国王の部屋へ飛び込む。天井も高く、広々としたその部屋は、かつての華やかさは微塵も残っていない。
大勢の王侯貴族が集い、国王を囲んでいたこの部屋も、今やみる影もなく食べ物で埋め尽くされていた。
「早く! もっともっと食い物を持ってこい! 急げ!」
王の世話係が叫ぶ。その顔は必死そのものだった。部屋の中にある厨房では、料理人達が忙しく調理し続けている。国王ルインザッツは一心不乱に、そして手当たり次第に近くの料理を平らげていく。それも手掴みで。口いっぱいに食べ物を頬張った状態が常に続き、咀嚼音が途絶える事は無い。
「早く持ってこい! 私が食われてしまう!」
世話係が焦るのも無理はなかった。何故なら国王は料理が手近にない場合、椅子でもテーブルでも手掴みにしてむさぼり食っているのだ。つまり周囲に何も無くなった場合、近くにいる世話係が襲われるのは自明の理だった。
右往左往している調理人達の中に、オーソンとラミリーもいるのだろう。だが今は彼らを探している暇はなさそうだ。まずはかの国王様を、悪魔から解放してあげなくては。
「エル!」
「ああ!」
私と目線を合わせたエルは瞬時に跳躍。散乱した食べ物や食器、テーブル、世話係の人も飛び越えて、ドワーフ王ルインザッツの頭上へと巨大棍棒を振りかぶる。
「悪魔よ去れ!」
エルは棍棒を振り下ろす。ルインザッツは手近にあったテーブルを持ち上げ、棍棒を防ごうとする。
だが無駄だった。棍棒はテーブルを粉々に打ち砕き、ついでにルインザッツの頭をしたたかに打ち鳴らした。
ゴズンッ! という重い音。だがルインザッツはおそらく無傷のはずだ。何故ならば。私とエルの「精霊武器」は、生き物を破壊する事はないからである。
「ぐひゃああーっ! いっでぇーっ!」
そう叫んだのはルインザッツではなく、気絶した彼の体内から飛び出した異業の生物。そう、悪魔だ。毛がなくのっぺりとした黒い肌に、二本の鋭いツノ。コウモリのような羽を持った邪悪な生き物。
悪魔は上空に逃げ去ろうと翼を広げる。
「逃がさないわよ!」
私は錫杖をシャランと鳴らす。すると部屋の床を突き破り、木の根達が高速で伸びる。それは素早く悪魔を絡め取り、完全に拘束した。
「うががっ! くっそぉー! もっと、もっと食いてぇ! 食わせろぉー! グエッ!」
ギチギチと締め上げると、彼は何も言わなくなった。
「仕上げと行こうか、ユウノ」
「ええ、そうね、エル!」
私とエルは手を繋ぎ、それを天に掲げる。
「願わくば、次は清らかな魂に。浄化!」
繋いだ手から光が放たれ、悪魔を撃つ。
「ぎょぉぉーっ!」
悲鳴が上がる。悪魔の体が崩壊を始める。肉体が崩れていく最中、暴食の悪魔はニッコリと微笑んだ。
「ありがとう......」
満足そうな笑みだった。「浄化」によって、彼の魂は救われ、輪廻転生の輪に再び組み込まれたのだ。
私とエルは繋ぎ合っていた手を下ろし、見つめ合った。
「やったな、ユウノ!」
「うん! やったね、エル!」
嬉しくて、私達は抱き合った。周囲から大歓声が沸き起こる。
「助かった!」
「あれはエル様と、シーラ様か!?」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
鳴り止まぬ歓声の中、私達に駆け寄る者達がいた。ドワーフ族の男女、オーソンとラミリーだ。
「エル様! 助かりました! ありがとうございます! またお会い出来て光栄です! そちらの女性はシーラ様、ですよね? どことなく雰囲気が違うように感じるのですが......」
ドワーフの青年、オーソンがエルを見上げながらそう言った。彼はドワーフの男性としては珍しく、髭を伸ばしていない。実際は百歳を超えている筈だが、見た目は二十代の青年に見える。
茶色の髪と瞳。鍛えられた肉体は頑強そうだ。
「彼女の名前はユウノ。シーラの生まれ変わりでね。普段は幼い子供の姿をしている。森で偶然出会ったんだ。俺の養女であり、妻でもある」
エルがそう答えると、オーソンは目を輝かせて私の手を両手で包むように握った。
「おかえりなさい、ユウノ様! 相変わらず、お美しい!」
オーソンは満面の笑みである。そう言えば、彼は昔からこの調子だった。
「ただいまオーソン。ところで、早く私の手を離した方がいいと思うのだけれど」
「えっ、何故ですか?」
キョトンとするオーソン。相変わらず鈍い。
「こう言う事じゃ、ボゲェ!」
今まで黙って見ていたラミリーが、オーソンを殴り倒す。このやり取りも久しぶりだ。私は思わず吹き出す。
ラミリーはドワーフ族の女性で、オーソンの奥さんだ。ドワーフには珍しい金色の髪をツインテールにし、そばかすのあるチャーミングなほっぺをぷぅっと膨らませている。
目はクリッと大きく瞳は青。実際の年齢はともかく、喋らなければ間違いなく美少女と言っていい容姿だ。だが口を開けば凶暴そのもので、女性ながらに鍛えられた肉体は、下手な男よりも強そうだ。
「何すんだよ、ラミリー!」
「何すんだじゃねぇよ、このすっとこどっこい! アタイと言う可愛い嫁がいながら、なんで他の女に色目使ってんだテメーはよ! あ、ユウノ様すいませんね。別にアタイはユウノ様に怒ってる訳じゃないんで。オラ立て、馬鹿亭主!」
ラミリーはオーソンの襟首を掴み、彼を無理矢理立ち上がらせた。
「許してあげて、ラミリー。今日は、あなた達に会うために来たの」
「アタイ達に?」
涙目で鼻血を流しているオーソンに軽いビンタを喰らわせつつ、ラミリーは私とエルを見た。
「ああ。お前達はもしかしたら聞いていないかもしれんが、ユウノは俺の後を継いで魔王になった。と言っても悪さをしようってんじゃない。魔王討伐にやってきた冒険者達を、思いっきり手厚くもてなしてやろうって計画だ。文字通りな。美味い料理と酒を出す為に、お前たちの力が必要なんだ。また手伝ってくれないか?」
エルの提案に、オーソンとラミリーは目を合わせる。
「お願い、二人とも。醸造所の事は、あなた達にしか頼めないの」
私は両手を膝について、頭を下げた。
するとラミリーがオーソンの首に腕を回し、ニカッと笑う。
「もちろん行くさ! 弟子も沢山出来たし、アタイらが出て行ってもこの城の醸造所は困りはしねぇさ。なぁオーソン!」
ラミリーがオーソンの首をグイッと腕で絞める。オーソンはラミリーの腕をパンパンと叩き、解放されると咳き込んだ。
「ゲホッゲホッゲホッ! そ、そりゃもちろん構わないけどさ! 国王様の許可を取ってからじゃないと!」
「あん? 国王だぁ?」
ラミリーは気絶しているドワーフ王、ルインザッツをゲシッと蹴る。
「このブタなら問題ねぇ! エル様とユウノ様が助けて下さったんだ! よもやダメとは言わねぇさ!」
王様をブタ呼ばわり......ラミリーの肝っ玉の大きさは変わってない。私はそんな彼女の事が、大好きだった。