「これが、エルが住んでいたお城......!」
何日も旅をして、ようやく辿り着いた場所。人里離れた僻地の森の奥深く。そこは、森の中とは思えないほどの異質な空間。
今は朝。陽光に照らされ、眼前にそびえる城。その姿は果てしなく高く、そして大きかった。
「お前も住んでいたんだぞ、ユウノ。シーラだった頃にな。さすがに二十年も経つと、ずいぶん寂れてしまったようだな」
「えっ、そうかなぁ......。とっても立派だけど」
「ふっ。それは俺も認めるがな。何というか、雨や風、土埃を受けて少し汚れている、という事さ。まぁ、掃除すれば問題は無いだろう」
そう言って、懐かしそうに城を見上げるエル。雄大にそびえる純白のお城は、私の好奇心を掻き立てた。
「ねぇ、早く入ってみよう!」
「ふふっ。走ると転ぶぞ」
白くて大きな城門へと続く、真っ白な道。私はワクワクしながら走った。そしてズデンと転ぶ。
「ほら、言わんこっちゃない!」
エルはすぐさま駆けつけ。私を抱っこする。
「怪我はないか、ユウノ」
心配そうに私を見つめるエル。
「ちょっとお膝を擦りむいちゃったみたい......」
私は痛む右膝を見る。皮がむけ、血が滲んでいる。
「なんて事だ! 安心しろ、すぐに舐めてやるからな!」
エルは私の膝をグイッと抱き上げ、ペロペロと舐め始める。現在の彼は銀髪イケメンパパ。狼の時なら違和感ないんだろうけど、今はちょっぴり恥ずかしい。
「あ、ありがとうエル。うん、痛くなくなったみたい」
私は顔が熱くなるのを感じていた。誰もみていないから、恥ずかしがる必要なんてないんだけどね。
「そうか? ならいいんだが。心配だから、まだ抱っこしておくぞ。降りたくなったら言ってくれ。でももう、走るんじゃないぞ」
ものすごーく過保護なパパである。でもなんか、大事にされてるのが嬉しいな。
「うん。わかった」
「よし! いい子だ!」
エルに頬擦りされながら、城門の前に辿り着く。エルはネックレスのように首に下げていた鍵を取り出し、鍵穴に嵌めてカチャリと回す。
「ふぁぁー。ようやく帰ったんだねエル。それと、シーラ......ん? 違うな。似ているけど、とっても小さい。それにシーラは死んだんだっけ。するってぇと、アンタは誰だい?」
どこからともなく声が聞こえてくる。私は驚いてエルにしがみつく。
「ただいま、ラウニ。この子はユウノ。シーラの生まれ変わりでね。今は俺の養女だ。今日から一緒に住むから、よろしくな」
どうやら、声の主とエル、それにどうやら私の前世であるシーラは知り合いらしい。なら、私もちゃんと挨拶した方がいいだろう。
「あの、初めまして、ユウノです。よろしくお願いします」
「おお、よろしくねお嬢ちゃん。オイラはラウニ。家守りの妖精さ。シーラと契約して、この城を守ってるんだ。それにしても、へぇ。シーラ、生まれ変わったんだ。良かったねぇエル。シーラが死んだ時のアンタの落ち込みようときたら、本当に目も当てられない程だった。だからもう、この城には帰ってこないのかとも思ったよ」
ラウニは語る。エルは城門を見つめながら、ふっと笑った。
「ルーファスの孫に会っちまってな。正体を見破られた。ここは魔王城として知られた場所だし、本当は帰ってくるつもりは無かったんだが......もう人間の町には住めない。だから仕方なく帰ってきた」
「へぇ、なるほどね。ちょうどオイラも腹が減っていた所さ。帰ってきてくれて助かったよ。ほら、ボサッとしてないで入んな入んな!」
「お前が開けてくれるのを待ってたんだよ」
城門が開き、エルが私を抱いたまま中へ入る。中は真っ暗で、ひんやりとしていた。そういえば、この世界に四季はあるのかな? この何日かは、春みたいに穏やかな気候だったけれど。
エルはキョロキョロと周囲を見渡し、左の通路を進む。暗いのに、しっかりとした足取りだ。きっと道を覚えているんだろう。
「ねぇ、エル。この世界に四季はあるの?」
「四季? ああ、もちろんあるとも。今は春だ」
「やっぱりそうなんだ。でも良かった、私が森で眠っていたのが冬じゃなくて。もしも冬だったら、エルに見つけてもらう前に凍死してたかも」
「はははっ! かもな。本当に良かったよ、春で」
エルが笑いながら、ピタリと立ち止まる。どうやら目的地に辿り着いたようだ。エルは手探りで扉を開け、中へと入る。
部屋の中は暗くてよく見えなかったが、奥の壁際に炉のような物が見える。
「この部屋は魔力炉だ。この城は元々は普通の城だったんだが、シーラがドワーフ族の爺さんと協力して、魔術機構に作り変えたんだ。その魔力を城に供給するのがこの魔力炉。ラウニが管理しているが、奴が腹ペコだと機能しない。だから今は、ラウニの空腹を満たしてやるのが先決さ」
エルはそう言って、背負っていた荷物袋を下ろす。そして中から干し肉や果物を取り出し、一緒に出した木皿に盛り付けた。
「これでよし。さぁラウニ、俺たちは一旦部屋を出るから、その間に食ってくれ。有り合わせですまんがな」
「まぁ、仕方ないさ。キッチンが使えるようになったら、美味い料理を頼むぜ!」
「ああ、約束する」
エルはそう言って部屋を出た。
「ユウノ、すまないが少し待ってくれ。ラウニの奴は食事を誰かに見られるのが嫌なんだ。奴の食事が終われば、この城も生き返る筈だ」
「うん、待ってる」
「よしよし、いい子だ!」
エルは嬉しそうに私に頬擦りをする。溺愛最高。
エルに抱っこされたまま、雑談しつつラウニの食事が終わるのを待つ。
「おーし、元気になったぜ! そんじゃ、魔王城、再起動!」
ラウニの声が聞こえ、通路のランプに次々と明かりが灯っていく。
「うわぁ......!」
それは幻想的な光景だった。城内は思っていた以上に広く、天井も高い。そして壁も純白で、なんとも素敵だ。
「まずは掃除をしようか。ユウノ、水の精霊を呼んでくれるか?」
「うん、任せて!」
私はこれからの生活への期待を膨らませながら、水の精霊をどんな姿で召喚しようか思案した。