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第18話 精霊王のおもてなし。

「だからさぁ。今ユウノもエルも出かけてるってんだよ。出直しな」


 初代勇者にして現ラダガスト国王である、ルーファス・ラダガストは、魔王城の城門前で足止めを食らっていた。


 足止めをしているのは、なんと城門そのものである。


「どういう事だこれは! 討伐に来いと言うから来てやったものを、留守だと!? 人を馬鹿にするのにも程があるぞ!」


 齢六十になるルーファスであったが、二十歳は若く見えるその顔を怒りで歪ませ、顔を紅潮させている。


「陛下、落ち着いて下さい。一旦シェガールの町まで引き返し、休息したのちに出直しましょう。急ぎの行軍で騎士も疲弊しております。彼らを休ませる良い機会かと」


 ルーファスの近衛騎士である美青年、ランダネスがそう進言する。ルーファス一行は側近四名に騎士五名。それにルーファスを含む総勢十名の討伐隊だった。


 ルーファスも側近も超人的な身体能力、又は魔力を持っている為、一切疲弊してはいなかった。だがエリートとは言え、騎士達は普通の人間。万全な状態とは決して言えない様子だった。


「余は落ち着いておる! 休憩だと!? そんなものは必要ない! 魔王は邪悪な存在! 一秒でも早く滅ぼさなくてはならぬ!」


 何かに駆り立てられるように、歯をギリギリと軋ませるルーファス。


「陛下、ランダネスの言う事など無視して構いませんよ。ここは強行突破あるのみです。私の剣技で、この扉を破壊してご覧に入れましょう」


「ほう、面白い。やってみよカイル」


 もう一人の近衛騎士、カイルがスラリと剣を抜く。それを見てニヤリと笑うルーファス。


「この城を守る気配、只者ではありませぬぞ。陛下、カイルに剣を収めさせ下さいませ。悪い予感がしますのじゃ」


 側近である賢者ファレルが、遠慮がちに進言する。


「そうですわ陛下。悪戯に怪我をする必要はありません。ここは魔王が戻るのを待ちましょう。スピーチでのあの声、幼い少女でした。声の感じから察するに、おそらく四歳程度でしょう。和平に持ち込める可能性は高いかと」


 聖女メリルが、微笑みをたたえながらルーファスを諭す。だがルーファスの怒りは、それでも一向に治まる気配がない。


「和平!? 和平だと!? そんな悠長な事を言っていられるか! 奴はこの世界を自分の思い通りにしようとしておるのだぞ! やれ、カイル! 責任は余が持つ!」


「はっ!」


 ルーファスの許可を得たカイルは、剣を構えて力を溜める。


「うおおおお! 必殺魔剣! アーク・ライトニング・セイヴァー!」


 カイルが叫びながら剣を振り抜くと、剣から輝く剣圧が放たれて城門にぶち当たる。


 ゴォォォンッと土煙が上がり、ルーファスを始めとした討伐隊の面々は、砕け散った扉を想像して目を見張る。


 そして、やがて煙が晴れる。


「なにぃ!?」


 素っ頓狂な声をあげたのはカイル。なんと城門は砕け散るどころか、傷一つ付いていなかった。


「ば、馬鹿な......!」


 うろたえるカイル。それをみたランダネスが、「くっくっ」とこらえた笑いを漏らす。


「おいおいあんたら、本当に勇者一行かい? ルーファス、あんたの部下は随分と野蛮だねぇ。シーラが知ったら悲しむんじゃないかい?」


 再び城門から声が聞こえる。


「やかましい! 知った風な口を聞くな、城門風情が! シーラは......姉上は死んだ! 二十年も前にな! 病で死んだとエルデガインは言っていたが、もはや信じられん! 魔王を子供に継承だと!? ふざけおって! 許せん!」


 ルーファスは頭から湯気が出そうなほど、激怒している。


「シーラなら生き返ったよ。二代目の魔王、ユウノはシーラの生まれ変わりなのさ」


「だから姉上は死んだと、何度言えば......! 何、生まれ変わりだと!?」


「そうさ、そう言ったのさ。ユウノはシーラの生まれ変わりなんだ。なんなら、中で待つかい? どうやらユウノの従者達が、あんたらを迎える準備が出来たようだ」


 城門がそう言った後、ギィーッと城門が開いた。ルーファス達はお互いの顔を見合わせ、中を覗き込む。


「罠なんかじゃないさ。こっちにはハナっから戦うつもりなんかないんだ。それでもどうしてもやり合いたいってんなら、まぁ止めはしないけどね」


 それっきり、城門は何も言わなくなった。


 ルーファス達は警戒しながら中へと進む。門をくぐり、もう一つの扉を押し開けた時、そこには信じられない光景が広がっていた。


「魔王城へ、ようこそ!」


 大勢の人間が、ルーファス達を出迎えた。いや、人間ではない。全員が美しくはあるが、獣のような耳や尻尾を持っている。


「わらわはカグヤと申す者。この城の留守を任されているものじゃ。良くぞこの辺境まで参られた。さぞやお疲れでありましょうな。風呂の支度は済んでおりますゆえ、早速入浴されるが良いじゃろう」


 金色の髪に、狐の耳。見た事もないような不思議な服を着た美女が中心に立ち、その右脇には黒髪の猫耳青年。左脇には青髪の象耳美女が立っている。そして三人の周囲には、狐耳で黒髪おかっぱの少年や少女たちが大勢控えている。


「な、なんと言う事だ......!」


 賢者ファレルが突然腰を抜かしてへたり込む。


「どうしたのだファレル。そなたらしくもない」


 ルーファスは驚き、眉をひそめる。


「陛下、その方々は伝説に謳われる精霊の王。ああ、なんと、恐れ多い事か......!」


 ファレルはガクガク、ブルブルと震えている。


「しっかりしろファレル。陛下の御前だぞ。そんな偉大な存在が魔王の手下の訳がなかろう。しかも客の接待など、する訳がない」


 近衛騎士のカイルが、ふんっ、と鼻を鳴らす。


「私の鑑定スキルに間違いはない! 伝え聞いた姿とは違うが、彼らは精霊王様達だ! 皆のもの、決して無礼を働いてはならぬぞ! 陛下も、お気をつけ下さいませ! その方々は、その気になれば一国を滅ぼす事など造作もない方々。大陸でさえも、一瞬で消し去る事が出来るお力をお持ちなのです!」


「なんだと......!?」


 ルーファスは面白くなさそうに、精霊王の三人を睨む。ファレルがこれまで鑑定を誤った事は一度もない。ならば、事実なのだろう。だが、やはり面白くない。この世にルーファスよりも高位な存在がいるなど許せない。強い「嫉妬」を感じてしまう。


「良い良い。ファレルとやら、今はそなた達が客人よ。わらわ達はもてなす側じゃ。お気になさるな。浴場はこちらじゃ」


 歩き出すカグヤ。猫耳の青年と象耳の美女は、全員から武器を預かる。子供達は荷物を運んだりしている。


「俺様はラマンダ。てめーら、よろしくな! 俺とディーネの自慢の風呂に入れてやるから、ありがたく入れよ!」


 猫耳の青年、ラマンダが得意気に笑う。


「ラマンダ、言葉使いがなっていませんわね。あれだけユウノ様に注意されましたのに。皆様、わたくしはディーネ。お風呂場では、わたくしとラマンダが皆様のお背中をお流ししますわ。混浴になりますので、魔術で水着をご用意致します。それにお着替え下さいませ」


「な、なんと恐れ多い......!」


 ファレルはすっかり萎縮している。


「風呂から上がった後は、極上の山の幸......いや、森の幸と言うべきか。山菜やきのこ、川魚やイノシシを使った料理をお出しする。果物や栗を使ったデザートもあるから、楽しみにしておくが良い」


 カグヤは振り返って微笑み、そう言った。騎士を含むほとんどの男達は彼女の美貌にすっかり心を奪われているようだ。


 だが、ルーファスは決して油断しない。罠の可能性を捨てきれないからだ。


(だが今は、騙された振りをしてやろう。そして貴様らの化けの皮を剥がしてやる。さぁ、早く帰ってこい、エルデガイン。そしてユウノ......)


 本当にユウノがシーラの生まれ変わりなのかは疑わしいが、それでもルーファスはユウノに会いたくて仕方がなくなっていた。あって真偽を確かめたい。もしもユウノがシーラなら、和平とやらを考えてやってもいい。だが、違うのであれば。


 その時は容赦なく葬る。例え相手が、幼女であろうと。



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