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第8話 力の差。

「雑魚どもは下がっていろ! 死ぬぞ!」


 ルークが叫び、大勢の冒険者は一斉に逃げ出す。ルークが叫ぶよりも前に、力の差は感じ取っていたのだろう。許しを得た事で、プライドも何もかも捨てて「逃げる」事を選択出来たのだ。


「町長はここにいて下さい! 魔王の死を見届けるのです! そして討伐したのは、この僕であると、触れ回って下さい!」


 冒険者達と一緒に逃げようとしていた町長。ルークの呼び止めに、ビクリとして立ち止まる。


「あ、ああ。もちろんだ。ところで私の安全は、ちゃんと守ってもらえるのだろうね」


 ハゲた頭をハンカチで拭う町長。


「ええ。その辺は心配ありません。奴らの相手は僕と母上がします。ゲヘナとセレスを、あなたの護衛に回しましょう」


 指示を受けたゲヘナさんとセレスさんは不満そうだったが、渋々町長の両脇に立ち、彼を守りに入る。そしてルークはエルの正面に立ち、スルーシャさんは私の正面に立った。


 スルーシャさんはずっと無言のままだが、浮かべた微笑に余裕を感じる。


「待たせたな、魔王。ユウノも、魔王の味方をすると言うなら倒さねばならないが、いいのか?」


 ルークは私達を見据えて静かに言い放つ。その気迫は、子供とは思えない程だ。


「ええ、もちろん。私とエルは、一心同体だもの」


 私は錫杖をシャリンと鳴らし、戦う意志を示した。


「ふぅ......君は大人への変身を遂げた事で、少々自信過剰になっているようだが......残酷な現実を突きつけなくてはならない」


 ルークは人差し指を立て、威厳たっぷりに語る。


「レベルという概念の話だ。この世界では強さの指標としてレベルというものが存在する。通常、99までしか上がらないソレを、僕たちはとっくに超えている。僕のレベルは200。母上は150。ゲヘナとセレスはそれぞれ100だ」


 ふふん、とドヤ顔をするルーク。えっと......私のレベル、999なんですけど。


「君のレベルはいかほどだ。レベルが全てではないが、実力差はわきまえておかなくてはならんからな」


 私はエルと目を合わせる。私たちは「スピリット・リンク」で力を合わせて変身する事で、心を通わせ、思念で会話が出来る状態になっていた。


(と、勇者は申しておりますが......どうしよう、エル)


(実力差はわきまえなくてはならないらしいからな。教えてやったらいいだろう)


 ちなみにさっき知った事だが、エルのレベルも999です。はい。


(いやぁー。なんか、こんなに自信満々で喋ってるのをぶった斬るって、中々可哀想じゃない?)


(ふっ。優しいな、ユウノは。だが案ずるな。騙されたと思って言って見ろ。お前が考えているような結果にはならん)


(ええー? 大丈夫かなぁ。わかった、言ってみるよ)


 コホン、と咳払い。


「あのね、ルーク。驚いちゃうかも知れないけど、私もエルも、レベル999なの......」


 私は申し訳ない気持ちで一杯だった。なんかごめん、本当に。


 ルークはキョトンと目を丸くしたが、スルーシャさん、ゲヘナさん、セレスさん、町長とをぐるりと見回し、彼らと目を合わせた。


 そして......大爆笑!


「ぶあっはっはっは! 言うに事欠いて何を馬鹿な事を! 子供でももう少しまともな嘘をつくぞ!」


 いや、私もアンタも同い年くらいの歳の子供だろ......。


「うふふ。ユウノちゃん、ユーモアのセンスがあるわね」


 クスクスと笑うスルーシャさん。からかわれてしまったが、何故か嫌な感じはしない。それどころか、とても落ち着く。


 どうやら私は、スルーシャさんの事が好きみたいだ。


「あはは、ごめんなさい。レベルの事はよくわかんないや」


 私は自分の頭をコツンとし、ペロリと舌を出した。


(言った通りだっただろう)


(本当だね。私たちは、規格外のさらに上って事か......)


(まぁな。そう言う事だ)


 再び目線を合わせ、微笑み合う私とエル。


「ふむ......まぁいいだろう。本当の事を言いたくない気持ちもわかる。さて、では覚悟を決めるがいい。全力で狩らせてもらうからな。骨も残さん」


 ルークはそう言って、腰を低くする。そして絞るように剣を後ろに引き......小さいから短剣かな? それにグッと力を溜めた。


「行くぞ! モンスターの軍勢をも塵に変える必殺剣! エリクサー・ブレイブ・ゴールド・エクスペリエンス・ブレイドスラッシュ!」


 技名、ながっ!


 だが剣を振った刹那、ルークの体は瞬時にエルとの間合いを詰め、輝く剣撃を打ち込んでいた。


 エルは氷の剣でそれを受けた。片手で。


 ギャリィィーン! ルークとエルの剣がぶつかった箇所から、光の波が幾重にも広がる。そして音と光が弾け、周囲に飛び散る。


「ふんっ!」


「うわぁっ!」


 エルが剣を押し返すように振り抜く。ルークは弾かれて倒れ、彼の剣も真っ二つに折れ飛んだ。


 倒れたルークに、スルーシャさんが駆け寄る。


「ああ! 坊や! 私の坊や! 大丈夫!?」


 ルークを抱き上げるスルーシャさん。その顔は、母親のそれだった。


「ルー坊!」


「ルーク様!」


 ゲヘナさんとセレスさんも、町長をほっぽり出してルークの元へと駆け寄る。


「手加減は、したつもりだったんだがな」


 エルはポリポリと鼻を掻く。


「よくも私の可愛い坊やを!」


 スルーシャさんは鬼の形相でエルを睨む。そしてぐったりとしているルークをセレスさんに渡し、素早く呪文を詠唱する。


「アイスブレイド・ストーム!」


 スルーシャさんの周囲に氷の剣が無数に出現し、それが一気にエルへと襲いかかる。


「エル!」


 私は錫杖をシャランと鳴らし、エルの前に透明な氷の壁を出現させる。スルーシャさんが放った氷の剣は、全て壁に阻まれ、打ち砕かれた。


「あなたも氷の魔術が得意なんですね、スルーシャさん」


 私は敵意がない事を示す為、スルーシャさんと会話を試みる事にした。力の差は歴然。もう勝負は付いていると言ってもいい。なら、これ以上の争いは無益だ。だがスルーシャさんは、憎悪のこもった目で私を見た。


「ユウノちゃん! 邪魔をしないで!」


 スルーシャさんの目は血走っている。先程迄の怒り狂ったエルと一緒だ。ん? と言うか......前にも思ったけど、エルとスルーシャさんってやっぱり似てる。むしろそっくりと言ってもいいくらいだ。偶然だろうか......。まぁ、それはさておき。


「私たちは、戦う為に力を解放した訳ではありません。エルの怒りを治め、話し合いをする為です」


「そうだ。ユウノのお陰で、今の俺は冷静だ。かかって来るならうけて立つ、とは言ったが、こちらに元々戦意はない。気が済んだのなら、話し合おう」


 エルはそう言って、氷の剣を鞘に収める。


「さぁ、ルークの傷を見せて下さい。私が癒します」


 私はエルの前にある氷の壁を解除し、セレスさんに向かって左手を差し伸べる。


 だがセレスさんは私の手を、パチンと平手で弾いた。


「無礼者! 誰が魔王の手の者に、大切なルーク様を触れさせるものですか!」


 セレスさんの目も、憎悪に満ちていた。今日ほど人の敵意を身に受けた日はない。私はとても悲しい気持ちになった。


 だけど、エルはずっとこの憎しみや敵意を受けてきたんだ。なら、私もエルと一緒に受け止めよう。この憎しみを。敵意を。


 スルーシャさんがセレスさんからルークを受け取り、キッと私達を睨む。


「話し合いをするつもりなど、毛頭ありません。ルークが目覚めたら、魔王、またあなたの命を狙います。決して許しません。あなたのした事は大罪です。ルークを傷つけた事ではありません。過去の話です。何百人もの人を殺した罪は、償い切れるものではありません。あなたの死を持ってしてもまだ足りない。ですが、まずは死んで下さい。お父様」


 ......え?


 今、スルーシャさん、お父様って......。


「まさか......! ルシアなのか、君は......!」


 エルは目を見開き、唇を震わせている。


「ルーファスお父様が私を引き取った時、その名前だったそうですね。ですが魔王のつけた名前など、そのまま使う訳がないでしょう? 私はスルーシャ。勇者ルーファスの養女。そして二代目勇者、アーガスの妻にして、三代目勇者、ルークの母。必ずあなたを打ち倒すわ、魔王エルデガイン。地の果てまで追ってね」


 スルーシャさんはそう言い残し、ゲヘナさん、セレスさんを引き連れて去っていった。








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