「ここが、私達の部屋......!」
「おう、そうだぜ。布団もシーツもディーネが洗濯して、俺様がバッチリ乾かしておいた。ホコリもチリも一切ねぇ筈だぜ。ゆっくり休みな」
魔王城の執事でもある、火の精霊王こと「ラマンダ」に部屋を案内された私達。白を基調とした内装で、調度品も白。大きなベッドが中央にあり、テーブルセットに可愛いドレッサーもある。
「ありがとうラマンダ!」
「へっ。いいって事よ」
ラマンダは照れたように、鼻を擦る。
「案内ご苦労だったな。もう消えていいぞ」
「言い方......。わーったよ、後でユウノ貸せよ!」
「貸すか! いいからとっとと失せろ!」
「へいへい」
ラマンダはおどけた調子で笑い、私にウインクすると火柱を上げて消えた。
「うわぁい! 私達の部屋だー! 嬉しい!」
私はドレッサーに向かって走った。そして「うんしょ」と椅子に登り、この世界に来てから初めての鏡を見る。
「可愛いー♡」
自分の顔を見て思わずウットリ。前世の私も中の上くらいの容姿だったと自負してはいるが、今の姿は比べ物にならないくらい可愛いらしかった。まつ毛は長く、目も大きくてクリックリ。シルバーブロンドに青い瞳。白い肌もあいまって、本当にお人形のようだ。
「なんだ、自分の顔を見たことがなかったのか?」
エルはドレッサーの後ろにしゃがみ込み、私の顔に頬擦りする。
「うん。水面や窓に映った姿をチラッとは見た事あるけど、こんなにマジマジと見たのは初めてだよ。鏡って、どこにもある訳じゃないみたいだし。良かった、この部屋に鏡があって」
私は自分の顔をジーッと見つめた。可愛い......♡ 何時間でも見ていられる。
「ふふっ、俺が溺愛するのも納得だろう? さぁおいでユウノ。疲れただろう。お風呂が沸くまでの間、パパと一緒に少し寝よう」
「うん♡」
私は旅で汚れた服を脱ぎ、下着姿になってベッドに横になった。エルは既に魔狼に変身して、私を待っていてくれた。私はエルのたっぷりとした銀色の毛並みに、むぎゅっとしがみつく。
「ふわぁ......! モッフモフ♡ 最高......!」
「ふふっ。好きなだけ味わうがいい。この俺のモフモフをな」
「うん♡」
私はあっと言う間に眠りに落ちた。
しばらく夢の中を彷徨っていると、エルの声に呼ばれる。
「ユウノ、風呂が沸いたぞ。起きろ」
ぱちっと目が覚める。目の前にはイケメンバージョンのエル。
「ふわぁ......好き♡」
私はエルの金色の瞳に吸い込まれるように、彼の頬にキスをした。
「お目覚めだな、姫。ふふっ。お返しだ」
エルも私のおでこにキスをする。
「さぁ行こう。汗を流してさっぱりしよう」
「うん!」
エルに抱っこされて廊下を渡り、浴室へ。
「ふわぁぁー! すっごぉい!」
浴室はめっちゃくちゃ広くて、神殿みたいに柱がいっぱい立っていた。うおお、あれ、映画とかでみた事ある! あれだよライオンの口から、ダーッてお湯が出てくるやつ!
「風呂はディーネとラマンダ、二人の管轄だ。ディーネが水を出し、ラマンダが湯に変える。連携プレイだな」
「へぇ、そうなんだ」
お風呂は混浴だった。私もエルも素っ裸になり、お湯に浸かる。
「ふぅ。温まるな」
「くぅー。極楽極楽ぅ♡」
私はおばあちゃんみたいな事を言いつつ、エルに抱っこされたままお風呂を堪能した。
旅の疲れが抜けて行く......。と言っても私は道中、ずっとエルにおんぶに抱っこだったのだけれど。
「エル」
「ん? なんだ、ユウノ」
「あのね......」
私はエルに抱きつき、耳元に唇を寄せた。
「大好き♡」
そう囁く。エルは満足そうに微笑み。
「俺もだ、ユウノ。お前を愛してる」
そう言って、ほっぺたにキスをしてくれた。
お風呂を上がって、二人の部屋へ。エルはベッドに横になる。
「おいで、ユウノ」
「うん、ちょっと待って」
私はドレッサーの引き出しが気になっていた。中にはおそらくシーラが使っていたであろう化粧品とアクセサリー。そして一冊の日記帳が入っていた。
「ねぇ見てエル! シーラさんの日記があったよ」
「何? ああ、それか。以前、シーラに読ませてもらった事がある。楽しそうに、『計画』の事を話していたよ」
私は日記帳を持ったまま、イケメンなエルが寝そべったベッドに添い寝した。
「計画って?」
「ああ、貸してごらん。ほら、このページだ」
エルはパラパラと日記をめくり、中ほどで止めた。エルが開いたページを、寝そべったまま読む。それに書かれていた内容は、題して「おもてなし計画」。お客様をいかにもてなすか、という内容だった。
「すっごいね、この計画! めっちゃ楽しそう! 実現したの?」
私はワクワクしてエルに尋ねた。だがエルは寂しそうな目で微笑む。
「準備はしていたんだがな。エルフやドワーフなど、近隣の隠れ村に住む亜人達を招いて体験会を開いていた。彼らの協力もあって、もう少し、と言うところまで行っていたんだが......実現する前に、シーラは疫病で死んでしまったんだ」
私はハッとなった。エルに辛い事を思い出させてしまった。
「ごめん、エル......!」
「いや、いいんだ。こうして君は帰ってきてくれた。本当に、ありがとう。もう、二度と俺を置いて行かないでくれ」
そう言って、エルは私を強く抱きしめた。彼の声と体は、僅かに震えていた。
「うん。行かないよ。ずっと一緒。いつも一緒。私達は、一心同体。一生一緒にいようね」
「ああ......! ありがとう、ユウノ」
熱い涙が、エルの頬を伝って私の首に落ちる。私の寿命はいかほどだろう。エルはどのくらい、生きられるのだろう。どちらもわからない事だったが、私はきっとエルが死ぬまでは死なない。不思議とそんな気がした。
「エル、この計画ね、私やってみたい。せっかく生まれ変わったんだもの、やり遂げてみたい。手伝ってくれる?」
そう言った私をエルは正面から見つめ、頷いてくれた。
「もちろんだ。俺はおまえの為ならなんだってする。何から始める?」
「ありがとう。そうだなぁ、どうしよっか......」
私はエルから日記を受け取り、ページをめくっていく。
「そっか......シーラさんはエルが魔王である事を宣伝に使おうと思っていたんだね。そして討伐にやってきた冒険者をもてなす、か」
「ふっ、そうだったな。シーラはある日突然、単独で魔王城に乗り込んで来た。そしてあっという間に俺たちを改心させた。精霊王達の不思議な力で、俺たちの邪心を払ったんだ。その後は俺の配下のモンスター達も使って、計画の準備を進めて行ったんだが......魔王を討伐しようなんて勇敢な冒険者は、結局現れなかった。シーラが生きている間はな」
エルは記憶を辿るように、私と一緒に日記を読んだ。
「シーラさんが死んでしまった後に、勇者ルーファスがやってきた。そしてエルはルシアさんを彼に預け、この城を去った」
「ああ、そうだ」
エルは辛そうに目を閉じる。ルシアさん......今はスルーシャさんだけど、彼女の事にはこれ以上触れない方がいいだろう。
「うん。よし、決めた! 私、魔王になる!」
ガッツポーズを取る私を、エルは面食らった様子で見つめる。
「なっ、何を言っているんだユウノ! 自分が何を言っているのか、分かってるのか?」
「もちろん分かってるよ。シーラさん、つまり前世の私のアイディアを、もう一度使うだけ。魔王再来をアピールするの。だけどエルの強さはみんな知ってるし、きっと恐れて討伐にはやってこない。まぁルークは来るだろうけど......勇者じゃない冒険者でも気軽に来れるように、あえて私が魔王になるの。六歳児が魔王なら、ワンチャンあるかもって、思うでしょ?」
「むっ、確かにな」
エルは戸惑いながらも納得する。
「だからね、私が二代目魔王。今日から魔王。おもてなしをする準備がある程度出来たら、宣伝しよう! そしてね、討伐にやってきた冒険者さん達を、いっぱいおもてなしして、私達を好きになってもらうの! 味方になってもらうの!そうしたら、もう逃げも隠れもしなくていい。堂々と生きていける。魔王は悪の象徴じゃなくて、善の象徴にだってなれる!」
私はワクワクしていた。きっとうまく行く。そう確信していたからだ。
「それはいいな。さすがユウノ! 俺の娘だ!」
エルは私を抱きしめて、頬擦り&頭ヨシヨシをしてくれた。
「えへへ......♡」
私は自然に笑みがこぼれた。エルには言ってないけど......私の最終目標は、スルーシャさん。彼女とエルの和解だ。その為に、頑張る!
「そうと決まったら準備だね! だけどその前に......」
ぐきゅるーっと私のお腹が鳴る。
「ははっ、ユウノの腹時計は正確だな。ちょうど昼だぞ。よし、待ってろ。最高に美味い、魔王料理フルコースを作ってやる。いや、元魔王か」
エルはそう言って笑いながら立ち上がり、颯爽と腕まくりをしたのだった。