「魔王を殺そうと言ってた連中は、もう居なくなったようだぞ町長」
ルークを抱いたスルーシャさん達が去った後、どうして良いか分からなくなってオロオロしている町長に、エルが声をかける。
「は、はい! おっしゃる通りでございます!」
町長は声を裏返しつつ、揉み手をしながらヘコヘコと頭を下げた。とってもわかりやすい人だ。
「だが俺とユウノは、やはり町にいるわけにはいかないだろうな。住人が怯えるだろう。町長、あんたが決めてくれ。俺を殺すのを諦めると言うなら、追放という処置を取るがいい。その場合、俺たちはこの町を出て行く。だが最初に言っていたように、どうしても俺を殺したいなら、仕方なく応戦するぞ」
スラリと氷の剣を抜くエル。それを見て、町長は素早く土下座する。
「め、めめ滅相もございません! あなた様を殺そうなどと、誰が思いましょうか! 先程の勇者一行が言い出した事で、私は仕方なく従ったまでですハイ!」
なんとも変り身が早い。私は思わず吹き出してしまった。
「ぷっ、あははっ! あっ、ごめんなさい!」
私は口を手で押さえ、町長さんに頭を下げる。だが彼は傷ついた様子もなく、愛想笑いを浮かべている。
「ふっ、笑うくらい構わないだろう。こいつは人を使って、俺たちを殺そうとしていたんだからな。では町長、追放という事でいいんだな?」
「はい! 追放でお願いします!」
地面に頭を擦り付ける町長。いや、そこまでしなくても。
「ならば今夜荷物をまとめ、明日出発する。その間、俺たちのする事に口出しするんじゃないぞ。いいな!」
「ははぁー!」
地面に頭を突っ伏したまま、返事を返す町長。こう言う状態を、平伏って言うんだろうな。うん、勉強になった。
「よし、それじゃあ一旦家に入って荷造りだ」
「うん」
私は土下座したままの町長さんをチラッと横目で見つつ、家の中へ入った。後ろ手でドアを閉め、「スピリット・リンク」を解除する。元の服装に戻る私達。でも、私は大人のままだった。もしかして、ずっとこのまま大人の姿なのだろうか。もし、そうなら......私はエルの娘ではなく、妻として生きていく事になる。
でも、それもいいかも知れない。
「なぁなぁお二人さん。僕、お邪魔なら精霊界に帰ろうか?」
リスタが武器の姿からウサギへと戻り、ぴょこんと耳を動かした。
「邪魔なんて、そんなの思ってないよ。だけど、そろそろおうちが恋しいんじゃない?」
私はそう言って、リスタの頭を撫でる。
「子供扱いしないでよ。僕をこんな可愛らしい姿で召喚したのはユウノ様でしょ。本当の僕は......まぁいいや。とりあえず空気を読んで帰るとするよ。また必要なら、いつでも呼んで。バイ」
そう言ってリスタは宙返りし、そのままポンッという弾ける音と、粉雪を残して消えた。
私とエルは思わず顔を見合わせ、クスッと笑う。
「リスタって前はどんな姿だったっけ? 思い出せないの。エル、覚えてる?」
「なんとなくは覚えているが......今と大差ない気がするぞ」
「あははっ。そうなんだ」
私達は一息つこうと、ラーティム茶を入れる。昨日はエルが淹れてくれたので、今日は私が淹れる。
「ありがとう、ユウノ」
「いいえ。美味しく淹れられたか自信ないけど」
「美味いに決まってる」
笑い合いながら、リビングのテーブルでお茶を飲む。
「昨日来たばかりだってのに、たったの一日で追い出されるとはなぁ。本当にごめんな、ユウノ」
エルが申し訳なさそうに言う。
「そんなの気にしてないよ。私はエルと一緒なら、どこだって行ける。どんな場所だって、そこが楽園だよ」
私はそう言って立ち上がり、座ったままの彼を正面から抱きしめた。そして彼の髪を撫でながら、その美しく整った唇に自分の唇を重ねる。
「ユウノ......! 君を、愛してる」
「私もよ、エル」
私達はキスを交わしながら服を脱ぎ、そのまま寝室へと移動した。
それから、しばらくベッドで横になっていた私たち。このままだと次の日のなってしまいそうなので、仕方なく起き上がる。
「さぁて! さっさと終わらせて、後は風呂屋にいってさっぱりしよう」
「賛成!」
荷物袋にテキパキと日用品を詰め込んで行くエル。私も手伝う。元々最小限の物しか買い揃えていない為、あっという間に片付けは終わった。
それから二人で銭湯に。歩いている途中で、体がみるみる縮んでいく。
「ふああーっ」
「ユウノ!」
足がもつれて転んでしまった私を、抱き起こすエル。私の体は、六歳児に戻っていた。成長した時は服も大人用になっていたんだけど、今はその逆。体に合わせて、服も子供用に戻っていた。
と、同時に、シーラだった頃の記憶が消えていく。残ったのは、ユウノとしての記憶だけ。妻としてではなく、娘としての記憶だけだ。
「戻っちゃった......ごめんなさい、エル、私......エルとの昔の思い出、全部忘れちゃったみたい」
ポロポロと涙が溢れる。だがエルは笑って、ぎゅーっと私を抱きしめた。
「謝る必要なんてないぞ。ユウノが言ってた事じゃないか。私は妻であり、娘でもあると。今は俺との思い出なんて忘れていたって構わないさ。これから、俺たちはずっと一緒だ。思い出はいくらでも作れる。お前は俺の最愛の娘だ」
「パパ......!」
私もエルにギュッとしがみついた。ふと、スルーシャさんの事が頭をよぎる。スルーシャさんは、エルと私の実の娘で、ルークはエルの孫。私がシーラの生まれ変わりだった事に加えて、連続でショックな出来事があったエル。
スルーシャさんが去った後、エルは一言も彼女の事を口にしない。きっと、今は話題にしたくないのだろう。
それなら私も聞かないでおく。私がエルの愛娘。例え血は繋がっていなくても......私達二人の想い。それは絶対に、変わらない事なんだから