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第11話 シュエンビッツのその後。

「町長、大変です!」


 シュエンビッツの町長、ホプキンスが執務室で葡萄酒を楽しんでいる昼下がり。商業ギルドのギルド長補佐であるノートンが部屋に飛び込んで来た。


「ノックをしろといつも言っているだろうが!」


 ノートンを叱り付けるホプキンス。だがノートンの顔面は蒼白で、その表情は事の重大さを物語っている。


「それどころじゃないんです! 町にモンスターの大群が攻めて来ました! 応戦している冒険者たちの魔術通信によれば、ダークエルフ、オーガ、魔狼、オーク、ゴブリンの連合軍です! 既に町の防御壁は破壊され、食料は略奪され、若い娘は連れ去られ、死者は出ていませんが重傷者多数です! いかが致しますか!」


「なっ、なんだとぉ!」


 ホプキンスの額に汗が滲む。


「どうするもこうするも、その為にギルドは、冒険者共に金を払っているんだろうが! 奴らになんとかさせろ!」


 唾を飛ばして叱咤するホプキンス。だがノートンは食い下がる。


「しかし町長! 敵の軍勢はおよそ百! 我が町の冒険者の数は五十です! その中でも精鋭のSランクはわずか五人! 対応し切れません! 周辺の村や町に、急ぎ救援要請をお願いします!」


「そんな事は、お前がやればいいではないかノートン!」


「ですが、ルーベンス公爵様や、ワナデール伯爵様に話を通すには、町長でないと......!」


「チッ! そうだったな!」


 ホプキンスは急いで魔術機構の品である「魔術電話機」で、公爵や伯爵に救援要請を出す。


「はい! そうなんでございますはい! ははぁ! ありがとうございます、ありがとうございます!」


 ガチャリと受話器を置き、「田舎貴族が偉そうに!」などと悪態をつくホプキンス。


「どうでしたか!」


 食いつくノートン。


「リューベル村とソール村、それぞれから騎士の小隊を派遣してくれるそうだ。これでなんとかなるだろう」


 ホプキンスは安心しきった様子で椅子にどっかりと座り、葡萄酒を飲み始めた。


 しばらくして、商業ギルドの一階、冒険者ギルドの方からガヤガヤと騒ぎ声が聞こえる。気持ちよくうたた寝していたホプキンスはハッと目を覚まし、執務室を出て一階へ降りた。


(まさか、騎士がやられてしまった訳ではあるまいな!)


 不安を胸に抱えつつ冒険者ギルドに顔を出すと、そこには負傷した騎士や冒険者、その家族や一般の住民など多数が詰めかけている。受付は応対に追われ、あたふたしている。


「あー! 来たぞあいつだ!」


 一人がホプキンスを指差し、全員が一斉に顔を向ける。


「なっ、何事だ!」


 ホプキンスは突然敵意を向けられ、心臓が跳ね上がった。


「あんたのせいだぞ町長! モンスター達はな、こぞってこう言ってた! エルデガインが消えてくれて良かった、これからは暴れ放題だってな! あの人は、いやあのお方は、この町を守ってくれてたんじゃないのか!? それをあんたが追い出したんだ!」


 冒険者の一人が叫び、その場にいるほとんどの人間が、「そうだそうだ!」と同調する。


「なっ、わ、私に責任は無い! 全て勇者様の提案で......!」


 言いかけたホプキンスの言葉を、ノートンが遮る。


「魔王を倒せば、町長の評判が上がる。それを間に受けたのはあんたでしょう! 判断は自分で出来た筈だ!」


 先程までとはうって変わって強気なノートン。ホプキンスは舌打する。


「勇者様は何処へ行ったのだ! 責任は彼らにある! 勇者様を連れてくればいいだろう!」


 そう、そうなのだ。勇者なら、モンスター共も何なく倒せる。責任も取らせる事が出来る。ホプキンスはそう考えた。


「勇者様なら、エルデガイン様に負けた後、修行の旅に出たよ! 行方は誰も知らない!」


 再びノートンが叫ぶ。ここぞとばかりに反撃という訳だ。ホプキンスは苛立った。


「だったら魔王をここに連れて来い! さっさと行け!」


 ホプキンスは怒鳴ったが、周囲は水を打ったように静まり返った。無言の圧力が、ホプキンスに向けられる。


「なっ、なんだ。貴様ら、何が言いたい!」


 ホプキンスが周囲の者達を睨みつけながらそういうと、騎士の一人が前に進み出た。


「我々はあなたの要請でここへ来た。今回はどうにかモンスター達を退けたが、また奴らはやってくるだろう。この町には、戦える者、そして賢明な指導者が必要だ。少なくともあなたは、そのどちらにも当てはまらないようだ」


 騎士の口ぶりに、ホプキンスはハゲ頭に血管を浮かせて言い返す。


「よそ者に何がわかる! 私ほど賢明な指導者は、この町にはおらんぞ!」


 怒気を孕ませたホプキンスの言葉にも、騎士は怯まない。


「指導者なら、ここにいます」


 騎士が手を差し伸べたのは、ギルド長補佐のノートンだった。彼はずいっと前に出て、ホプキンスの胸ぐらを掴む。


「皆が命がけで戦っている時に、あんたは何をしていた! 酒を飲んで寝ていただけだろう! そんなのは指導者とは言えない! エルデガイン様を連れてくるのはあんたの仕事だ! 命がけで連れて来い! その土下座するために付いている頭を何度でも地面に擦りつけて、絶対にお連れしろ! いいな!」


 そのままドンッと突き飛ばされ、ホプキンスはよろめく。その彼を、優しく受け止める者がいた。ホプキンスは自分にも味方がいると知り、喜んで背後を振り返る。だがその人物の異様ないでたちに、思わず悲鳴を上げた。


「あらぁ~町長さんてば。あたしの美しさに驚いちゃったのね。あたしってば、罪な女ねぇ」


「なっ、なっ!」


 ホプキンスは声を詰まらせた。その人物は筋肉隆々の男。だが髪は長く、顔にはドギツイ厚化粧。イヤリングやネックレスなどのアクセサリーを、これでもかと身につけている。


「彼の名はロータス。Aランクの冒険者だ。貴重な戦力ではあるが、唯一魔王城の場所を知っている男だ。彼と共に魔王城を目指せ。そして必ず、エルデガイン様をここへお連れしろ。いいな!」


 ノートンは威厳たっぷりにそう言った。周囲の人々も、全員がその考えに賛同のようだ。ホプキンスはロータスの顔を見て、体を震わせる。


「まぁ、そんなに震えちゃって。ウブなのねぇ。可愛いわ町長さん。これからずっと一緒よ。よろしくね」


 ロータスは投げキッスをしながらウインク。それを見てホプキンスは気を失いそうになった。


(地獄だ......。どうしてこんな事に......)


 ロータスに抱きしめられながら、ホプキンスは自分のこれまでの行いを、少しだけ反省した。






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