お風呂でさっぱりした私とエル。カグヤ達の案内で、大広間へと向かう。食事はそこに全員が集まって取るらしい。
大広間へと向かう途中、懐かしい顔に出会った。シュエンビッツの町長、ホプキンスさんだ。筋肉ムキムキで厚化粧のおじさんと一緒だ。
ホプキンスさんは私とエルの顔を見た瞬間、ジャンピング土下座をした。
「初代魔王エルデガイン様! そして二代目魔王ユウノ様! 町を追い出してしまって、誠に申し訳ございません! 深く、深く反省しております!」
床に頭をこすりつけるホプキンスさんに、厚化粧のおじさんは「潔くて男らしいわ♡ 素敵♡」などと言っている。
「顔を上げてください、ホプキンスさん。確かにあの時はショックを受けましたが、結果的には良い方向に向かえたと思っています。もう怒ってませんよ。ねぇ、エル」
「ああ。過ぎた事は水に流そう。さぁ、立ってくれホプキンスさん」
そう言って、エルが手を差し伸べる。ホプキンスさんは涙に濡れた目を光らせ、エルの手にしがみついた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いや、いいんだ」
号泣するホプキンスさんに、エルはちょっと戸惑っている。
「これが男の友情......! 美しいわね......!」
厚化粧のおじさんはハンカチで涙を拭っている。
大広間に向かいながら、ホプキンスさん達がここへ来た事情を聞いた。どうやらシュエンビッツの町にモンスターの大群が押し寄せ、どうにもならなくなってエルの力を借りに来たらしい。厚化粧のおじさんの名前はロータス。Aランクの冒険者で、シュエンビッツにおいては魔王城の場所を知る唯一の存在らしい。
「昔ね、仲間と一緒に来たことがあるのよ。みんな怖くなって、結局逃げちゃったんだけど。やーだ、もう。言わせないでよ」
おじさんはいわゆるオネェキャラだった。悪い人じゃないんだけど......ちょっと対応に困る。でも仲良くなったら楽しいかも知れない。
「ところで、随分とくつろいでいるようだがシュエンビッツの町は大丈夫なのか? すまないが、俺は当面戻れないぞ。色々とやる事も多い」
エルは申し訳なさそうにそう言った。だがホプキンスさんはニッコリと笑う。
「その事でしたら大丈夫です。私達は昨日この城へ到着したのですが、ラマンダ様が即座に眷属の精霊方を派遣してくださいました」
ホプキンスさんは先導するラマンダの方を手で指した。
「おう! オークやゴブリン、オーガ、ダークエルフや魔狼どもの連合軍が押し寄せてたらしいが、全員消し炭に変えてやったぜ! 俺の眷属がな!」
えっへんと胸を張るラマンダ。そんな所は結構可愛い。
「そうなんだ! ありがとうラマンダ!」
「お、おう! あ、当たり前だろ! お、俺はその、出来る男なんだよ、うん!」
何故かしどろもどろなラマンダ。照れてるのかな? 意外だ。
「カグヤ様が、エルデガイン様とユウノ様が戻られるまでゆっくりして行けとおっしゃるので、お待ちしておりました。ご挨拶出来ましたので、朝食が済んだら帰ろうと思います。お陰様で町は救われました。本当にありがとうございます」
そう言って頭を下げるホプキンスさん。
「そうか。来た甲斐があったな。帰りも気をつけろよ」
「はい! ご心配ありがとうございます」
「あたしがいるから大丈夫よ。これでも強いんだから♡」
などと会話と交わすエルとホプキンスさん、そしてロータスさん。
やがて大広間に到着。中に入ると、そこには驚きの人物が待っていた。
「おお! 我が盟友エルデガイン! 久しぶりだな! そして姉上! 会いたかったですぞ!」
大広間に居たのは、初代勇者にしてラダガスト国王ルーファスとその側近達だった。
既に朝食を食べ始めている彼らは、朝から酒盛り。側近達はカグヤの眷属達にお酌をしてもらって上機嫌。ルーファスもどうやら酔っているようだ。
「ルーファスなのか? 二十年前とあまり変わらんな」
エルがルーファスと握手を交わしながら、そう返す。
「おいおい、お前がそれを言うか!? あれから二十年! 俺はすっかり歳をとって、孫までいる爺だ! お前こそ全然変わらないじゃないかエル! 若々しく、美しいままだ! それに、相変わらず若くて美しい姉上を妻にしているのだろう! 聞いたぞ、生まれ変わったんだってな!」
すっかり砕けた調子のルーファス。彼がエルに出会ったのは、前世の私、シーラが死んだ後だ。だから彼らの関係性は良くは知らない。だけど見ている限りでは、どうやら仲良しだったようだ。
「ああ、そうだ。今の彼女の名前はユウノ。普段は幼い子供だが、大人の姿になった時は、シーラだった頃の記憶も戻っているらしい」
エルが私を紹介する。ルーファスは私をジッと見つめ、それから強く抱きしめてきた。
「姉上! 姉上! 俺があの時、どんなに辛かったか! どんなにエルを恨んだか! ああ、会いたかった! 好きです姉上! やっぱり俺は、姉上を愛しています!」
「ルーファス......」
ルーファスとの思い出が蘇ってくる。私達は、貧しい家庭に生まれた。両親が早く死に、親戚の家を渡り歩いた。十五歳になった私は、色々な仕事を掛け持ちし、ルーファスと二人で生活を始めた。
いつの頃か、ルーファスは私を異性として見始めた。そして私を一人の女性として愛していると、そう告げてきた。私はその気持ちを、受け止めてあげる事は出来なかった。
その後ルーファスが剣の腕を認められ、ラダガスト王国の騎士へと異例の出世をした。彼が王宮内に部屋を与えられた頃、私は旅に出た。突然女神様から与えられた「精霊王を統べる者」の称号。それを使って、王国に蔓延る邪悪な悪魔達を退治するのが、私の使命となったからだ。
そして、「憤怒の悪魔」に憑依されたエルに出会ったのだ。
「久しぶりね、ルーファス。相変わらず、泣き虫なんだから」
私はそう言って、そっとルーファスの髪を撫でた。彼は今、酒に酔っている。きっと二人で生活していたあの頃に、気持ちが戻っているのだろう。そうでなければ妻子ある一国の王が、実の姉に愛の告白などしないだろう。
私はルーファスの頭をヨシヨシと撫でながら、元いた席へと誘導した。彼は泣きながら私にしがみついてきたが、どうにかなだめて座らせた。
彼の側近達も相当に酔っていたので、国王の醜態を咎める者はいないようだ。
エルは複雑そうな顔をしていたが、私が抱きしめてキスをすると、たちまち笑顔になった。
全員が席に着くと、カグヤとラマンダ、ディーネが私達のいる長テーブルへとやってきた。
「皆様、楽しまれているようで何よりじゃ。今朝方、我らの主ユウノ様が夫のエル様と共に城に戻られた。本来ならば主も共に皆様をもてなす所じゃが、今日は共に語らいを楽しみたいとの事。よって今日は我が主と共に、存分に食事を楽しまれよ!」
歓声が上がる。ルーファスも泣きながら拍手していた。
酒宴が再開すると、ルーファスやその側近達が、私とエルの周りにやって来て、次々とお酌をして行く。今の私は大人の体ではあるけど、元々お酒が飲めないので丁重にお断りした。代わりに果物のジュースを頂きながら、みんなと話をする。
ルーファスの側近は、近衛騎士のカイルとランダネス。そして賢者ファレルと聖女メリルの四人。それと王宮騎士団のエリート五人と言う面々だった。みんな気さくで良い人達だった。
気絶していたオーソンも元気になり、酒に酔っておしとやかになったラミリーとラブラブしている。
「うふふ、オーソン、だぁいすき♡」
「俺も大好きだよ、ラミリー。いつもこうだと最高なんだけどな」
そう言ってキスをするオーソン。うわぁ、見ているこっちが恥ずかしくなるくらい熱々だ。
そんな感じで、すっかり仲良くなった私達。シュエンビッツから来たホプキンスさんとロータスさんも、すっかり出来上がっている。
ほとんど立食パーティーみたいに立ち話に話を咲かせる中、突然城内に緊急アラートが鳴り響いた。
「緊急事態発生! みんな、戦闘態勢に入って! 戦えない奴は避難だ!」
城内に響き渡るラウニの声。その声は強い緊張を帯びている。
「どうしたのラウニ!」
「ユウノ! 勇者小僧のご一行が、今城門を剣で切り裂いて中に飛び込んだよ!」
勇者小僧!? ルークだ!
私はエルと目を合わせ、みんなの様子を見る。
エルは全く酔っている様子はない。だけど他の人たちはダメだ。完全に泥酔状態で、戦える状態ではない。
「ディーネ、みんなを水魔術で介抱してあげて! カグヤとラマンダは、一緒に来て!」
「わかりましたわ!」
「うむ、任せよ!」
「おっしゃー! 腕が鳴るぜ!」
私とエル、カグヤとラマンダはエントランスへと急いだ。
ルーク、ゲヘナさん、セレスさん、そして、スルーシャさん。他にも誰か一緒なのだろうか。
出来れば戦いたくはない。だけど、城門を破壊したと言う事は、きっと話し合いが通じる精神状態じゃないだろう。
まずは落ち着いてもらう事が先決だ。もしかしたら、戦闘になるかも知れない。だけど私達の目的はおもてなし。絶対にそれは、忘れてはいけない。