の嘘だ。嫉妬に駆られた、醜い嘘なのだ。ユウノの言った事は本当だ。この世界には、悪魔という存在がいる。私は姉上を愛するがあまり、夫となったエルに嫉妬した。そして姉上が死んだという事実を飲み込めず、エルを魔物だと見ぬいた事でさらに激昂した。だが、事情を聞いて、おまえをエルから引き取った。その後だ、嫉妬の悪魔に取り憑かれたのは。憎しみから、エルを恨み......おまえ達に嘘をつき続けた。本当にすまない」
目を閉じ、謝罪するルーファス。その顔は安らかだった。セレスさんの治癒の魔術が、効いてきたのだろう。
「それが事実だとして、嫉妬の悪魔はどうなったのですか? まさか自然に消えた訳ではありますまい」
アーガスさんが疑問を呈する。確かにそうだ。悪魔が自然に消滅する事は、今まで一度もなかった。
「それが、私にも分からんのだ。気がついた時には、嫉妬の感情が嘘のように消えていた」
ルーファスは本当に不思議そうに、アーガスさんを見返した。
「信じられません。私は、信じません。だって、ルークが一番なんだもの。魔王を殺して、一番の勇者になるんですもの。魔王に負けっぱなしなんて、許されません。殺さなくてはなりません。魔王は、滅ぼさなくては......!」
突然、スルーシャさんの体が小刻みに震え始めた。目は白目を剥いている。どう見ても様子がおかしい。
「エル!」
「ああ! 嫉妬の悪魔は、ルシアに憑いている!」
私とエルは、ラマンダを見た。
「お願い、ラマンダ! 力を貸して!」
「おう! 任せろ!」
ラマンダは一度黒猫の姿になり、それからクルッと宙返りして、炎の剣と、錫杖に姿を変えた。
私とエルはそれを手に取り、炎の騎士と、炎の聖女に姿を変える。
「推して参る!」
剣と錫杖を交差させ、いつもの決め台詞。
待っててねスルーシャさん。いえ、私の愛娘、ルシア。今、あなたを苦しみから解き放ってあげるからね!