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第12話 水の精霊王と、火の精霊王。

「いでよ、水の精霊王! えいっ!」


 ここは城内のエントランス。ものすごく広いその場所で、私は両手を前に突き出した。エントランスを召喚場所に選んだのは、広いし、水浸しになっても大丈夫そうだったからだ。


 エルが見守る中、私の両手の先から少し離れた場所に、水柱がドッパーンと立つ。


「うひゃぁー!」


 私は驚いて、手をバタバタさせてうしろに倒れる。だけどそこをエルがすかさずキャッチ。抱きしめてくれた。


「大丈夫か、ユウノ!」


「うん、大丈夫♡ ありがとうエル」


 過保護最高。エルに支えられながら立つと、水柱は小さな象の姿へと変化した。


「ええーっ! わたくし、象? この長いお鼻、大きな耳、ワオ!」


 象さんは、自分の姿に驚いている。


「ごめんね、水と言えば象かなって思って......」


 私は両手を合わせて、片目をつぶって謝った。


「いえいえ、とんでもございませんわ、ユウノ様! 申し遅れました。わたくし、水の精霊王ディーネと申します。確かに本来のわたくしの姿とはかけ離れていますが......とても可愛らしくて、わたくし、気に入りましたわ!」


「えっ、本当? よかったぁ」


 私はほっと胸を撫で下ろす。エルも「良かったな、ユウノ」と言って、頭をヨシヨシしてくれた。


「あのね、ディーネ。実はお城の掃除を頼みたくって。水精霊の王様であるあなたに頼むのは申し訳ないんだけど......」


「いえいえ、お掃除は大好きですわ! わたくしみずから、やらせていただきます。ですがこの魔王城は広大でございますので、眷属の精霊達にも手伝ってもらいますわ」


 ディーネはそう言って、鼻を掲げてパオーンと一鳴きする。すると周囲に、可愛い顔がついた水玉が飛び散った。水玉の大きさは私の拳くらいで、短い手足もある。彼らは床に落ちると、テテテッと集まって整列した。


「それでは皆さん! お掃除開始です!」


「ハイ! ディーネ様!」


 ディーネは水精霊達を引き連れて、掃除を開始した。鼻からビューッと水を出し、壁や床を洗っていく。


「ここにいては、俺たちもズブ濡れになってしまうな。ユウノ、一旦「魔力炉室」に避難だ! あそこは掃除の対象にはならん。ラウニの管轄だからな。掃除もあいつが自分でやっている」


「うん、わかった!」


「よし、いい子だ!」


 エルは素早く私を抱っこして頬擦りすると、ダッシュして魔力炉室へと逃げ込んだ。


「ふぅ、ここなら安全だ。ディーネの掃除が終わるまで、ひとまずここで時間を潰そう」


「そうだね。何にもないけど......」


 魔力炉室は殺風景で、それこそ部屋の奥に魔力炉があるだけだ。


「うーん、確かにな。じゃあ、しりとりでもやるか」


「あはっ。この世界でもしりとりってあるんだ。いいよ、やろやろ」


 私はしばらくエルとのしりとりを楽しんだ。エルは私を抱っこしした状態で、魔力炉室の床に座り込んでいる。


「この部屋にも、椅子とテーブルが欲しいね。ラウニのご飯を置くのも、床だとなんだか可哀想だし」


 そう提案すると、エルが私をギュッとして頬擦りする。


「優しいなぁユウノは! よしよし、今度俺が作ってやる。城の周りは森だ。木は沢山あるからな」


「うん! ありがとうエル! そういえば、そろそろ掃除、終わったかなぁ。ディーネに聞いてみるね」


 私はディーネを魔力炉室に呼び出してみた。水柱がドッパーンと立ち昇る。それは可愛い小像の形を取り、パオーンと鳴いた。


「呼び出してごめんね。お掃除の状況はどう?」


「謝る必要などございませんわ、ユウノ様。いつでもお呼び下さいませ。水洗いのお掃除でしたら、つい今しがた終わりましたわ。あとは拭き掃除で仕上がりますわよ。ですがその任務は、わたくしたちでは務まらないかと」


「あっ、拭き掃除は別の子が担当なんだね。誰に頼めばいいのかな」


「ええ、それでしたらラマンダに......」


 ディーネがそう言いかけた時、エルが「ンッンー」と咳払いをした。


「どうしたの、エル」


 エルが人の話を遮るなんて珍しい。ディーネの言葉が、何か気に障ったのだろうか。


「いや、何でもない。拭き掃除くらい、別に精霊に頼まなくても、俺がやってやる」


「えっ、でも大変だよ、きっと。エルは確かに素早いけど、お城はすごく広いし。慣れてる精霊に頼んだ方が......」


「いや、しかしだな......」


 口ごもるエル。明らかに様子がおかしい。


「クスクス。エル様は、ラマンダの事がお嫌いなのですわ。ですが彼はとっても役に立ちます。お言葉ですが、早急に拭き取らなければ、大変な事になりますわよ」


 微笑むディーネ。


「そうなの? エル」


「むぅ。確かにそうだ。認めよう。俺は奴が嫌いだ。出来れば呼び出して欲しくはないが......いたしかたあるまい。ユウノ、火の精霊王を呼び出すのだ」


 エルは観念したように目を閉じ、眉根を揉んだ。


「わかった。どうして嫌いなのかはちょっぴり気になるけど......えいっ!」


 私はエルの抱っこから立ち上がって両手を突き出し、火の精霊王を呼び出した。手の先、少し離れた場所に火柱がゴォォォッと上がる。


「ふあああーっ!」


 またしても驚いた私は、両手をバタつかせて倒れる。それをエルが素早くキャッチ。そして抱っこ。なんかパターン化しつつある。


「よっしゃー! 火の精霊王、ラマンダ様参上! 良くぞ俺様を呼んでくれたぜシーラ、じゃなかった、ユウノ!」


 火柱は真っ黒な猫の姿になった。体が黒い上に、さらに黒い燕尾服を着ている。二本足で立っていて、すっごく可愛い。


「可愛いー♡」


 私は褒めたつもりだったのだが、ラマンダは不満なようだった。


「おいおい、なんだよこれ! 猫じゃねーか! これじゃあ色男が台無しだぜ! やり直しを要求する!」


 うわ、なんか我儘だなぁ。チラッとエルを見ると、めちゃくちゃ不機嫌な顔をしている。きっとラマンダのこう言う態度が嫌いなんだね、エルは。


「黒猫の執事が可愛いかなぁって思ったんだけど、ダメだった? ごめんね。どんな姿ならいいかな?」


 低姿勢で聞いてみる。するとラマンダは「ふんっ」とのけぞる。


「執事ってのは間違っちゃいねぇ。百歩譲って猫でもいい。だが俺様のイケメン顔をちゃんと再現しろ。こうだ」


 ラマンダは私に近寄り、私のおでこに自分のおでこをくっつけた。


「ぬぬっ!」


 エルが声を上げる。だがラマンダはそしらぬ顔だ。ラマンダのイメージが、私の心に伝わってくる。うん、確かにかっこいい顔だ。


「オッケー、わかったよラマンダ。んじゃ猫の感じを残しつつ、元の姿を再現してみるね」


「おう、頼むぜ」


 私はもう一度両手を前に出し、「えいっ」と気合を入れてラマンダの変身を念じてみた。すると彼の姿は再び炎に包まれ、次の瞬間には長身の青年に変化していた。


「おおー! オッケーオッケー! これだよこれ!」


 ラマンダは満足そうだ。猫を思わせる跳ねた黒髪。そして猫耳。褐色の肌に、八重歯が光る白い歯。燕尾服をまとった体は適度にがっしりと逞しい。そしてお尻には、黒い猫の尻尾が生えていた。


「ありがとよユウノ! いやー、やっぱ俺の女だわ! 良く分かってるぜ!」


 そう言うとエルから私を奪い取り、ギュッと抱きしめて頬擦りをするラマンダ。俺の女って!? もしかして、彼と私の前世であるシーラの間には、何かあったのだろうか。だからエルは、ラマンダが嫌いなのかも知れない。


「ふにゃああっ」


 頬擦りされまくる私。それにしても、すっごい強引......!


「おい返せ! ユウノは俺の娘だ! そして俺の妻でもある!」


 エルは激怒した様子で、ラマンダに掴みかかる。


「おっと、悪りぃ悪りぃ。そう怒んなよエル。わかってるよ。だが独り占めは良くないぜ。たまには俺にも貸してくれよな」


「ふざけるな! 誰が貸すか! さっさと拭き掃除して来い!」


 怒鳴るエル。妬きもち妬いてくれてるんだ。嬉しいかも。


「へいへい、わかったよ。高熱の雑巾で、速攻で磨いてくるぜ。んじゃ、また後でな、ユウノ。今度チューしてやる」


「貴様!」


「ひゅー、おっかねぇ!」


 エルが半分狼化して、爪と牙を剥き出す。ラマンダは逃げるように部屋を飛び出し、去り際に私にウインクして行ったのだった。

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